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大魔帝



 ◇【女神ヴィシス】◇



「……………………やれやれ、逃げられましたか♪」


 身体の動きが鈍い。

 あの妹の固有スキルの影響だろう。

 高速移動は難しい。

 これでは、追うことができない。


「私への攻撃ではなく、逃げるための一手だったとは」


 未知のスキルだったため思わず防御行動を取ってしまった。

 そして気づいた時には、姉妹はもう消えていた。

 邪王素下でなければ容易に追えたであろう。

 イツキ・タカオのあの新たなスキルの影響も、微々たるものだったはずである。


「しかしここで黒紫玉を使わされてしまったとは……あぁ、忌々しいですねぇ……♪」


 何より忌々しいのは邪王素だ。


 本当に、忌々しい。


 やはり根源なる邪悪は、神族の天敵――


「――――――――」


 ヴィシスの動きが、止まった。

 間の抜けた声が出る。


「あら?」



 













     △







 ◇【十河綾香】◇



 高雄聖と別れたのち、距離を詰めてきた大魔帝。


 大魔帝がある程度の距離まで来たところで、


「!」


 その触手鎌の先端が、発光。


 直後、先端から紫光しこうがほとばしった。


 そして――


 ビシュンッ!


 の光線が、はしった。


 攻撃魔法や攻撃魔術のようなものか。

 十河綾香はこの時――


 大魔帝の眼前まで、肉薄している。


 今の光線は一瞬では出せないようだ。

 射出までほんのわずかラグがある。

 さらには視える――余裕で、避けられる。

 このラグは綾香にとって、


 隙でしか、ない。


 むしろ光線を撃ってくれたおかげで、一気に距離を詰められた。


 大魔帝は即座に触手鎌で迎撃態勢を取る。

 綾香と共に宙から攻勢を掛ける固有剣たち。


 武器と武器の打ち合う激音。


 間断なく散り奔る火花が、その衝撃の凄まじさを物語る。


 両者の軌跡は無数なる三日月。


 時に、一筋の閃光。


 踏み締める足は確と地を叩き、そこから逃げ散るように砂つぶてが舞う。


 五月雨がごとき両の乱撃に空気が共振し、金切り声を上げる。


 繰り出される互いの一手一手。


 互いに最善手で、相手を制そうとしている。


 剣撃の交差は激しさを増し――さらに、加速。


 現状、互角。


 綾香の感覚は鋭敏さをさらに増した。

 しなやかに流れる筋肉。

 密度を増す極弦。


 ついの重撃が乱轟らんごうと化し、周囲へとやかましく鳴り響き、激震と火花の溶け合った閃撃が――その音を、彩る。


 そして、


「――――ッ」


 綾香はこの時ついに、確証へと至った。


 大魔帝は戦いの中で学習している。


 あのあと二度ほど魔法や魔術のような攻撃をしてきた。

 が、どちらも余分な隙を生み出したにすぎなかった。


 ”発動までのラグを前提とした攻撃は、むしろこの相手にはマイナス”


 大魔帝はそう判断したようだ。

 敵の今の攻撃手段は、何本もの触手鎌と――


 ドッ!


 綾香の頬のすぐ横を、肉の塊が、通り抜けた。


 ノーモーションからの、肉塊の撃。

 が、回避が間に合う。

 見てから回避行動に入って、間に合う。

 むしろ小刻みな動きがない分、触手鎌より綾香はやりやすいと感じた。

 いずれ学習し、肉塊の攻撃もしてこなくなるかもしれない。

 こうなると――シンプルな触手鎌が、最も怖い。


 どれほどの時間、互いに一歩も引かず斬撃をまじえただろう。

 世界に二人しかいないような感覚にすら囚われる。

 気の遠くなるような長く、長い――斬撃の応酬。

 と、綾香は気づく。

 否、途中から気づいていた。


 大魔帝は綾香の動きを学習している。

 しかし学習した上で真似る気配はなく、独自の動きを編み上げている。

 物真似では決して”上”へはいけない。

 取り入れた上で、独自の動きに昇華させねばならない。


 敵を、上回るべく。


 そう、大魔帝は戦いの中で急激に成長していた。

 急速に”技”に磨きがかかっているのだ。

 驚くべき成長率と言っていい。


 これほどの力を持つ魔なる帝でありながら――


 驚嘆すべき、貪欲すぎる吸収力。


(打ち合えば打ち合うほどッ……技の部分が、洗練されていく……ッ!)


 自分の役目は時間稼ぎ。

 が、このまま互角の打ち合いを続ければ――追いつかれかねない。

 綾香はここで、決断した。

 

 ”機を見計らい早めに決めにいく”


 とはいえやはり、まずは隙を探らねばならない。

 その一瞬を見逃すまいと全神経を、さらに――研ぎ澄ます。

 暴風めいた乱打を維持しつつ、鋭い一撃を混ぜ込んでいく。

 が、大魔帝も同じことをしてきた。

 すると戦局は、力を注いだ互いの”強撃”の読み合いと化す。


(スキルのレベルアップでMP消費が抑えられているおかげで、まだ戦闘は継続できる……ッ! けれど決められるなら早めに……決めないとッ!)


