ADVENT
スレイに乗ったセラスが到着した。
俺は、中央のジオのところへ引き返していた。
あのあと応援が到着し、傷ついた竜兵たちを後方へ運んだ。
そして――ジオが、ニコの件を知った。
ジオが怒り狂ったのは言うまでもない。
そのままジオは単身、左翼方面へ向かおうとした。
豹兵が十数人がかりでジオを抑え込もうとする。
が、それでも止められない。
なので、
「【スリープ】」
俺は、ジオを眠らせた。
ジオを心配する豹兵たちに、俺は言った。
「安心しろ、眠らせただけだ。起こそうと思えば、いつでも起こせる」
竜煌兵団に起こったことを知り、豹兵たちも戦慄していた。
手当てを受けている当人たちがここにいるのだ。
隠しようがない。
セラスが俺の隣に来た。
厳しく、引き締まった顔をしている。
「……ニコ殿の話、聞きました」
悲壮な表情になって、薄い唇を噛むセラス。
が、それ以上は何も言わなかった。
怒り狂うジオを見て、逆に冷静になったのかもしれない。
……まあ、セラスも胸の奥の怒りは隠し切れちゃいないが。
「殺し合いに、綺麗も汚いもない……一理ある。俺たちはその殺し合いをしている。が、んなことはどうでもいい……第六騎兵隊のヤツらは”俺の気に食わねぇやり口を使った”――これだけで、十分だ」
正義やら倫理やらのお題目を唱えるつもりはない。
俺が”不快”ならそれがすべての動機となる。
動機と、する。
「……ま、無闇に突っ込んだりはしねぇさ。第六騎兵隊は強い。頭も回る。俺みたいな”弱者”は策を用いて――ハメ殺さねぇとな」
まずセラスに今後の方針を伝えた。
同時に、必要そうなものを豹兵に用意してもらった。
熱意すら覚えるほど、彼らは協力的だった――本当に。
”自分たちの怒りもあなたに託したい”
そんな気持ちが伝わってきた。
手もとの蠅王のマスクに、視線を落とす。
「……手段は問わず、か」
「ピギ?」
フン、と。
鼻を鳴らす。
「ま……意地でもやってやる、ってことだ」
「準備が整いました、我が主」
セラスと二人でスレイに騎乗する。
そして、ここを離れる直前にジオの【スリープ】を解除。
パチッ
目を覚ましたジオは、しばらくぼんやりしていた。
と、急速に意識が覚醒してきたらしい。
何か俺に言おうとした。
が、もう一人――
この間に目を覚ましていた”彼女”が、ジオに声をかけた。
そのせいか、どうにかジオは感情を抑え込んだようだ。
「第六騎兵隊は……彼らに任せるのが最善であろうよ、ジオ」
「……ちっ。怪我人は寝てりゃあいいんだよ、ニコ」
俺とセラスを乗せたスレイが、この場を発つ。
背後から、ニコの声が聞こえてきた。
「寝てもいられん。某はまだ戦えるゆえ、な」
「馬鹿かてめぇは……無茶なんだよ」
「ジオ」
「……んだよ」
「第六騎兵隊と遭遇した時、勝ち目がないと感じた。この戦争そのものにさえ、な。某たちとはあまりにも異なる凶悪性を持った相手……我らが持ちえぬ邪悪さに、某は心の底から恐怖したよ。ただ、その時だ。同時にふと、ある思いが奔った」
ジオは黙っている。
俺の背後。
ギリギリ会話を拾える距離で、ニコが言った。
「こちらにも”あの男”がいる、と」
「……凶をもって凶を制す、か」
「第六騎兵隊との戦いは、おそらく――某たちが出られる幕ではない。本能で、わかった」
▽
「あー? なんだ、あれはー?」
「人影のようです。何か……担いでいますね」
「ふーん……いよいよ出てきたか、狂美帝ー」
「? 人間では、なさそうですね……」
「じゃあ亜人かー? でも、たった二人だぞー」
「いや、ありゃあ……おそらく違いますぜ、フェルエノク殿。あれは――」
フェルエノクと呼ばれた男が、立ち上がる。
