最果ての灯火
雨が、激しさを増している。
まるで、戦闘の激しさを物語るかのように――――
▽
戦局は先へ進んでいた。
この間、キィルは総指揮官としての役割を果たした。
耐たせた。
セラス不在であっても、堅実な指揮を執り続けた。
こちら側はやや押され気味ではある。
が、戦線はどうにか踏みとどまっている。
特に強固に持ちこたえているのは中央のジオたち。
中央の豹煌兵団。
本当に後ろへ、下がらない。
「押されて後退気味な、右翼と左翼……」
セラスが本陣へ戻れば、その指揮能力で押し返せるか。
「報告します!」
伝令が来た。
「左翼に敵が接近している模様! 今のところ指示通りに後退していますが……しかし規模を見るに、おそらく偵察部隊とのこと! い、いかがいたしましょう!?」
左翼か。
第六は消えたが、他の騎兵隊が来ているらしい。
今、左翼は竜煌兵団の残りと魔物たちのみ。
左翼はニコを失っている。
つまり、力のある指揮官がいない。
先のアレもある。
深追いは避けるべきだろう。
「……最悪、左翼はかなり後方へ押し込まれる形になってもいい。有利な地形を捨てる分、中央へ近づけば増援は送りやすくなる。下げれば下げるほど、孤立は避けられるはずだ」
孤立し、殲滅される。
そんな最悪の事態は避けられる。
「我が主。私はこのまま本陣へ戻る予定となっていますが……私が今から引き返し、左翼の指揮を執りましょうか?」
「――待て」
この声……
「左翼方面は、某たちに任せよ」
セラスが驚く。
「ニ、ニコ殿!?」
「まだ戦える者たちを、募ってきた」
ニコは、包帯を巻いた竜兵たちを引き連れていた。
第六にアレをされた竜煌兵団の者たちだ。
死体の部位を縫い付けられてはいたが……。
拘束さえ解けばどうにか戦線復帰できそうなヤツらはいた。
ニコを、含めて。
「……やれるのか、ニコ」
「つい先ほど伝令から聞いた。貴様たちが第六を倒したそうだな?」
「とどめは、散らばってた左翼の竜煌兵団の連中と魔物たちだがな」
「しかし実際にくだしたのは、貴様らであろう?」
「……まあな」
「ふっ、本当にあれをくだすとはな――礼を言う」
俺はスレイを歩かせ、ニコの横を通りすぎる。
通りすぎざま、
「左翼方面、任せるぞ」
「当然だ。左翼は某が預かった方面。指揮官としての役目は――まっとうする!」
「ニコ殿、ご武運を」
「貴様もな、美しき剣士よ」
互いに背を向け、俺たちの方は中央を目指す。
ニコの戦線復帰はありがたい。
「ここで左翼を任せられるヤツが戦線へ戻ってきたのは、でかい」
「あ、いた! ほ、報告!」
中央へ向かう途中、伝令に呼び止められた。
「中央方面のジオ様たちが、第二騎兵隊と交戦を開始しました!」
第二騎兵隊。
出てきたか。
「ただ、そのっ……この第二騎兵隊と思しき敵なのですが、数名単位で独立し……かなり広く、中央の戦場付近に散らばっている模様でして……」
いくつかの少数の分隊が個々に動いてる、ってことか。
つまり……一人一人の能力が高い?
「セラス。おまえは予定通り、このまま本陣へ向かえ」
「承知いたしました。その……あなたはこのあと、どうされますか?」
「ピッ! ピピピッ」
ピギ丸の感知。
味方でない可能性の高い気配が、三つ。
距離はまだ遠いが……。
ここはもう中央の戦場領域に入っている。
てことは、個別に動いてるっていう例の第二の連中か。
こいつらが戦場でバラバラに暗躍すると、厄介かもしれない。
「オレはここに残って第二騎兵隊の遊撃隊みたいなヤツらを潰す。報告を受ける限り、こちら側の全体の動きは防戦で手いっぱいだ。多分、指揮が追いついていない。スレイと一緒にキィルのところへ戻ってやれ、セラス」
「ご武運を」
「おまえもな」
セラスと別れた俺は身を低くし、茂みに身を隠す。
姿が、見えた。
彫り物をした筋骨隆々とした男たち。
ん?
