己を殺す者
水曜日に更新予定だったのですが、更新の1時間ほど前に唐突に原因不明の眩暈に襲われて倒れてしまい、更新ができませんでした……申し訳ございません。このところ、ちょっと根を詰め過ぎていたせいかもしれませんね……。
また、前回更新後に3件、前々回の更新後(申し訳ありません。更新前後でバタバタしていて見落としておりました)に1件、合わせて4件もレビューをいただきました。ありがとうございます。
そして、コミックガルド様にてコミック版の最新話も更新されております。こちらも是非、ご覧になってくださいませ。
それでは、本編の続きをお楽しみいただけましたら幸いでございます。
ジョンドゥは、片膝をついた姿勢で麻痺していた。
動く気配は、ない。
距離はある。
そして、あいつの目は見えていない。
「セラス」
肩に手をのせ、少し、力を込める。
「よくやった。おまえに賭けて、正解だった」
セラスが唾をのみ、喉の調子を整えた。
緊張感が解けたのだろう。
肩の強張りが、わずかに抜けたのがわかった。
カシャ
セラスのバイザー部分が上がる。
今はもう普通に目が見えるようだ。
「――はい。ですが、これもあなたの策です」
「いつも言ってるだろ。実行できるヤツがいなけりゃ策なんて机上の空論にすぎない。俺じゃなく、俺たちの勝利だ。ピギ丸も、よくやった」
「ピニュイ~♪」
「……さて」
一応、確認しとくか。
「まったくしゃべれねぇってわけじゃねぇだろ」
「……あ、あ」
会話の意思はある、か。
「改めて聞く。おまえはジョンドゥか?」
「あ、あ」
「姿を消す能力は、今は使えない?」
「あ、あ」
「魔導具はあるか?」
「? いい、や」
「ここから……おまえが、反撃できると思うか?」
「……? いい、や」
セラスを見る。
嘘は、ない。
「…………、――そう、か。嘘が……わかる、のか。便利な、力……だ」
見抜いたか。
「今からしゃべれるようにしてやる……返答次第では、楽に死なせてやらない」
傍でうめき苦しむ第六の連中を見やる。
「これからの、こいつらのようにな」
頭部のみ【パラライズ】を解除。
まずは、
「神獣はどこにいる?」
「……別の場所に待機させている、であり――もういい」
何か言いかけて、やめた。
が、特に重要なことではなさそうだ。
言い直すジョンドゥ。
「……別の場所にいる。戦闘中の事故で万が一にも神獣を失えば、わたしたちは撤退せざるをえないからな……」
「場所は?」
意外にも、ジョンドゥは素直に居場所を吐いた。
ただ、もうその場所にはいないかもしれないとのことだった。
「指定した時間までにわたしが来なければ、第九のところへ行くよう指示してある。時間の猶予は、おまえと戦わずにそのまま向かっていれば合流できる程度しかない……」
時間を確認。
つまり、
「今からそこへ向かっても間に合わない可能性は大、か」
神獣はおそらくすでに移動している。
行き先は――第九か。
しかし……なんだ、こいつ?
もう、生きることを諦めているかのような……。
覚悟が、決まっている。
「色々と……吐いてもらうぞ」
「吐きそうだ」
「?」
「もうだめだ。耐えられない。吐く――」
ジョンドゥが、嘔吐した。
傷のせいか。
ゴブッ
同時に、血を吐いた。
「わたしには、わかる……おまえは”わたし”だから、な。わたしはここでおまえに殺される。かまわない。自分に殺される……他の誰にでもなく、自分に。死に方としてはそう悪くない。笑えるか、どうかというと……難しいが」
「…………」
こいつ。
俺に”自分”を見てるわけか。
なるほど――”同じ”か。
確かにこいつにはどこか似たものを感じなくもない。
徹底してモブに徹するところ、とか。
「テメェらが竜兵たちにしたこと……あれがこっちの連中に火をつけた。テメェらにとっちゃ、悪い意味でな」
「本質は違う」
「?」
「やはりすべては――おまえだ、蝿の王」
「…………」
「おまえがいたから、最果ての者たちはここまで戦えている。おまえが否定しようと、それは厳然たる事実……そこの姫騎士も、否定はできまい……」
ジョンドゥは質問をしない。
俺がなぜ最果ての国側についているのか、とか。
さっきの戦いの駆け引きについて、とか。
「一応、聞いといてやる。シャナティリス族や竜兵たちにしたこと……悔いる気持ちは、あるか?」
「……あのダークエルフたちにこだわっているようだが、あれは失敗だった。普通に殺してしまったからな。わたしもまだ若かった。彼らにとっては、幸運だったのかもしれんが」
「…………」
「竜兵たちの方は、フェルエノクたちの趣味に合わせただけ……わたしは竜人たちに施した”細工”にそれほど興味はなかった。なぜなら――あれには、自発性がない。信頼者同士による互いへの嫌悪の発露や、精神的な苦しみの果てに起こる自殺の性向がない……あれは敵の感情を煽るだけの、つまらない見世物にすぎなかった……くだらん」
セラスは困惑していた。
ジョンドゥの今の言葉。
怒りを抱く以前に――
何を言っているのか、理解が追いつかないようだった。
……が、俺にはわかった。
こいつの趣味が。
「反吐が出るほどゲス野郎だな、おまえ」
「その通り。そっちの姫騎士にはわからぬだろうが……蠅王、おまえならわかると思った」
「その達観した態度は、気に食わねぇが……」
懐中時計を取り出し、見る。
「こっちもそうたっぷり時間があるわけじゃない。吐いてもらうもんは吐いてもらうぞ――ゲロじゃなくてな」
やはり、ジョンドゥは意外なほど素直に情報を吐いた。
拍子抜けと言ってもいい。
もう、死を覚悟しているからか。
痛めつけるにも。
苦しませるにも。
こいつはもう、覚悟が決まってしまっている。
もう生に執着がないのだ。
受け入れている。
”自分”が相手では生き残る道はない、とでもいうのか。
何よりも、傷が深い。
この出血量とあの様子だと助かるまい。
そう遠くないうち、死ぬ。
ジョンドゥ自身もそれをわかっているのだ。
だからこれほど達観めいているとも言える、か……。
「本望だ。女神からの次の褒美で楽しめなかったのがいささか心残りではあるが……もう十分楽しく生きた。何よりここで死ねば、おまえの存在をもう気にせずに済む。わたしの側が消えても……まあ、この気持ち悪さは消えるわけだ」
……なんつーか。
この言い草。
勝ち逃げされる感覚も、なくはない。
しかし今のこいつには、何を言っても響くまい。
響く言葉が思いつかない。
言い換えれば――そいつにとっての”地雷”。
たとえばそう……俺にとっての、叔父さんたちのような。
そういう響くポイントが、思い当たらない。
と、
「……、――何?」
得た情報の中に、気になることが四つあった。
一つ目は、ジョンドゥがクソ女神から狂美帝の暗殺命令を受けていたこと。
二つ目は、やはりこの侵攻による腐れ女神の狙いは禁字族だったこと。
三つ目は……驚くべきことに、なんとジョンドゥはあの”人類最強”シビト・ガートランドの異父兄弟だという。
これには、普通に驚いた。
が、次にジョンドゥが口にした四つ目の情報が、俺は先に気にかかった。
「トモヒロ・ヤス?」
安?
来てやがるのか。
安智弘が。
この、戦場に。
このあと0:00頃にもう一話、更新予定です。