黒の再会
戦闘後、俺は本陣に戻っていた。
今は傍にアーミアもいる。
一旦勝利をおさめた、という報告は扉の中にも伝えた。
セラス、キィル、アーミアと共に地図を広げた卓を囲む。
今となっては本陣の位置がバレても問題ない。
なので明かりが灯っている。
改めて、セラスが現状の確認をする。
「敵軍の残存兵はすでに戦う意思がないようです。残った者は撤退を始めています。数名、第二騎兵隊と思われる者が徹底抗戦の構えでしたが、こちらはジオ殿以下、豹煌兵団が対処しました。数の差で問題なく勝利したとのことです」
まだ全容を把握し切れていないアーミアが聞く。
「今、各方面はどうなっているのだ?」
「ニコ殿率いる左翼は敵の投降兵をまとめつつ、こちらに向かっています。ロア殿の右翼も一旦、こちらへ戻ってきている最中だと」
キィルが視線を地図へ落としたまま、腕を組む。
「ジオくんたちはひとまず前線に残ってもらうわけね?」
「ジオ殿の提案でもありますが……まだ狂美帝側を警戒しておくべきだろう、とのことです。それで、その狂美帝の戦力なのですが――」
セラスが俺を一瞥し、続ける。
「撤退するアライオンの残存兵力を追撃しているようです。投降しない者は殺す、と呼びかけているそうでして……ただ、捕虜が多数となると管理が困難であるため、管理の一部をこちらに任せたいと……いかがいたしましょう?」
セラスはこの場の全員に向かって問いを飛ばした。
キィルとアーミアの視線が俺へと向けられる。
「いや、そこは俺に決定権はないだろ。捕虜の扱いについては、ゼクト王かリィゼが決めた方がいい」
「ん〜、でも私はキミの意見も聞きたいぞ〜。聞きたいぞ〜」
もじもじするアーミア。
「…………」
いまだに俺は、このラミア騎士のキャラを掴み切れていない……。
ひとまず俺は提案する。
「今すぐこっちの手を借りたいって状況でもないんだろ? なら一旦”善処する”とか”前向きに検討する”とか、返しておけばいい」
こっちの都合でどうとでも転がせる魔法の言葉である。
「向こうがこっちに何か押しつけるつもりなら、そいつは交渉の手札の一つになるだろうからな」
「な〜るほど。やっぱり”我が主”くん、頼りになるわねぇ」
「あんたも今回はよくやってくれたな、キィル。慣れない大規模な戦場の指揮を、最後まで崩すことなくやり切った」
「でしょ〜? さっすがキィル様――と言いたいところだけど、ほとんどこの姫騎士ちゃんのおかげよ。ほんっと、勉強になったわ」
「お、お役に立てたのであれば……光栄です」
ガッ
セラスの肩に手を回すキィル。
「そこに加えてこの謙虚さでしょ〜? もう、愛おしすぎて食べちゃいたいくらい」
「キ、キィル殿っ……」
二人で本陣で過ごす時間が多かったせいか。
互いの距離はかなり縮まったようだ。
「キミこそ、今回はお疲れさまだったな」
俺に労いの言葉をかけたのは、アーミア。
「あんたらの戦力を利用した手前、そんな自慢もできねぇけどな……ただまあ、労いの言葉はありがたく受け取っておく」
と、そこでアーミアの声のトーンが変わる。
「……ニコ殿の件も、礼を言っておく。ありがとう」
「あいつは……強いな。あのあと戦線に復帰して、敵の騎兵隊長を一人討ち取っちまったんだから」
「ふふん♪ なんせ、我が国の誇る四戦煌の一人だからな!」
「とかいうあんたも、その一人だろ」
「私はっ、今回っ、全っ然活躍、してないけどな! しかしその原因は私を後方へ送り込んだキミなので、私は謝らん! 絶対にだ!」
胸を張り、ふんぞり返るアーミア。
と、
「ドリス様!」
伝令が駆けこんできた。
急報の様相だ。
神獣は確保した。
他に何かあるとすれば――
「れ、例の人間と思しき者が発見されました!」
安智弘。
セラスが視線で俺の反応を確認する。
伝令は膝をつき、失敗を報告するみたいに言った。
「ただ、その……申し訳ございません! 発見した場合は不用意に近づくなと指示されていたのですが……ず、ずだ袋の中から上半身が出ていまして……」
