再会と交渉
前回更新後に新しく1件レビューをいただきました。ありがとうございます。
また、コミックガルド様にて先日コミック版も更新されております。イヴも登場しましたし、ここから進んでいってリズ、四恭聖や竜殺し、エリカなども登場するのが楽しみですね。
そして、今話より九章開始となります。週一~隔週くらいの間隔(過去の章と同じくそれより短いスパンで更新する期間もあるかもしれませんが)で定期的に更新できれば、と今のところ思っております。九章もどうぞ、よろしくお願いいたします。
両国の代表者が長卓につき、相対する。
最果ての国の宰相――リィゼロッテ・オニク。
狂美帝――ファルケンドットツィーネ・ミラディアスオルドシート。
リィゼの右手側の席に三森灯河――その斜め後ろには、セラス・アシュレイン。
蜘蛛なる宰相の左手側には、リィゼに近い席から、ココロニコ・ドラン、ジオ・シャドウブレードと並ぶ。
一方、狂美帝の左右の席には誰も着席しない。
皇帝の斜め後ろには背の高い金髪の男が立っている。
ルハイト・ミラ、と男は名乗った。
彼は大将軍とのことだ。
反対側にはもう一人、丸眼鏡をかけた若めの男性が控えている。
こちらは補佐官みたいなものらしい。
両陣営の挨拶が終わったのち、最初に口を開いたのは――狂美帝。
「見事、余の方に息を合わせてくれたな。用兵についても余の想像の上をいっていた。まずは率直に賞賛を送らせてもらおう」
「こちらこそ……こたびの戦、貴国の援護に改めて感謝を述べたく思います」
丁寧に礼を返したのは、リィゼ。
声がやや緊張を帯びている。
「…………」
リィゼのヤツ、狂美帝の空気に少し呑まれかけてるかもな。
わからないでもない。
首筋を鋭い爪先でそっと撫でるような声――とでも言おうか。
そこへ、あのあやかしめいた絶大な美貌……。
セラスと並び立つ美しさと言われるだけはある。
加えて、若く小柄ながら皇帝然とした威圧感も備えている。
俺も、初めて出会うタイプかもしれない。
その時、
「おや? どうしたね、ポッポちゃん?」
陣幕の辺りで、一人の少女がへたり込んだ。
鹿島小鳩だった。
腰が抜けたみたいに、その場にへなへなとくずおれたのだ。
「こばっちゃん?」
「あ――ご、ごめん……」
隣で覗き込む戦場浅葱を見上げる鹿島。
たはは、と鹿島は苦笑した。
「は、話には聞いてたんだけど……いざあんなたくさんの本物を目にしたら……なんだか、圧倒されちゃって」
「はーそうゆうこと? ま、ポッポちゃんらしーわにゃ」
納得顔の浅葱が手を貸し、鹿島を引っ張り上げる。
「あ、ありがと……浅葱さん」
「大丈夫かえ?」
「……、――ご、ごめん。やっぱり……ちょっと、無理かも……」
ふらつく鹿島。
明らかに顔色が悪い。
ひどく、血の気が失せている。
「具合悪いんかい?」
「う、うん……ちょっと、気分が……ご、ごめんね――多分、ヨナトの時と同じで……」
「あー……確かポッポちゃん、大魔帝軍と戦う前にヨナトの王都で殲滅聖勢の主戦力がずらっと並んだ時も、圧倒されちゃって……とか言って、貧血起こしてたもんねぇ。うーん、血しぶきや切断された腕がぶっ飛ぶ戦場は耐えられるのに……あれだ、ポッポちゃんは張りつめた緊張感のある場とかの方がしんどい、ってタイプかな? んま、戦闘中に貧血でぶっ倒れられるよりはマシかね」
「いや……血しぶきや腕が飛ぶのも怖いし、ショックだけど……なんだろう……まだ自由に動ける方が、楽っていうか……む、昔からそうなの。こういう場、苦手で……」
「誘った時、そりで乗り気じゃなかったんか」
「う、うん……」
「よわよわじゃけど、まー……無理にさそった浅葱さんも悪かったかねぇ。あのー! この子、気分が悪いみたいなんで連れてって休ませてあげてくれますー!?」
浅葱がミラの兵に声をかける。
「浅葱さんはそこの皇帝さんにお呼ばれしてここに来てるんで、このまま残りまーす。そーゆーわけで、ミラの兵隊さん。こばっちゃんのこと、頼みまする」
「ほ、本当にごめんなさい……皆、さんも……騒がせて、しまって……すみま、せん」
弱々しく周りにも謝罪をし、ミラの兵に連れられて陣から出て行く鹿島。
浅葱が、出て行くミラ兵たちに声をかける。
「あ、弱ってるからってうちのポッポちゃんにえっちなイタズラとかしちゃやーよ! ぬはははー」
と、ミラの文官みたいな連中がジロッと浅葱を睨んだ。
”皇帝が交渉に臨んでいる場で、なんと無礼な……”
みたいな険しい視線である。
ま、あの空気の読まなさは戦場浅葱らしい。
……それにしても、さっきの鹿島。
何かをごまかそうとして、急いで取り繕ったようにも見えたが。
いや、さっきの言葉はおそらく本心でもあったのだろう。
『なんだか、圧倒されちゃって』
嘘を言っている感じはなかった。
が、あそこまで顔面蒼白だったのは――
何か、別の理由があったのではないか?
