どうしてそんなに、
前回更新後に、また新しく1件レビューをいただきました。ありがとうございます。
このあとの方針は決まった。
合議は終わり、そのまま解散となった。
続々と部屋を出ていく七煌たち。
と、
「あの、ベルゼギア――、……ちょっと、いい?」
俺をそう呼び止めたのは、リィゼロッテ・オニク。
彼女は緩く腕組みをしていた。
視線を逸らしながら、俺に尋ねる。
「このあと時間、ある?」
一度、懐中時計を見る。
「狂美帝が指定した夕方まで多少は余裕がある。作れるが」
「ア、アタシの部屋に……来てもらえる?」
「あんたの部屋に?」
「あ、いや……無理そうなら、別にいいんだけど。そんな大事な用でもないし」
何か話があるようだ。
多分、この国がどうこうという話ではなく。
リィゼの個人的な話か。
「わかった――セラス、先に部屋に戻っててくれ」
察した様子でセラスが一礼する。
「承知いたしました。私は、先に戻っております」
こうして俺はそのままの足で、城内にあるリィゼの部屋へ向かった。
▽
「私室ってわりには、あんまり飾り気のない部屋なんだな」
私室ってか、執務室みたいな感じだ。
といっても個人の部屋としては十分すぎる広さだろう。
ま、一応は国の宰相の立場なわけだしな。
それに、飾り気がないとは言っても調度品はある。
飾り気がないというのは”派手さがない”という意味だ。
落ち着いた色調で統一された部屋と言えた。
部屋の端には簡易的な調理場スペースが見える。
トイレらしき個室も確認できた。
軽く湯浴みのできる個室もあるらしい。
この部屋だけで生活のアレコレはそこそこ事足りそうだ。
忙しい立場だろうから、まあ、こういう部屋が必要なのだろう。
他には……。
今いる部屋の奥に、もうひと部屋あるようだが――
「? ああ、あっちはアタシの寝室。今は……ちょっと散らかってるから、できれば招き入れたくないんだけど」
長椅子を勧められ、座る。
椅子の前には長卓。
八人くらいついても余裕のありそうな卓である。
この部屋でオニク族の仲間と軽い会議をすることもあるそうだ。
他種族用の椅子も壁際にいくつか確認できる。
人型用の椅子は、あらかじめ用意してくれていたらしい。
リィゼが水差しから銀杯に水を注ぎ、俺の前に置く。
ドンッ!
「はい、これ!」
「悪いな」
ふん、と受け流すみたいに鼻を鳴らすリィゼ。
頬がほんのり赤いあたり、わかりやすい。
セラスと違って普通に表情に出るんだよな、このアラクネ。
「いーい!? それ飲んで待ってなさい!? ……ちょっとだけでいいから、そこでおとなしく待ってなさいよっ!?」
ビシッ、と。
そう俺を指で差してから、調理場に引き返すリィゼ。
せっせと動きはじめたリィゼの後ろ姿を観察する。
火を起こしているらしい。
やがて、香ばしいニオイが漂ってきた。
「ごめんベルゼギア、もうちょっと……待ってっ」
「いや、別に急がなくていいぞ」
やけに力が入ってる、というか。
そして手馴れていない、というか。
普段は調理場にあまり立たないのかもしれない。
俺はゆったり待ちつつマスクを外し、水を口にする。
「ん? これ、トノア水か」
しかも、普通のとちょっと味が違う。
甘みが強めだ。
背を向けたまま、リィゼが言う。
「それ、アタシお手製のトノア水っ……疲れた時とかに飲んでるのっ――あっつ!」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ! 失礼ね!」
「一応、冷やしておけよ」
「わ――わかってるってば…………う゛〜……し、心配してくれてありがと」
「…………」
つまり、俺に料理を振る舞うために呼んだのか……?