発見したのは、竜兵だったらしい。
「あ、あまりにひどい怪我を負っており、憔悴していたため……見かねた竜兵が、水と食糧与えてしまい……」
伝令が、唾をのむ。
「か、勝手な判断で……その、大変――申し訳ございません! で、ですが……わたしも目にしましたが、あれは――あれは、あまりにっ……」
ジョンドゥから聞いてある程度、安の状態は知っている。
発見したのは竜兵。
安は第六騎兵隊と行動を共にしていた。
そしてニコや竜煌兵団にあんな仕打ちをしたのも、第六騎兵隊。
共感、というか。
同情心が湧いたのも、頷けなくはない。
竜煌兵団の者としては、見過ごせない気持ちになったのだろう。
「そいつの状態は? 話せるのか?」
「は、はい……相槌を打つ程度の反応はあります。本当に小さな呟きだったそうですが……礼も、口にしたと」
礼、か。
「わかった。運べそうか?」
「いけるかと、思います」
俺は地図を手にし、指で示す。
「その人間……この位置に、連れて来られるか?」
▽
”狂美帝から使者が来たら報告してくれ”
俺はそう言い残した。
他にもいくつか指示を出し、あとは最果ての国の者に一任とした。
リィゼも一度、本陣まで出てくるそうだ。
今のあいつなら上手くやってくれるだろう。
俺はスレイに乗り、セラスと移動する。
向かうのは当然、安智弘のいるところだ。
ちなみに今の姿は、豹王装である。
「その者はつまり、我が主の……」
「ああ、同じ世界の人間だ」
「女神のもとに残った勇者たちに、何が起こっているのでしょうか?」
「……あのクソ女神は、切り捨てる時は一瞬だろうからな。俺に限らず、他人を廃棄するのを躊躇するヤツには見えなかった」
ジョンドゥの話からすると……。
安は蠅王の勧誘、あるいは始末を女神から請け負った。
が、
”使えそうになかったら、トモヒロ・ヤスは処分していい”
女神はジョンドゥにそう言ったそうだ。
あるいは、安はジョンドゥたちに対して何かやらかしたのかもしれない。
「我が主」
俺は相槌を打つ。
「――ああ」
数名の竜兵が、見えた。
あそこか。
▽
到着するなり、俺とセラスは下馬した。
セラスは安を見るなり、
「……これ、は」
セラスが口を押さえ、青ざめる。
言葉を、失っている。
それ以上、言葉が続かないらしい。
俺は竜兵に現状説明を求めた。
少し言い辛そうに、竜兵が報告を始める。
「……少し前に、意識を失いました。ただ、命に別状はないようです。もしかしたらこの人間もそれを聞いて安堵し、意識が途切れたのかもしれません……」
「この人間は、気を失う前に何か言ってたか?」
竜兵が答える。
事前に聞いた内容と比べて、大して新しい情報はなかった。
ただ、
「自分は、異界の勇者だと……気を失う前に、そう口にしておりました」
竜兵は言いつつ、驚きを残した顔で改めて安を見る。
異界の勇者に実際会うのは初めてなのだろう。
まあ知らぬとはいえ、とっくに会ってはいるのだが。
「…………」
それにしても――自ら、勇者と明かしたのか。
しかし、
「確かに……ひどいな、こいつは」
安の状態は惨いのひと言に尽きた。
ボロ雑巾のような状態、と言っていい。
治療にあたった竜兵がどこか無念そうに説明する。
「こちらの手の指ですが……ご覧の通り三本、切断されています。爪は手足ともにすべて剥がされていて……それから片腕のこちらの腱が、ズタズタにされています。残念ですが……こちらの治療はもう手遅れかと。また……所々、肉が削ぎ落されている場所もあります。ただ、こちらはいくらか塞がるかもしれません。しかし、こちらの削ぎ落された右耳も……」
一旦言葉を切ると、竜兵は表情を歪めて続けた。
「それと……右目の周辺に点在する、この、極小の丸い傷ですが……」
針のようなもので何度も目の周りを刺されている。
このまま眼球に刺し込む、などと言って失明の恐怖を煽ったか。
「ですが、失明は免れたようです。ただ、あの……これが不気味なのですが……」
