合議
「――某の知らぬところで、そのようなことになっていたのか」
竜人ココロニコ・ドラン。
今回リィゼに仕掛けた策の内実を知って、彼女は唸った。
「他の四戦煌は、知っていたわけだな」
「どの道あの時点じゃ、ニコはリィゼ側についただろ」
言って、ニコへ視線を送るジオ。
彼らはココロニコを”ニコ”と呼ぶ。
「無論だ。貴様らも知っている通り、宰相殿には大恩があるゆえ」
ジオが呆れに近い息をつく。
「リィゼの考えが間違ってたとしても、な」
「これまで宰相殿が違わなかったのもまた事実であろう。だがしかし、今回の話を聞いて……某も、もう少し頭を使った方がよいと感じたのもまた事実。まあ……」
ギョロ、と。
竜眼が俺を捉える。
「宰相殿がそこなる蠅王の指示で動けと言うのなら、蠅王の命令に従おう」
「ええ、そうして」
言ったのは、リィゼ。
今のリィゼは軽い応急処置を終えている。
顔に包帯を巻いている。
俺は鼻を鳴らし、
「話が早くて助かる。あんたのことは、ニコと呼んでも?」
「かまわん。好きに呼ぶがいい」
今、俺と四戦煌たちは円座の形を取っていた。
これから他のアライオン十三騎兵隊との戦いが始まる。
今後の全体の動きを決めねばならない。
できるだけ――迅速に。
と、スレイに乗ったセラスが偵察から戻ってきた。
「近辺の様子は?」
「まだ他の騎兵隊の姿はないようです」
「……他の騎兵隊の到着が、いやに遅いな」
ミカエラの死体を見やる。
「あいつはアライオン十三騎兵隊の総隊長だ。が、他の騎兵隊がこいつの隊をサポートしている気配がまるで感じられない」
「確かに、ここまで他の騎兵隊の気配がないのは……」
俺が裏切る前、ミカエラは色々と情報を明かした。
その中で、
”他の騎兵隊もすぐに追いついてくるはず”
と言っていた。
が、今となってはこれが怪しい。
今回の作戦前に俺はスレイと偵察を行っている。
その際、他の騎兵隊を丘の上から遠目に確認している。
で、到達予想日を算出したわけだ。
しかし……。
以後、その他の騎兵隊が動きを止めているようなのである。
あのあと、第一だけが異様に先行してきたわけだ。
「この第一騎兵隊くんたちの陥った状況をいち早く察して、早々に撤退したって線は?」
キィルが言った。
「……あるいは、使われたって線もあるかも」
別の推察を述べたのはリィゼ。
アーミアが、首を傾げる。
「うん? 使われたとは、どういうことだ? このアーミア・プラム・リンクスにもわかるように言ってほしいぞ」
「ベルゼギアがアタシを囮として使ったように……第一騎兵隊を、こっちの戦力を測る捨て駒にしたとか……ど、どぉ思うわよ?」
上目遣い気味に俺を見てくるリィゼ。
ちょっとおっかなびっくりな感じだった。
自分の考えに自信が持てなくなってるのだろうか?
