虎よ、その最後の刻に
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◇【剣虎団――イゼルナ】◇
「今の、フォスさんの声じゃないですか!?」
「雨のせいで明瞭に聞き取れんが、おそらくそうじゃ」
イゼルナとビグは、フォスを捜していた。
剣虎団は金眼の魔物に対処すべく一度集合した。
しかし、一向にフォスが来ない。
何かあったのだろうか、と皆は心配した。
副団長である彼を失うのは避けたい。
突然近くに現れた金眼の魔物に苦戦しているのかもしれない。
が、リリたちの方に来た金眼の魔物も数が多かった。
結局、リリらは聖体もいくらか投入して対処することにした。
そんな中、イゼルナとビグが捜索へ赴くことになったのである。
また、イゼルナたちも少しばかりの聖体を引き連れていた。
「あ! あの建物の方から聞こえました!」
「……の、ようじゃな。ワシらは二人とも助けを求める声を聞いておる。幻聴や聞き間違いでは、なさそうじゃ」
「足を怪我して動けないようですね」
「フォスを失うわけにはいかん。ワシは行く」
「わ、わたしも――行きます、絶対!」
「ふふ……イゼルナはそうじゃろうな。フォス、となればな!」
「今ぁ……そ、そんな話はどうでもいいじゃないですかぁ!」
イゼルナは、尊敬するビグには毒を吐かない。
二人は建物の中に入る。
「フォスさん! どこですか!? フォスさーん!」
「フォス! どこじゃ!?」
建物内を捜し回る。
が、フォスの姿はない。
声も、聞こえなくなった。
稲光。
やや遅れて、雷鳴が轟いた。
「きゃっ!」
……ザァァアアアア……
外の軒先からボタボタと垂れる雨音。
屈んでいたイゼルナは、つむっていた目を開き立ち上がった。
「ふー、雷嫌いですー……この世からさっさと消え去ればいいのに。しかしこれ、フォスさんいない感じですかねー?」
イゼルナは、背後を警戒してくれているビグに言った。
ランタンを動かし、きょろきょろと辺りを見渡すイゼルナ。
「これ、隣の建物だったのかもしれませんねー……この強い雨だと、案外わたしたちの声が聞こえてないのかも。ただ、建物内に入っても返事がないってことは……やっぱりここじゃないと思います」
…………。
「あれ?」
イゼルナは、違和感を覚えた。
「ビグ、さん?」
振り向くイゼルナ。
「え?」
いない。
ビグの姿が、消えている。
忽然と。
「ビ、ビグさん!? どこに行ったんですか!? 返事をしてください! ビグさん! ビ――」
「――ュー」
背後の方からだ。
何か、いる。
バッ!
イゼルナは戦闘態勢を取り、素早く背後を振り向いた。
「聞き、間違い? 何か、鳴き声みたいにも聞こえたけど――」
トットットットットット……
チューチュー
その声は、天井から。
小動物らしき足音と、聞き慣れた鳴き声。
「な、なんだネズミですかー……とっとと駆除されろ。はぁ……ええっと多分、ビグさんは他の部屋を捜してるんでしょうー……ビビりすぎです、わたしー」
安堵の息をこぼし、再び、ビグのいた方へと向き直るイゼルナ。
「――――――、は?」
誰もいなかったはずのそこにいたのはビグ、ではなく。
手をこっちに突き出した――何?
赤い、眼の……ハ、エ――
血の気が引く感覚が、あって。
「ギャ、ァ――」
何か、聞こえた気がした。
あるいはそれは、自分の短い――そして決して可愛らしいとは言いがたい――悲鳴、だったのかもしれない。
「…………」
そこで、イゼルナの意識は途切れた。
◇【剣虎団――リリ・アダマンティン】◇
町の東地区。
周囲にはひと気の失せた家々が所狭しと並んでいる。
魔物の数と勢いは凄まじかった。
剣虎団もこれに対応すべく続々と集結し、迎撃にあたった。
極力、聖体を消費したくない。
この魔物らはできれば自分たちだけで始末する。
事実、当初は余裕をもって迎撃できていた。
ザシュッ!