しかし――別の理由とすれば、それは一体なんなのか。
へたり込む直前、鹿島は俺の方を見ていた。
そう……驚いたような顔をして。
この蠅王装にある種の禍々しさがあるのはわかる。
しかし、あれは……
まるで何かの真相に気づいて――強い衝撃でも、受けたみたいな。
……、――まさか。
いや。
それは、ありえない。
俺が”俺”だとわかる要素は、ほぼ完全に排除しているはずだ。
「…………」
何より――なぜ、あいつらがここにいる?
二人を目にした時からずっと、そのことを考えていた。
あいつらは狂美帝の側についたのか?
そうではなく……クソ女神がスパイとして送り込んだ?
二人はつまり、狂美帝の味方のふりをしているだけ?
……正直、スパイ案の方がしっくりくる。
が、まだ情報が少なすぎる。
俺の正体――”三森灯河”と繋がらない程度に、機会を見つけて、真相は探ってみるべきかもしれない。
そんな思考を走らせている間も、
「なるほど。采配の妙は、姫騎士セラス・アシュレインの功か」
狂美帝とリィゼの会話は、先へ進んでいた。
「は、はい。ご存じの通り、我が最果ての国は戦力を保持しております。しかし、こたびの戦いにおける全体の采配、及び戦果においては、用兵に精通したセラス殿による功績が大きいのです」
「そこに座る――蠅王殿でなく?」
俺を見る狂美帝。
リィゼも視線を同じくする。
俺が答えてくれ、と視線で訴えていた。
「ワタシは小さないち傭兵団の長にすぎません。セラスのように、規模の大きな軍を動かす用兵術の持ち合わせはございませんゆえ……今回の戦い、あくまでワタシは一介の兵として参加したようなものです」
「そちは、声を変えているようだが……」
声変石によって歪んだ声が気になるらしい。
元々この交渉の場においては声を変えるつもりだった
鹿島や浅葱がいることを考えれば、もはや必須と言える。
狂美帝が、その白く細い指で己の顔を示し――
「その蠅王の面も、何か正体を隠したい事情があるゆえか?」
スッ、と俺はマスクの顔面に手を添える。
「顔が”売れている”というのは……必ずしもよいことばかりではございません。たとえばこの蠅王装を解けば、王都などでの情報収集がはかどって仕方がない――日常生活を楽しむ上でも、それはやはり同じことです。人目のある場ではこの仮面をつけているからこそ、この下の素顔は”自由”でいられるのです」
マスクからそっと手を離し、続ける。
「素顔と違い仮面は簡単に変えることができるし、捨てることもできる……しかし、素顔となるとそうは簡単にいきません。何より、顔が”売れている”ことのある種の煩わしさは……まさに皇帝という立場にあるあなたこそ、よくご存じかと拝察いたしますが」
狂美帝が口もとに手をやり、くつくつ、と微笑を漏らした。
「なるほど……確かに。あいわかった。いや、話の腰を折って悪かった。まずは互いの要求についての話へ入るとしようか、リィゼロッテ殿」
「あ、はい」
場を仕切り直すように、卓上で手を組み合わせる狂美帝。
「存じているかはわからぬが……先日、我がミラ帝国はこのたび貴国へ軍隊を差し向けたアライオン王国に宣戦布告を行っている。ゆえに、現在アライオンと我が国は敵対関係にある。敵対を決意した理由については、のちほど時間が許せば話そうと思うが……貴国にとってその理由は、重要ごとか?」
今その話は後回しにしたいようだ。
先にしておきたい話があるのだろう。
なら、まずはひと通り向こうの話を聞くべきか。
反旗を翻した理由は知っておきたい。
が、今は一旦向こうに合わせた方がいいだろう。
リィゼも、特に口は差し挟まなかった。
先を促されていると察したらしい狂美帝は、わずかに居住まいを整え直し、続ける。
「先の使者づてに伝えた通り、我が国は貴国との同盟関係を望んでいる」
リィゼが、少し遅れ気味に返す。
「――わ、我々も……同盟の件は、前向きに考えております」
「貴国には別に王がいるとのことだが、その王も同盟の話は前向きに?」
「はい、お、王も同じ方針を持っております……」
「王がこの場にいらっしゃらないのは、我々を警戒しているためですか?」
尋ねたのは、ルハイト・ミラ。
狂美帝と比べると柔らかな声をした男である。
が、どうせ”狐”だろう。
この手のタイプはそう見るべきだ。
「そ、それは……」
一度、リィゼが俺を見た。
助け船を求める顔。
俺は言った。
「彼ら最果ての国の者は、長らく人間勢力との接触交渉を行っておりませんでした。そして……アライオン十三騎兵隊との初交渉時、最果ての国側の者がアライオンの騎兵隊長からだまし討ちを受けています。そんな経緯があるゆえ……王を”前線”へ出すのを危惧する彼らのこの警戒心も、どうかご理解いただきたく……」
にこり、とルハイトは微笑んだ。
