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間章.名無しの理由



 ◇【女神ヴィシス】◇



 これは安智弘と第六騎兵隊が、アライオンから発つ前のこと――



     △



 ヴィシスは第六騎兵隊長を執務室へ呼び出した。

 しかし――遅い。

 微動だにせぬ笑顔のまま、座して待つヴィシス。

 ドアが、控えめに叩かれた。


「お待ちしていましたよ、ジョンドゥ」


 ゆっくりドアが開く。

 が、開いたドアの向こうには――誰もいない。


「お待たせしました、であります」

「あら?」


 ヴィシスから見て右手側。

 距離は五ラータル(メートル)ほど。

 声は突然、そこから発せられた。


「いつの間にそこへ移動していたのでしょう?」

「約五ラータル以下の距離だと、おそらく感知されるであります」

「これはこれは……♪ また素晴らしく奇妙な能力を身に着けたようで」


 歓迎めいて、ヴィシスは言った。


「今回お呼びしたのは、実はあなたに頼みごとがありまして」

「最果ての国を、ついに見つけたのでありますか」

「ええ、ようやくです。禁忌の魔女が負け惜しみにばら撒いていった偽情報や工作のせいで難儀しましたが……ぐすっ……とても、大変だったのです」

「わたしの前では、嘘泣きをせずとも大丈夫であります」

「ひどい」

「勇の剣と合流し、禁字族を処理すればよいのでありますな?」

「なんなのですかその口調……? え?」

「……最近、あまりに個性が薄過ぎて存在自体を忘れられる時があるのであります。仕方がないので、口調で少し個性を出しているのであります」

「似合っていませんね」

「同意見であります」

「私の前では無用です」

「――では、そのように」


 ヴィシスは笑みを維持し、狐のように目を細める。


「しかし……個性が薄くなりすぎたために、ついに一定の距離まで近づかねば存在すら感知されぬ謎の能力を手に入れた、と?」

「意識を集中しなければ、発動はしませんが」

「いずれにせよ、素晴らしい能力ですね♪ しかし……あなたは何者なのでしょう? 勇血の一族ではないですよね?」

「ヴィシス様は確か、勇血の一族か否かを判別できると……」

「ええ、神ですから」


 第六騎兵隊長ジョンドゥ。

 彼の出生は誰も知らない。

 名前も本名なのかは不明である。

 貴族の出でもない。

 元々、彼は傭兵であった。

 ヴィシスもこのジョンドゥについてはわかっていないことが多い。


 わかっているのは、ということ。


「ところで、勇の剣は最果ての国を見つけたようですが……我々第六は、そのまま彼らと足並みを揃えればよいのですか?」

「一旦そうしてくださいー。彼らはたくさん亜人を殺すでしょう。ああ、なんて残酷な話……」

「常に”外敵”を用意し続けなければ結束を維持できない人格破綻者集団……ヴィシス様も、あれらの手綱を握るのは大変でしょう」

「勇の剣は総じて頭がおかしいので、できるだけ勇の剣単独で運用するのが正解なのですねー」

「彼らが最果ての国に入れば虐殺が始まりますが、よろしいので?」

「悲しいことですが……仕方ありません。やらぬ後悔より、やる後悔です」

「あれらは、後悔はしないと思いますが」


 ヴィシスは頬杖をつき、眉尻を下げて苦笑した。


「かもしれませんねー」

「勇の剣はいずれ、切り捨てるおつもりですか」

「まだ何も言っていないのに……」

「大まかな魂胆なら、予想がつきます」


「それで、ふふ……れますか?」


「……不可能では、ありませんが」

「では、禁字族の方をこっそり片づけたら、あなたたち第六が機を見て勇の剣を始末してください」

「最果ての国の者たちを根絶やしにはしないのですね?」

「な――なんてひどいことを言うのですか!? ただ殺してしまうなんて、もったいないですよ♪ 最初に勇の剣やアライオン十三騎兵隊でほどほどに恐怖を植えつける必要はありますが……ちゃんと管理すれば、貴重な労働力になりますー。管理にはできるだけ同じ亜人を使いましょう♪ これで仲良しですねー」


