暗躍と、夜明け
前話更新後に行っていた推敲の際に起こった操作ミスにより、同じ文章が繰り返されていた箇所がございました。当該部分は現在修正済みでございます。申し訳ございませんでした(更新時にちょっと疲れていたり、余裕がなかったりするとだめですね……)。
また、前回更新後に新しく2件レビューをいただきました。ありがとうございました。
それでは、続きをお楽しみいただけましたら幸いでございます。
城内で食事を終えた俺は、ジオの家を訪ねた。
彼の家は都市の東地区にあった。
ここは黒毛の豹人族が多く目につく。
シャドウブレード族の集まっている区画なのだろう。
セラスは同行していない。
ジオからは”二人きりで話したい”と言われている。
族長かつ四戦煌なこともあってか、目立つ大きな家である。
イエルマが出迎えてくれて、奥へ通された。
奥の部屋に入ると、大きな椅子にジオが深く腰掛けていた。
壁の掛燭台が室内をぼんやりと照らしている。
勧められた椅子に座る。
俺は酒を断り、話をすぐに本題へと進めてもらった。
「――と、オレは考えてる」
ジオが、内密の話を語り終えた。
「ワタシに話したのは……つまり、それに加われと?」
「これが成功すれば、明日の多数決はどっちへ転んでも問題ねぇ」
「他にその案に乗りそうな者は?」
「多数決の結果がオレの望む結果じゃなかったら、キィルとアーミアには状況を見て持ちかけてみるつもりだ」
つまり”どちらに投票したか”で、話を持ちかけるかを決めるわけか。
「ココロニコ殿は?」
「あいつはリィゼ側につく。ドラン族の連中はアラクネたちにでかい恩があるからな。わかりきってる」
練兵場でのココロニコの口ぶりからも、そんな気はしていたが。
「ジオ殿は明日の多数決をどう見ていますか? たとえば、キィル殿はどうです?」
「……戦う側だと思いてぇがな。あいつの部族はまだ外の世界にいた頃、人間どもの狩りの対象になってたことがあるらしい。ケンタウロスの中でも突然変異?とかいうやつなんだとか。あの青い肌や額の紋は珍しくて、あれはメイル族だけの特徴だそうだ」
「ゆえに、人間を危険な存在だと認識している可能性が高い」
「オレは、そう踏んでる」
しかしそのメイル族の件もやはり”昔”の話でしかない。
頑なに”今”を信じるリィゼの説得材料としては弱い、と。
「…………」
ネックはやはりこの国におけるリィゼロッテ・オニクの影響力の強さか。
国民の大半がおそらくリィゼを強く信頼している。
キィルもそれを認識しているから、強く出ない――出られないのかもしれない。
「アーミア殿はどうでしょう?」
「あいつは読めねぇな。ただ……最近、あいつのリンクス族で立て続けに産卵があった」
ラミアは産卵で子孫を残すらしい。
木製の巨杯で豪快に酒を呷るジオ。
彼は酒気を帯びた息を吐き、言った。
「アーミアのやつがそれをどう捉えてるかが鍵かもな。あいつは一見考えなしに見えるが、あれで意外と自分なりの信念や考え方をしっかり持ってる。小難しい話が嫌いなだけで、理解できないわけじゃねぇ。頭も回る。そして、それを隠すのも上手い」
だからこそ四戦煌をやれてるわけだ、と再び酒を呷るジオ。
「確かに彼女は話の通じる相手ですね。ちなみに、ゼクト王とグラトラ殿……この二人はどう見ていますか?」
「陛下とグラトラは、多数決には不参加だとさ」
これは――初耳だった。
「オレもおまえがここへ来る少し前に知った。陛下は多数決の結果に従うそうだ。そしてグラトラは陛下のお考えに従うと……まあ、グラトラは最初からそう宣言してたがな。ってわけで、他の五人による多数決となった」
「となると……」
ジオは戦う側を選ぶ。
キィルは現状、戦う側の可能性が高い。
リィゼは平和的交渉側で決まっている。
聞いた感じ、ココロニコもリィゼ側に賛同するのだろう。
「アーミア殿が、鍵を握ることになるわけですか」
「今頃リィゼのやつ、アーミアのところへ行って改めて説得してるかもしれねぇな……」
「説得されると思いますか?」
「わからねぇ。リィゼのやつも、アーミアが内心どう思ってるか読めてねぇ感じなんだよな。だからリィゼも不安が残った。さっきも言ったが、アーミアは信念をなかなか表に出さねぇ変わった頑固者だ。それでリィゼも、アーミアが苦手なんだ。態度には出さねぇがな」
案外、アーミアが俺の案内役として合議から抜けたのも……。
彼女が苦手なリィゼの意思だったりしたのだろうか?