リリの刃が、魔物の肉を切り裂く。
悲鳴を上げる金眼の魔物。
リリ・アダマンティンの周囲で盾を務めていた聖体は、全滅していた。
やはり聖体の個々の戦闘能力はそこまで高くない。
要衝は剣虎団が受け持つ必要がある。
リリは剣の柄を咥え、
ぐっ
歯で挟み込み、固定する。
リリは四足の獣めいた前傾姿勢をとった。
両手の剣を、握り込む。
腰の革帯の後ろにも短剣を一本差してある。
四本の剣はさながら、牙、爪、尻尾――
「ギるルぐゲぁア――ぎェえ!?」
闇から間断なく現れる魔物を、斬っては捨てる。
リリたちは視界を確保するため、そこらに光源の魔導具を散らしていた。
ガッ
回避と足さばきで魔物の体勢を崩す。
間髪容れず、魔物の頭上から刃を垂直下に突き込んだ。
短い断末魔の悲鳴。
それを耳朶に残しながら、左手の剣を投擲する。
剣が、左手側から駆けてきた魔物の眉間を貫いた。
ズザァァア――――ッ!
落命と共に全身から力が抜けたのか。
魔物は勢いを残しながら、石畳に散らばる泥上を哀れに滑っていった。
動くたび振り乱れる髪。
そこから水滴を飛ばしながら、口に咥えていた剣を――
左手に、握り込む。
再びの――前傾姿勢。
虎が、虎たるゆえん。
戦場にて、獣たれ。
獣と、なれ。
かつてないほど神経が研ぎ澄まされている。
半径30ラータル(メートル)先で動きがあれば即座に気づける。
外側から何かが近づいてくれば、対応できる。
四方からドチャドチャ泥を飛ばし、魔物が迫ってきた。
気づいていた。
雨が降っていようと。
30ラータル先からの襲撃なら、接近までの間に勝ち筋を組み上げられる。
頭の中で勝ち筋を組み上げるのは、リリの得意とするところだった。
リリは、獣に似たくぐもったうなりを発した。
刹那。
飛び散ったのは、泥ではない。
無駄のない連撃が起こした魔物の噴血。
さらなる魔物の第二陣。
リリは指輪型の魔導具から攻撃術式を飛ばした。
攻撃術式で倒しきれなかった残りの魔物は、剣の投擲で始末。
素早く腰の後ろから短剣を抜き放ち空いた手に握る。
辺りはすでに魔物の死体で溢れていた。
ゼーラ帝がいれば多くの聖体を生み出せたであろう。
「フォス! ビグさん! ユオン! 誰かいるか!?」
応答はない。
市街戦。
細い路地を駆け抜けながら、剣虎団は連係を密に戦った。
共闘。
援護。
離散。
合流。
呼応。
剣虎団の戦い方だ。
突破口をいつも開くのは斬り込み隊長のフォスだった。
そのフォスの背後をどっしり構えて守るのがビグ。
二人の死角を守るユオンの援護は、もはや職人技に等しい。
ここに、他の団員が自然な形で最善の行動を組み込んでいく。
そして誰の手にも余る敵は、最大戦力のリリがねじ伏せる。
リリは強いが、それ以上の強者はこの世界に数えきれぬほどいる。
けれど仲間が支えてくれれば自分は。
自分たちは。
本来の力以上の力を発揮できる。
しかし今、その前提自体が崩れつつあった。
(どうした……みんな、どこに行った?)
魔物の数の多さや強さは想定以上だった。
そのため途中から聖体を投入した。
聖体以上にここで仲間を失うわけにはいかない。
この聖体投入によって、戦況は好転した。
しかし投入後、奇妙なことが起こり始める。
他の団員の姿が次々と見えなくなったのだ。
ひとかたまりでずっと防御陣形を取る、というわけにはいかなかった。
魔物の強さによっては、回避など、動きながらの対処が必要となる。
離散、合流、呼応。
それをしている最中、呼びかけに答えない団員が出てきた。
ただ、仲間の死体は一人も見かけていない。
不思議で、不気味だった。
ほんの少しの時間、離れただけなのに。
ぶっ、と口の中にまじった泥を吐き出す。
汚れた口端を拭う間もなく、聖体の死骸から剣を奪い――
再び、咥え込む。
(奇妙だ……何が起きてる? まるで、悪い夢でも見てるみたいだ……、――ッ!)