なんだ、あいつら――
「……強ぇな」
「ピッ」
「行くぞ」
▽
「【スリープ】」
突然の睡眠欲求によって、敵の意識の糸が途切れる。
ふらつく敵の喉にすかさず剣を突き込む。
敵は血を噴き、泥濘に沈んだ。
ドチャッ
死体が地面にぶつかり、泥が跳ねる。
脈めいた小川となった血が、雨水に流されていく……。
剣を引き抜き、周囲を見渡す。
「この辺にいたのは……粗方、片づいたか」
「ピッ」
「ん?」
きょろきょろと何かを捜している豹兵の姿があった。
あの腕に巻いた布の色――伝令か。
「捜してるのは俺か?」
「うわっ!? い、一体どこからっ!?」
急に気配を現したから、びっくりしたらしい。
一度、背後を振り向く豹兵。
次いで、彼は前方と左右へ視線を飛ばした。
「あの……この彫り物をしている者たちの死体は、ここ中央方面で出没している第二騎兵隊の独立部隊……です、よね? 我々豹煌兵団も、神出鬼没なこの独立部隊に悩まされていまして……それより、その……まさか、これを……お、お二人でやられたのですか?」
「まあな」
「ピッ♪」
二人、か。
いよいよ、ピギ丸の存在も認知されはじめてるらしい。
「で、報告か?」
「あっ――はい! 現在、中央方面は第二騎兵隊と交戦していますが――ジオ様が、第二騎兵隊長を討ち取りました!」
やったか。
ジオ。
「ただ、ジオ様は戦っている最中に他へばらけた独立部隊の存在を把握しました。しかし……この第二騎兵隊の本隊がかなり手ごわく、他へ兵を回す余裕がありませんでした。そこで本陣へそれを伝えましたところ――豹姫様より『現在、豹王殿が対応中のはずです。その状況を見てから、ケンタウロスの予備隊を派遣するか判断します』と……」
「で、確認しに来たわけか」
「は、はい……」
「例の神獣の方はどうだ?」
「あ、いえ……まだ見つからないようです。その……例の人間も、まだ……」
「……そうか」
気配。
「――おまえは戻れ。まだ第二の独立部隊は残ってる……つーか、こいつらは死を恐れていない。が、命を粗末にしてもいない……命を大事にしながらも、戦って死ぬことを恐れていないんだ。厄介だ、こういうヤツらは」
俺は気配の方を見やりながら、続ける。
「この第二の独立部隊は、片づけられるだけ俺が片づける。それと……味方が次々やられてるのを察してかなのかはわからねぇが、独立部隊のヤツらがこっちに集まって来てる感じがする。そう、包囲するように――多数、近づいてきてやがる」
まるで、強敵を求めているかのように。
なら――好都合。
「今言った通り、ここに集まってきてる分は俺がすべて引き受ける。本陣の方には、そう伝えてくれ」
「は……はいっ! ご武運を!」
伝令が走り去る。
「…………」
気配が、増えている。
分隊が集ってきているため、結果として、分隊の規模じゃなくなってきていた。
つまり、数が多い。
天を仰ぐ。
ふぅぅぅ、と息を吐き出す。
――ミシッ――
ピギ丸と――――――――接続。
「行くぞ」
「ピギッ」
▽
再びやって来た伝令が、驚嘆した。
「報こ――うっ!? こ、これは……っ」
散乱しているのは、第二騎兵隊の独立部隊の死体。
伝令が目にしたのは、雨に濡れた豹王装。
「こっちに来た分は、ひとまず終わった」
「こ、この数を……?」
「他の戦況は?」
「あ、はい! ウルザの北西の端とミラの北東の端がまじり合うくらいの場所にっ……て、敵の増援らしき軍が現れたとのことです! 今までの騎兵隊より明らかに規模が大きいようだと!」
「来たか」
第七騎兵隊。
七人の副長を配する最大規模の騎兵隊。
この第七は後詰め的な性格が強いと聞いた。
要するに、予備戦力が動いたのだ。
「もう少しこっちに戦力が欲しいところだが……ま、ある分の戦力でやるしかねぇな」
「報告いたしますっ……」
「ん?」
ハーピー兵?
