黒の目覚め
安智弘は、ベッドで上体を起こしていた。
部屋には今、他には俺とセラスのみ。
俺は蠅王装で顔を隠している。
一方のセラスはいつもの服装。
素顔を晒し、帯剣もしている。
面倒を見てくれていたケンタウロスらには外してもらった。
声変石で歪ませた声で、俺は丁寧に話しかける。
「これからあなたに少しお話をうかがいたく思います。ですがその拘束具を嵌めたままでは会話も難しい……そのため外しますが――我々に危害を加えないと、約束していただきたいのです」
安は手足を拘束されていない。
拘束具を外した途端、スキルは使用可能となるだろう。
「申し訳ありません。我々も警戒せざるをえないのです。今回の戦いで……友好的な空気で接触してきた相手に謀られ、危機に陥った一件がありました。ですので、臆病になっているのです……了承いただけるのでしたら、頷きを一つお願いできますか」
こくり、と頷く安。
迷う様子は見られなかった。
ちなみに言葉ではないため、セラスの真偽判定はできない。
が、俺としては質問への反応を見ておきたかった。
「ありがとうございます。ではこれから――拘束具を、外します」
セラスが拘束具を外す。
俺はいつでも状態異常スキルを使える心構えをする。
拘束具を脇の台へ置くセラス。
その間、安はおとなしくしていた。
……本当に、別人みたいに見える。
俺は言った。
「あなたがあのようになっていた経緯はそれなりに知っています。第六騎兵隊の者から聞きましたので」
ビクッ、と。
安の肩が一瞬跳ね上がった。
第六騎兵隊の名に反応したらしい。
「ご安心を。第六騎兵隊は――我々が、壊滅させました」
安の目が丸く見開く。
虚を突かれた顔だった。
安は面を上げ、
「え? あの第六騎兵隊……ジョンドゥを、ですか……?」
喋り出しの声はひどく小さく、かすれていた。
しばらく喋っていなかったためだろう。
「手強い相手でしたが、あの男はもうこの世にいません。第六騎兵隊の者たちも……この戦場にいた者は、すべてワタシたちが始末しました」
安は再び視線を伏せ、力なく言った。
「……そう、ですか」
安は第六騎兵隊のせいでこんな状態にされた。
普通なら思うところがあってしかるべきだろう。
しかし、安の反応は淡泊と言ってよいものだった。
”死んでよかった、ざまぁみろ”
そういう感情が微塵もうかがえない。
事実を事実として、ただ受け入れている感じだ。
「彼らを恨んでいるのでは?」
安は自分に問いかけるような調子をまぜつつ、
「……裏切られてしばらくは、そうだったかもしれません。ですが……考える時間があまりにたくさん、ありすぎて。その……恥ずかしい話なんですけど、この戦場についたらしい頃には”こうなったのは僕の自業自得だな”って……そう、思うようになっていて」
安は自省的に、また、自罰的に続ける。
「第六騎兵隊に拘束される前の僕は、ご……傲慢のかたまり、だったんです。女神から与えられた借り物の力なのに、まるで、自分が特別ですごい人間になったような……そんな、気分で。バカみたいに……舞い上がって。気だけが、大きくなっていって……気づけば、何も見えなくなっていたんです。今思えば自分自身すら、見失っていた……いえ――」
痩せこけ、憔悴した顔で、安は腱の切れた自分の手を見つめる。
「この世界に来る前から僕はきっと……何も見えちゃ、いなかったんです。こっちに来てからは……借り物の力で威張っているだけの……ガキでしか、なかった。余計、たちが悪くなってたんだと思います……こじらせてた、ってやつですかね」
「…………」
変わった。
見違えるほどに。
先ほど当人が言ったように、やはり――
独りで考える時間がありすぎたせい、か。
「もちろん、あの隊長が倒されたのには驚きました……でも、第六騎兵隊が始末されたこと自体には不思議と……”ああ、そうなんだ”以上の感情が、湧いてこなくて……」
