四戦煌
俺は立ち上がり、一礼した。
「ワタシとしては、貴重なお時間をいただき、こうして皆さまに自分の意見を伝えることができました。宰相殿のお考えも理解しましたし、ワタシと意見の相違があることも理解いたしました。あとは明日の多数決――七煌の皆さまのご判断に、お任せしようかと存じます」
「アタシは、この場で今すぐ決を取ってもいいわ」
「いや」
ゼクト王が手を上げる。
「今は場が熱くなりすぎておる。皆、熱を一旦冷まして考える時間が必要であろう……ゆえに、決を取るのは予定通り明日とする」
不服さを引きずりつつ、了承するリィゼ。
「……まあ、いいけど」
ゼクト王が立ち上がった。
「では……明日の正午前、再びこの部屋へ集まることとする」
▽
真っ先に退室したのは、リィゼだった。
彼女とは去り際、短い会話を交わした。
『アンタ、人間みたいだけど……顔に目立つ傷や火傷でもあるの?』
『このマスクをしている理由ですか? まあ、人間の姿でそこらを出歩くと悪い意味で目立つでしょうから』
でしょうね、とリィゼは侮蔑的に言った。
『アンタは信じられないのよね、この国の者たちが。だから、人間であることを隠してる』
『…………』
『アナエルの過去の功績はアタシも認めてる。でも、アンタみたいなのを送り出したアナエルには……正直、失望した。もう古めかしい過去の人物ね、彼女も』
言って、リィゼは退室した。
続き、労いに近い言葉を残しゼクト王が退室。
グラトラがそれに続く。
王とグラトラが消えたところで、セラスが謝罪した。
「申し訳ありません我が主。先ほどは、つい……」
「わかってる」
リィゼのエリカに対する言葉に思うところがあったらしい。
会話中、セラスは何か反論しようとした。
が、それもやはり俺が押しとどめた。
「エリカのすごさは俺たちが知ってる。今は、それで十分だろ」
「はい。すみません……恥じ入るばかりです」
「気持ちはわかるさ。それより――セラス、おまえに少し働いてもらいたい」
「我が主のご命令であれば、喜んで働きましょう」
「けっこう疲れるかもしれないぞ」
「これでもネーアの元聖騎士団長です。体力はあるつもりですよ」
「心強いな」
一方、場は解散ムードになっていた。
俺は室内の者に声をかける。
「四戦煌の皆さまに一つ、お願いがございます」
彼らは足を止め、俺を見た。
キィルが中指を下唇に添え、艶っぽく微笑む。
「なぁに? 戦う方に投票してほしいってお願い? まあ、お願いするのは自由だけど……私たちは、自分の意思で票を投じるだけよ?」
ジオが低い声で続く。
「ま……そうだな。オレはもう決まっちゃいるが、そいつを表明するのは明日だ。これ以上、ここでの長話は必要ねぇだろ」
「今ジオくんが言った通り。この場では誰も、蠅王くんと何も約束はしないと思うわよ?」
なるほど。
この場での説得に応じるつもりはない、と。
が、
「いえ、そういう話ではありません。そして、これはあくまでお願いです。強制ではありませんので……」
ジオが腕を組む。
「ふむ? 一体、なんだ?」
「我が戦団の誇る副長……このセラス・アシュレインと、手合せを願いたいのです。特に、ジオ殿と」
キィルが不思議そうに聞く。
「お手合せ? 蠅王くんには、どんな狙いが?」
「戦闘能力、指揮能力において彼女は我が戦団随一です。そしてジオ殿は、四戦煌最強と聞いております。強き者と戦うことは、セラスにとって成長の糧となりましょう。もちろん、ジオ殿のお時間やお気持ちが許せばの話ですが……」
「ふーん……随一、ねぇ」
ジオはセラスの前に立ち、品定めするように見下ろす。
フッ、と彼が笑んだ。
「面白ぇ、やろうか」
▽
ジオに連れられて俺たちが足を踏み入れたのは、城の敷地内の練兵場。
屋外で、石組みの壁に囲まれている。
壁には何度も補修された跡が見受けられた。
薄ら砂粒を被った床からも年季がうかがえる。
百人くらいは余裕をもって練兵できる広さ。
ジオが武器の詰め込まれた箱を運んでくる。
乱暴に箱を置くジオ。
中の武器がぶつかり合い、硬質な音が重なった。
「武器はそれなりに種類を揃えてる。使う武器は、怪我をしないよう刃引きをしたもんでいいな?」
練兵場には四戦煌が勢ぞろいしていた。
全員この手合せに興味を持ったらしい。
「むむ、なんだ。これではまるで、四戦煌全員が女神の勢力と戦うことにすっかり乗り気みたいではないか」
アーミアが言った。
「誰も乗り気とは言っておらん」
無口なココロニコが、不満げに口を開く。