ほどなく、リィゼが木製の盆に皿を載せて運んできた。
のだが、
「ちょっ……な、なんで仮面外してるのよ!?」
「いや、外さないとこれ飲めないだろ。その料理にしたって、このままじゃ食えない」
調理中、リィゼはずっと背を向けていた。
マスクを外したのに気づいてなかったわけだ。
俺がトノア水を口にした時点で気づきそうなもんだが。
で、盆を持ったままリィゼは停止している。
「――――す、素顔?」
「これが変装に見えるか? つーかあんた前に『あんた人間なのよね?』って俺に言ってただろ。今さら驚くことじゃないと思うが」
と、言いつつも。
普段フルフェイスのマスクをしていた者がそれを外したのだ。
驚くのも、無理はないか。
「ま……元々は亜人や魔物の国に人間がいると違和感が強いだろうから、ってつけてたもんだしな」
さっきの外での戦いではもちろん正体を隠す意味もあった。
俺の顔の特徴。
アライオン勢にそれが伝わるのを避けるためでもある。
けど今は、リィゼと二人きりだしな。
「といっても、事情があって今はなるべくこの顔を隠しときたいんだ。俺の顔の特徴とかについては、あんまり口外しないでくれると助かる」
「ええ、わかった。事情は人によってさまざまだからね。詮索はしないわよ!」
「助かる」
「……ふーん」
ちょっと照れまじりに、リィゼが半眼でこっちを観察する。
「?」
「そ、そういう顔だったのね……アンタ。ちょっと、思ってたのと違った」
「失望したって?」
「――ッ、答える義務、ある!? ほら、それより料理でしょ!?」
「そっちから振ってきた話題なんだが……」
「ごめんってば! だからほら、料理っ――」
声の荒さとは対照的に、そっと卓に盆を置くリィゼ。
しかし……ほんとわかりやすいな、このアラクネ。
たとえば、わかりやすい特徴を一つ挙げるとすれば……
照れてる時、二本の前足をモジモジ絡ませる癖がある。
蜘蛛足の方は人型の腕より感情が出やすいんだろうか?
猫の尻尾みたいなもんなのかもしれない。
にしても……。
いいニオイだ。
「これ……アタシなりのお詫びと、感謝のつもり。こういう時アタシどうすればいいかわからないから……料理を振る舞うくらいしか、思いつかなくて。ほら、戦いの時はろくな食事が取れなかったんでしょ!? お腹が空いたなら、お腹を満たせばいいじゃない!」
そりゃそうだろ。
「さ、冷めないうちに食べなさいよ! なんなのよ、もう!」
照れくささと。
疲れと。
そして、興奮のせいなのか。
テンションが無茶苦茶になってるぞ、リィゼロッテ・オニク……。
――ふむ、しかし。
「見た目はともかく、ニオイはいいな」
ふんわり漂う香ばしさ。
食欲をそそるニオイだ。
印象としてはジャーマンポテトに似てるか。
見た目は……悪い意味で、ぐちゃっとしていた。
焼く前にすでに茹でてあったらしいが、茹ですぎか?
固形を保てていないのもある。
野菜も切った時のサイズが異様に統一されていない。
緑色の香草っぽいのの量は、ちょうどよさそうだが……。
「み、見た目はこんなもんが限界よ……ッ! う゛ぅ……嫌なら、む、無理に食べなくてもいいわよぉ……」
……この料理で何より特徴的なものといえば。
どぎつい赤色のソースが、かかっていて。
いわゆる、
”激辛オチ”
その予感も、なくはない。
まあ、ともかく――
「はむっ」
食べてみる。
…………。
ん?
