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黄昏に


 前回更新後に新しく1件レビューをいただきました。ありがとうございます。







 セラスの眠る部屋を出る。


 俺はそのまま安の状態を聞きに行った。

 寝ている間、報告は来なかったが――


「運び込まれてから懇々こんこんと眠り続けています。以前はまともに眠れる環境ではなかったのでしょう」


 担当しているケンタウロスはそう報告した。

 安には交代制でずっと見張りを立ててもらっている。

 いつ目覚めても、すぐ報告できるように。

 異界の勇者だから他より話を聞く優先度が高い、と伝えてあった。

 安は【スリープ】の効果が切れてもまだ眠り続けているようだ。


「処置できる傷は処置しました。ですがご存じの通り、元に戻らぬ傷も多く……ただ、幸い日常生活にそこまで支障は出ないかと思われます」


 ある程度は動けないと完全なお荷物になる。

 第六は多分、そう考えた。

 だから”幸い”なんかじゃない。

 意図的に日常生活において重度の支障が出ない程度に済ませたのだ。


 ……さて、どうしたものか。


 もう【スリープ】は切れている。

 一度ここで起こして様子見をするのもいいが……。

 話を聞くとなると、口の拘束具は外したいところだ。

 セラスの真偽判定を活用するなら普通に会話できた方がいい。

 が、疲労の溜まっているセラスをもう少し眠らせてやりたい。

 となると――安と話すのは、もう少し後回しか。

 拘束具をしているからスキルは使えない。

 武器も、持っていない。

 ステータス補正があると言っても身体は相当弱っている。

 仮に目を覚まして暴れ出しても、対処はできるはずだ。

 何より、


「わかった。引き続き頼む。俺は夕刻まで城内にいると思うから、この異界の勇者が目を覚ましたら使いを送ってくれ」


 いざとなれば【パラライズ】で拘束すればいい。


 そんなわけで――狂美帝と交渉の席を持つ夕刻まで少し時間ができた。


 夕刻までは、


 ようやく風呂に入ってさっぱりしたり、

 ムニンやニャキと会ったり、

 起きてきたセラスと、夕刻の打ち合わせをしたりした。

 七煌とも食事の場なんかで今後について意見を交わした。

 といっても、基本的に時間は夕刻へ向けての休息と事前準備に費やされた。

 そうして、夕刻――


「そろそろ、か」


 交渉の時間が、近づいてきた。


 安はまだ目覚めていない。

 交渉で外へ出る前に【スリープ】をかけておいた。

 とっくにクールタイムは終わっているので、問題なくかかる。

 これで、交渉が終わるまで起きる心配はない。


 準備をし、扉の外へ出る。


 俺は第二形態のスレイに乗る。

 セラスはアライオン十三騎兵隊から得た軍馬に。

 リィゼは、ロアに。

 また、伝令用にケンタウロス兵とハーピー兵も数名借りていた。

 素早い巨狼も数匹つけてもらっている。

 そこへ豹煌兵団と竜煌兵団が加わった一団が――移動を開始する。


 当然、今回は武装している。

 リィゼも反対しなかった。

 ちなみに何かあった時は、キィルの指揮で後方戦力が動く手はずとなっている。


「伏兵は、置いとくんだな?」


 ジオが俺に尋ねた。


「ああ。いざという時のためにな。地形的に近場には置けないが……外へ出した戦力を馬鹿正直にすべて相手に披露する必要もない。頼んだぜ、豹煌兵団」

「任せとけ」

「……? どうした?」

「やっぱおまえは、蠅王の姿の方が似合ってると思ってよ」


 俺は蠅王のマスクに触れ、フン、と鼻を鳴らす。


「俺も、そう思う」


 蠅王ノ戦団の存在。

 これはもう狂美帝側に露見しているらしい。

 ミラ兵にもそれを知った者はいる、と考えるべきだろう。

 人の口に戸は立てられぬというが――まあ、その通りだ。

 そのうちミラ兵の口から蠅王の今の状況が外へ漏れるに違いない。

 蠅王は最果ての国側についている、と。

 

 アライオンの騎兵にも網を抜けて逃げのびた者がいるはず。

 当然、そのうちの誰かがミラと同じパターンで蠅王ノ戦団の現状を知った可能性は捨てきれない。


 ”蠅王ノ戦団をヴィシスが味方に引き入れたがっている”


 これを利用してヴィシスとの接触を図る案。

 ……こいつは破棄だな。

 こうなると、逆に罠に嵌められるリスクがぐんと高まる。

 蠅王ノ戦団が最果ての国側についたのを知った上でヴィシスが俺たちを誘い込み、嵌める手を打ちかねない。


 ”女神は、蠅王ノ戦団が最果ての国側についたことを知らない”


