この世の穢れと出遭うということ
◇【ジョンドゥ】◇
(あの、蠅王……)
初撃時、あの姫騎士より速く反応していた。
身体速度では姫騎士の方が上だろう。
だから姫騎士が防ぐ形となった。
しかし、こと反射速度に限れば……。
自分の存在に気づき動こうとしたのは、蠅王の方が先。
あれは、危険だ。
フェルエノクらと蝿王のやり取り。
あの”パラライズ”とかいう呪術を放つあの一瞬まで――
蠅王の語り口は、すべてが”真実”だった。
普通、嘘を口にする時はどこかにごく微細な違和感がまじる。
ジョンドゥはそれを感じ取る。
本能ではなく、技術的に感じ取る。
が、あの蠅王には直前までその違和感が微塵もなかった。
あれはおそらく直前まで”信じている”。
喋っている時は言葉通り仲間になる気持ちになっている。
自分すらも――騙している。
異常者だ。
異常すぎる。
蠅王の語りだけなら自分も騙されていた。
が、セラス・アシュレインの方の反応で嘘と看破できた。
あの姫騎士は蠅王ほど演技が巧みではない。
まあ、高潔そうな魂の持ち主だ。
第六の者たちに自らのカラダを心から許すような発言は、難しいだろう。
ただ、そう……。
嘘と看破した時点で第六を救うこともできた。
二人に近づき、殺しを試みることもできた。
しかし、そうしなかった。
”未知の力である呪術の情報を把握するのが最優先”
ジョンドゥは第六を切り捨て、確実性を取った。
敵の手の内をしっかり把握してから、行動するために。
”第六騎兵隊の者たちに思い入れはないのか?”
そう問われても”いいえ”と答えるしかない。
今まで共に戦ってきた仲というだけの関係だ。
彼らにとって不幸なことが起きた。
今回の話は、それだけの話でしかない。
究極、ジョンドゥは戦場においては己一人でかまわないと思っている。
ゆえに”仲間の仇をとる”といった感情は、微塵も湧かなかった。
が、役には立った。
いくらかは呪術の正体を見定めることができた。
地面でうめき苦しむフェルエノクたち。
彼らには、
”よくやった”
程度の感想は、湧いた。
「…………」
別の遠い場所に神獣を待機させていたのは正解だったといえる。
蠅王はかなりいい線をついていた。
竜兵に施したアレで敵が怒り狂うかもしれない。
少なくとも将軍級と思しき四戦煌とやらが敗北したのだ。
それを受け、第六のところへ主力を送り込む流れはありうる。
協力している狂美帝とミラの精鋭部隊が来るかもしれない。
そこで第六を囮にし、その間に自分は神獣をつれて他の騎兵隊と共に扉の中へ突入する――
そして、狂美帝と組むと決めた者を殺す。
決定権を持つ王に値する者を殺し、最果ての国の意思決定力を奪う。
悪くない案だと、思っていた。
しかし、である。
ジョンドゥにとってここで、完全な想定外が起こった。
あの蠅王はここで、仕留めねばならない。
本能でわかった。
あれは自分と”同じ”だ。
似ている。
相似していて。
酷似している。
違うといえば違う。
異なる点はたくさんある。
が、あの蠅王……。
どうしようもなく自分と本質が”同じ”なのだ。
かつて他の誰にもこんな感覚を抱いたことはなかった。
同じ血を持つ”人類最強”にすら、こんな感覚を持ったことはない。
この世界で”こんなの”は自分だけだと思っていた。
が、違った。
他にも”あんなの”がいたとは。
ゲ――
ゲロを、吐きそうだ。
事実、嘔吐感があった。
なぜか”自分”があそこにいる。
敵として。
初めて出遭った。
こんなにも自分と近しい存在に。
ゲロを、吐いてしまいそうだ。
勝手に”自分”が動いて。
勝手に行動している。
この気持ち悪さ。
具合の悪さ。
眩暈すら覚える。
これ以上、あれの存在を許してはならない。
あれがこの世にいる限り……。
自分は、この気持ち悪さと戦い続けねばならない気がする。
ゲロが。
後で始末すればいい?
だめだ。
今ここで、消さなくては。
なんとしてでも、いち早く殺さなくてはならない。
ゲロ、が。
一時も早く、ここで。
しかし……冷静さを失うのはまずい。
冷静に。
実際、かろうじて冷静さは保てている。
そう、意識の集中だけはなんとしても維持した。
大きく意識が乱れれば認識阻害が解除されてしまう。
それだけは、絶対に避けねばならない。
耐えねばならない。
「…………」
ゲロは一旦飲み込み、相手を、よく観察しなくては。
自分と同質存在である以上、生半な相手でないのは確実。
蠅王は必ず何か狙ってくる。
今も攻略法を探っているはずだ。
何かやる。
絶対に。
……見ろ。
すでに何か、考えている。
呪術。
たとえその性質をこちらに読まれようと。
絶対、どこかで使ってくる。
すべての呪術を確認したわけではない。
使ってくるとすれば……まだ、こちらに手のうちが割れていない呪術か。
(それにしても、攻撃を防いでくるとは……やはり――)
この嘔吐感と眩暈が技のキレを鈍くしているらしい。
が、これらがおさまりさえすればキレが戻ってくるはず……。
ただし、それまで何もせずジッと待つわけではない。
その間、様子見の攻撃を使って敵の癖や性質を掴む。
攻撃を防がれようとも、そこから得られる情報は多い。
警戒しながら攻撃を繰り返し、
空隙を、探り出す。
同質存在を殺す。
まるで、自殺だ。
笑える。
いいや、
笑えない。