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大賢者と呼ばれた男


 暗黒の勇者。

 最近、耳にした名だ。


「確か――」


 安が測定をした時、女神が言っていた。


『そうですね……昔、同じ反応がありました。暗黒の勇者と呼ばれた、最強の男と同じ反応です……』



 廃棄されていたのか、ここへ。



 あの時の女神は不思議と歯切れが悪かった。

 素直に喜べない感じ、とでも言おうか。

 骸骨の顔を見る。

 逆らったのか?

 女神にとってあんたは都合の悪い人間だった?

 脅威と判断されたのか?

 で、女神に廃棄された……?

 最強の男と言われた”暗黒の勇者”。

 字面の印象から邪悪な勇者だったのかもと思っていた。

 だから女神が苦い反応を見せたのだと認識していた。

 しかし今になってみると、その認識が間違っていたと感じられてくる。

 彼が”暗黒”と呼ばれた理由はなんだったのだろうか?

 闇を操る暗黒系の固有スキル……あたりを持っていたのかもしれない。


「となるとこれ……”廃棄者”の意味合いも変わってくるんじゃ……」


 中には凶悪な罪人も含まれていた。

 女神がそう言っていた。

 だがそれは果たして”悪行”による罪だったのだろうか?

 たとえば女神やアライオン王国にとって不都合な人物……。

 それを”罪人”としてここへ送り込んでいたのではないか?

 俺は続きを読んでみた。


”私は女神ヴィシスにここへ強制的に送り込まれた。もはや女神にとって私は、不要かつ目障りな人間だったらしい”


 ……やはり、か。


”残りのインクが少ない。書き記せる量は決まっている。だからここへ送られた詳しい経緯などは省く。ただ一つ私が伝えたいのは、もし生きてこの遺跡を出る意思のある者がここにいるのなら、私が決死の思いでここへ持ち込んだものを託したいということだ。だから私の荷物は、自由に持って行ってかまわない。私はおそらく、ここでこのまま……”


 文字はそこで途切れていた。

 途中からインクがかすれ始めている。

 最後の部分でインクが尽きたのだろう。

 力を入れて硬いペン先で溝を作り、一度それで文字を書こうとした形跡が確認できた。

 が、途中でやめたようだ。

 馬鹿らしくなったのだろうか。

 あるいは、気力が尽きたのか。

 羊皮紙の端をくしゃりと握り込む。


「クソ、女神……」


 女神は大魔帝を悪の親玉と呼んだ。

 言葉通り大魔帝は巨悪なのかもしれない。

 だが女神も、よっぽどの邪悪ではないか。


「この世界を大魔帝から救う気もなく、ただクソ女神に復讐しようとしてるだけの俺も――邪悪の側なんだろうけどな」


 邪悪VS邪悪VS邪悪。


 邪悪の三つ巴。

 ロクでもない構図だ。

 もし世界を邪悪から救う者を”勇者”と呼ぶなら、


「勇者失格だ、俺は」


 生存と復讐のために勇を振るうハズレ勇者。

 自嘲しつつ、俺は大賢者の荷物を検め始めた。

 大賢者の遺物。


”生きてこの遺跡を出る意思のある者”


 地上へ出る意思はある。

 持っていく資格はあると思って……いいよな? 