あの、と自分の手から俺へ向き合う安。
「僕はこれから、どうなるんでしょうか? 裁判なんかにかけられて……処刑、されるんでしょうか?」
俺は一拍置き、
「だとしたら、受け入れられますか?」
「……受け入れなくちゃ、いけない……です。ただ、その――」
俺は安の言葉を待つ。
「もし……叶うなら、もう少しだけ……生きていたいと思う自分も、いまして……」
生きる意思はある、か。
「何か生きたい理由が?」
「……謝りたい人たちがいるん、です」
「…………」
「他の異界の勇者……クラスメイトたち……特に、綾――いえ、十河さんに。あの人は……あの人、は……ッ」
祈るのような形の両手に、安は、額をくっつけた。
「あんな僕を――こんな僕をあんなに、気にかけていてくれたのに……ッ! なのに、僕はっ……僕を頼ってくれていた、クラスメイトのことだって……ッ、僕は、自分のこと、ばっかりで……ッ、ぐすっ……で、でもっ……十河さんはいつだって、あんな状態でも――みんなの、ことを考えて……ッ、あんな僕のこと、さえも……ッ」
後悔の念を、独白めいて吐き出す安。
安は――泣いていた。
俺もセラスも、黙って次の言葉を待った。
少し落ち着いた頃、安は再び、ぽつりと話し出した。
「……佐久間君や広岡君の死だって、僕がもっと気を配れていたら……助けられたのかも、しれない。そういう意味じゃ、僕が殺したみたいなものです……ぐすっ……だからあの二人にはもう、謝ることができない……ッ」
佐久間。
広岡。
死んでたのか。
アイングランツを倒した後、十河と話した。
あの時、桐原グループの刈谷幾美が死んだ話は聞いた。
が、その二人の死は知らなかった。
まあ、十河が二人の死を”蠅王”に伝える理由はない。
……他にも、死んだヤツはいるのだろうか。
「三森――」
その名に反応しないよう、細心の注意を払う。
セラスにも事前に言い含めておいたから、大丈夫だろう。
安が俺の名を出す可能性はある、と。
「三森君も、そう……もう、謝ることができない」
項垂れてやや押し黙ったあと安は、
「その三森君というクラスメイトは、前の世界にいた時……僕に手を差し伸べてくれたことがあったんです。だけどその時の僕は、プライドだけが高くて……その、つまり……あの頃の、ぼ、僕は……僕は――」
ぎゅ、と勇気を出すように両目をつむる安。
「誰かに、手を差し伸べる側になりたかった……ッ、手を差し伸べられる側じゃ、なくて……ッ、ずっと、ずっと……この世界に来てからも……でもどこかで、どんどんおかしくなっていって……元の世界にいた頃とは比べものにならない全能感に、ど、どんどん、酔っていって……」
なるほど。
第六騎兵隊との一件で、
”酔いが覚めた”
わけだ。
……で。
俺のことも覚えてた、か。
「謝りたいと、おっしゃいましたね?」
「……は、はい」
「つまりもし罪を許されて解放されたなら、あなたは勇者たちのもと――アライオンへ戻る、と?」
「――どう、でしょうか」
安が視線を逸らした。
それは容易には叶わないだろう、とでも言いたげに。
「女神様は僕を始末するつもりだったようです……そんな僕が実はまだ生きていて、のこのこと戻っても……あまりいい結果にはならない、ような気がします」
「おっしゃる通りかと。ですが他の異界の勇者たち――”くらすめいと”たちとは、できればまた合流したいのですね?」
「……はい。ですが、その」
まだ何かありそうだ。
次の言葉を、待つ。
「実を言うとまだ、気持ちがぐちゃぐちゃで」
「と、いうと?」
「どんな顔をして会ったらいいのか、わからなくて……その、まだ僕は自分を見失ったまま、と言いますか…………そ、それに――」
安は視線を伏せ、少し落ち着いた調子で続けた。
「この世界を少し……見て回れたら、なんて。そんなことを……思って、いて」
「見て回る、ですか」
