戦いのカタチ
とりあえず、間に合いました……。
それと、本日コミックガルド様にてコミック版21話が無料公開されました。
21話は女神サイドの勇者たちのエピソードですね。現在こっちの本編で大変なこと(?)になっている安智弘ですが、彼の固有スキル【剣眼ノ黒炎】がすごくかっこよく描かれています。
また、最新話の22話は現状だと有料となってしまうのですが、こちらではついにニャンタン登場となっております。22話を読んだ後は、なんだか本編のニャンタンの出番を増やしたくなりました……。
それでは、本編をお楽しみいただけましたら幸いでございます。
――違う。
隣のセラスからのさりげない合図。
”嘘”を示す合図。
違うのだ。
あの男は、ジョンドゥじゃない。
他の兵に紛れて様子を窺う……。
”その他大勢”
何かを観察するには最適な立ち位置。
他でもない俺が、よく知っている。
しかし……どいつだ?
俺たちを注視しているのは第六騎兵隊、全員。
「…………」
にしても、こういう時マスクは便利だ。
視線の動きを読まれにくい。
が、油断は禁物。
嘘に気づいているとバレないよう、振る舞わねばならない。
「さて、まずもっともな疑問が一つあるー」
フェルエノクが尋ねた。
「蠅王ノ戦団がなぜこの戦場にいるー?」
「狂美帝の首が、土産になるかと思いまして」
「なんだとー?」
「先の戦いで我々はかろうじて大魔帝軍の側近級に勝利したものの、この身をもって邪王素の恐ろしさを知りました。邪王素を持つ敵は、やはり異界の勇者に任せるべきでしょう」
腕を組むフェルエノク。
「続けろー」
「魔防の白城の戦いからわかる通り、私は神聖連合の味方にございます。大魔帝は討つべき邪悪……ゆえに、神聖連合にはがんばっていただかなくては困る。さて、ではその神聖連合の役に立つには何をすればよいか? ワタシは考えました。そんな時知ったのが、こたびのミラの反乱です」
「そうか、わかってきたぞー」
「神聖連合のまとめ役のヴィシス様を、今、最も悩ませているものは何か? おそらくミラであり、狂美帝であると判断したのです」
「確かにー」
「そして……狂美帝率いるミラの勢力ですが、どうやら最果ての国と組んでいるようなのです」
「それは隊長もすでに察しているー。だが……おまえが絶対に味方であるという保証はないぞー。もしかしたら今のはすべて嘘で、本当は、おまえはミラ側なのかもしれないー。言葉だけなら、なんとでも言えるー」
引き継ぐように”ジョンドゥ”が、口を開いた。
「味方だというのなら……何か、納得のいく材料が欲しいでありますな」
「そうおっしゃるかと、思いまして――」
俺は、担いでいたずだ袋を担ぎ直した。
「これを、ご覧になっていただきたい」
中身を、地面にぶちまける。
「!」
第六騎兵隊側が、強い反応を示した。
セラスが――息を呑む。
「……驚いたー。なるほど、なー……それは、証拠としては強いー」
「確かに、であります……」
地面に散らばっているもの。
それは――豹人の身体部位の一部だった。
たとえば、切断された手。
耳や指、牙……尻尾もある。
どれも、まだ切断面が新しい。
「ここへ来る途中でワタシたちが殺してきた豹兵たちの、ほんの一部です。どうやら騎兵隊の皆さまは中央方面の豹兵に手こずっている模様……確かに、強敵でした。他の亜人と比べると、彼らは明らかに練度が高い。この戦い、豹人兵には特に注意するべきでしょう」
「実際、豹人の死体は少ないー。報告でも全然見ないと言っていたー。おまえの言う通り、豹兵は強いらしいー。が、おまえは余裕で倒してきたのかー」
「一応……本物かどうか、確かめるであります」
”ジョンドゥ”に言われ、一人の兵が前へ出る。
その兵が振り返った。
「副長……もしこれが罠でおれっちが殺されたら、ちゃーんと骨は拾ってくださいよ?」
「拾うー」
俺が裏切って殺される危険は一応想定している、か。
が、怯えはない。
兵は俺たちの手前まで来て、豹人の切断部位を検め始めた。
再び後ろへ首を巡らせ、兵が手を振る。
「本物です、これ! 血も本物! 切断面も戦闘で斬り落とされたやつです! 防御創とかも確認できます! 躊躇い傷とかもないです! だから、豹兵があえて自分らでやったものでもないと思います! 個体差もありますんで、一つの死体をバラしたやつでもないです!」
「数を揃えねば証拠としては弱いと思いました。ですので、これだけの数に。ただ、亜人であっても例に漏れず頭部は重いので……運びやすい部位に絞りました」
「筋は、通っているであります」
「戻ってこいー!」
確認した兵が呼ばれて戻っていく。
パァンッ!
