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ミラの帝都を目指して


 最果ての国を発った俺たちは、西へ向かっていた。


 目的地はミラ帝国の帝都ルヴァ。

 最果ての国を出たあとは丘陵地帯をずっと西へ移動した。

 そしてその丘陵地帯を抜けると、あまり深くない森林地帯へ出た。


「地図によると、この森を抜けると帝都へ続く街道に出るようですね」


 第二形態のスレイに乗ったセラスが言った。

 その後ろにはムニンが乗っていて、地図を覗き込んでいる。

 俺はアライオンの騎兵隊が使っていた馬で移動していた。

 ムニンは鴉状態でもいいのだが、変身すると少なからず負荷がある。

 ちなみに今は翼の方も出したままだ。

 収納できる便利な翼だが、ずっと収納しておくとやはり疲労する。

 ムニンが、スレイをそっと撫でた。


「ごめんなさいね、スレイさん。二人も乗せていると疲れるでしょ?」

「ブルルッ」


 元気な返事。

 俺は自分の馬とスレイを見比べ、


「二人乗せてても、こいつより元気そうだ」

「ブルルルッ!」

「ふふ、頼もしいわね。ありがとう、スレイさん」


 二頭の馬のサイズはさほど変わらない。

 しかしスレイは明らかに俺の乗る馬よりパワフルだ。

 荷物だってスレイの方が多い。

 が、俺が今乗っているのも大分いい馬だ。

 大柄で力強い感じがある。

 この馬は、この前の戦いで確保した馬の中からセラスが選んでくれた。

 一番いい馬を選びました、とのこと。

 で、スレイはそんな馬もはるかにしのぐパワーがあるらしい。

 つーか。

 スレイは見た目こそ馬だが、そもそも普通の馬じゃないわけで。

 ちなみにスレイが褒められ、


「ピニュイ~♪」


 なぜか、一緒に喜んでいるピギ丸。

 ……ほんといいコンビになったな、こいつらも。

 見上げる空は夕暮れどき。

 いわし雲が、ゆっくり流れている。


「森を出る前に、ちょっと休憩していくか」

「移動は暗くなってからにしますか?」

「……だな。あんまり、人目につきすぎるのもな」


 そういえば久々の人里らしい人里な気もする。

 魔群帯に入る前は目立たぬよう行動することが多かった。

 人目を気にしての移動も久々だが――もう、すっかり慣れたものだ。

 俺たちは野営の準備をし、夕食を取った。

 夕食後、


「もぐぐ……ご、っきゅんッ――トーカさん!」


 ほっぺに手をやって、キラキラ目を輝かせるムニン。


「この”もんぶらん”ってなんなの!? 何ごとなの!?」

「何ごとなの、と言われてもな……」


 族長の口の端には紫色のクリーム。

 色は紫芋のものだ。

 つまり紫芋のクリームを使ったモンブランケーキである。

 魔法の皮袋から出てきたものだ。

 ちなみに昨日はトクホ系のお茶とおやきだった。

 で、本日ようやくセラスお待ちかねのスイーツが出てきたのである。

 モンブランはムニンも相当お気に召したらしい。

 それとムニンだが、彼女はもうこの旅のいわば”共犯者”に等しい。

 俺の本名も教えてあった。

 異界の勇者であることも。

 ムニンなら知っておいていい、と判断した。

 そんなムニンが、ずずい、と膝をついて俺の方へ迫る。


「どういうことなの!?」

「……いや、食ったまんまだが」

「外の世界は今、こんなすごい甘いもので溢れているのね?」

「あー……こいつは、一般的に流通してない。俺特製の甘味、ってとこだ。なんつーか……たまに、ご褒美感覚でセラスたちに振る舞ってる」


 そういや魔法の皮袋の話は、まだしてなかった。

 ま、別にここで説明してしまっても――


「トーカさん!」

「あ、ああ……」

 

