再会の約束を
「ベルゼギア様、陛下がお呼びです」
ハーピーが部屋を訪ねてきた。
あの装いは近衛隊か。
一度時間を確認し、懐中時計をしまう。
どうやら――多数決の結果が出たようだ。
セラスを伴いハーピーについていく。
通されたのは、昨日七煌が集まった部屋。
入室すると、視線がこちらへ一斉に注がれた。
席順は昨日と同じ。
が、各々の表情に差がある。
奥の席のゼクト王が、軽く手を上げた。
「戦うか、話し合いによる解決を試みるか――決が出た」
「どのような結果に?」
「戦う方へ票を投じたのは、ジオ、キィルの二名。そして、話し合いによる解決に票を投じたのが、リィゼロッテ、ココロニコ、アーミアの三名」
リィゼが、
”どうよ?”
みたいな笑みで俺を見る。
「よって、我が国は話し合いによる交渉を用いた解決に全力を注ぐこととする。全会一致といかなかったが、決定は決定。互いに禍根は抱かず、七煌一丸となってこの交渉に臨んでほしい」
ジオは腕を組み、黙り込んでいる。
「…………」
「ジオもよいな? 頼んだぞ」
「……本音を言えば思うところはあります。が、この国において七煌の多数決による決定は絶対……今までもそうでした。受け入れざるを、えないでしょう」
「豹人の持つ視力や聴力はアタシも買ってる。アンタはこの結果が気に入らないかもしれないけど、これからは協力していきましょ? いいわね?」
「……ああ」
「キィルも、頼むわよ?」
肩を竦めるキィル。
「ジオくんが暴れるかと思ったけど……ああしおらしく結果を受け入れてるんじゃ、アタシも素直に従うしかないわね」
「ケンタウロスの力も、頼りにさせてもらうわ」
「宰相くんの、ご随意に」
言って、恭しく一礼するキィル。
「仰々しいその態度は、アタシへの当てつけのつもり?」
「少しだけ」
「ま、いいわ。ああ、それと……ニコとアーミアには、ちゃんとアタシの正当性が伝わってくれてたみたいでよかったわ。二人には、感謝してあげる」
「某、貴様には恩義がある。また、宰相としても認めているゆえ」
ココロニコの投票先は事前の情報通り。
ジオとキィルも想定していた方へ投票した。
そして唯一、投票先が読めないと言われていたのが――
「今、私たちラミアは幼子を持つ者が多いのだ。兵団に所属する者も多い。戦いで命を落とせばその分、親を失う幼子も多くなる。命の危険なく解決できるなら、それに越したことはないのだ。ま……私だけなら後に残す子もいないし、参戦してもいい。が、蛇煌兵団から私だけが参戦してもな」
「安心なさい、アーミア」
リィゼが力強く胸を張る。
「アタシが誰も、死なせやしない。絶対に平和的な解決を実現させてみせる。約束する」
ジオがリィゼに視線を飛ばす。
「兵団はどうなる?」
「予定通り解体よ。戦力と呼べる組織は、近衛隊だけ残す」
「……本気なんだな?」
「アタシたち亜人や魔物はかつて脅威と見なされていた存在なのよ? 害意がないと示すためには、それくらいの姿勢を見せる必要がある。胸襟を開いて真摯にぶつかることが、何より大事なの」
保持戦力の破棄。
彼女にとって、それはどこまでも正しい選択。
「今後、相手をこの国に招き入れるかもしれない。その時のことを考えて、危険と判断される要素はできる限り排除しておきたいの。ただでさえ、武器を持ってなくても凶悪と誤解されかねない魔物もいる。真摯に示さないといけないのよ……アタシたちは、平和的な心を持つ者たちなんだって」
リィゼが扉の方へ歩いてきて、俺の前に立った。
「とまあ……そういうことになったから。文句、ないわよね?」
「……交渉が決裂した際の予備の策は、あるのですか?」
「決裂は、しない」
「根拠をお聞きしても?」
「簡単な話よ」
リィゼが、自らの右胸に手を添える。
「交渉役が、アタシだから」
「なるほど」