 ここの確証が得られない以上、味方につくふりをして接触するのは危険すぎる。

 となると”蠅王ノ戦団”は……。

 今まで通り”三森灯河”の隠れ蓑として機能させていく――そういう方向になる、か。


「…………」


 ま、いいさ。


 ”蝿王ノ戦団が最果ての国、ひいてはミラ側についた”


 この情報が出回ったら出回ったらで。

 上手いことミラの協力を取りつけられれば――


 これはこれで、活かしようがある。


 蠅王ノ戦団の名は今や広く知れ渡っているようだ。

 当然、女神側の連中にも。

 しかし、だ。

 女神側で三森灯河のことなど気にかけている者は皆無に等しいはず。

 召喚直後に死んだ男のことなど、誰も気にしちゃいまい。

 三森灯河の存在を隠せるだけで、十分。


「まあ……」


 あの、お人好しの委員長くらいは。

 ごくまれに、思い出すくらいはしてるのかもしれない。

 魔防の白城で再会した時、会話の中で俺の名前を出していた。

 あの時、実を言うと少し驚いた。

 ……つーか、俺が廃棄されそうな時。

 あのクソ女神にあそこで逆らうなんて、


「どうかしてるぜ、ほんと」


 チッ、と。

 舌打ちが出る。


「……お人好しめ」

「あの、我が主……どうかされましたか?」


 隣を行く蠅騎士装のセラスが首を傾げる。

 いや、と俺は息をついた。


「敵となったらやっぱり一番やりづらい相手かもしれない、と思ってな」

「確かに……狂美帝は、敵に回すと厄介な相手かもしれません」


 セラスは発言の相手を狂美帝だと思ったようだ。

 今のは真偽判定も意味がない。

 ただ、


「狂美帝、か……話に聞くだけでも、厄介そうだ」


 これから会う狂美帝は狂美帝で、一筋縄ではいかない感じがある。

 そうこうしているうち――


「見えてまいりました、我が主」


 俺たちは、指定の交渉場所に到着した。



     ▽



 そこは岩場だが、見晴らしのいい地形だった。

 周辺の凹凸が少ない。

 つまり、視界の遮蔽物が比較的少ない場所である。

 第六騎兵隊と戦った地形に近い。

 これだと互いに伏兵を近場に置けない。

 騙し討ちするにしても、当面、その場の戦力だけが頼りとなる。


 狂美帝側は簡易的な陣を張って、先に待っていた。


 陣の周囲には多数のミラ兵の姿がある。

 兵の中にやや派手な装いをしたきらびやかな集団がいた。

 あの辺のヤツらが噂に聞く輝煌戦団だろうか?


 陣の中央には、長卓が設えてある。


 用意がいい。

 俺たちは促され、ぞろぞろと陣に入って行く。

 リィゼは緊張のせいか強張った表情をしていた。

 片や、ミラ兵は物珍しそうな顔をしている。

 ちなみにセラスはマスクを被っている。

 しかしあの反応を見るに……。

 中身がセラス・アシュレインなのは、察しているようだ。


 背の高い美男子が俺たちに恭しく一礼した。

 まるで執事みたいなお辞儀だ。

 ふんわりした雰囲気の、すらりとした細身の男。

 雰囲気と同じくその金髪もふんわりしている。

 青い瞳。

 口もとの笑みは穏当だが……。

 あれは、そのまま好意的に受け取っていい笑みではない。


「で、あれが噂の――」


 その長身の美男子の斜め前で足で組み、砕けた姿勢で椅子に座る男。



「……狂美帝か」



 綺麗な男だ、というのが最初に抱いた印象だった。

 が、あれは――ただ綺麗なだけじゃない。

 目つきが。

 さながら……あやかしの狐のように、妖しい。

 切れ長で、氷刃のように冷たく、鋭い。

 が、何より――


「……………………」


 ふわり、と。

 狂美帝が、優雅に立ち上がった。

 

「お初にお目にかかる。余が現ミラ皇帝、ファルケンドットツィーネ・ミラディアスオルドシートだ……まずは交渉に応じてもらえたことに対し、感謝の意を表する」


 が、しかし。


 


 何、よりも。

 狂美帝が挨拶をしている、その時。

 迂闊にも俺の意識は――別のところへと、注がれていた。



 見覚えのある顔ぶれ、だったのだ。



 なぜここにいる?


