三
前回更新後、また新しく2件レビューをいただきました。ありがとうございました。
「キィル殿の補佐となると、私はベルゼギア様と別行動となるのでしょうか?」
セラスが聞く。
「おまえが必要になったら、伝令なり音玉を使って呼び寄せる。それまでは、キィルの補佐として全体を見ててほしい」
「――承知いたしました」
セラスを総指揮官にしなかった理由にはこれもある。
状況によっては、傍で力を借りたい。
「ええっと、あ、アタシはどうするといいっ?」
機を見計らった感じで質問するリィゼ。
「リィゼは一度、アーミアと扉の中に戻ってくれ。で、ゼクト王やグラトラに今の状況を説明してもらいたい。あの二人にも現状を把握してもらって、動けるところは動いてもらいたい」
「わ、わかったわ」
俺は、少し冗談っぽく言う。
「理論をガチガチに固めて自分の意見を押し通すのは得意だろ? 今回も、同じことをやるだけだ」
「わ――わかってるわよ! この前は……わ、悪かったってば……」
「嫌みだけで言ってるんじゃないさ。自分の理論に補強を重ねて相手をねじ伏せるあんたの話術は、俺も評価してる」
「”だけ”ってことは、い、嫌みもあるわけね……」
「ま、あれだけ言われりゃあな」
「……でも、そう言ってくれた方がむしろ楽かもしれないわ。アタシってほら、持ち上げられすぎると……自分が見えなくなるみたいだし……」
また落ち込みの気配が漂ってくるリィゼ。
俺は、リィゼの肩に手を置いた。
「今回の戦いから外さなかったのは、あんたの能力を当てにしてる部分もあるからだ。期待を、裏切らないでくれ」
「え、ええ――しっかりやってみせるわよ!」
「あとな、リィゼ」
「お、お次は何っ!?」
「ちゃんと応急処置を受けて、少し寝ておけ」
「……わかった。言うこと、聞くから」
と、そこでリィゼの表情が曇った。
唇を噛み締めるリィゼ。
”急に自分の中に、何か湧き上がってきた”
そんな感じだった。
「…………」
「どうした?」
「アタシのせいで……今回、使者として送ったハーピー兵が犠牲になった。グラトラや家族にも、アタシ、ちゃんと謝らないと……」
リィゼの様子をうかがう。
「まだ気持ちの面でしんどいか? もし厳しいようなら、今回は参加を見合わせても……」
滲んできた涙を拭うリィゼ。
「大丈夫っ。やるべきことをやってから――改めて、しっかり自分の不明を詫びるつもり。今は……まだ生きている者たちを、守らないと……ッ」
罪悪感、責任感、重圧……。
これらが適度に必要な時もある。
が、用法を間違えれば精神面において強毒と化す。
今のリィゼの精神状態……。
何か効果的な言葉をかけて、安定させるべきか――
「気にすんなとまでは、言わねぇがよ」
気を吐くリィゼの隣に立って声をかけたのは、ジオ。
「オレたちがこれからやるのは戦争だ。人は死ぬし、もちろん、魔物だって死ぬ……誰かは、命を落とす」
「……わかってる」
「それでも、そいつを受け入れた上で抵抗するしか道はねぇだろ……命を賭けて理不尽な暴力に立ち向かう。未来を、次の命へ繋げるために」
「…………」
「自分の誤った選択が仲間の死を招いたと感じてんなら、失った命以上の命をこの先で救え。それがこれからのオレたちにできる償いってもんだろ」
ジオは、
”おまえの”
とは言わず、
”オレたちの”
と言った。
意識してか。
無意識なのかはわからない。
が、大したヤツだと思った。
そんな風に、言われてしまっては――
ぐすっ
リィゼはまた腕で涙を拭うと、顔を上げた。
「ええっ……今はまだ、立ち止まっていられないわっ……自分のやるべきことを、果たす……ッ」
と、リィゼが視線を横へ逸らした。
そして両手を、そのまま腰の後ろに回した。
「その……」
彼女は物凄く不本意そうな、しかし、照れ臭そうな顔で――
「…………ありがと、ジオ」
そう、呟いた。
「あ?」
「な、なんでもないわよ――バカ!」
「……ふん」
豹人は聴力が優れている。
今の言葉――ジオが、聞こえなかったはずもなく。
……本当に、雪解けムードって感じだな。
そんな二人を見ていたアーミアが、訝しむ顔をした。
「うーむ……ジオ殿も、ちょっと以前と比べて変わった気がするぞ? 何か心境の変化でも? まさか――おめでた、なのか……?」
俺は一枚の紙をアーミアに渡した。
「アーミア、あんたがやることのリストだ」
「む?」
今後の扉の中での動きなどを書いた紙。
リィゼとジオが話している間、俺は、そこにいくつかの追加項目を書き加えていた。
