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勇者たちは、邪王素の中で


 前回更新後に1件、新しくレビューをいただきました。ありがとうございます。






 ◇【十河綾香】◇



 アライオンの王都エノー。

 十河綾香は、高雄姉妹と宿舎内の廊下を走っていた。


「でも、本当に大魔帝なのかしらっ?」


 突然、異様な濃度の邪王素が周囲に満ちた。

 綾香たちはこれを大魔帝の襲撃と読んだが、


「いずれにせよ……この邪王素の濃度だと、王城周辺で今まともに動けるのは異界の勇者――つまり、私たちだけということ。大魔帝であろうとなかろうと、この邪王素の発生源は叩く必要があるわ」


 前を見たまま、高雄聖がそう答える。


(こういう時、冷静な聖さんがいると安心する……)


 綾香たちが目指しているのは修練場。

 このところ、綾香グループの面々は特訓に精を出している。

 今日も朝から修練場に集まって、夕方まで特訓をする予定になっていたはずだ。


(まず彼らと合流して、安全を確認しないとっ……先に彼らがこの発生源と遭遇してしまったら、危険かもしれないっ)


 彼らも以前より強くなった。

 が、相手がもし大魔帝だとすれば対抗できるのはS級勇者であろう。


「委員長、桐原のやつはどこかわかるか!?」

「ごめんなさい、樹さん……私も、桐原君の居場所はわからなくて……っ」


 このところ桐原拓斗は単独で自由に行動していた。

 今は、女神が皆を集めるような時だけ顔を出すようになっている。


「だけど、今は桐原君の力も借りないと……っ」


 四の五の言ってはいられない。

 本当に大魔帝が現れたのなら、


「S級三人が、力を合わせないと!」

「ア、アタシもいるんだけど委員長……」

「い、いえ! 別に、樹さんをないがしろにしてるわけじゃ――」

「ああいいから! わかってるって! もう可愛いなぁ――委員長は!」

「い、樹さん……」


 聖がそこで、口を開く。


「――二人とも、前」

「「!」」


 金眼の魔物。

 上半身が異様に発達した筋肉質の魔物だった。

 二体いる。

 頭部は三日月に似た形をしていた。

 三日月型の頭部の両側面に金眼が半球的に飛び出している。

 口と思しき部位に歯や舌は確認できず、空洞に見えた。

 しかし両腕の方に、歯や舌のあるたくさんの口がついている。

 その口から蛇のような長い舌が何本も飛び出ていて、うねっていた。


 ピタッ


 階段をのぼり切った金眼二体が足を止め、こちらを見た。


「ほォぉオおオお――ホろロろロろロろロろォおオおオお――――――――ッ!」


「姉貴、アタシがやろうか?」

「そうね、お願――」

「二人ともそのまま走り抜けて! ――【刃備え(ブレードセット)】ッ!」


 ザシュ――ッ!