「これ以上、何か文句が?」
「……いいえ。何より今回の決定は、正しいやり方によって公正に決まった方針です。そして、ワタシはおっしゃる通りこの国の民ではありません。さく日のワタシはあくまで私見を申し上げたまで。ゆえに文句など、あろうはずもございません」
「そうね。所詮アンタは部外者だもの。で、わきまえたのかしら?」
「何をでしょう?」
「身の程を」
ここへ俺を呼んだのはリィゼなのだろう。
彼女は勝ち誇った顔をしている。
正しかったのは自分だ、と。
おまえは間違った者だ、と。
「…………」
俺が答えないのを見てか、
「もういいわ――アンタ、下がりなさい」
リィゼが、叩きつけるように言った。
「アタシたちをアンタ個人の目的のために利用できなくて残念だったわね? その身勝手な目論見を見抜けるアタシがこの国にいたのが、アンタの敗因」
「…………」
「早速アタシたちはこれから今後の動きを話し合わなくちゃならない。そして、これから話し合うことは、自分本位な部外者に聞かせる話じゃない」
「そこまでにしとけよ、蜘蛛ガキ」
窘めたのは、ジオ。
「確かにそいつは部外者かもしれねぇが、客人でもあるだろ」
「うん、私も今の発言はさすがにどうかと思うぞ」
アーミアが続いた。
リィゼは、ぷんむくれて目を逸らす。
「事実を言っただけよ」
「いえ……おっしゃる通りワタシはよそ者です。血を流さず解決できるなら、それに越したことはない――それも事実です。交渉が上手くいくことを、心より祈っております」
七煌に一礼する。
「では、これにて失礼いたします」
□
己を賢いと思う者であればあるほど。
己の出した結論を、ただひたすらに、理屈で補強していく。
そして、最後はそれが”正しい解答”となる。
過剰に己を信じる。
人はそれを”過信”と呼ぶ。
が、それは俺だって同じ。
俺だって、自分の出した結論を過剰に信じている。
ゆえに。
あらゆるものは、結局、過信と過信のぶつかり合いでしかない。
そして、
結果が出ることでしか、真の答えは出ない。
どちらの”過信”が、真に、正しかったのか――――
▽
翌日。
俺は、ゼクト王に謁見を申し出た。
今日は合議の間ではなく、王の間に来ていた。
玉座につく不死王。
控えるグラトラ。
四戦煌の姿はない。
「ワタシたちはこの国で果たすべき目的を終えました。そして、リィゼ殿の今後の方針を考えますと……ワタシたち蠅王ノ戦団の存在も、今やこの国にとって悪い材料となりかねません」
「結果として追い出すような形になってしまって、すまぬな」
「宰相殿のご意向が強いとなれば、仕方ないでしょう」
「……うむ。リィゼは、そちの存在はいらぬ火種になると……ジオやキィルが主戦派になったのもそちがいらぬことを吹き込んだからだ、と言ってな……すまぬ」
「いえ、ワタシがその二人を煽った形になった……その意見にも一理あります。リィゼ殿の判断は、正しいかと」
「ヨは、賭けてみたい。この国の未来を、この国始まって以来の出色のアラクネに託してみたいのだ。彼女はいつも、正しかった」
だからこれからも正しいとは、限らないが。
「とどのつまり、最後に判断するのは自分自身です。この国の方針について、これ以上この場でワタシから申し上げることはありません。ただ、クロサガの件……」
「うむ。期が熟すまで、彼らはこの国でヨが責任をもって保護しよう。時期がきたら、改めて迎えに来るがよい。安心してくれ。その時は、ヨが必ずそちたちを入国させる――グラトラ」
「ハッ」
返事をし、グラトラが俺の前まで来る。
渡されたのは、エリカから譲られたものと同じもの。
最果ての国の”鍵”。
「神獣がここに残る以上、これを使わねばそちたちは再入国できぬのでな。次回入国時には、これを使うがよい」
「ありがたいですが――よろしいのですか? 貴重なものなのでは?」