「こちらのリィゼ殿より――まるであなたが宰相のようですね、蠅王殿」
「相手の宰相殿がいる場でその物言いは失礼であろう、ルハイト」
たしなめたのは、狂美帝。
ルハイトが頭を下げる。
「これは、とんだ失礼を……悪気があったわけではないのです。しかし今ほど陛下より指摘を受けた通り、気分を害するやもしれぬ発言でした。どうかお許しを、リィゼロッテ殿」
「ルハイトの無神経な物言いには余からも謝罪の意を示そう。失礼した、リィゼロッテ殿」
「あ、いえ……だ、大丈夫です」
真摯な面持ちで、やや首を傾ける狂美帝。
「要するに……貴殿にこの交渉の決定権があるかどうかを、確認したかったのだ。この件は王のところへ持ち帰って返事は後日……というのは、できれば避けたいのでな」
「あ、あります……私に、決定権は……」
「承知した。では改めて、貴国に我がミラと同盟を結ぶ意思があるか――聞きたい」
「ええっと、はいっ……そうね――そう、ですねっ……」
あたふたしつつ、リィゼは続ける。
「我が国としては貴国と同盟を結ぶことに、ひ、否定的な意見は挙がっておらず……」
その時――ため息が、漏れた。
ため息は狂美帝の背後に控える文官らしき男たちのものだった。
リィゼの所作や発言に対してのもので、間違いあるまい。
「…………」
よくないな。
リィゼのよさが、発揮できていない。
慎重になりすぎているきらいがある。
多分、戦前のことがトラウマっぽくなっているのだろう。
些末なことがあれこれ気にかかって、
”この発言は大丈夫だろうか?”
と、常に不安を覚えながら話している印象だ。
何より……若干、のまれている。
狂美帝の放つあの独特な威圧感に。
リィゼには、交渉役を俺に任せたくなったら合図をしてくれと言ってある。
が、まだ合図がない。
自分でやりきるつもりでいるのだ。
あるいはセラスや俺が作って渡した、交渉時に気をつけることなどを記したメモも原因かもしれない。
”せっかくそこまで作ってもらったのに、醜態は晒せない”
とでも思っている可能性がある。
がんばりすぎる、というか。
今のリィゼロッテ・オニクには、そういうところがある。
と、
「ルハイト」
「はい」
「今ほどつまらぬ反応をした後ろのアレらを、下がらせろ」
ルハイトの双眸が細まる――口もとは、笑んだままで。
「承知いたしました」
下がったのは、リィゼに対しため息を吐いた連中だった。
そのおかげか、何か言いかけたジオが言葉を引っ込めた。
ムスッとしてはいるが。
……今の流れも、狂美帝が自分の心証をよくするためにした小細工と考えるのは――さすがに、穿ちすぎか。
「先の蠅王殿の話を聞くに、宰相殿が外の人間と交渉慣れしていないのも致し方あるまい。それに……重要なのは意思の疎通の可否であり、作法や形式ではない。あまり気負いなさるな、宰相殿」
「は、はい……ご配慮、感謝いたします……ええっと、ファルケンドット……ツィーネ、ミ、ミラディアス――」
「失礼した。その長名については、ミラの内部事情を知らねば余の名そのものと思ってしまうな。余のことは、ツィーネでよい」
「あ、はい……それでは……ツィーネ帝……ええっと、つ、次の……」
後半、リィゼの声は萎みかけていた。
歯切れも悪い。
背後のセラスからも、心配げな空気が漂ってきている。
……リィゼのヤツ。
限界まで、がんばるつもりか。
このままだとやはり狂美帝にのまれてしまうかもしれない。
心意気は買いたいが――しかし。
俺は、
「…………」
口を、開く。
「リィゼ殿」
「え? え、ええ……なんでしょうか、ベルゼギア殿?」
「こたびの戦において、リィゼ殿は多大なる功績を挙げてくださいました。しかし……不眠不休に等しい状態で働き続けたゆえか、少々お疲れのご様子……」
隣のリィゼの方を向き、問う。
「決定の段になれば、もちろんあなたの指示を仰ぎますが……いかがでしょう? 決定に至るまでの交渉を一旦、このベルゼギアめに任せるというのは? ワタシはあなたと違い、本日の朝までぐっすり眠り休めておりますので……」
一瞬、リィゼは面食らった顔をした。
が、そのあとはどこかホッとした感じを見せた。
譲り渡すように、リィゼが言う。
「え、ええ……では一度、ベルゼギア殿にお預けします。申し訳ありません」
「かしこまりました。それでは……」
同じように卓上で手を組み、俺は、改めて狂美帝と向き合う。
「宰相リィゼロッテ・オニク殿の代理として――ここより、ワタシが交渉役を務めさせていただきます」
続き、皇帝へ可否を問う。
「よろしいでしょうか?」
ほんのわずかではあったが。
どこか歓迎的な色合いを、帯びて。
狂美帝の口端が妖しく――そして、あでやかに吊り上がった。
「――――――――よかろう」