「そのせいで明日の多数決はどうなるかわからねぇ。ああ、そうだ……これもおまえにはまだ話してなかったが――もし戦うことになった場合、アラクネはこの国を出ていくことも考えてるそうだ」
「この国を持続させている大きな要素である古代魔導具を扱えるのは、彼女たちだけではないのですか?」
「要は、脅しだよ」
理知的な赤い瞳が俺を捉える。
「二度目の合議に現れた”招かれざる客”の意見を聞いて、リィゼは明日の多数決に不安が出てきたのさ。たとえばキィルあたりは、おまえの話を聞いて心持ちが変わった感じがあった。陛下もだ。一度目の合議の時は心情的にリィゼ寄りな印象があったが、おまえの意見にかなり揺さぶられたらしい。だから不参加を選んで、残る七煌に託すことにした……ってとこか。最初の合議の後は、戦うべきだという立場を明確に取ったのはオレだけだったからな」
俺の意見にも、そのくらいの影響力はあったわけか。
しかし……。
このジオという男、よく観察している。
単に戦いが強いだけじゃない。
「リィゼ殿としては、想定外の蠅が入ってきて風向きが怪しくなってきた」
「で、リィゼも誰がどっちへ票を投じるかなんとなく感じ取った。そして理解した。鍵は、アーミアだと」
獣じみた低い唸りがジオの喉奥で鳴った。
愉快がるような――あるいは、皮肉めいた笑い。
「まさかあのアーミアが、今後の鍵を握る存在になるたぁな」
「仮にアラクネが去った場合、この国にとっては――」
「大痛手だ。古代魔導具の知識や内政面だけじゃねぇ。いずれ外にいる話の通じそうな人間と交渉する機会があれば、まずリィゼが適任だろう」
「彼女の能力を買っているのですね」
「実際、優秀だ」
「しかし……交渉役なら、たとえばあなたでも務まるのでは?」
「オレは頭に血がのぼりやすい……カッとなると、目の前が真っ赤になって手が出たりする。その点、リィゼは振る舞いこそ激しいが決して手は出さねぇ。それと、おまえは見てないだろうが、あいつはあれで品行方正に振る舞うこともできる。何より……論理で相手をねじ伏せるああいうやり方は、七煌の中じゃやっぱリィゼが一番だ。暴力抜きで相手と口だけでやり合うなら……多分、そういう状況でリィゼが横にいたらオレは安心する。方針が一致してるって前提の上で、だがな」
ジオは両手で杯を持ち、どこか達観した目つきになった。
「しかしなんだろうな……今こそ一丸となるべき時なのに、仲間割れみてぇな状態になっちまって……ウマの合わねぇとこはあっても、こういう時は七煌が力を合わせて動かなきゃならねぇんだが……なんつーか……オレたちを頼りにしてるこの国のやつらに、申し訳なくてな」
ジオ・シャドウブレードは、心から真剣に考えている。
想っている。
この国の者たちのことを。
口調こそぶっきらぼうだが。
人格者でも、ある。
「ともあれ、よくわかりました」
俺は言った。
「明日の多数決は、アーミア殿が鍵を握っているのですね」
「……戦う方向で決まりゃあ何も問題ねぇんだがな。アーミアのおかげで、本気でどっちへ転ぶかわかりゃしねぇ」
やはり四戦煌たちには独特の距離感がある。
基本、仲は悪くない。
が、べったり馴れ合っている感じもない。
しかし……。
だからこそ、こういう時の統一感もないのだろう。
同じ国に住みながらも個々が適度に独立しているこの感じ。
他種族が混在している国ゆえの特徴なのかもしれない。
「では、リィゼ殿が提案する平和的交渉案となった場合は……」
「さっき話した案を決行するしかねぇな。この国を守るために」
ジオはそう言って、虚空を睨み据えた。
「…………」
しかし、おそらくその案では――
変えるべきものを、変えられない。
俺は先ほどジオの考えを知った。
その上で、再度プランを練り直す。
頭の中で――組み上げていく。
再構築していく。
最善に近い結果へ至る解法を。
ベストを目指せる、式を。
「――――――――」
……これは、絶対という保証のできないやり方だ。
残酷なやり方とも、言えるかもしれない。
不確定要素だってたくさんある……ありすぎる。
ではこのやり方は現実的ではない?