 ムニンはもう鼻先まで俺に顔を近づけ、


「本当にすごいわ! それはとっても素晴らしい才能よ! 今度フギにも作ってあげてください!」

「そうしたいのは山々だが……実は、ほぼ再現ができない」

「あら? そ、そうなの?」


 材料が特殊だから、と説明する。

 ……魔法の皮袋の話は、また今度でいいか。

 つーか。

 これはいつもこの皮袋を使うと思うわけだが。

 才能があるのはそのケーキを作った誰かである。

 俺じゃない。

 褒められるのはその”誰か”だ。


「ピム、ピム……ピムーッ♪」

「ハム、ハム……パキューッ♪」


 ピギ丸とスレイにも好評。

 セラスへ視線をやる。

 幸せそうに目を細め、ほっこりしていた。


「もぐ、もぐ……♪ むぐ、むぐ……ほふぅ……幸せなのです……」


 なんかセラスのキャラにまで微妙に影響が出ていた。


 ジーッ……


 ムニンが、物欲しそうに指を咥えている……。

 甘味程度にそんな顔しなくても、と思うが。


「? ムニン殿? いかがされましたか?」

「そっちのは、あ、味が違うのかしら……?」


 セラスが食べてるのは一般的な栗のモンブランケーキ。

 ムニンは色違いの味が気になるらしい。

 ハッとしたセラスが、フォークを取り出す。

 まだケーキは半分残っている。

 セラスはケーキの端の方をスッと丁寧に切り分けた。

 それから皿のように手をケーキの下方にやって、ムニンの方へフォークごとを差し出す。


「お食べになりますか?」

「いいのかしら? いえ、そ、それを期待して質問したのだけれど……、――いい?」


 苦笑するセラス。


「どうぞ」

「じゃあ、失礼して――」


 ぱくっ、と。

 差し出されたケーキに、ムニンが食いつく。

 もぐもぐ。


「んんん、おいしい――――――――ッ! ここで旅が終わっても悔いはないわ!」


 いやそれだと普通に困るんだが。


「ありがとう、セラスさん。じゃあ、あなたも――よいしょ、っと……はいどうぞ?」


 ムニンの紫芋の方も半分残っている。

 彼女は同じようにして、セラスの方へ切り分けたひと切れを差し出した。


「はい、あーん」

「あ――ええっと……」


 俺の方をチラチラ見るセラス。

 恥ずかしいようだ。

 が、目の前にある未知の甘味の誘惑からは逃れきれず――


「申し訳ございませんっ――あむっ」


 極力上品になるよう気をつけた感じで、控えめに食いついた。

 はむはむはむ、と味わう姫騎士。


「んん――――ッ」


 左右の手を両頬に添えるセラス。

 表情が感動を表現している。

 伝わりすぎるほどに。

 こういう時、セラスは年相応な可愛さが強く出る気がする。

 いやまあ……普段が大人びすぎてるんだろう。


「ねぇ? 美味しいわよね? じゃ、ええっと――、……はい、トーカさんっ」


 同じようにして、紫芋のケーキを差し出してくるムニン。


「俺は食い慣れてるから、残りはそっちで食っていいぞ」


 そう頻繁に食った記憶はないが。

 しかしセラスたちに比べれば”食い慣れてる”と言える。

 嘘ではない。


「――だめですっ。ほらトーカさん……はい、あーんっ」


 うふふ、と笑顔でケーキを近づけてくるムニン。

 ……この空気で拒否するのもな。


「わかったよ……はむっ」


 もぐもぐ。


「いや、確かにこれは旨いな……、――で、おまえもなのか」

「ハッ!?」


 セラスの動きが、ストップした。

 なかなか面白い姿勢で。

 自分のケーキの残りをフォークに刺し、俺に差し出す準備をしていたらしい。


「あ……せっかく、ですので……」

「あ――すみませんセラスさんっ……わたしが先に出しゃばってしまって。ふふふ……トーカさん、ここはセラスさんを立ててあげてくれませんか?」


 結局、セラスの方も食わせてもらった。


「…………」


 甘すぎない栗のクリームと、土台のサクッとした甘いパイ生地が……ほんと合うな……。