 脇に置いてある麻袋。

 袋には穴が空いていた。

 荷物入れとしては、使えなさそうか。

 袋を覗き込む。


「これは……」


 古い書物のようだ。

 手に取ってみる。

 紙の百科事典みたいなサイズと重さ。

 装丁は大仰でしっかりしている。

 タイトルはこう記されていた。


『禁術大全』


「禁術?」


 ページを捲ってみる。

 やはり文字は読めるらしい。

 ただ……読めるが、理解はできない。

 小難しい感じだ。

 もっと腰を据えて読むべきだな、これは。

 が、もう少しだけがんばって視線を走らせてみる。


「ふむ」


 ザッと目を通してわかった気がする。

 どうやら攻撃魔術や妖術のたぐいを記した書物ではなさそうだ。

 術といっても、そう――たとえば錬金術とかに近い印象。

 薬や魔法の道具を生成するためのレシピみたいなものだと思われる。

 …………。

 何かの役に立つかもしれない。

 俺は一度『禁術大全』を脇に置いた。

 あとは……壊れた何かの道具類。

 これはここに置いていってよさそうだな。


「あとこれは……地図か?」


 細い紐で縛られた円筒型の羊皮紙。

 三つある。

 かなり古びたものみたいだ。

 紐を解き、広げてみる。


「…………読めない」


 地図ではなかった。

 文字らしきものが書いてある。

 が、読めない。


「勇者でも、あらゆる文字が読めるわけではないのか」


 古代文字みたいな読める人間の限られた文字ってやつか?

 一応、三つとも確認してみる。

 文字の感じは同じ。

 やはりどれも読めなかった。

 何か貴重なものだとは、思うのだが……。


 ハラッ


「ん?」


 巻物から何か紙片が落ちた。

 手に取って確認してみる。

 こちらの文字は読めた。



”禁呪の呪文書”



「禁呪?」


 禁じられた呪文、でいいのか?

 これにはその呪文が記されているのだろうか。

 字面だとすごい呪文に思えるが……。

 口もとに手をやり、思考を巡らせる。


「もしこれを読める人物を味方に引き込めれば……女神と戦う時の、切り札になるかもしれない……」


 転送直前のことを思い出す。

 俺の状態異常スキルは女神に効果を発揮しなかった。

 例の【女神の解呪】とやらのせいだろう。

 最初のあの無効化があったから俺もハズレスキルだと納得してしまった。

 が、今となっては対女神時のみ無力化される可能性も出てきた。


「となると」



 対女神用に、また別の力が必要となる。



「禁呪、か」


 禁呪使いを仲間にできれば女神に対抗できるかもしれない。

 最強の男と呼ばれた大賢者がわざわざ隠して持ち込んだものだ。

 強力な呪文を記したものに違いない。

 呪文書を皮袋に突っ込む。

 他に気になるものはなかった。

 大賢者のローブは貰っていくことに決めた。

 最初の黒い外套はかなり傷んでいる。

 大賢者のローブの方は元の生地がいいのか、丈夫そうだ。

 暗黒の勇者というだけあってか色は黒。

 闇に紛れるにはちょうどいいだろう。

 大賢者ローブを着込み終える。

 最初の外套は大賢者の骸骨に着せた。

 剥き出しというのが、なんだか悪い気がしたからだ。


「悪いな……交換ってことで、許してくれ」


 俺は『禁術大全』を手にし、立ち上がる。

 大賢者アングリン。

 またの名を”暗黒の勇者”。

 最強の男だったと女神は言っていた。

 ここで一つ、疑問が生まれる。


 


 最強の名を冠された男を何が阻んだのだろうか?

 天井を仰ぐ。

 上に何があるというのか?

 再び大賢者を見る。


「死者は語らず、か」


 部屋を出る前に俺は『禁術大全』を皮袋にしまおうとした。

 その時だった。


 最後の方のページがことに気づく。


 そのあたりは紙も少しふやけた印象があった。

 何よりも気になったのは、その違和感のある色で――


「なんだ、これ……」


 問題の場所を開いた瞬間、少しゾッとする。

 殴り書きされた文字。

 錯乱していたのだろうか?

 文字がグチャグチャだった。

 先ほどの羊皮紙に綴られていた落ち着いた文字ではない。

 大賢者はそろそろインクがなくなると書いていた。

 だから別のモノで代用したのだ。

 おそらくは――血。

 血文字。



 ”魂 喰いニ 気ヲ つけ ロ!


   ミんナ アレ に やら レ た!?”



「…………」


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