「蠅王の、被り物ー……? まさかー」
「もしそうだとすれば、なぜあの男がここに?」
「さあなー……おーい、そこまでだー! 止まれー! おれたちは、アライオンの第六騎兵隊だー!」
フェルエノクと呼ばれた男が、頭上で両手をブンブン振る。
「噂の呪術が怖いー! けど、うちの隊長の考えだと一定の距離を取れば防げるー! 無闇に近づくのは、危ないと言われているー! そこの三日月みたいな細い岩ー! 近づいていいのは、そこまでだー! そして、おまえたちが本当に蠅王ノ戦団なら話があるー! 今は、危害を加えるつもりはないー!」
蠅王装の俺と、蝿騎士装のセラス。
今回、セラスはすでに精式霊装を展開していた。
言われた岩のところで、足を止める。
一帯が戦場と思えぬほど、この辺りの岩場は静かだった。
騎兵隊の馬は離れた場所に繋がれていて、全員下馬している。
第六騎兵隊は休んでいたように見えた。
事実、休憩中だったのだろう。
リラックスしている。
あんなことを、した後だというのに。
返り血は――残っていた。
こいつらか。
第六騎兵隊はここから移動する気配がなかった。
この間、他の方面の戦局も動いている。
できることなら、あまりここで時間をかけたくはない。
「…………」
この一帯は見晴らしがよく、遮蔽物がない。
つまり、物陰に隠れての奇襲などは不可能に近い。
ピギ丸の合体技で奇襲するにも、遠すぎる。
合体技を警戒された場合、射程外へと逃げられる恐れがある。
あれは一度使ったらしばらく使えない。
MPも馬鹿食いする。
確実に決められる時に使うべき奥の手。
前列の兵たちが、弓を構えた。
叫ばずとも互いの声は届く距離。
が、【パラライズ】の射程内ではない。
隙もない。
特にあの男――フェルエノク。
ミカエラの情報だと、あいつが副長だったか。
「――――」
しかし……本当に、隙らしい隙がない。
他の兵にしてもそうだ。
明らかに今までの騎兵隊と質が違う。
少数精鋭なのか数は他より少ない。
が、この距離でわかるほど一人一人の質が高い。
幸いなのは……【パラライズ】の対象数の制限内ってとこか。
神獣の姿は――ない。
神獣はこの戦争を終わらせてしまうカードだ。
それを知っているからこそ、別の場所に隠しているのだろうか?
それから……。
隊長のジョンドゥは――どいつだ?
特徴がないのが特徴だという。
距離の問題もあるが……ここからでは、わからない。
何も感じない。
フェルエノクはわかる。
確かな存在感がある。
強者の空気が、ある。
が、それ以上の存在感を持つヤツがいない。
何も、感じない。
フェルエノクが前へ出てくる。
20メートル以上、距離を置いている。
あれだと、30メートルは距離を置くよう言われてるっぽいな……。
「第六騎兵隊の皆さま、お初にお目にかかります。ワタシは蝿王ノ戦団を率いる、ベルゼギアと申します」
名乗りを終え、尋ねる。
「先ほどの言いぶりですと、フェルエノク殿……あなたがここの隊長ではないようですが。隊長は、ここにいらっしゃるのですか?」
「んー? ああ、いるぞー」
フェルエノクが後方を指で示す。
「中列のあそこにいるのが、この第六騎兵隊の隊長ジョンドゥだー。だが、今回の交渉はおれに一任されているー。隊長は、おまえを観察するー」
「…………」
なるほど。
平凡だ。
驚くほど、平凡。
印象は薄く――どこまでも、薄く。
まるで……”モブ”そのもののような。
何も特徴のない男が、その口を開いた。
「初めまして、でありますな。お会いできて光栄であります。先ほどフェルエノクが紹介した通り、わたしが――」
あいつが――
「第六騎兵隊長、ジョンドゥであります」