第六騎兵隊、黒炎の勇者
前回更新後に新しく1件レビューをいただきました。ありがとうございました。
ちなみにタイトルが227部と似ていますが、最新話です(単語の前と後ろが入れ替わっている感じですね)。
◇【安智弘】◇
ガシャァンッ!
奇妙な金属音で、安智弘は目を覚ました。
寝る時は横たわっていたはずである。
が、今は上半身だけ起き上がっている状態だった。
誰かが後ろから両肩を掴んでいる。
寝ていた安の上半身を、勝手に起こしたのだ。
”何をする、この無礼者が!”
そんな怒号を飛ばそうとして、気づく。
「! ん゛ぅう゛〜!?」
まともに、喋れない。
顔の下半分に鉄のマスクのようなものが嵌っている。
先ほど強引に装着させられたらしい。
息は鼻呼吸ができる。
が、口呼吸がほとんどできない。
「んぐぅぅうう゛〜!」
ウルザの王都モンロイが近づいていたはずだ。
昨晩は野宿となり、眠りについた。
安は、第六騎兵隊とは離れた場所で寝ていた。
(侵入者があれば音が出る仕掛けがあったはず!)
木片と糸で作った仕掛け。
誰かが糸に足を引っ掛けると木片同士がぶつかって音を鳴らす仕組みだ。
昔、映画か何かで見たのをそのまま真似した。
(音に気づかなかったのか!? この僕が!?)
「あんな見え見えの仕掛けに、第六が引っかかるわけがないだろー」
背後からした声。
副長フェルエノク。
さらに、第六騎兵隊の面々が安を取り囲んでいる。
(ゆ、許さん! 焼き尽くせ――)
”【剣眼ノ黒炎】!”
「ん゛ーッ!」
スキルが――発動しない。
そうだ。
”スキル名の発声”
不格好なこの鉄製マスクのせいで、発音ができないのだ!
「ん゛ん゛〜!」
勇者のステータス補正。
自分はそこいらの異世界人よりも様々な能力が高いはず。
安は立ち上がって、背後のフェルエノクを殴打しようとした。
が、あっさりと彼の拳は空を切った。
「この程度かー、異界の勇者ー?」
んっふっふっふっふっふっ、と。
兵たちが、嗤っている。
前に黒い炎で懲らしめたラディスも、嘲笑する。
「ぎゃは! ざまぁねぇなー勇者殿ぉ? お得意の固有スキルがなけりゃあ、その程度か?」
「……ッ!」
安の内で怒りが噴火した。
頭が怒りで、沸騰しそうだった。
(このっ……卑怯な、愚か者どもぉおおおッ!)
一人腰掛けている隊長のジョンドゥを、安は睨みつける。
目で訴える。
”女神に報告すれば後で恐ろしいことになるぞ”
”だが、今ならまだ許してやる”
”早くこいつらに命令し、今すぐこの黒炎の勇者を解放しろ!”
安の意思が通じたか。
ジョンドゥが、立ち上がった。
歩いてくる。
兵たちが素直に道を開ける。
ジョンドゥは安の前まで来ると、しゃがみ込んだ。
「? ――ッ!」
ジョンドゥが、腰から抜いた短剣の刃を上下逆さにする。
そして、刃の切っ先が安の喉もとに添えられた。
(こいつ……今のこいつは、何か――)
雰囲気が、違う。
「ん゛〜!?」
「使い物にならないと判断したなら始末してよし――と、女神からは言われていましたが……なるほど。女神が見放したのも、頷けるであります」
「!」
馬鹿、な。
(僕は……)
自分にしかできない特別任務を、女神から――
「金眼の魔物に指を数本切断されただけで他の勇者を見捨て、一人逃亡した勇者。それで女神の評価が地に墜ちたと思わぬ方が、おかしな話であります」
「……っ!」
「まあ、我々第六におまえを預けた時点で女神はトモヒロ・ヤスをすでに見限っていたのかもしれないであります」
何を。
何を、言っている?
