逆転
ミカエラが、ピンときた顔をする。
「その蠅王装……ベルゼギアという名――き、貴様はあの!」
「我々のことは、ご存知のようですね」
「で、では!? その、蠅騎士装の者は……」
「セラス・アシュレインです」
「そ、その者が……!」
「先の戦いからお分かりの通り、我々は大魔帝を討つべき敵と見ています。そして神聖連合――特に、アライオンの女神の思想に強く共感しております」
「つまり……」
「先ほどお伝えした通り、あなたの味方でございます」
「おぉ!? い、いやしかし……助太刀はありがたいが、この状況では……」
「おや、ご存知ありませんか? 我々はあの白城の戦いにて、人面種だけでなく、魔帝第一誓すらも捻り潰しました。それに比べれば――」
フン、と鼻を鳴らす蠅王。
「この程度の有象無象など……到底、相手にもなりませぬ」
「おぉ! なんと心強い!」
ミカエラの瞳に希望の光が灯った。
蠅王が、リィゼにてのひらを向ける。
「【パラライズ】」
「? あ……え?」
(あ、れ? まったく身体が……動か、ない?)
「い、今のは……?」
「噂の呪術です。今使用した呪術には麻痺の効果があります。それより――あのアラクネ、人質として役に立ちましょう」
「いや、残念だが蠅王よ……ならぬ。あの者は、そこの豹人やケンタウロスを――」
「いいえ、それが彼らの策なのです。いかにも人質として価値がないかのように見せかけて、人質として利用されぬよう……演技を打っているのですよ」
「!」
「ゆえに、あのアラクネの宰相は人質として十分役に立ちます」
「な、なぜそう言い切れる……?」
「数日前まで、ワタシは最果ての国の中におりました」
「なんだと!?」
「彼らに友好的な振りをして、内部を探っていたのです」
「な、なんと……」
「今、彼らの国を支えているのはあの宰相と言っても過言ではないそうです。つまり、彼らにとってあの宰相を失うことは今後の国の存続にとって大打撃なのです」
「そうであったか……ちっ、人もどきめ! このミカエラ・ユーカリオンに、つまらぬ策を講じおって。許さぬ……許さぬ!」
「……何かおっしゃりたいようですね、リィゼ殿?」
「――アン、タぁぁああああ!? え? しゃべ、れる……」
「しゃべれるように、呪術を弱めました」
キッ!
リィゼは蠅王を睨みつけた。
が、同時にこぼれ落ちてくる。
涙が。
憎くて。
悔しくて。
「これが……アタシへの仕返しってわけ!? こんな、こんなのって……」
「この娘は、喋り出すとやはり小五月蠅い……仕方がない、黙らせましょう」
「こ……、――の、ぉ……」
なぜか、またまともに喋れなくなった。
呪術とやらを強めたのだろう。
「おっと――ジオ殿も、キィル殿も、アーミア殿も……どうか、動かぬよう。いらぬことをすれば、ワタシはリィゼロッテを容赦なく殺す」
「ぐっ……」
誰一人、動けない。
言いたい。
伝えたい。
”私のことは気にせず、彼らを倒して”
と。
「申し訳ありません、ミカエラ殿」
「な、何がだ?」
「助けに入るのが遅くなってしまいました。第一騎兵隊の機動力……この岩場ばかりの地形でも見失うほどでして。追いつき、捜すのに手こずってしまったのです」
「よ、よい! そのようなこと、気にせずともよい! 私の第一騎兵隊が、特別だっただけの話!」
「しかしご安心を……機動力ではあなたの騎兵隊に劣りますが、我が呪術は強力無比。この程度の数など、造作もございません。この場はすでに掌握しました。我々を圧倒的多数で取り囲んでいるはずの蛮族どもが、まったく動けない……それこそが、掌握できている証左です」
「け――」
感動に打ち震えるように、ミカエラは言った。
「形勢、逆転」
歪んだ笑みを浮かべて目を血走らせている。
その笑みが、
”ざまあみろ”
と言わんばかりの大笑いへと変化していく。
「薄汚い獣ども……今、どんな気持ちだ!? いいか、覚悟しておくがいい……思いつく限りのこの世で最もおぞましい殺し方で、おまえたちは凄絶な拷問の果てに殺してやる! 見世物にしてやるぞ! メスたちには巨大娼館を用意してやろう! だが扱いには期待するなよ!? どんな残酷な行為でも許される拷問用の娼館だ! さぞ人気になるだろう! 子はいるか!? 子を持つ者もいるだろう!? 子の前で、おまえたちを拷問してやる! おまえたちの前で、子を拷問してやる! 今さら後悔しても――もう遅い! ざまぁみろ人もどきども! ざまぁみろ!」
「……ところで、ミカエラ殿」
ミカエラは恍惚として、肩で息をしている。
「はぁ、はぁ……はぁ……う、うむ。なんだ?」
「このような時ではあるのですが……いくつか、この場で迅速に把握しておきたいことがございます。このあとの動きのために」
ミカエラは余裕を取り戻した様子で、
「ああ、なんでも聞くがよい。そなたはすでに、我が同志ゆえ」
蠅王は手短に質問を重ねていった。
ただ、リィゼは一つの質問に――微妙な引っかかりを覚えた。
ごく微細な違和感でしかない。
が、他の質問と”その質問”は何かが違う。
そう思えた。
ただ、ミカエラは特に違和感を覚えた様子はない。
「ダークエルフの集落の……シャナティリス族? その亜人どもの集落が、どうかしたのか?」
「シャナティリス族はワタシと過去に因縁のあった部族でして……その者たちにいつか復讐を果たそうと考えてたのです。しかし、聞けば彼らは殺されたというではありませんか。そして、その殺した者たちがどうやらアライオン十三騎兵隊にいる……そんな風の噂を耳にしたのです。何か、ご存知ではありませんか?」
と、ミカエラが黙り込んだ。
何やら悔しげな反応をしている。
「……その話は、知っている」
「ミカエラ殿にとってご不快な話題でしたら、謝罪いたします」
「いや、この窮地を救ってくれた者の頼みだ。不快な話題ではあるが、教えざるをえまい……やつらは、その話を何度か私の前でしている」
「やつら、とは?」
「――第六騎兵隊だ。当時所属していた殲滅を行った者も、ほぼ全員残っているはず……あそこは隊長のジョンドゥを始め、十三騎兵隊の中でも少々異質でな……」
「――――ご安心を。因縁のあったシャナティリス族を殺した彼らに、私は感謝しています。ですが、ワタシが彼らに肩入れすることはございません」
「そ、そうか?」
「ふふ、何をおっしゃいます。彼らは所詮ごろつき上がりですが、あなたは由緒あるアライオン貴族の血を引く男ではありませんか。どちらに肩入れするのが賢いかは、火を見るより明らかかと」
「賢いのだな――おまえは」
「おまえは底抜けのバカだがな」
「…………え?」
(…………え?)
思わずリィゼは、ミカエラと同じ反応をしていた。
今、蠅王は……。
なんと言った?
フン、と蠅王が鼻を鳴らす。
彼は足払いをし、呆然としているミカエラを転ばせた。
倒れたミカエラは、やはり、目を丸くしたままで――
「――【パラ、ライズ】――」
「! な、に――を……!?」
「欲しい情報はすべて得られたんでな。て、わけで――」
蠅王の雰囲気が。
口調が。
がらりと、豹変した。
蠅王はミカエラを足蹴にし――無慈悲な声で、言った。
「もう用済みだ、テメェは」




