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この世界の不純物であると


 前回更新後に新しく4件もレビューをいただきました。ありがとうございます。







「感謝いたします、陛下」

「かまわぬ。して、改めて話の続きだが……貴国には、我が国と同盟を結ぶ意思があると見ても?」

「現状、前向きに考えてはおります」


 つまり、と狂美帝が頬杖をつき俺を見据える。


「条件次第と?」

「はい」

「聞こう」


 俺は、事前に取り決めていた条件を伝えた。


 必要に際し、こちらが援軍として戦力を提供すること。

 ただしその際、指揮権はミラ側には預けないこと。

 今回の戦いにおける捕虜の扱い。

 継続的な食糧援助、などなど……。


 外交のあれこれに関してはセラスから色々教えてもらっていた。

 元の世界じゃ俺はいち学生である。

 外交手腕の持ち合わせなどあるわけもなく。

 セラスなしで俺がこの役をするのは難しかっただろう。

 ちなみに遡れば、その教えの源流はカトレア姫に行き着くそうだ。

 セラスも勤勉だから、外交については熱心に学んだらしい。

 ……色々聞いてると、どうもネーアの姫さまはセラスを騎士団長以上の人材にまで育て上げようとしていたんじゃないか、と勘繰りたくなってしまう。


 話している間、狂美帝は緩い姿勢で黙って耳を傾けていた。

 感情の変化は読み取りにくかった。

 補佐官らしき男は何度も視線を狂美帝へやっていた。

 逐一反応が気になっているようだ。

 ルハイトの方は、こちらも思慮深げにジッと話を聞いていた。

 が、狂美帝よりは表情が読みやすい印象である。

 頭の中で素早く損得勘定をしている感じだった。

 俺が一度話を切ると、


「なるほど」


 前髪の先を弄りつつ、狂美帝が口を開いた。


「そこまで無茶な要求はなさそうだ。食糧の提供については、急ぎか?」

「あまり先延ばしにされては困りますが、今すぐにとの状況ではありません。一応、セラス・アシュレインの持つツテがないわけでもありませんので」


 食糧事情の件。

 ネーア聖国に話を通すのは最後の手段として考えている。

 しかしウルザや魔群帯が間にある以上、難度は高い。

 アライオンとネーアの関係性を考えてもだ。

 なのでここではあくまで、


 ”他のツテも、なくはない”


 というにおわせをしたにすぎない。

 頼りがミラしかないとなれば、足もとを見られかねない。


「とはいえ、同盟を結んだ上で貴国から継続的な食糧援助を受けられるのが最善と考えております」


 狂美帝は頬杖をついたまま、明らかに作った”笑み”を浮かべた。


「土地の提供は望まぬのか? 我が国が肥沃な土地を多く抱えているのは、ネーアの聖騎士団長から聞いていよう」


 きた。

 おそらくこれはテストだ。

 俺が、どう答えるかの。


「当然、我々は現状完全に信頼されているわけではないでしょう。仮にここにおられる方々の信用を勝ち取ったとしても……昨日今日同盟を結んだばかりの他国へ土地をやったとなれば、貴国の中で面白くないと思う者が出てくるのは必定……」


 セラスに習ってそこそこ把握はしているものの。

 俺はこの世界の貴族社会のあれこれをすべて把握してるわけじゃない。

 ミラの国民性についてもだ。

 が、それが人の自然な心の動きってもんだろう。

 俺は、続ける。


「今はまだ、いわばとっかかりの地点にすぎません……ここではやってあえて貴国の貴族や民の我が国へ対する心証を下げる必要もない、とワタシは考えております。陛下としても、現時点で味方側の無用な不満を抱え込むのは本意ではない……僭越ながら、そう拝察いたします」

「……ふむ」


 言って片肘をつき、こぶしの上に頬をのせる狂美帝。

 ほのかなからかいの空気をまぜつつ、狂美帝は言った。


「謙虚なのだな」

「現実的であろうとしているだけです」

「しかし――その合理性の割には、人の感情の動きへの想像力が妙に働く」

「いえ、人の感情の動きこそ常に合理性の中へ組み込まれるものです。利益のために」


 前の世界にいた頃。

 読んだ本になんかそんなことが書いてあった。

 いかにも格言っぽく。

 なので今の言葉は単なる受け売りである。

 しかし狂美帝は今の返しがお気に召したらしい。

 薄い微笑が、やや自然なものに変化していた。


「蠅王よ……一つ、失礼を承知で聞きたい」


 俺は無言で促す。

 場に独特の緊張感が漂う。

 静寂の中、狂美帝は問うた。


「そちは――善人か?」


 俺は自分の胸に手を添え、一礼した。







 すると――狂美帝が目を丸くし、そのまま数秒だけ停止した。

 しかし彼はすぐに泰然さを取り戻し、片頬に手をやって薄く笑んだ。


「ふふ、蠅王ベルゼギアか。どうやら呪術という奇抜な力を使うだけの者ではないようだ。気に入った」


 狂美帝が目を閉じ、ぽてっ、と椅子の背にもたれかかる。

 妙にそこだけが、年相応の動作に見えた。


「よかろう」


 狂美帝の声の感じからだろうか。

 ルハイトが姿勢を正し直し、補佐官がメガネの蔓を上げる。

 二人の空気が、


 ”決定だ”


 先に結果を、告げていた。



「我がミラ帝国は――貴国から提示された条件を、受け入れよう」



 リィゼとニコが互いに視線を飛ばし合う。


 ”やった”