不可能?
いや、違う。
”やってみなくちゃ、わからない”
やる価値は、あるはず。
そう、最善を求めるなら現状はこれしかあるまい。
少なくとも、今の俺にはそれしか考えつかない。
▽
ジオの家を後にした俺は、一人、石畳の上を歩き始めた。
▽
城内に用意された部屋に戻ると、
「お戻りになりましたか、我が主」
セラスがベッドに腰かけていた。
「今は”トーカ”でもいいぞ」
一応、最果ての国に来てから本当の名は隠してきたが。
「よいのですか?」
「二人きりだしな。誰かがドアの外で聞き耳を立ててる気配もない」
信頼を得られたのか。
今、部屋の前に兵士はいない。
ちなみにニャキだが、彼女は別の部屋にいる。
ピギ丸とスレイもニャキと同じ部屋である。
全員で泊まれる部屋もあったのだが、
『それはいけませんですニャ! ニャキは、主さんたちもたまにはお二人だけで過ごす時間を持つべきだと考えますのニャ! ですのでニャキは、別のお部屋を希望するのですニャ!』
ニャキがそう言って頑なに俺たちとの同部屋を拒否した。
なので、とりあえずピギ丸とスレイを一緒に行かせた。
ニャキの護衛役として。
それに部屋に一人きりじゃニャキも寂しいだろうしな……。
俺は、マスクを脱いだ。
「おまえの方はどうだった? グラトラと話せたか?」
「はい。四戦煌率いる各兵団についての把握も、それなりにできたかと」
明日の多数決。
グラトラは不参加を表明している。
セラスにも参加権はない。
明日を見据えた説得行為とは思われまい。
なので、グラトラもさほど警戒はしなかっただろう。
「すんなり話せたか?」
「彼女は生真面目な気質の持ち主ですが、心の優しい方です。初めて会った時に刺々しかったのも、私たちが王に脅威をもたらす思っていたからのようですね」
グラトラの本人談によると、感情表現もちょっと苦手なのだとか。
セラスは雑談のお茶がてら、グラトラと話してきた。
もちろん頼んだのは俺である。
この最果ての国はグラトラの近衛隊を除くと、
蛇煌兵団
竜煌兵団
豹煌兵団
馬煌兵団
この四兵団を主戦力としている。
「規模は四兵団合わせて800程度か」
大ざっぱに分けると、各兵団に約200名。
「兵団に未所属の戦える者も加えれば、数は増やせるそうですが」
「まあ、兵団に所属してない戦闘向きの魔物もいるんだろうな」
亜人と魔物の国。
なんと、いうか……。
ゲームとかの魔王軍の内部にでもいる感覚である。
俺はセラスから、各兵団の強さに関する情報を聞いた。
その内容はジオから得た情報とも一致している。
「指揮能力もジオが最優秀なのか」
「グラトラ殿の評によれば」
「……わかった。ご苦労だったな、セラス」
「そちらはいかがでしたか?」
「動くべきところは、動いたつもりだ」
息をつき、セラスの隣に腰かける。
「あとは、明日次第だ」
微苦笑し、隣の俺を控えめに覗き込むセラス。
「お疲れ、ですか?」
「……さすがに少しな」
「当然です。トーカ殿は今日、まともな休憩を取っていませんから」
「食事の時にちょっと休んださ」
マスクを取ってたから、夕食はこの部屋で一人で取った。
セラスの方は、ニャキたちと一緒に食堂で取ってもらった。
「湯浴みは?」
「私は――まだです」
「そうか」
言いながら、俺は背からベッドに倒れ込む。
柔らかな感触が心地いい。