最後の方の語尾も、なんか変になっていた。
俺は、マスクのあご部分に手をやる。
「それにしては、さすがに先行させすぎてる気もするが……」
第一騎兵隊を囮にするなら囮を活かす”配置”が必要となる。
たとえば俺たちがやったように、伏兵を用意するとか。
戦力を測る捨て駒だとしても確認用の人員は出すはずである。
が、こちらが配置していた豹人たちは何も感知しなかった。
あるいは、よほど気配を消すのが得意なヤツがいるのか……。
その時、ジオが何か言いかけた。
が、ジオは出かけた言葉を引っ込めた。
「どうした、ジオ?」
「……いや、さすがに突飛すぎるかと思ってな」
「――他の騎兵隊が第一騎兵隊を見殺しにした、とでも考えたか?」
驚くジオ。
他のヤツも、同じ反応をした。
「…………」
どうやらジオはその可能性に辿り着いていたらしい。
俺も、そのパターンを考えていた。
”第一騎兵隊は、意図的に孤立させられた”
ありえないとも、言い切れない。
両手を広げるアーミア。
「だ、だが……仮にも仲間なのだろう? しかも、そこのミカエラとやらは総隊長だと聞いたぞ? それを……」
「むしろ……ミカエラが邪魔だったとか、な」
「邪、魔……?」
「理由はわからないが……ミカエラが死んだ方が得だと考えているヤツが他の騎兵隊にいた。存外、他の騎兵隊の総意だったなんて線もありうる……ま、今のところは、こちらの戦力を測るための当て馬って線が妥当だろうがな……」
何より第一騎兵隊の放った伝令を俺がこっそり殺している。
伝令の言葉が届いていたら、案外すぐに駆けつけてきたのかもしれない。
「アライオン十三騎兵隊……」
セラスが、谷間の道の出入り口の方を見やる。
「今のところ、測りにくい相手ですね」
「いずれにせよ、第六は潰すがな」
「はい」
即答するセラス。
怒りを胸に秘めているのが伝わってくる。
俺も同じだ。
リズのいた集落を襲った連中――そいつらは、どうあっても殺す。
「それに……他の騎兵隊がすぐに来ないのは好都合でもある。対策を練る時間が増えるからな。リィゼ、ジオ」
「え? え――ええ、何?」
「おう」
俺は、この辺りの地図を広げてみせた。
「先日あんたたちに先んじて下見をして、戦う上で使えそうな地形なんかを探ってみた。敵が騎兵なら、その利を潰す戦い方が有効だろう」
「この地図、アンタが?」
「製図はセラスだがな」
「ん……アタシの頭に入ってる地図と、ほとんど齟齬がないわね」
地図に印をつけた地点を俺は指差す。
「この印のついてる辺りの地形が、岩場ながら伏兵に向いていて――」
俺は配置や戦い方について話した。
同時に地形の特徴なども伝える。
敵が侵攻に使いそうなルートの予想も述べた。
セラスがそこに、戦術的な補足を加える。
「が、当然すべてが今話した通りに動くとは限らない。実際は伝令を飛ばしたり音玉を使ったりしながら、その場その場で臨機応変に動くことになるはずだ」
セラスがジッと地図を注視している。
彼女が、指先でいくつかの箇所を示した。
「騎兵対策に……この辺りに柵や杭を設置できるといいのですが。やはり、時間の確保が難しいでしょうか」
言って、視線で俺に問うセラス。
「だな……設置中に襲撃されるってパターンは、避けたい」
同じ理由で、これから大がかりな罠を設置するのも難しい。
が、
「長槍と盾の方は揃ってるな?」
今日の早朝――
ジオたちが外へ出る時に、それらを一緒に運んできてもらった。
谷間の道を出たところの近場にまとめて隠してある。
今、それらを力持ちの竜煌兵団に取りに行ってもらっているところだ。
柵や杭、罠の用意は今からだと難しい。
が、こちらはすぐに用意できる。
「あとはそこに、弓矢を加えて……突撃してくる騎兵と弓騎兵は基本、これらで対処していく。それと、馬煌兵団の術式部隊だな」
青肌のメイル族。
部隊単位で術式使いを揃えられるのはこの一族くらいらしい。
魔素の扱いに秀でた亜人自体、希少だそうだ。
イヴも魔素の扱いは苦手としていた。
そういう意味でメイル族は確かに貴重な種族と言える。
……人間がこの大陸で力を持った理由。
種族として魔素の扱いに長けた者が多かったのも、やはり大きいのだろう。
「それと……伝令だが、後方はハーピーに頼もうと思う」
アーミアが軽く挙手。
