無理解、復讐者たちと、雨のにおいと
3時間ほど前に一話更新しております。まだ前話をお読みになっていない方は、一つ前の話からお読みくださいませ。
しかし、聞けば安は戦える状態にないようだ。
途中で捨ててきた、とジョンドゥは言った。
もう死んでいるかもしれない、とすら言った。
なら……。
今すぐ対処する必要はなさそう、か。
そうだな。
粗方、聞きたかった情報は得られた。
苦しみもがいている第六騎兵隊の面々を、一瞥する。
こいつらはいい。
が、ジョンドゥは今なお危険な気がする。
機会のある時に始末しておかないと、大きな障害となりうるかもしれない。
「時間だ、ジョンドゥ」
死や苦しみに対する反応がここまで薄いと。
どうにも、溜飲の下がる感じがない。
言うなれば、
”ざまあみろ”
と、ならない。
まあ……ここで俺の快か不快かにこだわっても、仕方ねぇか。
その時、だった。
わずかに。
ジョンドゥの口端が、緩んだ。
「しかし――なるほど」
「?」
「シビト・ガートランドを倒しただけはある。このわたしと互角以上に攻防を繰り広げたということは……今や、セラス・アシュレインもその領域に到達したと考えていいわけだ」
「?」
「?」
俺は疑問符を浮かべた。
その反応に、ジョンドゥも疑問符を浮かべた。
「そういえばおまえ……あのシビトの兄弟、って言ってたな」
「……異父兄弟だがな。そして、あの説明がつかぬとされた強さの秘密……答えは、わたしたちの母にある。エインヘラルの姓。その”血”こそ、やつとわたしの強さの秘密。ゆえにシビトはわたしと同格――いや、あるいは認識阻害の能力を持つ分、わたしの方が優位だったかもしれない。……、――なんだ、姫騎士」
「――いえ、それは……その……違うかと、思います」
「……………………なんだと?」
一度、セラスは俺を見た。
次いで彼女は、ジョンドゥに向き直る。
「私たちは確かに、五竜士を従えたシビト・ガートランドと相対し……こちらの我が主の策によって膨大な戦闘能力の差を埋め、勝利しました。私は……その時相対し、肌で感じたのです――”人類最強”の強さを」
「……………」
「私は……自分がもっと強くなれば、シビト・ガートランドとの差を縮められると思っていました。事実……あの頃より、ずっと強くなったと思います。ですが……」
ほのかに悔しげな表情で、セラスが胸に手を添える。
「強くなればなるほど――より遠くに、感じるのです」
そう。
俺も、同じ感覚だった。
シビトが――遠い。
強くなれば差が縮まっていくと思っていた。
が、強くなるほど、ヤツの強さの”異常さ”に気づかされるばかりで。
たまに眠る時、ふと思う。
”俺は、なんであいつに勝てたんだ?”