「…………」
……心地よすぎる。
まずい。
気持ちよくて、このまま寝そうだ。
「セラス」
「はい」
「少しだけ寝る。30分経ったら起こしてくれ」
「このままお休みになられても、よいのではありませんか?」
「今の俺はそんな清潔とも言えないからな……このベッドで一緒に寝るなら、おまえに悪いだろ」
座ったまま、セラスが腰を捻って俺の方を振り向く。
「私は、気にしませんよ?」
「俺が、気にする」
苦笑するセラス。
「30分後に、起こします」
「悪いな」
「いえ」
「礼と言っちゃなんだが、寝てる間にキスくらいならしていいぞ」
「そんなことをおっしゃると、本気でしてしまいますよ?」
「したけりゃしろ。こんなもんでよければな。減るもんじゃないし」
まだエリカの家に滞在していた時のこと。
俺は”例の件”について、実は、セラスから告白を受けていた。
それは――魔群帯の洞窟内で起きたこと。
眠っている俺に、セラス・アシュレインがキスをした件。
なんだかラノベのタイトルみたいだが、ともかく、そういうことがあった。
セラスは、その時の自分の行為に罪悪感を抱いていた。
で、ある夜――
謝罪と共に罪の告白をされた、というわけである。
そして俺は、それについて実は知っていたことを明かした。
別に気にしていないことも伝えた。
気にしていない理由も、話した。
気にしていないのは俺がセラスに好意を持っているからだ、と。
そうして――
互いに同じ気持ちであることも、確認した。
ついでに、異性の性的要素に対して俺の反応が薄いことについて、自分なりの推察なんかも話したりした。
とまあ、そんな具合に――
「風呂だって、一緒に入った仲だしな」
俺たちの関係性も、変化していた。
セラスが、もじもじとし始める。
「――、……どうした?」
……眠い。
「先ほどお話しした通り……私も湯浴みは、まだでして」
「…………」
瞼が、落ちてくる……。
「浴場の方は、いつでも入れるよう手配していただいているようです。その……あとは明日次第とのことですし、今日はゆっくり――、……ど、どうでしょう? ご一緒に」
「…………」
「……もう、お休みになってしまいましたか」
穏やかにそう言って、セラスが腰を浮かせる気配。
俺の身体に、毛布がかけられる感触が続く。
「セラス」
「――ッ! ぇ、はい!」
セラスの素っ頓狂な声。
「……一緒に入るにしても、少し寝てからな」
「ぁ――ちゃんと、起きていらっしゃったのですね? も、申し訳ありません……びっくりしてしまいまして。ぁ、はいっ――準備を、しておきます」
さすがにそこで、意識が落ちた。
▽
翌朝。
薄闇の中、目を覚ます。
すぐ横ではセラスが眠っている。
露わになった肩を丸め、身を小さくしている。
とても静かな寝息。
というか、前からずっと思ってるが……。
こいつ、ほんと寝息静かだな。
俺は上体を起こす。
毛布がセラスの肩の辺りまでかかるよう、上げてやる。
「…………」
疲労は取れている。
さすがに今の状態で毛布の外に出ると肌寒かった。
俺は上着を羽織り、懐中時計を見た。
そのまま窓の方を見やる。
朝時間用の古代魔導具の明かりが灯るのは、まだみたいだ。
静かだ、とても。
「さて」
把握すべき情報は把握した。
動けるべき部分は、動いた。
「上手く、運んでくれるといいが」