「傷の処置か」
「は、はい……止血など、傷の処置が完璧に近いのです。わたしたちが処置を施さずとも、傷自体は……しっかり、処置されていて」
沈鬱な面持ちで項垂れる竜兵。
次いで竜兵は、思い切った顔で問うた。
「……あの! この処置は、や、やはりッ――」
「ああ。おそらくこの処置も、傷をつけた第六の連中がやった」
「そんな……ど、どうしてそんなことを……」
竜兵には理解し難いらしい。
まあ、最果ての民に理解は難しいかもしれない。
「…………」
自分たちで、痛めつけて。
しかし長く”楽しむ”ために、止血などの処置は施す。
殺すのが目的ではなく、精神的に追い詰め続けるのが目的のやり方。
嗜虐趣味を続けるために施される治療……。
元々細いヤツだったが、今の安はそれ以上に痩せこけていた。
ニオイからもわかる。
容易に、理解できる――どんな扱いを受けていたのか。
あの第六騎兵隊から。
「……チッ」
つくづく……。
つくづく、趣味の悪ぃ連中だ。
「それから、こちらの器具ですが……」
両手で”それ”を持ち、竜兵が俺に確認を求めた。
鉄っぽい素材の拘束具めいた器具。
顔下半分を覆うようなマスク型をしている。
「こちらの人間はこれを外すまで、しゃべることができなかった様子でして……」
「なるほど」
しゃべることができない。
つまり――スキル名の発声が不可能となる。
発動条件が潰されるのだ。
これさえ装着させておけばスキルでやられる心配はない。
スキル名の発声が必要な勇者のスキルは、これで無効化できる。
このタイプのスキルは、喉や声帯をやられたら無効化されるも同然だからな……。
「あの、豹王様……彼が気を失う前に、あ、あまりに見かねて……水と、それから、水で溶いた糧食を少し、与えてしまったのですが……も、申し訳ございません! 敵か味方かもわからぬ状態で、か、勝手な判断を――」
手で言葉を制す。
「その件は、さっき報告に来た竜兵から聞いた……気に病む必要はねぇさ。女神の側にいた異界の勇者となれば、いくつか聞きたいこともあるしな……死んじまったら、それもできなくなる」
厳しい表情を崩さぬまま、セラスが聞く。
「となると……彼はひとまず、捕虜として扉の中へ?」
「……そうだな。一度、扉の中へ運び込んでくれ――【スリープ】」
安に【スリープ】をかける。
効果持続中は数時間単位で目を覚まさない。
なので、運んでいる最中に目を覚ますことはない。
俺は口の拘束具を手に取り、竜兵に言った。
「この拘束具は装着し直しておけ。装着は、中へ運び込んだあとでもいいが」
「そ、装着し直すのですか?」
「ああ」
「は、はい……」
竜兵には無慈悲な行為に思えたのだろう。
安を苦しませたであろう拘束具を、再び付け直せというのだから。
が、何が起こるかわからない。
目覚めた後、スキルを使って急に暴れ出すかもしれない。
その際、最果ての国の者が犠牲になりかねない。
そういうリスクはできるだけ軽減したい。
「意識を失う前……礼を、口にしたと聞いたが」
「あ、はい……水を勧めた際に、ごく小さなかすれ声でしたが……確かに”ありがとう、ございます。すみません”と」
「…………」
『だっておまえは最底辺のE級なんだから。敬わないとだめだろ、A級の僕を』
『ウザいんだよ、三森! 死ね! 消えろ!』
『ではせいぜい余命いくばくもない短い時を懸命に生きたまえ、廃棄勇者クン』
前の世界で俺を拒絶した時の、安智弘の言葉。
俺が廃棄された時の、安智弘の言葉。
どうにも、つながらない。
ここに横たわる安智弘は――もう、果てている。
疲れ果てていて。
苦しみ、果てている。
そんな風にしか、見えなかった。
確かに廃棄直前の変貌ぶりには驚いた。
あの時は、俺への態度に思うところがないわけでもなかった。
けれど、今の安には……。
いわゆる”ざまぁみろ”といった感情など、湧くこともなく。
当然、これ以上痛めつけたいという気持ちなど……微塵も湧かず。