成長すればするほど、その感覚は強くなった。
シビトに勝ったくらいの頃はそこまでじゃなかった気がする。
多分、セラスも同じだったのだ。
強くなればなるほど……
より、あいつの強さの”異常さ”がわかってしまう。
際立って、しまう。
「その、ですので……あなたとシビト・ガートランドは、強さという意味では……同格ではない、と思います」
「!」
その時。
初めて、ジョンドゥの顔が――歪んだ。
「あなたは確かに速かった……ですがご存じの通り、私が防げる範囲でした。感覚が慣れれば、逆に攻勢へ打って出れるほどには。ですが……」
セラスが、唇を噛む。
――悔しい。
言葉にせずとも、彼女の感情が伝わってきた。
「あのシビトと近接戦をしても――いまだに、防ぎ切れるか自信がないのです。防御に徹しても、やれるかどうか……」
「……まあな。正直、もしシビトがおまえと同じ認識阻害の能力を持っていたら……最初に姿を現した時の、あの一撃で――」
これは虚偽でも、なんでもなく。
確かな事実。
悔しいが、
「セラスの防御も間に合わず、おそらく俺は死んでいた」
ジョンドゥの顔が、個性的なシワを刻んだ。
表情がある。
歯ぎしりをし、
「では、なんだと――」
その目は、血走っていた。
「シビト・ガートランドの強さの秘密はッ……では、一体ッ……なんだというのだッ!?」
「そいつは、俺が知りたいくらいだ」
そうか、こいつは――
直接、シビトと対峙したことがない。
一戦交えたことが、ない。
だから――ヤツの強さを、正しく知らなかったのだ。
ジョンドゥは自分たちの母親が強さの秘密だと信じていた。
そして、自分は”もう一人の最強”と思っていた。
本気を出せばシビトに勝てる。
むしろ認識阻害がある分、自分の方が有利だと。
普段はモブとして、気配を消していても……
本気を出せばやれる。
が、それは違った。
崩れたのだ――その認識が。
実際はシビトとの間には埋めがたい差があった。
それに、気づかされてしまった。
「…………」
いびつなヤツだ、と思った。
自分と”同じ”俺に殺されるのはかまわない。
しかしシビトの強さの秘密が”意味不明”なのは、受け入れられない。
――ああ、そうか。
少し、わかった気がする。
こいつは”理解できるもの”を恐れないのだ。
ジョンドゥにとって同じ存在である俺は”理解できるもの”。
そしてこれまでは、シビトも”理解できるもの”だった。
出自の謎も知っている。
強さの秘密も、理解している。
そう思っていた。
しかしここで、
シビトが突如、理解不能な”恐怖存在”へと変異した。
「母で、なければ……父? はぁ……はぁ……し、しかしやつの父親はっ……母によれば、平凡な元貴族の男……出自も、はっきりしている。以前、調べてみたが……ぜぇ、ぜぇっ……その元貴族の、家系には……ぐっ……そ、そんな異常な強さの人間は、いなかった……では、本当になんだと――ご、ぶっ!?」
ジョンドゥが、さらに吐血した。
白目を剥いている。
死期が、近いのか。
ジョンドゥの目の端から――血が、流れはじめた。
「わたしたち、は……おれたちはッ……おれは同格、だとっ……やろうと思えば――ご、ぼっ!? ぐぶっ……いつでもやつを殺、せると……ッ! あ、あまつさえっ……もう一人の”自分”と、遭遇しっ……存在理由まで、揺さぶ、られてっ……げぼぉ! な、なんてっ……末路っ……げぼぉっ! げぶぅっ!」
ジョンドゥの口からドボドボと血が溢れる。
その一部が血泡となり、歯の隙間からはみ出ていた。
壮絶な姿と言えた。
まるで、血の涙でも流しているかのような……