ややあって、
「恥ずかしながら以前の僕は……この世界の人たちをモブ――つまり、その他大勢としか思っていませんでした。選ばれた勇者である自分をひたすら賞賛してくれて、なんでも肯定してくれる……この世界の人間は、そんな人ばかりだと思っていたんです。本当の意味で”生きている”ってことを、多分、ちゃんと認識できていなかった……」
自分こそが――自分だけが、選ばれた主人公。
自分のための世界。
自分だけが、望まれる世界。
安智弘には、そんな風に見えていたのだろうか。
「だから、あの……この世界の人たちがどんな顔をしていて、どんな風に……どんな気持ちで生きているのか……僕は今、自分のことと同じくらい……他人のことをちゃんと、知ってみたいんです……変な話に、聞こえるかもしれませんけど」
「…………」
なるほど。
要はいわゆる”自分探し”をしてから十河たちに会いたい、と。
”自分探し”
ずっと昔に流行って今じゃすっかり廃れた言葉らしい。
知らない単語だったので、いつだったかネットで変遷を調べたことがあった。
”探しても本当の自分なんてものは存在しない”
”自分に酔ってるだけ”
”自分探しとかするのはイタいヤツ”
”辛い現実から逃げてるだけ”
”自分とか意味ないもの探してる暇があったら勉強するか働け”
みたいな言葉で揶揄され、ネタ以外じゃ誰も口にしなくなったようだ。
ただ――ここは異世界。
それで納得して、気持ちの整理がつけられるなら。
前へ進めるのなら。
まあ、いいのかもしれない。
「僕は……ちゃんとみんなに謝ることができたら、埋め合わせをしたいんです。自分勝手にやってきたことへの……三森君、佐久間君、広岡君の命を考えたら……簡単に埋まるものじゃないとは、思いますけど」
「? そのミモリという人の死にも、あなたは責任を感じているのですか?」
「あの状況であんな風に言われたら……誰だって、辛いですよ。それで絶望しながら死が確定って――あ、でも……」
ほんのちょっとだけ。
安は、口もとを緩めた。
「三森君、廃棄遺跡へ送られる前に……女神様に、中指立てて見せたんですよ。”覚えておけ”って……あの状況で……あれは、かっこよかったな……十河さんと同じくらい、すごかった……」
安は俯き、肩を落とした。
「僕の中にあったのはきっと……三森君や十河さんへの嫉妬とか、コンプレックスだったんだと思います――いえ、その二人だけじゃない。色んな人と比べて矮小な自分を認めたくなくて……だから、強がって……自分がすごいんだぞ、って誰かに見てもらいたくて……認めて、もらいたくて。そして今も……」
再びジッと手もとを見つめる安。
「勝手に心情を吐露して……勝手に、許されようとしてる。そんな自分が、僕は心底嫌いなんです。でも、だから……自分本位なのは、飲み込んだ上で――」
顔を上げる安。
俺を真正面から見つめ、
「ほんの少しだけでいいから――自分を、好きになりたい。好きになれてから、ちゃんとみんなに謝りたい。そして――誰かの、力になりたい」
「…………」
誰だ、こいつ。
俺の知ってる――安智弘じゃない。
が、同時に答え合わせができた気もした。
こうなんじゃないか、と漠然と考えていた安智弘という人物像。
当てはまった、気もする。
……ある意味、典型タイプのキャラじゃねーか。
つーか。
謝りてぇんなら……一人は、生きて目の前にいるんだけどな。
剥がれては、いる。
以前の安智弘の――毒々しかったメッキは。
やはり第六騎兵隊との一件が効いたらしい。
……荒療治、か。
「なるほど、お気持ちはわかりました」
まあ、安の自分語りはわかった。
気持ちもわかった。
俺は思案する仕草を作り――
「そう、ですね……では、ワタシの方から最果ての国の方たちに話してみましょう。あなたが望む方向へ、今後の物事を進められるように」
「! ぼ、僕はそのっ……裁判、とかに――」