ただただ、
”あまりに、むごすぎる”
という、そんな感想だけで。
俺の中に湧いたものは――ただ、それだけだった。
▽
俺は【スリープ】の解ける時間を竜兵に伝えた。
同スキルの連続使用はできない。
が、クールタイムを置けば使用可能となる。
まあ、ずっと拘束しておくなら間に【パラライズ】を挟めばいいだけだが。
といっても今の安に、あの半永久的コンボを使う必要があるかというと――
「余裕ができたら……一度、この勇者と話してみたい。もし攻撃の意思を見せてくるなら、俺が責任をもって呪術で拘束する」
その際はセラスも同行させる。
安はジョンドゥにやられた。
てことは、ジョンドゥより厄介ではないはずだ。
不意打ちしてきても、俺やセラスがいれば十分対処できる。
「ま……」
木と布で作られた担架に乗せられる安を見る。
「今のこいつには……そういう危惧は、しなくてもいいのかもしれないけどな」
「ひょ、豹王様!」
運ばれていく安と入れ代わりにやって来たのは、ケンタウロス。
「報告いたします!」
そろそろかと思っていたが――
「狂美帝より、伝令が来ました!」
来たか。
「そ、そのままお伝えします! ミラの使いの者によると――
『大戦が終わった直後で、貴国の軍も疲弊し、また、今は戦の後処理に追われている状態であろう。そのため、我が国とどう接するかについての即断即決は難しいと拝察する。ゆえに、回答の期限を夕刻まで設けたく思う。最初の交渉場所は屋外が適当であろう。場所は互いの陣営の中間点が望ましいが、そちらの指定に従う。我が軍はアライオン十三騎兵隊の残党を”処理”しつつ、添付した場所にて野営を行い、休息と戦の後処理を行う。期限までに回答がなくば、我々は一度このまま軍を引き揚げる予定でいる。ただしその場合も、我が方にはまだ再交渉の意思が残っていることを理解されたい』
と……」
判断を仰ぐように、ケンタウロスが俺たちを見た。
聞き終えたセラスが、黙考を解く。
「かなりこちらに譲歩した内容に、思えますが……」
「狂美帝が神獣を確保したがってた理由……それが、最果ての国との交渉を望んでいたからだとすればこの譲歩も頷ける。今、ミラはアライオンに宣戦布告し、すでにウルザへ派兵してるって話だ。となると、やはり狙いはこっちの戦力をあてにした対アライオン同盟だろう」
あとは禁字族――禁呪目的もありうるか。
アライオンを敵に回す、ということは。
クソ女神を敵に回す、ということでもある。
対神族の切り札とされる禁呪の存在。
知っているなら、禁字族目的でもおかしくはない。
「そ、それから……」
伝令が付け足した。
「“可能なら蠅王ベルゼギア殿も同席されたし”と……」
「!」
セラスがハッとして俺を見る。
反応を窺うように、伝令も俺の様子を窺う。
「そ、その……蠅王殿の存在を知り得たのは戦闘中とのことで……最果ての国の兵が蠅王ノ戦団のことを口にしていたのを、偵察に出ていたミラ兵が聞き……あなたが最果ての国側についていると、し、知ったそうで……」
やはり仮初めの名を常に意識しつつ切り替えられるヤツばかりじゃない。
どうしても口が滑る者も出てくる。
特に極限の戦場下では、そこまで意識が回らずとも仕方あるまい。
伝令に確認する。
「キィルやリィゼはなんて言ってる?」
「キィル様は、まずあなたの意見を聞いてみたいと……リィゼ様は”一度扉の中へ戻り、蠅王殿やセラス殿もまじえて、皆で話し合って検討したい”と」
ここで狂美帝が奇襲してくる、って可能性もなくはない。
しかし――
「いずれにせよ、いくつかの兵団は戦いづめで休息が必要だ。万が一ミラとやり合うにしても、休息なしじゃまともには戦えない」
何より、同盟云々となるとこれは最果ての国の問題だ。
俺が決めることじゃない。
ただ、
「…………」
助言を求められてるなら、ここは応えるべきか。
「わかった。引き続き防御線は残しつつ、俺たちは一度扉の中へ戻る」