 綾香の槍に付与した魔素刃の一撃が、逆袈裟に魔物を裂いた。

 さらに通り抜けざま綾香は宙で身体を捻り、もう一撃。

 前方の傷。

 今つけた後方の傷。

 両撃が前後から合わさり、一つの傷となる。


 魔物が、真っ二つに割れた。


 離れ際にもう一匹の頭部へ――【内爆ぜ(インナーボム)】。


 魔物の頭部が、爆発。

 血やら何やらが花火のように飛び散る。

 魔物は、二体とも崩れるようにして床に沈んだ。

 すでに先を行く高雄姉妹を綾香は追う。

 高雄樹が走りながら、こちらを振り向いた。


「マ、マジかよ……なんだよ、今の委員長の動き……」

「もはや私たちの知る彼女じゃない、ということよ。正直、心強いわ」


 二人に追いつく。

 と、聖が窓際で足を止めた。

 ガラスなどの嵌っていない廊下の窓の前である。


「二人とも、ここから飛び降りるわよ。その方が修練場に近い」

「え?」


 綾香と樹も、聖に倣い急停止。


「こ、ここから……? ステータス補正があるから、大丈夫なのかしら?」

「【ウインド】」


 聖が固有スキルを発動すると、


「んなこと気にしなくて大丈夫ですよお姫様――よいしょ、っと!」

「きゃっ!?」


 樹が綾香を、お姫様抱っこした。

 身体がふわりと持ち上がる。


「ちょ、樹さ――」

「行くわよ」


 迷いなく飛び降りる聖。

 綾香を抱えたまま、樹も続いた。

 思わず綾香は樹にしがみついてしまう。

 あとから思えば、ステータス補正もあるし、そこまで怖がる必要もなかったのだが。


 三人で、中空へ飛び出す。


 不安になるような独特の浮遊感。

 次いで――落下感。

 が、地面が近づいた時だった。


 フワッ


 見えないクッションにでもあたったみたいに、落下速度が格段に落ちた。


 着地。


 綾香は樹から離れて自分の足で立ち、すぐさま三人で駆け出す。


「聖さん、今のって……」

「風を操る私の固有スキル。その能力の一つよ」

「樹さんが私を軽々と持ち上げたのも?」

「そう」

「つーか、委員長さ……むっちゃ強ぇわりには身体けっこう柔らかいのな。そことかそことか、ふにふにしてた」

「い、樹さんっ……」


 と、聖が何かに気づく。

 人型の金眼の魔物。

 手に、


「!」


 人の首を二つ、持っていた。

 髪を引っ掴み、戦利品のように手にしている。


「……動けない城内の者を殺したみたいね。今や異界の勇者以外は、無抵抗と言っていいもの」

「くっ!」


 綾香の中に、急速に怒りが湧き上がる。

 槍を投擲。

 豪速の槍が、魔物の頭部を貫いた。

 いや、貫いたというよりは――破壊。

 威力が強すぎたせいか、頭部が”なくなった”。

 通りすぎざま、壁に刺さった槍を勢いよく引き抜く。

 魔物の腕と一緒に地べたに転がった二つの首を綾香は一瞥。

 申し訳なさを覚えながら、駆ける。


「……委員長、ほんとすごいな」

「聖さん!」


 聖に呼びかける綾香。


「大魔帝だけじゃなく、他にも、王城の敷地内に魔物が……ッ! そっちも対応しないと、このままじゃ王城周辺の人たちが無抵抗のまま殺されてしまうわ!」

「……そうね」


 聖は何か、思考しているようだった。


「ここで考えるべきは……あの魔物は大魔帝と”一緒に転移してきた”のか――もしくは、大魔帝が”生み出している”のか。そう、大魔帝には金眼の魔物を生み出す能力があると聞いている……前者なら、ともかく……」


 綾香は理解し、唾をのんだ。


「後者、なら……」

「ええ。大魔帝を討たない限り、魔物は増え続ける」

「なら、分かれるってのはどうだ!?」


 樹が提案する。


「大魔帝とやる組と、周辺の魔物を退治する組に!」

「そうしたいところだけど――その判断は、まだ早いわ。大魔帝の強さが未知数な以上、下手に戦力を分散させるのは避けたい」


 チラッ


 聖が綾香を一瞥した。

 綾香は唇を噛む。

 聖の言う通りだ。

 が、


(この周辺のアライオンの人たちが、ただ無抵抗に殺されるのをわかっていながら、何もしないのは……ッ)


 わかっている。

 わかって、いるが――


「あなたの葛藤はわかるわ、十河さん」

「……ごめんなさい、聖さん。私……私はっ」

「私にあなたの考えやポリシーを捻じ曲げる権利はない。そしてあなたには、S級にふさわしい力がある。この戦い、私はむしろあなたの力を借りる側ともいえるわ。何よりね……あなたの行動の決定権はあなた自身にあるのよ、十河さん」


「聖、さん……」


「あなたは、あなたのしたいように行動しなさい。私も、そうするから」


 嫌みでもなく。

 突き放すでもなく。

 ただ平板に――けれど、少しだけ優しく。

 高雄聖は、そう言った。


「ただ、一つ言わせてもらうなら……」


 見えてきた。

 修練場。

 

「私と十河さんは大魔帝を探して、討つ。そして――」


 と、二瓶幸孝が修練場から出てきた。

 中にいるらしい他の勇者を呼ぶ仕草をしている。

 次いで顔を出したのは室田絵里衣。

 周防カヤ子が続く。

 綾香を認めた南野萌絵の表情がパッと明るくなった。

 二瓶幸孝が、手を振る。


「い、委員長ー! ほら、高雄姉妹もいる! な!? 言ったろ!? やっぱり助けに来てくれたんだ!」

「ああもうマジ愛してる、イインチョ!」

「……よかった」

「綾香ちゃん! 無事だったんだね! よ、よかったぁ……ぐすっ……」


 他の勇者たちもぞろぞろ出てきた。

 聖が、先ほどの言葉を続ける。


「――王城の人たちの救出の方は、彼らと樹に託す。一応、この案をあなたに提出してみるわ、十河さん」


 綾香は、ぐっと唇を噛んだ。

 少し泣きそうになったからだ。

 淡々としては、いるけれど。

 聖は汲んでくれた。

 自分の気持ちを。


「聖――さん」

「ひとまず、私たちS級二人で大魔帝と戦ってみましょう。大魔帝の強さは未知数だけれど、今のあなたならやれるのかもしれない。そのくらい、今のあなたは私の目に強く映る」

「……ええ、わかったわ」


 綾香は槍を握る手に力を込めた。


「ありがとう、聖さん」

「礼にはまだ早いわよ、十河さん。それに、私はあなたほど聖人じゃない。それなりにずるい女なの」

「ふふ、そういう言い方も……ずるいと思う。聖さんのこと――もっと好きに、なってしまいそうだもの」


 前を向く聖。


「――大概お人好しね、あなたも」




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― 新着の感想 ―
[一言] 王城で倒れてる人「ん…なんだ、この百合のような香りは…あの二人が通り過ぎてからうわなにをするやめ
[良い点] 楽しく読めてます 難しい単語もなくとても読みやすく素敵です [気になる点] 勇者視点が多いことかな 待ちに待った更新が勇者視点だとちょっとだけがっかりしちゃう [一言] 天才だと思います!…
[一言] きりはら 【桐原】 普段は根拠の無い大口を叩いておきながら 肝心の時に役に立たない(いない)人。 またそのような人を呆れ、ののしる語。
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