「かけるつもりの者もいるかもしれませんが、幸い、ワタシは今回の戦いを勝利へ導いた最大の功労者らしいのです。この国の上の者へ掛け合えば、そういった不穏な方向は回避できるかと」
実際は裁判とか処刑なんて話は露ほども出ちゃいない。
現状、俺に一任されている。
なのでこれは、単なる駆け引きだ。
「まあ、あなたは今回の戦に参加していたとは言いがたいですし……一応、うかがいます。今後、最果ての国と敵対する気は?」
「あ、ありませんっ……あるわけが――」
セラスの無言の合図。
真実。
「信じましょう」
と、安が躊躇う素振りを見せた。
しかしすぐに決意した表情で、
「あの、えっと……実は、ぼ、僕はあなたを――」
安は、打ち明けた。
実はベルゼギア――俺を殺そうとしていたことを。
打ち明けたのち安は、
「――それで、この国の人から聞いたんです。僕を捜させていたのが、あなただって……」
「捜させたのは、異界の勇者と知ったからです。いくつか聞きたいこともありました――親切心という意味で感謝するなら、あなたを見つけ、そして看病した亜人たちにかと」
「だとしても……生きているのはやっぱり、あなたのおかげでもあります。あのままなら、僕は死んでいたかもしれない。本当に、ありがとうございました……そして、すみませんでした。自分を完全に見失っていた頃とは言え、あなたを殺そうとしてたなんて……」
「しかし……ワタシが勧誘に応じなかった場合は殺すようにと女神から命じられていたのでしょう? まだワタシは、勧誘すら受けていなかったわけですし……」
「ち、違うんです……僕は、そ、その……もとから勧誘せずに、あなたを……、――殺そうと、していました……今思えばもう、愚かとしか言えないですが……」
安はしばらく沈黙した。
やがて自分の手もとに視線を落としたまま、
「何もかもを手にしているあなたが……羨ましかったんだと思います。つまり……嫉妬、です」
自分の中の真実をごまかさず。
勇気を持って認めた――風に、見えた。
「僕が情けなく逃げた戦場に颯爽と現れ、絶望的な戦況を覆し、あっさり側近級を仕留めた蠅の王……しかもこの大陸で最も美しいと謳われるセラスさんが、傍らにいて――」
その時、安が視線を上げた。
次いでハッとした表情を浮かべる。
安の目にはセラスが映っていた。
不思議な話だが――今、その存在に気づいたとでもいうような。
今ようやくその”美貌を認識した”とでも、いうような。
……安は今までセラスを”ちゃんと認識”してなかったのか。
頬を上気させた安は、気恥ずかしげに視線を逸らした。
「力があり、名声があり、誰もが羨むそんなパートナーがいて……、僕は、心の奥底ではあなたを……かっこいいな、って感じたんだと思います。そう――」
安は目を閉じ、ふっ、とかすかに口の端を上げた。
「僕はこの異世界で多分――あなたみたいに、なりたかった」
嫌みのない、笑みだった。
けれどその笑みは、すぐに自責的なものへと変化する。
「だから、あなたをこの手で始末して……すべてを持つあなたのその”すべて”を奪い取ってやろうと、そう思ったんです。身の程、知らずにも」
「すべてを持つ、ですか」
「……少なくとも僕にはそう見えていました。正直、今でも」
「そんなによいものでも、ありませんよ」
俺は言う。
「悪い部分とは案外、外部からは見えないものです。よく顔をつき合せる友人や隣人でも、知らないことはたくさんあるものですから。たとえばあなたが羨むワタシでも、不快な思いや嫌な思いもたくさんします――しました。必要以上に注目されるのも、やはりよいことばかりではない。鬱陶しさも感じます。セラスにしても、彼女は彼女で抱えているものがある。そもそも人は”知らぬ”ものへ期待値が、高すぎるのです。しかし期待とは一度近づいてみれば、大抵のものは幻想だったとわかります。期待値をこえることは稀なのです。そうして最後に……幻想は”現実”へと、堕ちる」