 なぜ、あいつがここに――――






 






 そしてあれは、鹿島――



「……………………」








 鹿島、小鳩か。













 新刊の発売時期が近づいてきた関係で……申し訳ございません、恒例の長ったらしい新刊告知をさせていただけましたらと……。



 というわけで、11/25(木)に『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』8巻が発売予定となっております。


 8巻はいつも以上に全体に目を通し、全体的な書き分けなどを多めに行いました。Web版と描写が違っていたり、文章が足されていたりする箇所もございます。恒例の書籍版の追加書き下ろしコンテンツも、いくつか収録いたしました。



「第二騎兵隊長と第八騎兵隊長の各方面における遭遇、相対シーン」


「リィゼの部屋で料理を振舞われたトーカが、食後にリィゼの寝室を気にしていると……というシーン」


「リィゼから料理を振舞われて部屋へ戻ったトーカを出迎えたセラス、その後に続くシーン」



 主なシーンを挙げると、以上の3シーンとなるでしょうか。


 一つ目のシーンは「Web版でちょこちょこ第九騎兵隊と一緒に名前の挙がっていた第二騎兵隊の隊長って、どんなやつだったの? 戦ったジオとどんなやり取りがあったの?」や「作中で捕まりたくない騎兵隊の一つとして名前が出てた第八騎兵隊の隊長って、どんなやつだったの? 右翼方面にいたケルベロスのロアとどんなやり取りをしてたの?」が描かれているシーンとなります。


 二つ目のシーンは、トーカがリィゼの寝室へ足を踏み入れるところまで描かれている感じでございます。最近Web版であまり出番がない気もする魔法の皮袋は、けっこう書籍版の追加シーンで活躍してくれていることが多い気がします。まあ「やっぱりライトノベルなのだからこういうシーンもあった方がいいのでは?」という追加シーンでもありますね。


 三つ目のシーンは、リィゼの部屋からトーカが戻ったあとの、セラスと過ごす二人の時間が描かれています。とりあえずトーカは、セラスが寝てる間にキスしたあの一件はもう引っ張り出さないそうです。既刊も含め、やはり追加の書き下ろしコンテンツは個人的にトーカとセラスのものが肝で、書籍版だと、より二人の距離感が縮まっていくのを感じられるのではないかと思います。


 表紙は黄昏時のセラス、といった感じでございますね。7巻が日中だったところから、時間的に後編的な8巻へとつながっている気もいたしますね。


 収録されているカラーイラストは、机に突っ伏して寝ているセラス(書き下ろしシーンに対応したイラストとなります)、高雄聖VSヴィシス、固有スキル使用時の十河綾香となっております。さすがにこの巻はご存じのようにトーカサイド以外でも色々動きのあった巻なので、セラス以外のキャラクターもカラーイラストにググッと食い込んできた感じでございますね。今巻でもKWKM様が美麗でかっこいいイラストを描いてくださいました。


 そして、挿絵ですね。今回も巻内の色々なシーンを鮮やかに切り取ってビジュアル化していただいております。今巻では比較的、挿絵は色々なキャラクターにばらけた印象でしょうか。そんな中であえて目玉を挙げるとするなら、やはりリィゼロッテ・オニクのビジュアル化でしょうか。7巻ではビジュアルがありませんでしたが、この8巻では、ついにオニク族の族長がイラストでお披露目されております。どの挿絵も素晴らしかったのですが、個人的には特にリィゼの挿絵が好きでした(やっぱりビジュアルがあると、書き手としてもそのビジュアルから影響を受けるものですね)。


 8巻は5巻のように一つのターニングポイントであり決着でもあるので、それなりのものが詰め込まれている巻になったと思います。


 そんな感じに、無事8巻も皆さまのおかげで出版の運びとなりました。今回の8巻も含めてちょこちょこ分厚くなってしまうこのシリーズですが(次巻以降はもうちょっと薄くしたいと考えてはいるのですが)、それで部数を伸ばせているのは本当にありがたく思っております。毎度のことではございますが……既刊をご購入くださった皆さま、ありがとうございました。


 前巻の告知時に”もし叶うなら今後も「ハズレ枠」を温かく見守ってもらえたら嬉しいです」みたいなことを書きましたが……実際、温かく見守っていただけていると感じております。


 明後日11/24(水)の21:00頃、8章最終話を更新いたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 盛り上がってまいりました! [一言] 戦場は狂っているのは周知の事実、ぽっぽちゃんはそんな彼女の油断を待っているスパイポジ、そしてなにより大事なのは、戦場が”勝ち馬に乗る”ということ、つま…
[気になる点] 流石に身バレはしないだろうけど、どうなるのか… [一言] ポチりました
[気になる点] ミラという名前から未来をある程度やめたりしてww
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