いやこれ、
「旨いな」
「本当!? ――ッ、……だから言ったでしょ!? ふん! これでも、オニク族の族長なんだから! ……ほんとに美味しい?」
「見た目は悪いけどな」
「う゛ぐ……お腹におさまれば、一緒でしょうよ……」
「まあな」
と、いうか。
実際に腹が減ってたのは、事実なわけで。
うん。
かけてあるソースも悪くない。
このソース、普通にじゃがいもにかけてもいけそうだ。
「見た目は確かにアレかもだけど、そのソースの原料は気持ちを落ち着かせる効果があるの。頭を使う者には特に必要とされる良質な眠りを得られるわ。でも貴重品だからあんまり量は作れなくて……たくさん求められると、困るけど」
要するに。
リィゼなりの気遣いに溢れた料理、と。
煮崩れてるのも、消化しやすいようにって配慮なのかもな。
俺が食べ終えると、リィゼは改まって対面の席についた。
「その……今回のこと、本当に悪かったわ。ごめん」
俺はトノア水をひと口飲み、
「謝罪は、前にもう聞いた」
「改めてちゃんと言っておきたかったの……お礼も」
リィゼが居住まいを正し、頭を下げる。
「ありがとう、ございました。あなたの助力と助言によって、この国は救われました――リィゼロッテ・オニク個人として、そして、最果ての国の宰相として感謝いたします」
なるほど。
要するに、これを言いたかったわけだ。
一対一で。
律儀なヤツだ。
「顔の腫れ」
「え?」
「大分、引いたな」
「え、ええ……」
リィゼが頬に触れる。
まだ少し腫れてはいるが、思ったより重い怪我ではなかったらしい。
「診てもらったら、見た目ほどひどくはないって話で……そこからメイル族のケンタウロスに治癒術式を施してもらって……そこに、薬を塗ったの。あとは、顔料で少しね」
苦笑するリィゼ。
色々施したから自然治癒より治りが早いのはあるだろう。
ただ、ミカエラはリィゼたちを娼館に送るとか言ってやがった。
なら、ある程度手加減していた可能性はある。
しかしその時にリィゼが感じた恐怖は本物だったはずだ。
肉体的な痛みよりも。
精神的な痛みの方が、リィゼを深く傷つけたのかもしれない。
「終盤戦での援軍……よく送ってくれたな。おかげで第七騎兵隊との戦いが大分楽になった」
「ああ、あれね……数が多い方が、こっちの死者も減らせると思ったから」
「なんだかんだ言っても、あんたの豪腕的な説得能力はさすがだよ」
リィゼは視線を落とし、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「……いえ、それは違うわ。アタシは――正直にお願いを、しただけ。アタシ自身の失敗もしっかり認めた上で……外で戦っている仲間を救うためにみんなの力を貸して欲しい、って正面からお願いしただけよ。だから……あの援軍の功績は、アタシのものじゃない。アタシを信じてくれた、この国のみんなの功績なのよ」
目を閉じ、下腹の辺りでぎゅっと両のこぶしを握り込むリィゼ。
「同時に、わかったのっ……アタシは、この国のみんなの善意のおかげで今まで”優秀な宰相”をやれてただけなんだ、って……ッ。だから、別に”アタシ”が優秀なわけじゃなかったっ……アタシは――リィゼロッテ・オニクは、ただ、みんながアタシの言うことを信じてくれてたから、なんでも自分の力でやれてると、勘違いしてただけでっ……」
薄く目を開き、リィゼは、ぽつりと聞く。
「……ねえ、どうして?」
「何がだ」
「今回のミラとの交渉。あの場では異論を挟まなかったけど……どうして、アタシを国の代表にしたの? 代表なら、ゼクト王やキィルの方が……」
「さっき”みんなの功績”と言ったな?」
「え、ええ……」
「今回の勝利……”みんな”の中には、あんたも入ってるだろ」
「――――――――」
「確かにあんたの要請に応えたヤツらは、本当に根のいい善良な連中だと思う。ただし……外に援軍を送ると決めたのは――他でもない、リィゼロッテ・オニクだ。他の誰が指摘しなくても、そこはあんたの功績なんだよ。いい判断だった……少なくとも俺は、あんたのその判断に感謝してる。それだけは、覚えておけ」