「それに、某は、手合せするとは言っていない。あんな細身のエルフの剣士がジオと張り合えるとは思えぬが……一応、気にはなった。それだけよ」
「素直でないよなぁ、ニコ殿は」
「黙れラミア。前から言っておるが、某は貴様のその軽薄さが未だに好きになれぬ」
むみぃーん、と糸目になるアーミア。
「私としては、軽薄なつもりなどないのだがなぁ……」
キィルが手に取った槍を弄びながら、
「そりゃあ四戦煌いちの堅物であるニコから見たら、あなたなんて四戦煌いちの軽薄者にもなるわよ、アーミアくん」
「ほざきおる。一番の軽薄者は紛うことなく貴様よ、キィル」
「うそーん」
面白いショック顔になったキィルの手もとから、槍が滑り落ちた。
四戦煌同士の仲は……まあ、悪くなさそうだ。
といって、過度に馴れ合っている感じでもない。
互いに適度な距離を取っている印象。
全員が興味を持ってここへ来てくれたのは幸運だった。
四戦煌同士の関係性とかも、掴んでおきたかったからだ。
「あいつらあんな感じだが、あれで全員なかなか強ぇんだ」
言って、両手に太刀を持つジオ。
片方の刀の背で、二度、ジオが己の肩を叩いた。
「そっちの準備は?」
「――はい、できました」
対するセラスが手にしているのは、一本の長剣。
すでに構えを取っている。
へぇ、と目を丸くするジオ。
「……こいつは驚いた。あんた、相当やるな」
構えただけでセラスの強さを感じ取ったようだ。
ジオも、相当やる。
こちらも構えを取ったジオが、
「開始の合図はどうする?」
腰の左右に手をやって、胸を張るアーミア。
「頼りになる私がやろうっ」
「頼んだ、ニコ」
「よかろう」
ニョルン!
アーミアが、ずっこけた(?)。
「おいぃ!? なんだそれは!? ひどいじゃないかッ! ひどいぞ!」
とにもかくにも、
「始め」
ココロニコの一声で、手合せがはじまった。
▽
つい先ほど、セラスとジオの手合せが終わった。
そして今の手合せで強い関心を引いたらしい。
残る三名もセラスとの手合せを願い出てきた。
今は、アーミアとセラスが戦っている。
まだ息の整っていないジオが、俺の方へ近寄ってきた。
「なんだ、ありゃあ」
背後で戦うセラスを振り返り、ジオが言った。
「構えた時点でただもんじゃねぇのは理解できたが……ちっとばかし強さの格が異質すぎる。セラス・アシュレイン……とか言ったな? 外の世界じゃ、相当名の知れた剣士なのか? 正直あんなのが外の世界にごろごろいるとなると……」
「あれほどの剣士はそうはいないようですよ? 血闘場で最強と言われた例のイヴ・スピードも、セラスの戦才はずば抜けていると評していました」
ふぅー、と。
大きく安堵の息を吐くジオ。
「でなきゃ困るぜ。あのエルフは、外の世界でも特別強ぇってことでいいんだな?」
「そうなりますね」
ま、外にはシビトみたいなのもいたわけだが。
……十河みたいなのもいる。
と、ジオがジーッと俺を見つめているのに気づく。
「何か?」
「おまえも実は、武器を持ったらあのエルフより強かったりするのか?」
「いえ。武器を使った近接戦闘だとワタシでは彼女にとても敵いません。というより、ワタシが彼女から剣の指導を受けているくらいですから」
「おまえは別のところで才があるってことか。ま……戦闘能力だけ高くても、国は回らねぇしな」
チッ、と舌打ちするジオ。
「わかっちゃいるんだ……この国を回し、支えてきた最大の功労者がアラクネどもだってことは。あいつらがいなけりゃ、この国はここまで存続できなかった」
まるで心のモヤモヤに苛立ちを覚えるように……
ジオは片手で、後頭部の辺りを掻いた。
「わかっちゃいるんだ、オレも」
「しかしそのリィゼ殿の考えには、あなたなりに思うところがある」
「あいつの言ってることは、オレにはやっぱり綺麗事にしか聞こえねぇ」
後頭部を掻くジオの手が止まる。
「なあ、蠅王」
「はい」
「”理想”って言葉は……元々、現実が厳しいからこそ生まれちまった言葉なんじゃねぇのか?」
それは――考えたことは、なかったが。
改めて言われてみると、なかなか面白い発想に思えた。
「理想を持つこと自体を、ワタシは悪いこととは思いません。ですが理想とは、現実へ落とし込むことができて初めて意味を持つものと考えます。非現実的な理想論は、無価値でしかない。それに従うなら、今回のことについてリィゼ殿の抱く理想は……現実に落とし込むには、いささか非現実的と言わざるをえません。もちろん彼女の要求する証拠を提示できない以上、それもワタシの個人的な見方でしかないと切って捨てられれば……やはり、それまでなのですが」
とか、まあ。
小難しい理屈をこねてはみたものの――