兵はフェルエノクとハイタッチを交わし、再び、列に紛れた。
「隣の女の反応を見ていたー。袋から豹兵のあれこれが出てきた時の反応……おまえ、その女に黙って持ってきたなー?」
「彼女には少々、刺激が強い証拠ですので」
これが策の一つだとバレるか、否か。
それを心配する空気がセラスから出るのはまずい。
だから、セラスにはあえて教えていなかった。
……まあ、伝えてなかったのはそれ以外の理由も一応あったのだが。
「部位がもし豹兵でなく竜兵のものだったら、疑っていたであります。竜兵であれば、その辺に新鮮なのが転がっているであります」
「…………」
やはり、偽物では駄目だったか。
欺けなかった。
そして、マスクで表情が隠れているのは幸いである。
なんと、いうか――
やってやったぞ、
みたいな。
そんな、気分だった。
今の俺は多分、そんな表情をしている。
□
当初、こんな策を使うつもりはなかった。
それは、ニコの件で憤慨したジオを眠らせた後のこと――
俺は頭をフル回転させ、一人黙って策を練っていた。
と、二人の豹兵が声をかけてきた。
一人は、片手を失っていた。
もう一人の風貌には心当たりがあった。
あの状態のニコたちを見つけた時、
『あ――ハッ! お、お呼びでしょうか!?』
『俺の副長を呼べ』
このやり取りをした豹兵だ。
『第六騎兵隊を潰す、とおっしゃっていましたよね? あなたはこれから、第六騎兵隊を?』
『そのつもりだ』
『お願いがあります。どのような策を考えておられるのか……少し、教えていただくわけにはいきませんか?』
なぜそんなことを聞くのか。
わからなかった。
が、その男の目と声で理解できるものもあった。
何か、考えがあるのだ。
どういう手を考えているか、俺はかいつまんで話した。
最後に、
『今はまだ組み立ててる最中だがな。どうも取っ掛かり部分のあと一手が、足りない気がする』
と、二人の豹兵が互いに目を見合わせた。
次いで、二人は頷き合った。
そして、二人は何やら覚悟を決めた表情で、再び俺を見た。
『お話があります』
話を聞き終えた俺は、唸った。
『それは……確かに、できなくはないが』
『我々豹兵は今回の件でとさかにきています。ですから一矢……一矢、報いたいのです!』
豹兵の提案は、驚くべきものだった。
負傷兵の失った身体部位を”戦果”として第六騎兵隊に提示する。
これによって蠅王ノ戦団を敵に”味方側”だと信じ込ませる。
確かに、この戦場で蠅王装はまだ披露していない。
『今回の戦いで我々はたくさんの負傷者を出しました。中には……この彼のように手を失った者もいます。耳を斬り落とされた者も……負傷者に比べればずっと少ないですが、死者も』
『”俺がやったことの成果”としてそれらを持っていき、敵の懐に潜り込めってわけか……』
竜兵では無理な策だろう。
なぜなら竜兵はたくさんの死体がある。
敵はそれを知っている。
自分たちが、やったのだから。
が――豹兵の現状は。
第六は、知らない。
そして豹兵は、確かに”死者数”が圧倒的に少ない。
こいつらの提示してきた数なら……。
死体から集めてきたとも思われにくい、か。
『それに切断面を見れば、戦いでやられたものだとわかるはずです……ッ!』
『だが、それは――』
俺は……気が引けているのか?