目の前の、こいつは――
「哀れを通り越して滑稽なのであります。つまりおまえは、他の勇者にとっても邪魔な存在と判断されたのであります」
「!」
「おそらく、おまえなしでも大魔帝討伐は成る。女神は、そう判断したのであります」
そん、な。
そんな、そんなそんなそんな――
馬鹿な。
「これを見越してか、処刑用として女神から渡されたのがそのマスクであります。それを装着している限り、スキル名は口にできない……ステータス補正の高いS級や、スキルに頼らない勇者には心許ないでありますが……スキルに頼り切りった勇者には、効果絶大でありますな」
淡々と語るジョンドゥには表情がない。
逆に、それが怖い。
「まったくなー、うちらの隊長、年々趣味が悪くなってくなー」
「こういう手合いは、できるだけ増長させるに限るであります。そうすると、こうして叩き落とす時の楽しみが何倍にも膨れ上がるのであります。この落差が、香辛料として必要なのであります」
「……やっぱ怖ぇな、あんた」
「ラディスも、よく我慢したであります」
「我慢できたのは隊長が怖ぇからだよ。本気で怖ぇもん、あんた」
「トモヒロ・ヤス」
安を見つめるジョンドゥ。
目が合う。
ジョンドゥの目には安への憎しみなどなかった。
普通だ。
普通。
ぼんやりした通行人と何も変わらない目つき。
怖い。
「おまえ……この世界の人間を、総じてバカだと思ってるだろ? であります」
「!」
「態度でわかるでありますよ。バカにしているのは、わたしたち第六だけじゃない。この世界に住む人間すべてを……おまえは、おそらく見下しているであります。まあ、要するに……」
ジョンドゥが刃の先を少しだけ喉もとへ押し込む。
細い針に刺されたような痛みが、走る。
「あまり、異世界人を舐めるな」
であります、とジョンドゥが付け足す。
「すぐに殺すのはもったいないでありますな。彼はしばらく、旅の添え物とするであります」
取り囲む兵たちの笑みは、とても嗜虐的で。
フェルエノクも、ラディスも。
嗤っている。
ジョンドゥは、やはり淡々と言う。
「できるだけ、楽しい旅にするであります」
▽
「もうボロボロだなー、あの時の威勢はどうしたー?」
「だっせぇなぁ……隊長、こいつ全っ然もたないじゃないっすか。もう、悲鳴もすっかり小さくなっちゃって……」
「金眼に切断された指は、確か、女神の力でくっついたのであります」
(……?)
「また、切り離すであります」
「!」
「うわっ、本気っすか!?」
「冗談ではないのであります。ただし、切断するのは女神がくっつけた指だけであります。他の指を斬り落とすのは、許さないのであります」
「ん゛〜! ん゛ぅ゛〜!? ん゛ん゛ーっ!」
「お、急にじたばたし始めたっすよ?」
「しっかり押さえつけておくであります。切断は、フェルエノクがやるであります」
「仕方ないなー、気乗りしないがやるかー……」
「切断したらすぐに止血できるよう、準備を」
「ん゛ん゛〜!!」
「ぎゃは! なんだよ、まだまだ元気じゃねぇの!?」
「泣いても、もう遅いのであります」
「ん゛ーっ!!! ん゛ーっ! ん゛ん゛〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
(や、やめろ……ッ! やめろやめろやめろぉおお! わ゛ーっ!? やめろ! やめろ、やめろ! 待って! わ゛ぁああああ゛!? やめ――)
――ザクッ――
▽
「…………」
振動。
縛られて。
ずだ袋の中に、入れられて――
今は誰かに、担がれている。
荷物として。
多分、担いでいるのはフェルエノク。
「おまえは今回の任務で成果を上げられるかなー、ラディスー?」
「絶っ対に上げてやるっすよー。今回の任務で女神様に認められれば、亜人の俺に爵位をくれるって話なんすよ! 最果ての国で捕らえた亜人たちの管理も、俺に一部を任せてくれるって話で……」
「あの女神は従順な者には気前がいいのであります。その分、怖いでありますが」
「美人だし、優しいし、いいカラダしてるじゃねぇですか」
「内面の話であります」
「はー……女神様、隊長にはそういう一面も見せるんっすねー」
「まあ、話のわかる相手ではあります。逆らわない分には、心強い味方でありますな」
「つーか……最果ての国の危険性はわかるっすけど、大魔帝の方は放っておいていいんすかね?」
「そっちは、勇者がやるであります。そいつ以外の」
「…………」
「おーい、まだ生きてっかー?」
ボフッ
「……うっ」
「まだ生きてるのかー、女神の加護のおかげかもなー」
「隊長、こいつまだ殺さないんすか?」
「え? いえ、殺すなんてとんでもないのであります。わたしは非殺主義側なのであります。堕ちていく他者の人生を簡単に終わらせるなんて、そんなのは、心底もったいないのであります」
「そんなもんすかねぇ? てか、隊長って――」
「おや?」
◇【女神の使者】◇
ようやく来た――あれだ。
第六騎兵隊。
女神の使者は彼らの姿を確認すると、腰を浮かせた。
彼はウルザの王都にて第六騎兵隊の到着を待っていた。
軍魔鳩から受け取った女神の指示。
それを、伝えるために。
使者は、ウルザの正門からやや離れたところで指示を伝えた。
「そうかー、あの狂美帝が反旗を翻したのかー、正気を疑うがなー」
副長が、まったく驚いてなさそうに言った。
次いで、
「ふむ」
唸ったのは、隊長のジョンドゥ。
「えっ!?」
驚きで、心臓が跳ねた。
今までどこにいたのだろう?
