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交渉開始


 リィゼを乗せたロアが風のように谷間の道を駆ける。

 道の先を睨み据えながら、ロアは疾風のごとき速度で駆け抜け――


「!」


 リィゼは耳を澄ませた。


(馬蹄の、音)


 ケンタウロス?

 キィルたちだろうか?

 ロアが――急停止。

 その足裏が地を擦り、砂煙が舞う。

 近づいてくる複数の影。

 視認できる距離まで、それらが近づいてきた。


「あれは――」


 目を大きく見開く。


「まさか、人間?」


 馬に騎乗した人間たち。

 武装している。

 リィゼは振り返った。

 巨狼たちが追いついてきている。

 かなり遅れて遠くの上空にハーピー。

 リィゼは高速で思考を回転させた。


「ロア、アンタだけ戻って! 扉の前まで!」

「? 宰相殿を置いて、わたしだけ戻るのであるか?」

「見てわかるでしょ!? こっちに近づいてくるあれがおそらく例の女神の勢力よ! アンタの外見は、人間の目には攻撃的に映る可能性が高い! 巨狼たちとハーピー、竜公兵団も下がらせて! 蛇公兵団は――」


 ラミアはかろうじて上半身が人間に近い。

 第一印象で、親近感を持ちやすいかもしれない。


「そのまま、アタシのところへ!」


 一方、人間たちの動きは止まっていた。

 馬上で何か話し合っているのがわかる。

 向こうもこちらを認識したのだ。

 心臓が、激しく脈打つ。

 鼓動が大きい。

 失敗はできない。

 ぶっつけ本番。

 そんな感覚。

 心の準備はできているつもりだった。

 が、まさかこんな流れで外の人間と会うことになるとは――


「――――」

「――ょ――殿」

「…………」

「宰相殿っ!」

「!」


 ロアの呼びかけで思考の渦から現実へ引き戻される。


「わたしが下がって、大丈夫なのであるか?」

「え、ええ……、――ええ! このアタシを誰だと思ってるの!? 最果ての国の宰相、リィゼロッテ・オニクよ!?」

「……わかったである」


 リィゼが地面に降り立つと、ロアは後退していった。

 巨狼たちのところへ戻っていくロア。

 と、ラミアや竜人たちが巨狼から降りた。

 次いでハーピーに呼びかけるロア。

 やがて、指示通りラミアたち以外は後退していった。

 前を向くリィゼ。


(これで、交渉の準備は整った)


「!」


 人間たちが、動き出した。

 近づいてくる。

 リィゼの後ろからは、アーミアたちラミアが合流してくる。


「宰相殿」

「アーミア、白い旗の準備は?」

「うん、指示の通りに」


 白旗を掲げる。

 人間の世界では、


 ”戦意なし”


 を示す行為のはず。

 今も通用するのか?

 聞いておくべきだったかもしれない。

 あの蠅に。


「――――」


 もっと色々あの蠅に聞いておくべきことがあったのでは?

 ……いや。

 違う。

 嘘の情報を与えられ、いいように操られていたかもしれない。


(…………)


 そこで一度、リィゼは大声で騎兵たちに呼びかけてみた。

 が、だめだ。

 届いていない。

 距離が遠い。

 向こうは遠くで巻き取り式の弓を構えている。

 弓騎兵。


(いけない! 早く、この白旗を……ッ!)


 リィゼは先頭に立って白旗を掲げた。

 と、向こうに反応があった。


(弓を……下げ、た? あっ……)


 胸が、高鳴った。


 人間側も白旗を掲げたのである。


 通じた!


 戦意がないとわかってくれた!

 人間たちから目を逸らさず、リィゼは後方に対して、手で押しとどめる動きをした。


「蛇公兵団は、ここで待機していて」

「いや、私だけでもついていく。無防備すぎる」

「無防備だから意味があるの! これは千載一遇の好機なのよ! それに、急がないと……ッ! 幸い彼らとジオたちはまだ遭遇していないみたい! 早く交渉をして、ジオたちにもう戦う必要がなくなったと伝えないと……ッ! 手遅れになる!」

「ジオたちと交戦していないのも、妙に思えるが」

「……何が言いたいの?」

「こうも……考えられないか?」


 珍しい。

 アーミアの手が、かすかに震えている。


「ジオたちは……もうすでに、あの人間たちがここへ来る途中で――」

「最初から最悪を考えないで! しっかりなさい、アーミア・プラム・リンクス! まだそうと決まったわけじゃないでしょ!? まずは、相手を信じるの!」

「リィゼ……多分、私は許せんぞ? もし人間たちが、ジオやキィルを殺していたら――」


 パァンッ!


 リィゼが、アーミアの頬を叩いた。


「しっかりなさい! だとすれば、余計に交渉が必要だわ! ジオたちとアタシたちは違うと――急いで説明しないと! でないと……最果ての国の者たち全員が、ジオたちと同じ”敵”だと思われてしまう! 彼らは決定に従わず国を捨てて出て行ったと、真摯に説明するの!」

「……やはり私も、宰相殿と共に――」

「アタシ一人だって、言ったでしょ!?」


 リィゼは、回れ右をして深呼吸した。

 大丈夫。

 向こうも白旗を上げたのだ。

 今のところこちらへの敵意はない。

 交渉の土台は、作れた。

 旗を持ったままリィゼは歩き出した。

 向こうからも一騎、騎兵が近づいてくる。

 他の者と明らかに装いが違う人物。

 位の高い人間だと思われる。

 あれがいわゆる”貴族”だろうか?