「……大人なんですね、ベルゼギアさんは」
「必死に背伸びをして、大人ぶっているだけです」
はは、と安は苦笑した。
「そういうのを、大人っていうんだと思いますよ?」
俺は一拍置き、
「あなたは、誰かに認められたかった」
「……多分」
「けれど、認めてもらえなかった」
「…………はい」
「あなたは――誰かを、認めてあげていましたか?」
「…………いなかったと、思います」
「認められたいなら、誰かを認めることからはじめるのがよいかもしれません。そうすれば自然と、認めてもらえるようになるかもしれない」
「…………」
「それが嫌なら――誰も認めず、己だけを貫き、賞賛を求めるのなら……膨大な気力と能力が、必要となるでしょう。そして、それはきっととても孤独な茨の道……けれどその先にも、あなたの求めたものはやはり、あるかもしれない」
俺はさらに数拍溜めて、
「どちらを選ぶかは、その人次第です」
「……そう、ですね。ええ」
安は素直に頷いた。
と、
「……あの?」
安が顔を上げ、俺を見る。
俺は――手を差し出している。
「蠅王ノ戦団の戦団長、ベルゼギアです」
改めての自己紹介――そして、握手の求め。
安はすぐ理解したらしく、
「……元勇者の、安――トモヒロ・ヤスです」
俺の手を、安は、緩い力で握り返してきた。
道を見失った相手にこういう説教じみた言葉は――染みる。
そしてこの握手は”信頼の証”。
人はやはり信頼した相手に対し、口が軽くなる。
今の安智弘に攻撃してくる気配はない。
敵意もない。
あるのは、自分を解ってくれた者への信頼。
そろそろ本題――情報を、得る時期。
「――おっと」
俺はやや演技っぽく、懐中時計を取り出す。
「色々お尋ねするはずが、余談が長くなってしまいましたね……実はトモヒロさんにいくつか聞きたいことがありまして。本題へ戻っても、よろしいでしょうか?」
「あ、はい……なんでも、聞いてください」
俺はいくつかの質問をした。
安は素直に”真実”を答えた。
しかし正直、そこまで新しい情報があったとは言えなかった。
けれど2-Cの情報は少し更新された。
あいつらは着々と対大魔帝へ向けての準備を進めてる、って感じか。
聞いた感じ大きな動きはないが――向こうの決戦も、近そうな気配がある。
「ありがとうございました、トモヒロさん……アライオンと敵対している以上、向こうの情報を少しでも得ておきたかったものですから」
安は自信なさげな笑みを浮かべた。
「お役に立てたかどうかは、わかりませんが」
「いえ、十分です」
さて。
安をこのあと、どうするかだが――――
▽
安のいる部屋を出ると、俺はセラスと並んで廊下を歩き出した。
「何か言いたそうだな、セラス」
「あ――、……はい」
背後を見やるセラス。
彼女は周囲に気配がないのを確認してから、
「よろしいのですか? あの方は、その――」
「元の世界の知り合いなのに結局正体を明かさなかったことが、気になるか?」
答えは、すぐには返ってこなかった。
が、表情がイエスと言っている。
俺は一度立ち止まり、
「……今のあいつが蠅王の正体を知ったら、混乱して気持が余計ぐちゃぐちゃになっちまうんじゃねぇかと思ってな。あいつは俺を――蠅王を”昔の安智弘を直接知らないヤツ”だと思ってるから、あそこまで素直になれたってのも……ある気はする」
そう。
安を救ったのが”三森灯河”でなく”蠅王”だったのは、よかった気がする。
「意外とこういうことは……他人だからいい、ってのはある」
”できることなら謝りたい”
そうは言っていたものの。
今、蠅王の正体が”俺”だと知るのはよくない気がする――あいつにとって。
だから。
あいつの中での三森灯河は、まだ今は”過去”でいい。
死んだ扱いのままで、いい。