途中で地面に降りたのだろう。
歩いてきている。
後方にいるはずのハーピー兵が……ここまで出てきた?
どういうことだ?
「ぞ、増援のご報告に!」
その発言を聞いた豹兵の伝令が、言う。
「大丈夫だ。増援の話なら、今おれがお伝えした」
「いいえ――こちらの増援です!」
「何?」
「リ、リィゼ様が扉の中の者たちを説得し……可能な限り、武装をさせました! 急ごしらえではありますが、扉の中の防備戦力はそれによってかなり増えました! そこで、中の防備戦力が増えた分……半数を、こちらの外の増援として回すと!」
リィゼ。
そこまでまとめ上げ―――動かしたか。
この短時間で。
扉の中のヤツらを。
「現在、アーミア様率いる蛇煌兵団が守りを固めるべく本陣へ向かっています!」
ぽかんとしている豹兵。
「な、なんと……リィゼ様……」
「フン」
口は上手いんだ、あの蜘蛛娘は。
「…………」
雨の勢いが、小ぶりになってきた。
空はすでに暗くなっている。
小雨の中、敵軍のたいまつの火が揺らめいている……。
敵は暗くなっても動きを止めていない。
このまま夜戦へ突入するつもりなのだ。
夜目がきく種族がいる分、こちらに有利かもしれない。
何より――
俺の時間でもある。
「この戦いも――あと、もう一息。さて……」
いよいよ敵も、ほぼ全戦力を投入しはじめた。
「最後の総力戦と、いこうか」
□
リィゼロッテの送った援軍は各方面へ配置された。
各方面軍は地形を活かしつつ迎撃戦を開始。
ロアのいる右翼は、第八騎兵隊とぶつかった。
この第八騎兵隊にロアたちは苦戦。
しかし、ここに思わぬ味方が現れた。
狂美帝率いるミラ軍である。
ミラ軍はロアらと交戦中だった第八騎兵隊を撃滅。
第八の隊長は、狂美帝によって討ち取られた。
狂美帝は、
『安心するがよい。余にそなたたちと敵対する意思はない。我らミラは現在、このアライオン十三騎兵隊を擁するアライオンと敵対しており、味方を求めている。ゆえに、我がミラ帝国は最果ての国との交渉を望む……”検討されたし”と、そなたたちの王へ伝えよ。また、第九騎兵隊は我が方がすでに打破している。そして、我がミラ軍はこのまま――』
”この戦場にて、最果ての国の味方として戦う”
そう言い残すと狂美帝は兵らを引き連れて方向転換し、そのまま中央へ向かっていた第七の横っ腹を叩いた。
これが、第七騎兵隊崩壊の序曲となる。
ミラはそのまま、第七の背後へ回った。
これにより、最果ての国の軍勢との挟み撃ちの形が出来上がった。
狂美帝はロアたちに、こうも言い残した。
『敵味方の判断は、我らの身に着けているこの紋章か、掲げている旗でするがよい。こちらはそなたたちを判断しやすいが、そなたたちは見分けるのが難しいであろう。まあ、この闇だ……多少の判断の違えは、大目に見よう』
しかしこれは三森灯河の事前説明が功を奏した。
『将来味方となるかもしれない相手を、アライオンの騎兵隊だと思って殺すのは得策じゃない。もし仮に遭遇することがあったら、交戦は避けろ』
事前に灯河はリィゼや四戦煌に、紋章の特徴などを伝えていた。
直前と事前では、やはり意識への浸透度が違う。
最果ての国の者たちは、どうにか敵味方を見分けながら動くことができた。
ミラ軍は、さらに神出鬼没に襲撃をかけた。