「あんたはこれを元に、リィゼと二人で動いてくれ」
「ここに書いてある、魔物を編成しての増援はわかったが……私とグラトラ殿は、そのまま中に残るのか?」
「ああ。ハーピー兵の伝令は何人かこっちに回してもらう。が、蛇煌兵団と近衛隊は中に残ってくれ。オーク兵やコボルト……他の戦える魔物の一部もな」
「外の方の戦力は、足りるのか?」
「敵の中に、おそらく神獣がいる。そいつを確保するか片づけるまでは、常に扉の中に侵入される可能性が残るからな……この道への侵入はできるだけ防ぐつもりだが、たとえば、あの辺の崖上とかからロープなんかを使って降りて、そのまま神獣を連れて侵入してくる……ってパターンも考えられる。だから、神獣の件を片づけるまでは、戦力をいくらか中に置いておきたい」
中にはニャキやムニンもいる。
何より俺は、禁字族を殺されたらアウトである。
「予備戦力って意味合いもある。いざとなれば、出てきてもらうぞ」
「わかった、うん」
リィゼは兵団を始めとする戦力を解体したがっていた。
つまり見方を変えれば――
国内の戦力を把握している。
扉の中に残存している戦力のピックアップ。
そして編成。
これには誰よりも戦力を把握しているリィゼが適任だろう。
で、兵団の運用に慣れているアーミアがそれを補佐する。
さて、他は……
「…………」
「どうした、ベルゼギア殿?」
「……一つ、いいか?」
全員へ向け、俺は言った。
次いで、視線をセラスへ。
「セラス……この紙に、さっとミラ帝国の紋章を描けるか?」
「ミラ帝国の紋章ですか? はい、描くことはできますが」
「頼む」
四戦煌とリィゼは互いに顔を見合わせ、
”?”
な表情をする。
セラスが、紋章を描き終わった。
「これが、ミラ帝国の紋章ですが……」
ライオンと百合が描かれた紋章。
ジオが紋章から視線を外し、俺を見る。
「この紋章がどうかしたのか?」
「ミカエラが吐いた情報の一つにあっただろ。ミラ帝国が、アライオンに宣戦布告したって」
「ああ、そういや……そんなこと言ってたな」
アーミアが聞く。
「で、それがどうしたのだ?」
「つまり、今ここに来てるアライオンの騎兵隊とは敵対してるってことだ」
俺へ視線を飛ばすリィゼ。
「……共通の敵、ってことね?」
「最果ての国が最初に国交を持つなら、ミラが適した相手になるかもしれない」
「なる、ほど……」
リィゼの表情が、真剣さを増す。
「…………」
勇の剣から得た情報。
連中は俺たちと戦う前にミラの刺客と交戦している。
この近くに、ミラの手の者が他にもいるかもしれない。
「この先味方となるかもしれない相手を間違って殺すのは得策じゃない。万が一遭遇することがあったら、この紋章の入ってる相手との交戦はできるだけ避けろ」
セラスが俺に続く。
「本当にアライオンと敵対したのであれば、ミラとしても味方が増えるに越したことはないはずです」
「たとえば、ついでに蠅王ノ戦団をオマケでつけるとでも提案すれば……最果ての国との同盟をより前向きに考えるかもしれない」
「ということは……今回、私たちは蠅王ノ戦団として戦場に出るのですか?」
”蠅王ノ戦団は最果ての国側についた”
アライオン十三騎兵隊に対し、その情報を明かすかどうか。
「ジオ、例のモノは?」
「おう」
言って、ジオが背後――谷間の道の出入り口の方を見やった。
長槍や盾を運んでくる竜煌兵団の姿があった。
騎兵対策の装備が到着し、兵たちに配られる。
そんな中、ジオが俺に麻袋を差し出した。
「ほら」
受け取り、袋の中身を出す。
黒豹のマスク。
シャドウブレード族の衣装。
俺はもう一つの麻袋を受け取り、それをセラスへ差し出す。
「セラスはこっちを。大きさは蠅騎士のと合わせてもらったから、合ってるはずだ」
「は、はい」
不思議そうに受け取るセラス。
ジオが腕組みし、鼻を鳴らす。
「祭祀用の豹王と豹姫の面と衣装を、ちょいとイエルマに弄ってもらってな」
「このあと俺たちが蠅王ノ戦団として戦いに参加するかどうかは……実のところ、まだ決めかねてる。だから、とりあえずぱっと見は豹人に見えるようなマスクと衣装をジオに頼んで、用意してもらってたのさ」
セラスが、豹姫の衣装を検める。
「なるほど……」
「豹の面をつけてる時の仮の呼び名は、俺が”ドリス”で、セラスが”クーデルカ”だ。ジオ、他の連中にも改めて周知しておいてくれ」
「わかった」
豹王のマスクを検める。
精巧な作りだ。
作ったのは手先が器用な竜人だそうだ。
灼眼の黒豹。