 ニコニコとしてヴィシスは胸の前で両手を合わせる。

 表情がないまま、ジョンドゥが改めて確認を取った。


「本当に、勇の剣を処分してもよろしいので?」

「んー……前々から使いづらいなぁ、とは思っていたのです。だからこそ他と切り離して運用していたわけで……んー、ですがそろそろ用済みなのですねー。かわいそうに……」

「対大魔帝軍としての運用は難しいかもしれませんが、他国の邪魔者を排除するなどの用途なら……まだ使えるのでは?」

「神聖連合から裏切り者でも出れば、まだ利用価値があるかもしれませんが……うーん……だってそもそも、あなたが勇の剣を鬱陶しがっていませんか? ジョンドゥ」

「…………」

「片づけるのには、よい機会なのでは……?」


「まあ確かに……勇の剣とわたしは、相容れません」


「だと思ったのですー」

「彼らの到達点は排除――”殺す”ことにある。ですが、人は生かしてこそ……亜人であっても例外ではありません」

「ほわぁ〜あ……」


 ヴィシスは、あくびをした。


「ヴィシス様、今回の任務も……個人的な報酬をお願いしたいのですが」

「え? どのような?」

「男女を四人ずつ……容姿は恵まれている方がいい。そして、ここが何より重要ですが……善人を見繕ってください。周囲からも評判のいい人物が好ましい。そう、誰からも好かれるような……たとえば仲睦まじい恋仲の者がいたり、幸せな家庭を築いている者が望ましいですね」

「ひどいことが始まる予感ですね……うぅ……胸が、苦しい……」


 ヴィシスを無視し、淡々と続けるジョンドゥ。


「わたしは罪なき善人を殺すのが好きではありません。善人を殺して、一体なんになるというのです……誰もに好かれるような善人たちこそ――」


 ジョンドゥは、平板な顔で続けた。



「堕落していく姿が映えるというのに」



 ヴィシスはべそをかいた。


「うぅぅ……趣味がとても悪すぎて……ジョンドゥさん、本当に人でなしで……軽蔑しますよ。あぁ、怖い……報酬が悪人ではだめなのですか?」

「悪人が堕落しても、わたしは何も面白くない」

「そ、そんな……」

「わたしは”あの頃と比べたらもはや見る影もない”というのが……失礼ながら、本当に好きなのです。仲睦まじい恋人たちが――あるいはぬくもりに溢れる家庭が……悲しくも崩れ去っていくのが、たまらなく好きなのです。落ちぶれて、見る影もなくなり……時に、互いを罵倒し合い、責任を、押し付け合い……あんなに仲が良かったのに……善人、だったのに……、――すみません、興奮してきました」


「大丈夫ですよ? 気持ち悪いだけですので♪」


「わたしの本音を言えば……最後は、できるだけ自殺してほしいのです」


 ジョンドゥは不思議な男であった。

 声には興奮が垣間見える。

 が、表情には変化がない。

 平板なまま。


「殺すなんて、なんともったいない。生かし続けて堕落の経過を観察しないと……締めが自殺なら最高です。とても、美しい。それは、この世で最も美しい瞬間なのです。だから――」


 ジョンドゥは感情のない昏い瞳で、床を見つめた。


「勇の剣は、美しくない」

「はぁぁ、怖い……」

「わたしは過去に、失敗を犯しました」

「自分語りが――話が、長い……ふわぁ〜あ……」


 そこで、珍しくジョンドゥが顔に感情を出した。

 下唇を噛んでいる。


「あのダークエルフの集落……シャナティリス族をどうして……どうして、。あれでは――普通に、虐殺しただけです」

「アナオロバエルがそこにいたら、素晴らしかったのですが……」

「わたしは若すぎました……若さゆえの過ちです。捕縛し……自殺か、もしくは同族同士で殺意を抱き合うまで、追い込むべきでした。わたしは心から悔いています、今でも」

「ですが、次がんばればいいのです。人間は、過去から学べばよいのです……はい、この話はこのあたりでおしまいですね? よくわかりました。共感しました」

「ヴィシス様」

「はい」

「勇者を」

「はい?」


「報酬に――異界の勇者を、足していただきたい」


「…………」

「もちろん、大魔帝を倒したあとの話です」

「誰がいいのでしょう?」

「最優先はアヤカ・ソゴウ……次に、コバト・カシマ……」

「ソゴウさんは仕方ないですね……ええっと、カシマさんって……誰でしたっけ?」

「可能ならタカオ姉妹も。あなたのお気に入りのようですので、ひとまず優先順位は下げました。優先順位が低いのは……あの姉妹の場合、善人かどうかまだ判別しきれていないのもありますが」