 刹那。

 綾香の背筋を、一本の冷たい線が駆け抜けた。

 突然もたげたその考えに、鳥肌に似た感覚が襲ってくる。



 



 極弦の糸のイメージ。

 通常は一本を想定している。

 が、極まった者はその糸を二本創れるという。

 二本あれば倍の力が引き出せる、とされるそうだ。

 当然、負荷はその分大きくなるとされる。

 無理そうなら、途中でやめる。

 しかしここで、決めにいくなら――



 ――ミシッ、メリッ――



 試してみる価値は、


 イメージは……もう一本の、糸――、……


 弦から、極へ。


 極を、




 ―― 極弦ノそう ――




 双弦そうげんと化した極弦の力をもって、十河綾香は、神速の激閃げきせんを浴びせかけた。


(やれた……ッ!)


「――ッ!」


 と、綾香は気づく。


 明らかに大魔帝が攻勢を緩め、防戦へ回った。


 綾香はこれを好機とみて、畳みかけるべく攻勢を強める。

 大魔帝は防御の方が得意らしい。

 防御に集中した途端、精度が明らかに増している。

 大魔帝の成長率。

 その天井は未知数……。

 自分はおそらく現状”技”の部分で大魔帝を上回っている。

 だがここで”技”が追いつかれたら、形勢不利となりかねない。


(今は双弦のおかげで優勢かもしれない。けど……時間が経てば、わからないッ! だから今のうちに――)




 その時、だった。




 サリッ




「!」


 地面の擦れる音。

 ほんの、わずか。

 そう、ほんのわずかだが――


 大魔帝が、後退した。


 間隙。


 あれこそ――まぎれもない”隙”ではないのか?


 ほんの一瞬だったが、綾香はそれを見逃さなかった。



 ()



(いけるッ!)



 綾香は懐へ飛び込むべく、思い切り地を、踏みしめた。



「――――――――ッ」



 ザシュッ!



 血が、



「?」



 宙を、舞った。



 ドッ


 

 地を打つ音が、続いて。









 血を噴き、その場に屈み込んだのは――――――











   □





『綾香には天性の才がある。ただ……こういう種類の武を必要としない国と時代に生まれたのが不幸だったのか、幸いだったのかは――わからんね』





 祖母は、孫の十河綾香をこう評した。



 十河綾香。



 容姿端麗。

 スタイルもいい。

 美少女と表現しても特に異論が出ることはあるまい。

 否、外見にとどまらない。

 文武両道。

 テストの成績は波なく良好。

 体育の成績もいい。

 習い事もいくつか嗜んできた。

 身体を動かすのは好きだが、読書も好む。

 加え、あの十河グループ会長の孫娘でもある。

 つまり正真正銘の”お嬢様”である。

 学校ではクラス委員を務めている。

 性格は真面目で、思いやりもある。


 そんな彼女は、祖母から”鬼槍流”という古武術を習っていた。


 祖母は己の孫を”贔屓目でなく天才”と評した。

 そう――祖母だけが、知っていた。

 元の世界ではおそらく、綾香のその才に誰も気づくことはなく……。


 皆、他の面だけを見ていた。


 端麗な容貌。

 あるいはバランスよく引き締まったスタイル。

 学業における輝かしい成績の数々。

 抜群の運動神経。

 明るい将来を約束されたに等しい血筋。

 超富裕層だが、それを鼻にかけることなど決してなく……。

 クラス委員の彼女はとても一生懸命で、利発で――優しくて。




 そうして誰もが、十河綾香の”本質”に気づくことはなく。



 

 大魔帝は先の東の戦場でS級勇者と出遭った。


 桐原拓斗。

 高雄聖。

 

 ”あれがS級勇者”


 策の一つとして温めてあった今回の転移奇襲作戦。

 東の戦場でのS級勇者との遭遇で、大魔帝は実行を決めた。

 しかしここで、誤算が一つ。


 大魔帝は残る一人のS級勇者を、目にしていなかった。


 他でもない――――十河綾香である。


 報告で存在を知ってはいた。

 ツヴァイクシードを倒した勇者だと。

 だが、


 そのアヤカはツヴァイクシードに苦戦していたという。


 魔防の白城の戦いを決定づけたのは、蝿王の被り物をした男と、その配下及び、不可思議な魔法生物の軍勢。

 

 ツヴァイクシードはその時、アイングランツの死で気が動転していた。


 ”そこを背後からアヤカに斬られ、敗北した”


 大魔帝は、そう聞いていたのだ。

 その情報から判断するなら……。

 十河綾香にそこまでの脅威を覚えることはない。


 けれど、違った。


 十河綾香は”誤算”として、現れた。


 聞いていない。






 。 






 もしその人物の真実の姿を”本質”と言い換えるなら。


 元の世界の十河綾香を”すごい”としていたものは――


 すべて虚飾だった、とも言える。


 限りなく個性を希薄化することで隠されるような”本質”ではなく。


 逆。


 あまりに多くの輝く個性を持つがゆえに隠されてしまった”本質”。


 おそらくは固有スキルの優劣すら、その”本質”からは遠い。



 そう、ついに花開いたのだ。



 このなる世界で。



 その才が、完全に。



 武才というその一点において、十河綾香は間違いなく――






 希代の天才としてここに、現存する。









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― 新着の感想 ―
[気になる点] 逃げおおせた聖を治療する手段はあるのか?
[一言] >こんなバケモノだなんて、聞いていない これ、大魔帝の内心のつぶやきだとしたら、妙に言いようが可愛げあるんですがw キャラ的には こんなバケモノだなどとは聞いていない になりそうなので。
[良い点] ありがとうございました。 次回も楽しみです。 宜しくお願い致します。
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