いや、そうだ。
どうやら俺は、気が引けているらしい。
そう、この策は……さすがに――
『おれの失ったこの手はもう朽ちるしかありません……ですが、あなたがこの手を――この手を、にっくき第六騎兵隊を倒すのに役立ててくれたら! おれも、竜兵たちの無念を晴らすためにわずかながら力添えができたと――やってやったと、思えるのです……ッ! どうか……どうかッ!』
と、他の負傷兵たちが群がってきた。
『わ、わたしからもお願いします! この斬り落とされた耳が、第六騎兵隊を一泡吹かせるのに、役立つのなら……どうかお使いくださいッ!』
『我々のこの気持ちも、どうか、あなたと共に……ッ!』
『…………』
俺は、セラスの方を振り返った。
セラスは離れた場所でニコの具合を見ている。
ここで何が話されているかは――わかるまい。
……この手を、使うのなら。
セラスは知らない方がいいかもしれない。
これを”策”と知らぬ方が……素の反応も、引き出せる。
それは。
その”何も知らぬ”という反応は。
時に――敵を欺く。
『わかった』
『は、蠅王殿! ありがとうございます!』
『…………』
『あ、豹王殿……でした。ははは……』
『ただ、準備はこっそりとだ』
セラスを示す。
『特に、あいつには悟られないように……あいつはきっと、こういう策をすぐに受け入れるのは難しいだろう。心情的にな』
『あ、なるほど……』
ま、別の意図もあって隠すのだが。
が……今のもまた、事実。
セラスの心情を考えるのなら。
これは、俺だけで進めた方がいい。
『あの……申し訳ありません』
『ん?』
『ご反応でわかります……乗り気では、ないのですよね?』
『……まあな。効果的だとは思うが……さすがに味方のこういうのを利用するってのは、な』
と、
『あなたは……』
やや湿った調子で、豹兵が視線を伏せた。
『ニコ様たちに起こった悲劇を見た時……わたしたちを寄せつけぬほど、怒っていらっしゃいましたね?』
『あの時は悪かったな。多分、無駄に怖がらせたし……気を遣わせた』
『い、いえ! 違うのです……ッ』
『?』
『実を言いますと……わたしは、嬉しかったのです』
『嬉しかった?』
『確かに最初はあなたの怒気の激しさに、近寄るのすら恐ろしいと思いました。ですが……ふと、気づいたのです』
『…………』
『この人は亜人であるわたしたちに起きたことで、心の底から、本気で怒ってくれているのだと』
『…………』
『それに気づいて、わたしはあの時……なぜか、嬉しいと思ってしまったのです』
他の豹兵の俺を見る目が、いやに――優しい。
『そんなあなただから、我々も今回の策を提案しようと決めたのです。あなたはきっと――とても、優しい人間だから。あなたのような人間がいる。だから、我々は……まだ人間と手を取り合うのを諦める気には、なれないのです』
『…………』
ここへ向かう準備をしている時……
だから俺は、こう思った。
”熱意すら覚えるほど彼らは協力的だった――本当に”
と。
▽
豹兵。
おまえたちの勝ちだ。
「よし、信用してやるー」
蠅騎士装のセラスが、俺を窺う。
俺は頷きを返した。
セラスも、頷きを返してくる。
”疑うことはありません。私は、あなたを信じます”
と。
……これがマスク越しでわかるってのも、すごい話だが。
足を前へ、踏み出す。
と、
「――待つであります」
”ジョンドゥ”が、ストップをかけた。
「何か?」