 互いの距離が、数ラータル(数メートル)というところまで来る。


 さらに、両者の距離が近づいた。

 互いの顔がはっきりとわかる距離。

 相手は馬上にいるためリィゼが見上げる形となる。

 馬にまたがった男は兜を被っていなかった。

 他の者より武装は軽そうに見える。

 濃い栗色の髪を持つ整った顔の男。

 やや垂れ目がちだが、その目つきと合わせて男前と言える。

 目鼻立ちもくっきりしていて、気品が感じられた。

 年は20後半〜30前半ばくらいだろうか。

 ジオほどではないが、体格はいい。


「失礼しました。馬上からというのは、失礼にあたりますね」


 穏やかな調子で言い、男は下馬した。

 男は白旗を馬の鞍に固定する。

 そして上品に一礼したのち、名乗った。


「わたくしの名はミカエラ・ユーカリオン。アライオン王国、ユーカリオン家の次男でございます。そして――アライオンにて十三ある騎兵隊の総隊長、及び、第一騎兵隊の隊長を務めております。さて……白旗を掲げたことから、ただ人を襲うだけの魔物とは思えませぬ。貴方は金眼でもない。つまり、最果ての国の者とお見受けいたします……いかがでしょう?」


 リィゼはホッとした。

 柔らかな物腰。

 そのおかげだろうか。

 大柄でも威圧感はない。

 しかも、わざわざ下馬する気遣いまで見せてくれた。

 優しい人間なのだろう。


「アタ――わたくしは、最果ての国で宰相を務めておりますアラクネ……リィゼロッテ・オニクと申します。まずは、こちらの掲げた白旗の意図を察してくださったこと、心より感謝申し上げます。……いかがされました?」


 戸惑いを見せるミカエラ。


「あ、いえ……これほど流暢に、しかも、上品にお話になられるので……失礼ながら、少し驚いてしまいまして。しかも、お美しい……」


 思わぬ賛辞に、リィゼはサッと頬に熱が灯るのを感じた。


(いけない……)


 あまり言いくるめやすいと思われるのは、問題だ。

 ミカエラが、慈しみすら覚える微笑みを浮かべる。


「ハーピーの伝令を寄越されたでしょう?」

「え? ええっ」

「そのハーピーから伝えられ、ここへ参ったのです。貴方がたが戦いによる解決ではなく、交渉での解決を望んでいると。それを知り、急いでここへ駆けてきたのです」


「そうだったのですねっ」


 届いていたのだ。

 と、リィゼはそこでミカエラの様子が気にかかった。


「…………」

「ミカエラ殿?」


 ミカエラがリィゼを通り越し、その後方を見ている。


「あれは……ラミア、ですか?」

「そうです。ああ、ご安心を……彼女たちは、凶暴ではありません」

「武器が見えませんね? ひょっとすると、魔導具による攻撃術式をお使いに?」

「いいえ、彼女たちにはあえて盾しか持たせていません」

「ぶ、武装していないのですかっ!?」


 頓狂とんきょうな声を上げ、再び戸惑った反応をするミカエラ。

 ああ見えて案外”ウブ”なのかもしれない。

 少しだけ、可愛らしいと感じた。


。人間と交渉する際、こちらに敵意がないと信じていただくために。わたくしたちは武器も使いますが、それらはすべて置いてこさせました。攻撃的だと誤解されかねない魔物も……」


 リィゼはいかに自分たちが”非戦的”であるかを説明した。

 無垢な生徒のごとく相槌を打ちつつ聞き終えたミカエラは、


「なんと……そうまでして……そして、とても驚きました。これほど聡明な方が最果ての国におられたとは……リィゼロッテ・オニク殿」


 ミカエラがリィゼの前まで来て手を差し出してきた。

 握手を求めているらしい。

 リィゼは彼の手を握った。

 と、ミカエラは真摯な目でリィゼを見つめてきた。

 そして力強く握り返してきた。

 リィゼは、感極まりかけた。


 自分は、間違っていなかった。


 あの蠅は彼らが信用ならないと決めつけていた。

 しかしそれは、あの蠅にとって彼らが邪魔だったから。


 危なかった。


 危うく、口車に乗って取り返しのつかないことになるところだった。


 リィゼはあごを上げ、微笑む。


「人間の方とこうして手を取り合える日を、ずっと夢見ておりました」

「はい……正直、私も驚いています。最果ての国に住む貴方たちが、まさか――」


 ミカエラが目もとを緩め、微笑み返す。







「ここまで底抜けのバカだったとは」









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― 新着の感想 ―
バカめ(どっちの味方なんだ)
まぁ、だろうな
人の善性を嫌悪する醜悪さがこれほど多く投稿されるのは、日本がいかに荒んだ社会になっているかという反映だろうか 善意でできた社会で生きた者が悪意を理解できないということが想像できないほど荒んだ精神になっ…
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