声を発したことで、初めてそこにいたのに気づいた。
聞きしに勝る影の薄さである。
装いを変えて彼がここ王都モンロイ内を歩けば、一般市民としか見えまい。
「ところで……フェルエノク殿の担いでいるずだ袋から、血が垂れていますが……」
「大したものでは、ないのであります」
「いえ、ですが……何か変化があれば報告をと――」
「死体であります。それで、わかるはずであります」
「中身を、確認しても?」
「…………」
「あの、確認……」
「使者の任について、おまえはまだ日が浅いでありますか?」
「あ、はい――、……」
視線を下げる。
自分の下腹の左辺りに、
「え?」
短剣が、刺さっていた。
痛みを覚えるまで、刺されたことに、気づかなかった。
「あっ――ぃ、痛っ!? ジョンドゥ様、な、何を!?」
「大したものでは、ないのであります」
ゾッ、と。
生まれてこの方、感じたことのない恐怖を覚えた。
こんな”普通”の男に対して。
恐ろしさのあまり、声が――出ない。
「安心するであります。傷は、深くないであります。さ、すぐに治療に行くであります。そしてあの荷物は――」
ジョンドゥは三度、言った。
「大したものでは、ないのであります」
◇【安智弘】◇
「…………」
どのくらい、時が経ったのか。
思い出せない。
何日経ったのだろう?
この間、色んなものが自分の中で消え失せた気がした。
身体が……かゆい。
わかるのは一つ。
まだ、生きているということ……。
朦朧とする意識の中。
安は、自分が今生きていることを、不思議に思った。
「この辺りは一応、もう魔群帯の端っこだなー」
「勇の剣が残していた目印が、この辺りから途絶えているでありますな」
「……なあ隊長ー」
「はいであります」
「あの使者、あんな風に追い払う必要あったかー? 袋の中身が同行したこの勇者なのくらい、あの使者にも予想はついただろー」
「ちょっとした、わたしなりの教育のつもりだったのであります。少々、あの使者はいらぬ好奇心を持ってしまう性質のようでありました。ですが、身の程知らずのいらぬ好奇心は身を滅ぼす……つまり、わたしは善意で刺したのであります。今後の教訓として」
「隊長、過度に干渉されるの嫌いだからなー」
「かもしれないであります」
「つーか、あの使者が言ってたっすけど……ミラがアライオンに対して宣戦布告って……狂美帝は一体何をとち狂ったんすかねぇ……ん? おや? なんすかね、あれ……?」
「……なんかの、死体だなー」
▽
「これもあれも、まさか勇の剣なんすかっ!?」
「死体は食い荒らされて、細切れに近いでありますが……可能性は高いでありますな」
「勇の剣ー? まさか、あのルイン・シールが負けたー? そんな馬鹿なー」
「けど、誰にっすか……?」
「ふむ……少し先で見つかった死体群は、魔戦騎士団の鎧を着ていたでありますな?」
「そうだなー、あれは魔戦騎士団の鎧だー」
「そしてこれが……その魔戦騎士のまとめ役が使っていたと思しき剣であります。鍔の部分の紋章が、潰されているであります」
「……どういうことっすか?」
「鎧はともかく……人間、やはり武器は使い慣れたものがいいというのが心情であります」
「んー? つまりー?」
「つまり、武器だけは普段使いのものを用いたのであります。ただ、正体は隠したかった。なので、ここの紋章を潰したのでありますな」
「てことはあいつら、魔戦騎士団を騙って勇の剣を襲ったんすか? けど、勇の剣より強ぇなんて……」
「狂美帝……もしくは、輝煌戦団ならありうるかもしれないであります」
「えっ!? じゃあ、ここに狂美帝が!?」
「あくまで可能性の話であります。とはいえ、この紋章……潰される前の紋章を推察することくらいは、可能であります。ライオンに百合……ミラの紋章でありますな」
「ミラかー」
「我々は最果ての国を制圧しにきたわけでありますが、これは、ちょっとわからなくなってきたでありますな。ミラにいる実力者が、勇の剣を凌ぐとなると……」
「他の騎兵隊もちらほら集結してるみたいっすけど……このこと、伝えます?」
「……いや、まだ伝えなくてもいいであります。まあ……狂美帝がこの辺りにいるのなら、ちょうどいいであります」
(…………)
彼らは安のことなど、もはや眼中にないらしい。
ただの”お荷物”――空気扱い。
否、もはや存在すら忘れているのかもしれない。
ジョンドゥの平板な声が、ずだ袋の中に届く。
「とはいえあの勇の剣が遅れを取る相手となると……さすがに今回ばかりは、少々慎重に動いた方がいいかもしれない……で、ありますな」
次話はまだ推敲状況的に明確な日時を予告できない状態なのですが、そこまで間を空けずに更新できたらと思っております(目安として一週間以内には、と考えております)。
次話は、トーカ視点に戻ります。