「あの姉妹は状況次第ですねぇ♪ 他には?」

「そこにカヤコ・スオウあたりを足していただければ、十分です」

「……あー、確かあのソゴウさんと仲のよい……あー、はいはい……はー、しかしよく観察しているのですねー? 先ほどの気配を消す能力で、監視していたのですか?」

「それなりには」

「ああ、そうそう♪ 勇者と言えば、トモヒロ・ヤスというA級勇者がいまして……」


 ヴィシスはトモヒロ・ヤスが第六騎兵隊に同行するむねを伝えた。


「承知いたしました。彼は我々第六にお任せを……ところで例の蠅王ノ戦団ですが、味方へ引き入れるおつもりで?」


「ええ。実は、勇の剣の代わりにと考えているのです。魔帝第一誓を殺している以上、敵ではないでしょうし……というより、彼らはネーア聖国の味方なのでしょうね。カトレア・シュトラミウスの扱い方を間違えなければ、味方に引き入れるのも十分可能なはずです」


「カトレア・シュトラミウス……シビト・ガートランドが生きていれば、彼の妻となっていた人物ですね」


 ヴィシスは、背もたれに体重をかけた。


 ギシッ


「彼の脱落は、本当に寝耳に水でした……対大魔帝戦力として大いに期待していたのですが……」

「”人類最強”を失ったのは、あなたにとってそれほど大きな損失でしたか」


 やや黙ったあと、視線をジョンドゥへ滑らせるヴィシス。


「仮に……”人類最強”と戦ったとして、勝てた自信がありますか?」

「またそのお話ですか。何度も言いますが、やってみなくてはなんとも……やる気もないですし……」

「ふふふ」


 ヴィシスは背もたれから離れ、やや前のめりになった。


「あなたは言わないのですね、ただの一度も」

「?」


「あなたはただの一度として――””、とは口にしていない」


「…………」

「ルイン・シールとあなたの違いは、底が見えないところです」

「…………」

「ルイン・シールは確かに才に溢れています。しかし、底が見えています。強いのは確かですがシビトには届きません。ただ――」


 ヴィシスの座っていた椅子。

 今は、誰も座っていない。

 ヴィシスは――


 瞬きほどの速度で、ジョンドゥの眼前まで、移動していた。


 ジョンドゥはしかし、身じろぎ一つしない。


「あなたは、底が見えない」

「買い被りすぎかと」

「私に何を隠しているのでしょう? とても気になります。気になって朝も昼も夜も眠れません。どうでしょう? 私を、寝かせてくださいませんか?」

「…………シビト・ガートランドの強さの秘密について、ご存じで?」

「誰もわかりません。女神である、この私でさえも」

「あの男の強さの秘密は、神族の血がまじっているから?」

「いいえ」

「勇血の一族だから?」

「いいえ」

「何も、わからない」

「はい♪」

「バクオス帝国でもシビトの強さの秘密についてはよく話題に上がっていたそうです。その中に、こんな噂があったそうです。謎に包まれている彼の生みの親……そこに謎を解く鍵があるのではないか、と」

「しかし、誰もシビトの親が誰かなどわからない。彼はガートランド家の養子です。つまり、ガートランド家の者と血の繋がりはない。バクオスに拾われるまでシビトは独りで生きてきたそうです。そして……シビト自身、生みの親については”何も覚えていない”と語ったと聞いていますが……」

「彼の……シビト・ガートランドの母の姓は、エインヘラルといいました」

「?」

「シビトはどうも、死んだと思われていたようなのです」

「……?」


からそう聞かされていたので、間違いないかと」


「――まさか」

「彼自身も知らぬことですが、シビトの本来の名はシビト・エインヘラル。そして……」


 ジョンドゥが、名乗る。



「わたしの母の姓もまた、



「血を分けた、兄弟?」

「父は違いますが」


 これにはヴィシスも一瞬、思考を停止させられた。

 ヴィシスの正面から離れるジョンドゥ。

 彼が、扉の方へと歩き出す。


「わたしは最強の座になど微塵も興味がありません。どころか、わたしが強いという噂が下手に立つのが恐ろしかった。だから、シビトが死ぬまでは本当におとなしくしていました。わたしは――戦いたいのでも、殺したいのでもない。自らの手によって甘美なる堕落を作り出し、最後に……善人を、自殺させたいだけなのです。殺し合わせたいだけなのです。それは完全なる悪行です。そして悪行とは、こっそりとやるもの……ゆえにこのわたしに存在感など無用……”名無し”であるべきなのです」