魔物が泥濘を踏み弾く音――三……いや、四匹か。
けたたましい雄叫びと共に、建物の屋根から飛びかかってくる魔物たち。
横殴りの雨と共に魔物が上空から襲いかかってくる。
リリは顔を上げ、まず攻撃術式を飛ばした。
それで二匹の魔物を仕留め、残る二匹へ、両手の剣を投擲――
「――――――――」
瞬間。
リリはほとんど反射的に”そこ”を振り向こうとした。
身体も、ほぼ無意識に動いていた。
そこいらに散乱している魔物の死体。
リリの斜め後ろ辺りに”それ”はあった。
その魔物の死体の下から、
人型の、黒い手が。
やや持ち上がった死体の下の隙間――鈍く灯る、不気味な二つの赤眼。
なんだ、あれは。
いたのか、ずっと。
機をうかがって、そこに……ッ!
「――【パラライズ】――」
――――ピシッ、ビキッ――――
30ラータル先で何か”動き”を察知できれば、大抵の敵には対処できる自信があった。
向こうから近づいてくるなら、余裕で察知できただろう。
けれど最初から死体の下で動かず、ジッと息を潜めていたのなら――
この距離では、勝ち筋を組み上げる時間がない。
対処が、間に合わない。
完全に。
不意をつかれた。
その時、赤眼に覆い被さっていた魔物の死体が跳ねのけられた。
ガバッ!
なぜか身体が動かぬリリの方へ”それ”が駆けてくる。
リリの斜め上の宙から、すでにリリの攻撃を食らった四匹の魔物が降り注ぐ。
魔物たちはリリの周りに転がり、痛みにか悲鳴を上げた。
急所をつけたようだ。
その四匹はもう戦闘不能と言っていい。
が、
「くっ……、――っそ! あれ、はっ……!?」
(蠅王ッ!?)
いたのか、ミラ陣営に。
そして――姿を消していった仲間たちは。
やられたのか、あいつに。
動かない……身体が。
迫る蠅王。
やら、れる。
「――――」
この時、リリ・アダマンティンの脳裏に浮かんできたもの。
それは、アライオンに残してきた者たちのことだった。
女神に人質にされていた者たち。
自分たちが全滅したなら……人質としての価値は、なくなる。
始末する意味もないんだ。
そうだろ、ヴィシス?
だから。
だからみんな――どうか、無事で。
それから……ここまでついて来てくれた仲間たち。
ふがいない団長ですまない。
結局、ヴィシスには最後までいいように使われちまった。
けどアタシは――幸せだったと、思えてたよ。
みんなと笑い合いながら、ここまで生きてこられたんだから。
「ちく、しょ――ぅ……、ほ、ん……っと……」
身の丈以上に……仲間に恵まれすぎだったよな、アタシは。
……そうだな。
もし、地の獄門で再会したら。
ありがとうも、改めて言わなくちゃか。
そして、頼むから……みんな。
あっちでは少しくらい――ふがいなかった団長のアタシを責めてくれよ。
「ふー……」
……………最後の、最後。
せめて、自分の中の力すべてを振り絞って……どうにかこの動かない身体を、無理くりにでも、動、かしてッ……反撃をッ……一矢、報い――――
「【スリープ】」
意識が途切れる直前、
「……間に合ったか。チッ……この、お手本みたいな善人どもめ。殺しちまえばそれで済む相手ってのが、どれほど楽かって話だ……ったく、どいつもこいつも――」
雨音と共に、リリの意識へ届いた言葉。
「決まりすぎなんだよ、覚悟が」