単純に言っちまえば、だ。
相手はクソ女神やその女神の手先であるアライオン十三騎兵隊。
やばいに違いない。
やばいに決まってる。
話し合いで解決なんて、現実的じゃない。
そして――俺は潰す。
そいつらを、潰したい。
突き詰めれば、これはそれだけの話でしかないのだ。
と、ジオが他の四戦煌へ視線をやった。
視線をひと巡りさせると、彼は、俺に再び向き直った。
「蠅王、おまえに相談がある」
声量を落とすジオ。
「すべては明日の多数決の結果次第だが……今回の件について、オレなりに一つ考えてることがある。今日の夜、少しそのことで……二人きりで、話がしたい」
「…………」
ここで俺に、秘密の相談と来たか。
▽
手合せがひと通り終わった。
軽く言葉を交わしたのち、四戦煌は練兵場を出て行った。
汗を拭き終えたセラスが寄ってくる。
「全員とやってみて、どうだった?」
手合せ中、ジオとけっこう話し込んでしまった。
なのであまり他の手合せを注視できなかった。
まあ、手合せした本人の評を聞けば問題あるまい。
そう思って、よく見ていなかったのもある。
「長らく戦と無縁だったという割には、十分戦えるかと」
「個々人の印象は?」
「ココロニコ殿は細身に見えますが、あれだけの重量の大剣を扱えるのは純粋に驚きました。並外れた腕力の持ち主ですね。体力もあります。あの大剣であれだけ派手に動いて、まったくバテた様子がありませんでした。反面、技の面では他の三人に劣るかと」
筋力タイプか。
「アーミア殿は、攻めよりは守りの方が得意のようです。特に盾の使い方が上手い。さらにその場その場の判断力が極めて高く、攻めるべきか守るべきかの見極めが素晴らしいです。下半身が蛇型なので動きが読みにくいところもありますね……ラミアの動きの特殊性は、攻勢の際には有利に働くかと」
「……ジオ・シャドウブレードは、どうだ?」
セラスは答えるより先に、
”自分も同意見です”
といった顔をした。
「――強いです。あの通り体格にも恵まれていますし、筋力も見た目以上にあります。いえ……あれで速度もある上、特に、身体の柔軟さが凄まじい。その柔軟性に加えてあの長い腕があるので、腰の後ろに下げたあの長刀も難なく抜けるのでしょう。あれだけの大きさのカタナを片手で自在に操れるのも驚きましたし……技の方も、かなり研鑽されています。それにとどまらず、頭の回転も速い。観察力もありますし……戦闘中の対応力も、非常に高かったです」
ベタ褒めだった。
四戦煌最強の称号は伊達じゃない、と。
「キィル・メイルは?」
「彼女も強いですね。四本の脚を使った足さばきも見事でした。手合せをした後に少し話をしましたが、幅広い武器種を扱えるそうです。また、彼女たちメイル族は魔素の扱いに長けた特殊なケンタウロスだそうでして。魔導具による攻撃術式も使えると。ただ……」
「ただ?」
「私と戦った時は、本気でなかった感じもしました」
「となると……実は、あいつこそ四戦煌最強って可能性も?」
「いえ……」
否定するセラス。
「やはり四戦煌の中ではジオ殿が頭一つ――いえ、二つか三つは抜けているかと。キィル殿もそれは認めていました。正直……あれほどの戦士がこの国にいたことに、私も少々驚きを覚えています」
一方のジオは、セラスを評価していたが。
「たとえば……イヴと比べると、どうだ?」
「軍配は、ジオ殿かと」
言い切るか。
「技に絞れば同格と見ることができるかもしれません。ですがやはり――」
「体格や、元々の身体の作りが違う」
「はい」
スポーツや格闘技でもよく聞く話だ。
身長や体格の差は何よりでかい。
フィジカル差。
それは無慈悲なほど結果を左右する。
だからこそ、格闘技には階級制度なんかも存在するわけで。
「しかしそうなるとセラス、おまえは……」
俺はそこで黙り込み、セラスを眺める。
きょとんと首を傾げるセラス。
「? どうかされましたか……?」
セラス・アシュレイン。
ジオ・シャドウブレード。
二人の体格差を、頭に思い浮かべてみる。
そして、ジオのセラス評を思い出す。
……なるほど。
フィジカルの差をセラスは技で埋めたのだ。
だからジオはあれほど驚いていた。
改めて、イヴのセラス評が思い出される。
セラスの戦才が飛び抜けている、という評。
というか……。
四人全員と手合わせして、疲労もこの程度なわけで。
「フン」
俺は微笑み、鼻を鳴らした。
ったく。
この、
「あの、いかがされました? 我が主……?」
天才め。
イヴ。
おまえの洞察眼は、本当に的確で、正しかったらしい。