 ヴィシスは考える。

 ジョンドゥが強いと評判が立てばシビトに見つかってしまう。

 彼の”好敵手”とされてしまう。

 ゆえにジョンドゥは自らの存在感を薄くし続けた。

 絶対的に、薄め続けた。

 シビトに見つかりたくない一心で。


 そして――


 その”人類最強”が死んでしばらく経った頃、気づくと彼は、他者の”認識”を拒否するほどの特殊な能力を手に入れていた。


 まさに――突然変異。


 あの、シビト・ガートランドと同じ。


 扉へ向かうジョンドゥの背に、ヴィシスはひと言問う。



?」


「やってみなくてはわからなかった――で、あります」



 ◇【ジョンドゥ】◇



「よかったんすか、隊長ー?」

「? 何がでありますか?」

「第一の連中アホみたいに先行してますけど……つーか、他の騎兵隊も続いてないっすよね?」

「ここだけの話、アライオン十三騎兵隊の総隊長ミカエラ・ユーカリオンは戦場では役に立たない指揮官であります。普段ならあれでもいいのでありますが、今回ミラが噛んでいるとなると、あれがいない方がよさそうであります。アライオン十三騎兵隊は、それぞれが独自に動いた方が本領を発揮するであります」

「確かに、ミカエラはだめだー」

「戦場においては、無能な味方ほど毒となるのであります」

「第一の連中もこれで終わりか―」

「出立前に適当に煽っておいたので、功を焦って第一が先走るのは目に見えていたのであります」

「怖ぇー……全部、隊長のてのひらの上じゃないっすかぁ」

「ただ、そろそろ扉を開けるために神獣――ラディスを寄越せと、伝令の一つも来そうな気がするのでありますが……」

「俺、本来ならもっと早く第一に合流してるはずだったんすよね?」

「死地となる可能性が高い場所にわざわざ神獣のおまえを送る意味はないのであります。神獣を失ったら扉を開けるのは困難になる……ならば、最大戦力であるこの第六で預かっておくのが一番なのであります。まあ、ミカエラには事前に色よい返事をしておいたでありますが」

「約束破ったのかー、うちの隊長はやっぱりひどい男だー」

「先行した第一騎兵隊がどうなるかで、今後の動きも決めやすくなるのであります。捨て駒であります」

「にしても隊長って、ミラの狂美帝を随分買ってるんすね」

「あのミラの狂美帝が女神に反旗を翻したとなれば、おそらく何か勝算があるのであります。油断できる相手ではないのであります」

「つまり?」

「始末できるなら、ここで始末しておいた方がいいのであります。報酬のためにも、であります」

「報酬……?」


 ジョンドゥの人差し指の先。

 短刀の刃の切っ先がのっている。

 逆さになった短刀は切っ先を支点として、指の上で、ぴくりとも動かない。


「”イインチョウ”……わたしがこれまで見てきた中で、最上級と言っていいほどの善人なのであります」

「?」








 というわけで次話よりトーカ視点へ移りまして、8章開始となります。



 前回更新後、新しく2件レビューをいただきました。ありがとうございます。また、7巻購入のご報告などもありがとうございました。


 それからこちらは少々ご報告が遅れましたが、7章終了後にコミックガルド様にてコミカライズの方も更新されております(こちらはシビト戦が佳境ですね)。こちらも是非、ご覧くださいませ。


 さて……ジョンドゥがどういった人物かも今回の間章で明らかになってきましたが、引き続き8章もお楽しみいただけましたら幸いでございます。


 8章スタートとなる次話は(今のところですが)6/14(月)、21:00頃の更新予定でございます。


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― 新着の感想 ―
委員長すきだけど、正直委員長のせいで話が複雑になり迷惑してる人も多いと思う 姉妹が助ければなんとかなるのかな? 物語としても勿論好き
[一言] 正直十河が一番気に入らないキャラだった気がする、 短絡的な誰でも救いたいという聖母気質の人が一番厄介だから
[一言] 私にとっては、ジョンドゥよりもクソ女神よりも、イインチョがいちばん気持ちが悪く感じます(歪)
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