「神獣がこの国に来たのだ。当面、その鍵は必要なくなる。そう……ニャキ殿のことも安心するがよい。この国で平和に暮らしていけるよう、ヨが全責任を持って取り計らう。約束しよう」
「ニャキのこと……どうか、よろしくお願いいたします」
グラトラが元の位置に戻り、ゼクト王が尋ねる。
「すぐに発つのか?」
「はい、時も惜しいので」
「わかった。そちと再会する時、この国は人間たちと手を取り合える国に生まれ変わっている……ヨは、それを信じたい」
最後に、そうだ、とゼクト王が思い出したように言った。
「機会があれば、伝えてほしい」
「どのような?」
「ヨは今でもそちに深く感謝している、と――エリカ殿に」
▽
王の間を出る。
部屋に戻ると、セラスとスレイが待っていた。
「行くぞ」
「はい」
「パキュ」
そして、
「主さん」
少し不安そうな顔で、ニャキが俺を見上げる。
「安心しろ」
マスクを取って膝をつき、ニャキと視線の高さを合わせる。
「きっとすべて、上手くいく」
「あの……ニャキは、ニャキは――」
「別れは、言わないぞ」
受け入れた顔で、ニャキが頷く。
「……はい、ですニャ。ニャキは皆さんの幸運を――ほんとに、ほんとにっ、祈っておりますのニャっ」
ニャキはちょっと涙目になっていた。
……ったく、こいつは。
思わず、口もとが綻んでしまった。
頭をそっと、撫でてやる。
「おまえも、しっかりな」
「にゃ、ニャキも蠅王ノ戦団の一員さんですニャ! また会う時まで、主さんの言う通りしっかりしてますのニャぁ!」
蠅王のマスクを被り直し、俺は言った。
「いい返事だ」
それから俺たちは、城外へ出た。
城の正門を抜ける。
見送りはここまででいいと言い、ニャキと別れる。
そうして、緩い坂を下り始める。
一度、城の方を振り返ってみた。
まだニャキの姿があった。
なんというか――あいつらしいと思った。
見ると、城壁の塔からこちらを見ている者があった。
ジオだ。
手を上げみる。
すると、ジオは手を上げ返した。
再び振り返って、そのまま坂を下る。
目抜き通りを抜け、地上へ向かうための回廊前まで行く。
またも振り返ると、今度は、そこから地下王国が一望できた。
「…………」
また、歩き出す。
階段を上がって行き、あの銀の扉のところまで来た。
言われた窪みに鍵を嵌め込む。
この鍵は、内から開く時には消費されない。
外から入る時にのみ、消費――消滅する。
扉が、開く。
日の光を、どこか懐かしく感じた。
「できることなら十三騎兵隊とやらも、このまま潰しちまいたいとこなんだがな」
リィゼの存在がある以上、それも難しい。
が、今できることは他にある。
「さて……俺たちは、俺たちが今できることを先に済ませちまおう」
こうして俺たちは、最果ての国を後にした。
◇【ある夫婦の、】◇
「アナタ……」
「安心しろ。必ず、上手くいく」
「あのね、違うの……実は、お腹の中に赤ちゃんが……」
「! 本当か!?」
「ええ……ごめんなさい、こんな時に」
「ちっ……言うなら、もっと早く言いやがれ」
「本当は……びっくりさせたくて、もっと後に報告するつもりだったの」
「こんな時にってのは、まあ、オレも困るっちゃ困るが……嬉しいのは確かだ」
「……ジオ」
「ふん……こうなっちまったら、余計にやるしかねぇか」
「無事に……戻って、くるわよね?」
「当然だ。オレは四戦煌最強と呼ばれる男だぜ? 絶対だ。必ず無事に戻ってくる。約束する」
「本当は、私も一緒に行きたい」
「今の話を知ったら、余計に無理だな」
「そう、ね――どうかご武運を、ジオ・シャドウブレード」
「ああ、行ってくる。そして必ず、ここへ戻ってくる……おまえと、腹ん中にいるそいつのために。絶対にだ」
次話の更新予定は、5/7(金)21:00頃を目標に考えております。