「もう一つだけ……この戦場へ来た理由は、わかったであります。ただ、この戦場には他にも騎兵隊がいるであります。なぜ蠅王殿は、この第六騎兵隊のところへ?」
”ジョンドゥ”の瞳が、俺を見据えている。
「実は、ミカエラ殿にお会いしたのです」
フェルエノクの片眉が上がる。
「んー? ミカエラー? あれ、死んでないのかー」
「我々は、ずっと向こうの方角で、第一騎兵隊が亜人の罠にかかったところに遭遇しました。そして、危機に瀕していたミカエラ殿を、我々が救出したのです。総隊長、と名乗っていたものですから」
「で……そのミカエラはどこにー?」
「はい、一旦は救い出しましたが――途中で、見捨ててきました。そして彼は、敵に殺されてしまいました」
「……んんー? なんだとー?」
「正直申しますと……失望したのです。かの国が誇るアライオン十三騎兵隊は、この程度なのかと……この程度の者が総隊長を務めるほど、質の低い軍隊だったのかと」
「それで、見殺しかー。ひどすぎるー」
「いえ、はっきり申しまして……あれでは、いるだけ邪魔と言う他ありません。全体の指揮官としても質が低すぎる。そこで、確かめたくなったのです。では、噂に名高い第六騎兵隊はどの程度か……と。第六も同程度ならアライオン十三騎兵隊も大した戦力にはなるまい……そんなわけで、この目で確かめようと思いました。まあ……実を言うと、それ以外にも第六に会いたかった理由はあるのですが」
神獣の話は……まだしない方がいいだろう。
無用な疑心を生みかねない。
「……くくく、そうかー。ミカエラ、やっぱり死んだかー」
フェルエノクが、笑った。
「いや、こっちも安心したー。もしあのミカエラを評価するようなやつなら、程度が低いと言わざるをえないー。むしろ、よくやったー」
ミカエラの名が出た時の反応で。
嫌っているのは、すぐにわかった。
「ワタシも安心いたしました……こうして実際にお会いしてみれば、明らかに第一とは質が違うのがわかる。やはりアライオン十三騎兵隊は、あなたたち第六あってこそのようです」
「なるほど、納得いったであります――フェルエノク」
”ジョンドゥ”が、副長を促した。
「おお、わかったー。こっちも明かすー。実は、女神がおまえたち蠅王ノ戦団を味方として引き入れたがってるー。味方に引き入れられそうなら、連れて来いと言われてるー」
ああ――それでか。
最初のひと声から、向こうには会話の意思が見られた。
そう、それはまるで、こちらに事情を説明するような話しぶりで。
いやに融和的に応じるとは、思っていたのだ。
何かあるのだとは、思っていたが……。
そうか。
クソ女神のヤツ……。
側近級を倒した呪術に――蠅王ノ戦団に、
こういう形で、目をつけてきやがったか。
始まりは黒竜騎士団の壊滅だろうか?
神聖連合は先の大侵攻でも多くの戦力を失った。
要するに――使える女神の手駒が減ってきたのだろう。
しかもここへきての狂美帝の反乱。
腐れヴィシスとしては、手駒を補充したい。
”蝿王ノ戦団は味方である”
先の戦で女神はそう判断した。
誘いを断ればまず邪魔者として始末しにくるだろう。
が、使えそうなら……おそらく配下に置く気なのだ。
蠅王ノ戦団にはセラス・アシュレインがいる。
ネーア聖国や姫さま関係を勧誘材料として持ち出せば引き込める――あのクソなら、そう考える可能性が高い。
「…………」
いや……待てよ?
これは、上手く利用すれば――
あのクソに……
女神へ近づく、糸口となるのか?
そしてこの時、俺たちはすでに――足を踏み入れていた。
射程、圏内に。