「だ、だが……お、おまえ……蠅王は、いいっ……げぶっ! 受け、入れよう! じ、自分自身に……殺される”自殺”は……かま、わん……ッ! ぐぼぁ!? し、しかし……おれ、は……シ、シビトが――シビ、ト……理解、できないっ! 蠅王以上に、き、気持ちが――悪いッ!? げぼぉぉお! お、おれは……影の、ように……か、隠れて……この世、すべてを……理解し……観察、し……楽しむ、側……ッ! 本来、最強に……ふさわしい実力がある、がっ……あえて隠、してっ……ぐっぼぁ! おげぇえ! な、名もなきっ最、強っ……そ……それが、おれのっ……か、んぺき……な……生き、か――、……、――――シビ、ト……ほ、本当、に…ではッ……ぉ、お゛まぇは、ぃ、一体……な゛、ん゛……だ、った、と……、――――、――――――――」
ジョンドゥは、そこで――こと切れた。
膝を、ついたまま。
セラスが息をのむ。
「我が、主……この男は、一体……?」
セラスには理解が及ばなかったらしい。
なぜジョンドゥが、ここまで取り乱したのかが。
俺には、わかっていた。
が、
「死んじまった時点で、これ以上こいつを理解しても時間の無駄だ。ま、俺たちにとっては……シビトと同格じゃなかったことは、幸運だったと言っていい」
ジョンドゥが本当にシビト級の強さだったら。
認識阻害と、あの異常な強さが合わさっていたなら。
俺たちは多分、負けていた。
「……さてと」
ジョンドゥから得た情報によると……。
神獣はもう、第九と合流すべく移動している可能性が高い。
第六の連中を見る。
意識がある者は少ない。
毒の苦しみで白目を剥き、気を失っている者が半数以上……。
ただ、意識がまだあるヤツは怯え切っていた。
ジョンドゥが倒されたことが信じられないのか。
あるいは、あっさり切り捨てられたことがショックだったか。
「ま、俺は戻るが……テメェらのやったことには、ケジメをつけてもらわねぇとな……」
ニコの――竜煌兵団の件。
リズの――シャナティリス族の件。
あっさり死んで終わりと思ってもらっちゃあ、困る。
……俺の気が済まねぇからな。
今度こそ俺は音玉に魔素を込め、合図を送った。
しばらくすると、竜兵と魔物の集団がやってきた。
一緒に待機させていた連絡役のスレイもまじっている。
魔物たちは、ニコたちがアレをされる前に別行動させていた左翼戦力。
残りは散り散りになってアレの被害を免れた竜兵である。
あのあと、散った竜兵たちはバラバラに中央を目指していた。
そして途中、俺たちは彼らと合流していったのである。
まあ、どこかで遭遇するだろうとは思っていた。
「こ、これは……」
竜兵の一人がここの光景を見て、絶句した。
魔物たちもやや不気味がっている感じがあった。
俺はサッと記した走り書きを一匹の巨狼に渡す。
得た情報と、今後の動きを記したメモ書きである。
スレイを除くと、この中ではあの巨狼が一番速い。
次いで、巨狼に辿るルートを教える。
「ピピピピ! ピギッー! ピッピッピ!」
意思疎通はピギ丸がやってくれる。
巨狼が走り去った後、俺は竜兵に尋ねた。
「おまえたちを襲撃した例の第六騎兵隊……こいつらだな?」
「は、はい……お言葉通り……ほ、本当にあなたたち二人で倒したのですか?」
「半信半疑だったか?」
「正直に言えば……は、はい。しかし……た、たった二人で……」
「三名だがな」
「ピギッ! ……ピッ!? ピ、ピニュィ〜……」
一瞬、
”そうだよ、自分もいるよ!”
みたいな反応をしたピギ丸だったが。
直後、
”……あれ!? で、でも自分はほとんど勝利に貢献してないかも〜……”
みたいな感じに、なっていた。
「アホか」
撫でるように、手を添えてやる。
「おまえも、十分貢献しただろ」
「ピッ!? ピ……ピニュイ〜♪」
「で、例のモノは――、……ちゃんと、持ってきたらしいな」
「は、はい……」
竜兵の一人が担いでいる背負い袋。
俺は振り向き、
ガッ!