加え、狂美帝は真偽入りまじった情報を流せと指示を出す。
察した三森灯河もこれに乗じ、混乱を起こしそうな情報を流させた。
これにより第七騎兵隊は、さらなる混乱を極めるのである。
「背後からミラの大軍勢が迫ってきているそうだぞ!」「なにぃ!? そんなに数が多いのか!?」「背後に見えるあのたいまつの範囲を見ろ! かなり多いぞ!」「いや待て! あれはたいまつが見えるだけだ! 実際にあの数がいるかどうかはわからんぞ!」「証拠はあるのかよ!?」「第七以外の騎兵隊は、もう全滅したって話だ!」「馬鹿な、そんなことがありえるか! 嘘を言うな!」「まさか――第六もやられたのか!? あの第六が!?」「第二騎兵隊のラシッド様の死体が見つかったらしいぞ!?」「我らが第七の大隊長が逃亡したって、本当かぁ!?」「いや、灼眼黒身のでかい豹人に真っ二つにされたって話だ!」「おれたち第七が全部おいしいとこもらうんじゃなかったのかよぉっ!?」「ミカエラ様と第一騎兵隊がこっちに向かってるって話だろ!」「聞いたけどよ、一体いつ来るんだよ!?」「んだよこれぇ!? なんなんだよこれはぁあ!?? なんなんだぁああ!?」「もっ……もうだめだ! おれたち、皆殺しにされる……ッ!!!」
夜なのも災いし、混乱はさらに膨れ上がった。
第七騎兵隊は、こうして指揮不能の状態にまで陥ったのである。
が、ここで――
ここまで息を潜めていた第十一騎兵隊が、動いた。
逆に混乱を利用し、一気に本陣を叩きにきたのである。
たいまつを使わず夜陰に紛れ、得意とする隠密進撃によって防御線の穴をつき、突撃してきた。
この報告を受け、セラス・アシュレインが本陣より自ら打って出た。
そうして本陣にいたケンタウロス部隊を連れた姫騎士が、第十一騎兵隊と激突――
見事、彼女は第十一騎兵隊を仕留めた。
さらには第十一騎兵隊と行動を共にしていた神獣を確保。
名はラディス。
セラスの真偽判定で間違いなく本物であると確認された。
道に迷って第九と合流できず、仕方なく途中で出会った第十一に身を寄せていたのだという。
一方、三森灯河は左翼方面にいた。
左翼が押し込まれているとの報を受けたためである。
向かったのは、万全とは言えぬニコの身を心配したというのもなくはなかった。
が、
「ニ、ニコ様がッ……ニコ様が、第五騎兵隊長を討ち取った……! ニコ様やったぁああっ! ふ、ぅぐっ……ふぐぅぅぅ……本当に、やった……ニ、ニコさまぁぁあああ゛……ッ」
竜兵はニコの復活に打ち震え、激しく涙した。
ココロニコ・ドラン。
四戦煌の面目躍如、といったところであろうか。
否――やはり、第六騎兵隊では相手が悪かったといえるのだろう。
最大規模だった第七騎兵隊は、もはや総崩れとなっていた。
見るも痛々しい撤退がはじまっている。
大隊長、及び、七人の副長のうち生存者は副長二名のみ。
その副長二名は投降し、ミラの捕虜となった。
この日――
女神の誇るアライオン十三騎兵隊すべての騎兵隊は、最果ての国とミラ帝国の連合軍によって、完全なる敗北を喫したのである。
01:09――――――――アライオン十三騎兵隊、壊滅。
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