「…………っ」
口もとを、きつく引き締め。
リィゼは――今にも泣き出しそうなのを、必死に堪えていた。
「ど、どうしてっ……どうしてよっ!?」
「…………」
「アタシ、あんたのことっ……あれだけ悪しざまに罵ったのにっ! あれだけひどいことをいっぱい言って! 挙句っ……アタシの考えは全部、間違ってて……そのせいでみんなを、危険に晒してっ……、――なのに、どうしてアンタは! どうしてっ――」
リィゼが堪えられたのは、そこまでだった。
「どうしてそんなに、アタシに優しいのよ……ぉッ」
それは――簡単な話で。
そう、
「なんてことはない、簡単な話だ」
「…………」
「リィゼロッテ・オニクは、俺の”逆鱗”に触れなかった」
たとえば、第六騎兵隊。
あいつらは俺の逆鱗に触れた。
「ある意味、俺は相手を客観視できないんだ。正義にかなっているとか、倫理的に正しいかとか……そういう判断が、できない。しない。俺が不快かどうか――つまり”俺の”逆鱗に触れるか否か。それが、すべてだ」
つまり、
「俺にとって、リィゼロッテ・オニクはそんなに不快な相手じゃなかったってことだ。だから優しくもするし、排除もしない。これは要するに、それだけの話なんだよ」
そう。
実の親どもとか。
人を舐め切ったクソ女神とか。
この世界で遭遇した、救えない畜生どもとか。
そいつらと比べりゃ大したことはない。
俺にとって、リィゼは違った。
それだけの理由。
俺は、冗談っぽく言った。
「ま、以前のリィゼロッテ・オニクは視野も驚くほど狭かったし……意固地だし、やけに攻撃的だし……生意気だし、相手を傷つけるような言葉を平気で使うし――ひどいもんだったかもな」
小さくなるリィゼ。
「……うぅ、ごめんなさい」
「けど、今は違うだろ」
「…………」
「今のリィゼロッテ・オニクは視野も広くなったし……柔軟に相手の意見も聞けるようになったし、無闇に攻撃的じゃないし……生意気さは残ってるが――まあそれは、個性として――、……相手へかける言葉にも、配慮がある」
「……そう、かしら?」
「ああ、努力は実ってるな」
「でも、生意気?」
「個性だから、それはそれでいい」
「否定はしないのね……」
「世辞なんか言っても、仕方ないだろ」
「……う゛〜」
前足二本をワシワシ絡ませるリィゼ。
「てことは……ほ、他の評価は本音ってことよね……う゛ぅ〜……」
「宰相なら、褒められ慣れてそうなもんだけどな」
「――う、うるさいわねっ。照れるかどうかなんて、褒められる相手によるでしょっ?」
「俺に褒められたら、照れるのか?」
「それは――か、勘違いしなさいよね!?」
「?」
「?」
リィゼがすごく小さな声で”違った……ッ”と呟き、
「勘違い、しないでよね!?」
言い直した。
言い間違えたらしい。
まあ確かに……勘違いさせてどうすんだ、って話だが。
「ともあれ、夕刻の交渉は頼んだぞ」
「や、やってみる……アンタとセラスもついてきてくれる、のよね?」
「ああ」
「助けてくれる?」
「もちろん」
「よかった。ほんと、頼むわよ……?」
「任せておけ」
「アンタたちのこと……頼りに、してるんだから」
「…………」
最果ての国の宰相リィゼロッテ・オニク。
素直に周りへ助けを求めることが、できるようになった。
上からの独善的な指示でなく。
周りの意見もちゃんと、聞き入れられるようになった。
宰相として一歩、成長といったところか。
▽
部屋に戻ると、セラスが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、トーカ殿」
「……ただいま」
自然と”ただいま”という言葉が出た。
なんというか。
仕事から家に戻った夫とかって、こんな感じなんだろうか。
ふと――そんなつまらないことを、考えた。