フェルエノクの顔を、踏みつける。
「こいつらに持ってこさせたのは……テメェらがニコたちに使った、例の紐だ。もちろん縫い付けるための道具も、一緒に持ってきてる……」
「!」
「理解したらしいな? ああ、そうだ――」
俺は、嗤ってやる。
「テメェらにも、同じことをしてやろうと思ってな」
苦悶しているが、もがいて逃げようとした風にも見えた。
「あぁ? なんだ……? 自分がするのはよくて、される側になるのは嫌だってか? ハッ……テメェらみてぇのは、自分がされる側に回るとは、夢にも思っちゃいねぇからな……」
セラスは、黙って見ている。
竜兵や魔物も、口を挟む様子はない。
「俺の生まれた場所じゃあ、罪人が、自分が犯した行為と同等の行為――あるいはそれ以上のことをやり返されることは、滅多にない。どんな悪逆非道を行おうと……被害者以上の苦痛を味わうことは、ほぼないと言っていい。私的な復讐……私刑も、認められてねぇからな。復讐をすれば、その復讐をしたヤツが罰せられるって場所だ……が、ここじゃあ違う。テメェにここで同じことをやり返しても、罰せられることはない。知ったこっちゃねぇんだよ」
「ぐ……ご、が……ぎ、ぎ……」
「ジョンドゥに血を飛ばすために踏み潰されたヤツと……それから、ジョンドゥの死体か。加えて、何人か慈悲で殺してやって――同じようにテメェらに、縫い付けてやるよ。腕やら足やらを」
【ポイズン】の【非致死設定】。
毒では死なない。
死ねない。
が、他の要因が加われば死ぬ。
「運悪く死に損ない続ければ……そのうち蛆が湧いて……蝿が、たかりはじめる。蛆と蠅……つまりだ?」
俺は前のめりになり、フェルエノクの顔を、上から覗き込む。
「俺の”子どもたち”がテメェらの面倒を見てやる、って言ってんだよ」
「が、ごっ……や、め……殺……し、て……」
「いいや、楽には――殺してやらない」
俺は上体を起こし、後ろを振り返る。
「ただ……残念ながら今の俺には、そんなことを悠長にやってる余裕がなくてな。で、そこの復讐者たちに来てもらった。おまえらがアレをした竜兵たちの仲間だ」
「…………」
竜兵や魔物には伝えてある。
仇を取らせてやる、と。
やり返す機会を作ってやる、と。
が、今の竜兵たちに……。
当初の激しい復讐心や憎悪は、感じられなかった。
この光景を見て、気持ちに変化が起こったのだろう。
それと……ニコたちがされた、あのおぞましい行為。
自分たちがそれをやる側に回るという”現実”を、今、目の前にして。
多分、覚悟が鈍った。
「…………」
ま、だと思ったがな。
スレイに乗るよう、セラスを促す。
セラスが騎乗した。
俺は、竜兵たちに問う。
「どうする?」
「……!」
「同じやり方で復讐を果たすか……それとも、ひと思いにここでとどめを刺してやるか。選ぶのは俺じゃない。あんたらだ」
竜兵たちが、顔を見合わせる。
魔物たちもおどおどしはじめた。
ほどなく、彼らは互いの意思を確認し合った。
「も、申し訳ありません……あなたがせっかくお膳立てしてくだったのには、感謝しているのですが……さすがにあのような行為をするのは、あまりに……」
「そうか」
だろうな。
こいつらは”正常”だ。
優しくて、正常。
だから、こうなるんじゃないかと思っていた。
「ただ、俺はすぐにここを離れる。第六の連中はここから弱り続けるはずだし、弱り切るまで俺の呪術が解けることはないだろう。が……一応、おまえたちだけを残していくのは避ける。殺すのも気が引けるってなら、まとめて俺がとどめをさしてもいい」
「…………いえ」
ギュッ!
竜兵が、剣を強く握りしめた。
「この者たちがやったことと同じことは、できませんが……許すことができないと思った自分の気持ちは本物です。それに……そこまであなたに、甘えるわけにはいきません――みんな!」
竜兵や魔物たちが、呼びかけに頷きを返す。
そして、彼らは――
第六騎兵隊にとどめを刺した。
自らの手で。
セラスも目を逸らさず、その光景を見ていた。
その時、重々しく雷鳴が轟いた。
厚ぼったい雲が垂れ込めてきている……。
ひと雨、くるかもしれない。
「…………」
間違った考え方なのは、重々承知している。
しかし世の中……
綺麗ごとだけで済ませちゃいけないことも――あるような、気がする。
……とか、まあ。
てのひらで、自分のこめかみを叩く。
こういうところが、
「……ガキなんだろうな、俺は」
「?」
「悪い。どうでもいい独り言だ」
これからアレと同じことをされるという示唆。
第六のヤツらを心情的に絶望へ叩き落とす効果は、あったはず……。
そんなところで、今回は、譲歩しておくとするか。
17:59――――第六騎兵隊、壊滅。