蠅を招く
ルヴァの正式な出入り口にあたる門は、帝都の東側にあった。
巨大な白亜の大門。
上から包み込むような高いアーチ。
その門を抜けた先は、第三区画と呼ばれているそうだ。
俺たちの姿を認めた時点で複数人の門兵が駆け寄ってくる。
特級証を見せると、すぐに問題なしと判断されたようだ。
到着時の指示も行き渡っているらしく、
「すぐに城より迎えが来ることになっております。ど、どうかしばらくお待ちを」
そう言われ、門のそばにある詰め所へ迎え入れられた。
そのまま詰め所の部屋の一つに通される。
部屋のドアは閉められなかった。
勧められた椅子に座り待機していると、詰め所内の兵の声が聞こえてくる。
「あれが噂の……」
聞こえてくるのは部屋の外から。
開け放たれたドアの向こうから遠目にチラ見している兵士たちの声だ。
俺たちの傍にいる兵は、立場を弁えてか、必要なこと以外口を開く気配がない。
「あ、あれがセラス・アシュレインか……実物を見たの、初めてだ……」
「出回ってる肖像画の写しとか手配書なんかと比べものにならないな……実物の方が上なんて、信じられん」
セラスが蠅王ノ戦団の一員なのは周知の事実。
あの魔防の白城の一戦で大陸中に知れ渡った。
容貌も各国に肖像画や手配書で知られているようだ。
道中はともかく、ここでセラスの素顔を隠す必要はない。
ここにいる蠅王ノ戦団が本物である、という証明にもなる。
「ただ、もう一人の銀髪の女も……美しいな」
「か、身体の方は……おれは、セラス・アシュレインより好みかもしれん……」
「おお、銀髪の方がこっちに笑顔で会釈をしてくれたぞ……!」
「……正直、本気で胸が高鳴ってしまった」
ムニンも素顔を晒している。
翼さえ隠しておけば、知る者以外には禁字族とは思われまい。
どうせ素顔も調印式で晒すことになる。
なら顔を覚えてもらって、顔パスの機会を作って置く方がいい。
「で……そんな美女を二人もかたわらに置いているあの蠅王は、何者なんだろうな」
「アシント自体どこから現れたのやら、謎の多い集団だったらしいからな」
仮面で素顔を隠しているのは、蠅王装の俺のみ。
「だが、我がミラの味方になってくれたのは心強い」
「ああ……この戦いはやはり陛下のおっしゃるように、天界のご加護があるのかもしれん」
狂美帝が蠅王ノ戦団と手を組んだ情報は出回ってる、か。
あえて狂美帝が流させてる、って線も考えられる。
その時、足音が近づいてきた。
現れたのは、
「お待たせいたしました、皆さま」
交渉の場にもいた、あの丸眼鏡の補佐官。
確か名は、
「改めまして、ルハイト様の筆頭補佐官を務めておりますホーク・ランディングでございます」
ホークが姿を現したのに合わせ、俺は腰を浮かせていた。
「お久しぶりにございます、ホーク殿」
「お待ちしておりました、蠅王ノ戦団の戦団長ベルゼギア様……そしてその副長であられる、セラス・アシュレ――」
ホークの言葉が、唐突に途切れた。
フリーズしたようにセラスを凝視している。
それから。
じわりと染み渡るようにして、彼の顔に赤みが増していく。
ややあって、ホークはわずかにズレた眼鏡の位置を直しつつ――
「し、失礼いたしました……前に交渉の場でお会いしてはいますが、お顔を拝見したのは……本日が初めてだったもので……」
そういやセラスはあの交渉の場では素顔を晒してなかったか。
あの時マスクをつけさせたのは、下手にセラスへ注目がいくと交渉の邪魔になると考えたからだった。
「ふふ、わかります。セラスさんを初めて目にした時は、わたしだってそんな風にしばらく衝撃を引きずっていましたもの。お気持ちは、とてもよくわかります」
フォローっぽく言ったのは、ムニン。
ホークは控えめな感謝の照れ笑いを浮かべたのち、顔を引き締めた。
「それから……最果ての国の外交官であられるムニン様。ようこそミラの帝都ルヴァへお越しくださいました。心より、皆さまを歓迎いたします」
ホークは挨拶もそこそこに懐中時計を確認すると、
「では早速、城へご案内いたします」
やや急かすようにして、部屋の出入り口を手で示した。
「馬車を外に用意しております。城へはそちらで」
促され、詰め所から出る。
停まっていた馬車は大きく立派なものだった。
各所に銀細工があしらわれ、車輪すらどこか高級感がある。
清潔そうな白い馬車。
引く馬の毛並みも白く、手綱一つとっても上品に見える。
と、セラスが詰め所脇に設置された簡易厩舎からスレイを連れてきた。
「私は馬車に同乗せず、スレイ殿に乗って城までまいります。よろしいでしょうか?」
ホークが馬車に視線をやった。
そしてやんわりと、
「いえ……城までの道中、セラス様ですと必要以上に人目を引いてしまうかと。あまり目立つのもいかがかと思いますので、そちらの馬は兵に城まで届けさせましょう」
いや、と俺は断った。
まずスレイに第二形態のまま馬車についてくるよう言う。
次に”この馬は問題なくついてくる”とホークに念押しした。
ホークは馬車とスレイへ素早く視線を往来させたのち、
「かしこまりました」
せかせかと小走りに馬車の方へ向かうホーク。
彼は先に馬車の前に位置取ると、ドアの取っ手に手をかけ、俺たちを待った。
「…………」
「ベルゼギア様? いかがされましたか?」
「いえ、とても立派な馬車だと思いまして」
微笑むホーク。
「我が国にとってあなたがたは大切な客人です。このくらいの馬車を用意するのは、当然でございます」
「感謝いたします」
俺が礼を述べると、ホークがドアを開けた。
「ようこそ、帝都ルヴァへ」
片側の座席の中心に、姿勢を軽く崩し腰を据えていたのは――
「さほど時をおかずの再会を嬉しく思うぞ、蠅王」
狂美帝だった。
俺はできる限り姿勢を整え、かしこまるように一礼した。
「このような形で陛下直々にお出迎えくださるとは。予想外のことに驚きこそしておりますが……それ以上に、光栄に存じます」
すると狂美帝は、
「後ろの二人の反応と比べると……そちは、余がこの馬車に乗っているのを予想していたようにも思えるがな」
希望が叶ったかのような微笑を薄く浮かべ、そう言った。