     ▽



「で、俺たちの切り札である無効化の禁呪だが――」  


 腹を満たした俺たちは焚き木を囲んでいた。

 一応、黒い幕を周囲に張って焚き木の火は見えにくくしてある。

 また、近づく気配があれば俺かピギ丸、セラス辺りが真っ先に気づくだろう。


「トーカさんの麻痺のスキルと同じくらいの射程距離、となるわけよね?」


 あのまま狂美帝に同行しなかった理由の一つ。

 それが、最果ての国にいる間に一度禁呪の試し撃ちをするためだった。

 発動は成功。

 その際、ムニンの腕から九本の黒い鎖が放たれ、対象へ向かって飛んでいった。


 発動時には、


 ”縛呪ばくじゅ、解放”


 と使用者が発声しなくてはならない。

 ちなみに”縛呪”と”解放”の間に、やや”間”を取る必要がある。

 試したが、早口や、間を一切取らずの詠唱では発動しなかった。 


 また、使用者は対象を視界に捉えていなくてはならない。

 ここは俺の状態異常スキルと同じ。

 放たれた鎖は対象を通常の鎖のように縛らない。

 鎖は、対象へ吸い込まれるにして――消える。

 で、対象の全身に一度鎖状の光が浮かび上がり――再び、消える。

 それが”成功”を示す合図だと思われる。

 

 最初なので対象はまず無機物を使った。

 が、おおよその過程と効果はそれでほぼ推定できた。


 ”相手が神族でなければ試し撃ちできない”


 みたいなことにはならなかった。

 それから発動の際は、青竜石を手中に握り込んでいた。

 発動時には、手中の青白い光が腕に浸透していくのが見えた。

 青竜石は、発動後には消えていた。

 これで一つ消費となる。

 が、まだ数には十分余裕がある。

 事前に行う試し撃ちの一つは、無駄使いとは言えまい。


「超遠距離から、ってわけにはいかねぇな……ある程度は、ヴィシスとの距離を詰める必要がある。それに――」


 確認するように、ムニンが俺をうかがう。


「ただ近づくだけではだめ、ね?」

「ああ。短いとはいえ、最後まで発動詠唱を言い切る必要がある。俺のスキルと同じだ。しかもこの間、ヴィシスを範囲内にとどめつつ、発動者であるムニンの身も守らなくちゃならない」


 セラスが伏せた状態のスレイを撫でながら、


「女神を範囲内に留めておく役と、盾役が必要となるわけですね」

「……だな」


 何人でやるにしても。

 不意打ち――つまり、意識外からの発動。

 意識逸らし。


 要は――空隙(スキ)だ。


 成功させるためにはやはりそれを作り出す必要が出てくる、か。


「ヴィシスがどこまで頭が回るかにもよる。ムニンは面識ないが、セラスは――」

「申し訳ございません。私も、直接会って言葉を交わしたことはなく……」

「……だったよな」


 ですが、と続けるセラス。


「用心深いところは用心深く、めざといところはめざとい……面識がある姫さまは、そうおっしゃっていました。権謀を巡らすだけの頭も備えている、と」

「あの姫さまの言うことなら、信用できるか」


 エリカの説明した人物像――この場合は”神族像”とでも言うべきかもしれないが――とも一致している。


 エリカはヴィシスの近くで生活していた時期がある。

 前に、エリカからヴィシスの人物像はかなり聞かせてもらっていた。

 けっこうな、罵詈雑言つきで。

 ただし、とセラスが付け足す。


「神族以外の者……特に人間を過剰に下位の生物と捉えている節があり、ヴィシス個人のまさに人並み外れた戦闘能力も相まってか、驕りが見え隠れすることもある――と」

「……そこもやはりエリカの印象と同じ、か」


 俺は視線を伏せ、


「足を掬うなら、やはりそのへんが使えそうだな……」


 神が人間なんぞにやられるわけはない、と。

 上位存在が下位存在に脅かされるなどありえない、と。

 ずっとそうやって、生きてきたのか。

 俺の廃棄にしてもだ。


 ”今までがそうだったんだから今回もそうに違いない”