「しかし、ハーピーはやはり弓矢や攻撃術式の的になりやすいのではないか?」
「その通りだ。空を飛べるのは便利だが、その分目立つ。ゆえにハーピーは見つかりやすく、撃ち落とされやすい。だから後方で使う」
「あ、なるほどな……うん」
地形に左右されずに移動できるのは確かに利点だ。
が、今回は後方で動いてもらう。
いたずらに数を減らすつもりはない。
「では、前線はどうするのだ?」
「前線の伝令は主に豹人に担ってもらうつもりだ。姿を隠しながら移動するのが得意だし、俊敏でもある。前線の戦場は魔群帯の端っこ――森まで食い込むかもしれないしな。とすれば、余計に豹人が適役だろう」
同時に、戦闘能力も高い。
前線向きだ。
「その前線と後方の間を埋めるのはケンタウロスにやってもらう。ケンタウロスには、その機動力を活かしてもらいたい」
キィルが組んだ腕で胸を持ち上げ、妖艶に微笑む。
「任せて♪」
「それと――キィル」
「んー?」
「今回の戦い、全体の指揮をあんたに頼みたい」
皆の視線がキィルに集まった。
キィルは予想外そうに自分を指差す。
「――、……え? 私?」
「見たところあんたは冷静で、自制心が強い。頭も回る。指揮能力の高さもさっき見せてもらった。推すには十分だろ」
「ありがたいお言葉だけれど、そ、それは言いすぎじゃないかしらぁ?」
謙遜しつつ、やや嬉しそうなキィル。
「事実を言ってるだけだ」
「もぅ蠅王くん……おだてるのが上手ねぇ。だけど正直、全体の指揮は蠅王くんがやるべきよ? みんなも、同意見だと思うけど……」
いや、と俺は否定する。
「今回はさすがに動かす数が多い。戦争と言っていい規模だからな。そして、これほどの人数を動かした経験が俺にはない」
魔防の白城の時、ゴーレム軍団は解き放つだけでよかった。
が、今回は違う。
「けど……わ、私だって実戦経験が豊富なわけじゃないのよ? 兵法にそこまで精通してるかっていうと、ちょっと不安が残るかもだし……本当に、このキィル様で大丈夫なのかしら……」
「そこは安心してくれ。セラスを補佐につける」
親指でセラスを示す。
”ネーア聖国の元聖騎士団長”
を。
「セラスは過去に一国の騎士団をまとめ上げてた。軍の運用とか兵法なんかも学んでたって話だしな……つまり、大軍を動かすなら俺より適役だ」
その辺りの知識も、いずれちゃんとセラスから学ばないとな。
「え? なら、総指揮官はセラスくんでいいんじゃない……? 私、普通に譲るわよ?」
「戦力の大半は最果ての国の連中だ。今の状態だと、余所者のセラスがやるより身内のあんたがやった方がいい」
「あ、そっか。そうねぇ……確かに」
と、納得しつつ気後れした風に挙手するキィル。
「でもだったら、ジオくんの方が適役じゃない……?」
急な大役を任されて動じているのだろうか。
常に飄々としていて動じないタイプだと思っていたが。
こんな一面もあるらしい。
「いや、ジオは前線に出てもらいたい――切り込み隊長として」
刀の背を肩にのせるジオ。
「だな。オレも、その案に賛成だ」
「確かにジオも指揮能力は高い。だが、ここまで戦闘能力の方が抜きん出てるとなると、できれば前線で活躍してもらいたい。実戦馴れしていない兵団もいるしな。となると――それを鼓舞し、かつ、引っぱる一番槍も必要となる。同じ理由で……」
俺は、続けた。
「俺が総指揮官になっちまうと、戦場を自由に駆け巡れないしな」
「つまり……」
俺を見るリィゼ。
「アンタは、戦場を駆け回るつもりなのね?」
「ああ。蠅王ノ戦団は、独自に動く遊撃隊みたいなもんと考えてほしい。基本としては、戦局に不安のある場所の支援に回る」
更新予定時間から少し遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
今回は改稿といいますか、書き直しといいますか……。
次話を含め、ちょっと書くのに手こずっておりました。それなりに書き進めてから「これは……書き直した方がいいかもしれない……」となり「……書き直そう」となるのは、やはりなかなかしんどいものですね……(汗
ともあれ(7章からそのまま地続きといった感じですが)ここより8章開始となります。今章もがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