赤い目に黒い頭部――奇しくも、蠅王と同じ。
次いで、マスクの内側を確認。
要望通り拡声石と変声石を装着する穴がある。
丁寧な作りだ。
イエルマに、感謝だな。
「今回は――状況に応じて、三つの姿を使い分けることになりそうだ」
蠅王。
豹王。
伝令。
蠅王装や伝令の装備を袋に詰め、馬の鞍に固定する。
ちなみにスレイではない。
スレイはセラスの傍に置いておく。
セラスを呼び寄せる時、スレイの機動力があった方がいいからだ。
そして、伝令の姿で移動する分にも騎兵隊の馬の方がいい。
「さて、確認だ――」
俺は一度、ジオ、キィル、ニコを集めた。
セラスは俺の隣に。
他に、主に魔物をまとめるロアというケルベロスも加わる。
言葉を解する魔物だ。
リィゼとアーミアはすでに扉の中へ向かった。
今、ここにはいない。
「まず何より最優先は敵側にいる神獣だ。できれば確保……無理なら、始末も視野にいれていい。そして、敵の中で特に危険だと思われる第六騎兵隊との交戦は避け、発見次第、遭遇した位置を俺かセラスに知らせてくれ」
俺は、第六騎兵隊の主な人物の特徴を伝えた。
といっても、ミカエラから得た程度の情報しかない。
正確さには欠ける。
何より――隊長のジョンドゥ。
”特徴がないのが特徴”
さすがにそう伝えても、やはり皆ピンときていない様子だ。
とはいえ副長もそこまで特徴的ではない。
となると、
「見分けやすいのは、やはり装備やら旗に刻まれた番号……ミカエラによると騎兵隊が十三もあるから、遠目にも見分けやすいようにしてるらしい。だから”六”と刻まれている装備やら旗やらを確認できたら、そのまま退いてくれ。あとはまあ……第六騎兵隊は神獣が同行している可能性が高い。毛色がニャキと同じだから、それで判断できるかもしれない。それと……」
俺は続ける。
「さっき話した通りミラの人間と思しき人物と遭遇した場合は、こちらも可能な限り交戦を避けてくれ。まず敵対の意思がないことと、交渉の意思がある旨を伝えてほしい。それさえ伝わればいい。その場にいるヤツが交渉自体をする必要はない」
皆、真剣に耳を傾けている。
「が、もし攻撃を仕掛けてきた時は自分の命を優先しろ。命が危険だと判断したら、すぐに逃げても――あるいは、反撃してもかまわない。とにかく、遭遇時の状況や様子をこちらも俺かセラスに知らせてくれ。いいな?」
そんな具合に、俺は大まかな動きを伝えた。
そうして――各自、本格的に動き出す準備を始める。
俺とセラスは着替えるため移動する。
ジオが先ほど、急ごしらえの簡単な衝立を設えてくれていた。
「あの……時間がもったいないので、ここで二人一緒に着替えてしまいますか?」
セラスの提案に乗り、狭い衝立の向こうで豹装に着替えた。
豹姫姿になるセラス。
俺も、最後に――
豹王のマスクを、被る。
セラスと衝立から出ると、ちょうど、キィルが駆け寄ってきた。
「出してた斥候のケンタウロスから報告よ。敵くんたち、動き出したみたい」
いよいよ、
「来たか」
動き、始めた。
▽
谷間の道を出た俺は、馬に乗って岩場を移動していた。
スレイ以外の馬も大分乗りこなせるようになった。
セラス教官の指導の賜物だろう。
今いる位置は本陣から見て正面のルートにあたる。
何かあった時、東西どちらの方面にも駆けつけやすい。
同じく正面ルートを進むのはジオの率いる豹煌兵団。
が、彼らは俺より先行している。
姿は見えない。
こちらは今のところまだ”待ち”の状態にある。
先行しているとはいえ、ジオたちもまだ偵察の色が強い。
報告によると敵は三方向から攻めてきている。
大まかに分けると、
東、
中央、
西、
の三方向のルートを通ってきている。
向こうがひとかたまりでないのは好都合と言える。
こちらとしては分散してくれた方がありがたい。
状態異常スキルの人数制限の問題を考えても、その方がいい。
”アライオン十三騎兵隊は、互いの領域を侵害し合うことを避けがちである”
”だから攻めてくるにしても、分散し、別々のルートを使う可能性が高い”
ミカエラの吐いたその情報は正しかったようだ。
むしろ、大軍勢で谷間の道へ一気に雪崩れ込まれた方がやりにくい。
だからこそ、できれば分散した状態の騎兵隊をこちらから潰しに行き――
女ケンタウロスの伝令が、遠くから駆け寄ってくるのが見えた。
「報告します!」
ケンタウロスが告げた。
本陣から見て左翼方面にて、ココロニコ・ドラン率いる竜煌兵団が戦闘を開始。
敵は、第四騎兵隊。
交戦。
戦端を開いたのは――竜煌兵団。