 経験則。

 前例主義。

 いや、これは人間でも変わらないか。


 ”今までそれで大丈夫だったのだから、これからもそれで大丈夫に違いない”


 ゆえに――驕り(空隙)が、生まれる。

 で、気づいた時には足場がもう崩壊しかかっている……と。


「…………」




 突き崩すなら――そこか。




 ただ、ヴィシスの唯一の天敵である根源なる邪悪……。

 大魔帝。

 おそらくその存在が、ヴィシスを完全に傲慢にし切らない。

 脅威が存在する、ということは。

 驕り切れない、ということでもあって。

 見方を変えりゃあ――

 根源なる邪悪は、ヴィシスの襟を正す存在でもある。


「……普段は素の自分を隠してるっぽい、みたいなこともエリカは言ってたが」


 あ、と何か思い出した顔をするセラス。


「ええ……表には出さぬ面や隠しごとも多そうだ、とも姫さまもおっしゃっていました」

「意外と演技派ってことか……」


 だろうな。

 上っ面だけの――あのクソみたいな笑顔。

 思い出すだけでも薄ら寒いものが走る。

 あの苛つく顔を苦痛や悔しさで歪められるなら。

 禁呪を求める旅をした価値はある、と思える。


「そういや定着時に使った詠唱の中にあった文からすると……禁呪は本来”原初げんしょ呪文”って呼ばれてたみたいだな」


 ま、そりゃそうか。

 禁止――”禁呪”と名づけたのはクソ女神。

 なら元はちゃんとした名があったわけで。 

 ふぅむ、とやたら絵になる仕草で思案するセラス。


「原初呪文とは、もしかすると……この世界に存在する詠唱呪文や術式における、原初的な位置にあたるのかもしれませんね」

「ともあれ、だ」


 俺は片膝を立てて座ったまま、ムニンを見る。


「俺の状態異常スキルでクソ女神を叩き潰せるかどうかは、すべてあんたの原初呪文……禁呪にかかってる。もちろん禁呪をかけられるよう、全力で補助はする――頼んだぜ、ムニン」

「ええ、任せて」


 ムニンは目を閉じ、穏やかな笑みを浮かべると、心臓の位置に手をやった。



「この命に代えても、わたしは必ずあなたにつなぐ道を作ってみせるわ……あなたが状態異常スキルを付与するための”道”を。わたしたちの――いえ、すべての未来のために」



 それは――決意めいて、というより。

 覚悟と、見えた。


「…………」


 普通(正しい)ならここで――


 ”そんなこと言っちゃだめだ!”

 ”命を粗末にしちゃだめだ!”

 ”待っている人のことを考えるんだ!”

 ”だめだ!? みんな必ず、無事に生きて帰るんだ!”


 みたいに。

 あとのことを、考えるべきなのだろう。

 それが正しい。

 絶対的に。

 が、クロサガの――


 結実した覚悟と、そこへ至るまでの年月を、知ってしまったら。


 生半可に”正しい”ことも言えなくなってしまう。

 俺の考えでは、ここで俺が”正しいこと”を言うのは否定でしかない。


 ムニンへの。


 そして、その復讐心を今日こんにちにまでつないできた、幾人ものクロサガたちへの。


 彼らの積み重ねてきた”覚悟”を、俺は否定できない。

 軽いものじゃないからだ。

 想像もつかぬほど重いからこそ――命が、最優先じゃない。

 だから、言う。

 俺は……






「俺も、すべてを賭ける」






 そう――あるいは、命すらも。











     ▽





 数日後、俺たちはミラの帝都ルヴァに入った。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] おやきって、北海道と東北の一部ではお菓子なのでスイーツって勘違いしてしまった。 惣菜系のおやきね。
[一言] 足元は掬えない。掬うのは足だ。
[気になる点] 命掛けちゃったなぁ これは、トーカ死亡エンドが見え隠れしてるなぁ
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