 みたいな感じに。

 が、


「……こちらの条件は呑んでいただけるということですが――そちらの条件は、これまでに出たものですべてでしょうか?」


 俺は問う。

 リィゼとニコがハッとなった。

 ちなみにジオは表情を変えず、腕を組んだままジッと押し黙っている。

 俺と同じく、ミラ側にまだ何か条件がある空気を察していたのかもしれない。


「我がミラ帝国は――」


 狂美帝が話し出す。


「ひと口に言えば、女神という存在を疑問視している」


 疑問視。

 反旗を翻し敵対した理由。

 ここで明かしにきたか。


「この大陸にはいくつかの国が存在する。しかしその実態は、アライオンが支配しているようなものだ。そしてアライオンの実権を掌握しているのは、誰もが知るように神族たる女神ヴィシスだ」

 

 ふん、と演技めいて肩を竦める狂美帝。

 肩を竦める所作すら、優雅に感じられる。


「各国にはヴィシスの徒と呼ばれる監視役が置かれ、各国は常に女神ヴィシスの”目”を気にしながら国を運営しなくてはならない。ヴィシスのいいなり、と言い換えてもよい。この状態……実に不健全とは思えぬか?」


 背後からのセラスの合図――真実。

 本心ではあるようだ。

 が、同時に何かぼかしている感じもなくはない。

 ……少し、揺さぶってみるか。


「ミラは豊かな国と聞きます。現状に満足している者も多いのでは?」

「そちは知らぬであろうが、裏で殺された者や悲惨な末路を迎えた者も多い――女神の意思によって、な。女神は陰で自分の意に沿わぬ者を始末し、我々人間の”自由”を奪っている。つまり、我々はまさに神に支配されているようなものと言える」


 ……ここで一つ疑問がある。

 これは以前から抱いていた疑問だ。


 クソ女神は長らくこの世界に我が物顔で君臨している。

 けれどアライオンによる大陸の統一にまでは至っていない。

 邪魔者にしてもそうだ。

 たとえばあの廃棄遺跡の存在……。

 あそこへ送ればすべて”行方不明”で片付けられる。

 死体が残らない利点もあるだろう。

 しかし――直接、ヴィシスの手で始末してもいいのではないか?

 どうにも……クソ女神の始末のし方は、回りくどく思える。

 俺は、一つ仮説を立てていた。

 つまり……何か直接手を下せない理由があるのではないか?

 裏工作で自国や各国の邪魔者を潰しはする。

 が、自らが直接手を下すことは滅多にない。

 否、


 


 何か事情がある、と考えた方が自然に思える。

 たとえば――まだ謎に包まれた”神族”という存在特有の、なんらかの事情が。


「陛下の目的はつまり、女神の支配からの解放にあると?」

「今、この世界はいびつなのだ」


 狂美帝はアライオンの方角をチラと見やり、


「この大陸の歴史は、この大陸に生を受け、そして生きる者たちによって紡がれるべきだ。神族などという異物の管理下で紡がれる歴史など”歴史”ではあるまい。それは本来の姿ではなく、偽りの歴史――つまり、我々の生そのものがということになる。余は……この世界に生きる者たちが本物の生を過ごし、死ぬべきと考えている」


 要するに、と俺は聞く。


「その”本物の生”を得る上で女神ヴィシスは不純物でしかない――陛下は、そうお考えなのですね?」


 にっこり、と。

 狂美帝が――目もとを細め、笑んだ。


「いかにも」


 一部の者がハッとした。

 今の笑みだけは年相応――いやむしろ、少年めいていて。

 どこか、無邪気さを秘めた微笑みだった。

 何人かは明らかに見惚れていた。

 が、俺の心は動かない。

 俺にとっては、普段見てるセラスの笑みの方がよっぽど魅力的だ。


「…………」


 セラスの合図。

 嘘をついてはいない。

 しかし――違うな。


 今の言葉は”思ってはいる”がではない。


 なんとなく、だが。

 そんな感じがする。

 今の話はいわば”世界全体”を考えた話である。

 が、本音の部分はもっと”個人的”なところにあるように思える。

 俺にはどうも、そう思えてならない。


「…………」


 ま、今それはどうでもいいか。

 女神に対する認識が”本心”とわかっただけで、十分。

 判断材料は得られた。

 俺は、両手を組み合わせる。


「繰り返しになりますが……つまるところ、陛下はアライオンや他の神聖連合の国々を憎んでいるというより――」


 とにもかくにも、この狂美帝は――



「女神ヴィシスをこの世界から排除したい、と?」



「ゆえに必要なのだ――禁呪が」


 その名を。

 狂美帝は、口にした。

 俺は、言葉を返さず待つ。

 ここではまだこちらから禁呪について下手な情報は与えない。

 知っている、とも。

 知らない、とも。

 言わない。


「神族を引きずり降ろす力を持つと言われる禁呪……余は、その力に賭けてみたく思っている」

「その”力”がどういった性質のものかは判明しているのですか?」


 狂美帝は椅子の背に体重を預け、睥睨するように答えた。


「この世界のあり方そのものを変える力、と言ってよい」


 ”世界のあり方”


 確かに【女神の解呪(ディスペルバブル)】の無効化は強力と言っていい。

 しかしそれだけで、


 ”世界のあり方そのものを変える力”


 とまで、言えるだろうか?

 そう。


 禁呪の呪文書は、一つではない。


 つまり、狂美帝が所持しているのは【女神の解呪(ディスペルバブル)】を無効化する禁呪ではなく――


「…………まさか」


 俺は半無意識的に、誰にも聞こえないような声で呟いていた。


 世界が変わる力――――――――繋がった、気がした。


 狂美帝の目論み。

 あいつらが”そこ”にいる理由。

 確かに、そうかもしれない。

 それがあるなら――



 



 答え合わせのごとく、狂美帝は言った。













「女神に頼らず異界の勇者を召喚し――そして、元の世界へ戻すことのできる力だ」





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