蜘蛛なる宰相
ワシワシ……
八本の脚を動かして俺の方へ近づいてくるリィゼ。
彼女は下から見下ろす感じに、俺を上目遣いに睨めつけた。
ビッ、と俺を指差す。
「聞いたわ。アンタの希望でこの召集がかかったんですってね? 何? 七煌全員を集める必要があるほどの話? この、リィゼロッテ・オニクの貴重な時間を奪う価値のある話?」
「おい、蜘蛛ガキ」
低い声が割り込んだ。
リィゼが俺から視線を外し、不快げにジオを見る。
「なぁにジオ? 文句ある? あとリィゼ、ガキじゃないから。子ども扱いはやめてって普段から言ってるわよね? もう二十年以上生きてるし、そこまで子どもっぽくない」
外見的にはまあ”幼女”とまではいくまい。
「胸だって子どもの大きさじゃないし? アーミアよりキィルより、ココロニコよりも大きいわけだし? ああもう――ジオはいつも、鬱陶しいっ」
シッシッ、と。
心から鬱陶しそうに追い払う仕草をするリィゼ。
舌打ちするジオ。
「宰相殿の礼儀知らずは今に始まったことじゃねぇがよ……そこの蠅王に対してあんまり無礼が過ぎると、オレが黙っちゃいねぇぞ」
「今だって黙るどころか、無駄に吠えてるくせに」
「この、ガキっ――」
「そろそろ席についてくれぬか、リィゼ。話したいことがあるにしても、まずそれからだ」
割って入ったのは、ゼクト王。
ちなみにジオの腰にはイエルマがしがみついていた。
このまま手が出ると思い、夫を止めに入ったのだろう。
「……ふん。ま、いいけど」
諌められたリィゼは鼻を鳴らして椅子に腰掛けた。
他の者もそれに続き、自分の席へついていく。
ちなみにセラスだが――何度も、迷う気配を出していた。
ここで自分が何か言うべきか。
ここで自分が何か動くべきか。
それを迷っていたらしい。
が、その気配のたびに俺はさりげなくストップをかけていた。
なので結局、セラスは今までずっと黙って控えていた。
「ほいさ」
軽やかにそう言って、ポンッと椅子に座るリィゼ。
彼女の椅子は座る部分が広めに作ってある。
アラクネ用なのだろう。
リィゼの席は俺の席の差し向かい。
正面に座る彼女は、挑戦的な笑みを浮かべている。
なんと、いうか。
悪知恵のついた子どものような雰囲気もある。
が、その一方で――キィルの忠告もわかる。
決して観察眼はぬるくない。
何かを見定めようと、その瞳には常時鋭さが宿っている。
……なるほど。
口調や見た目に騙されないように、か。
俺と七煌が席についたのを見て、ゼクト王が切り出した。
「改めて集ってもらったのは、ここへ攻め入ってくるという女神の勢力に対する方針を、再度話し合うためだ」
リィゼが頭の後ろで腕を組み、王を睨み据えた。
「明日の多数決で最終方針を決定する……さっきの合議でそう決まったわよね? 話し合いは十分煮詰めたと思うけど? 新しい要素があるとすれば……」
リィゼの目が、セラス、俺、と順々に捉える。
「そこの二人だけど……まさか、そこの二人も多数決に入れるなんて言わないわよね? ねぇゼクト、二人はここの住人になるの?」
「いや」
「つまり、部外者ってことよね? なら投票権なんて絶対に認められない。アタシも認めない。で……となると一体、そこの二人を加えて改めて何を話し合おうっていうわけ?」
俺は直接会って七煌を知っておきたかった。
特に、このアラクネの宰相を。
ただまあ、場を設けてもらった理由は必要だろう。
助け船を欲しがるように俺を見るゼクト王。
俺は聞いた。
「発言しても?」
「うむ」
「では、改めて簡潔に自己紹介を。ワタシは蠅王ノ戦団という傭兵団の団長をしています、ベルゼギアと申します」
皆、こちらを見ている。
「まずは皆さま、集まってくださりありがとうございます。さて……こうして集まっていただいたのは、ここへ向かっている女神の勢力との戦いに我々が力を貸すことをお伝えし……そして、共に対策を練りたいと思ったためです」
リィゼが眉間に皺を刻んだ。
不快感を露わにしている。
「アンタ、何言ってんの?」
俺は最初の合議の前、王にいくつかの情報を伝えてある。
それら情報は、リィゼの耳にも入っていると見ていい。
「ご存じとは思いますが、ここへ攻め込んでくる女神の勢力は非常に敵対的な可能性が高い。加えてとても強く、また、危険な相手であると考えられます。ゆえに、迎撃するにあたっては互いに協力すべきだとワタシは考えております」
自分の胸に手を添え、続ける。
「ワタシは外の世界から来ました。そして、皆さまは長い間この国に籠っていると聞いています。そこで……内と外の世界の間で開いてしまった情報格差を埋め合わせるお手伝いも、できましたらと」
まあ実際は、外の世界に詳しいのは俺よりもセラスだ。
この点は彼女に”補佐を頼む”と事前に伝えてある。
俺の回答なり説明なりを、適度に補完してくれるはず。
と、
「本気で――」
リィゼが卓に両手をつき、腰を浮かせた。
「アンタ、何言ってんの?」
「……何か、気に障った点が?」
「当然でしょ? なぜならアンタ、前提からして間違ってる。アンタ……何、アタシたちが戦う前提で考えてるわけ? 馬鹿なの?」
俺を睨むリィゼの目。
攻撃的を通り越して、軽蔑的ですらある。
「戦うなんて、ありえない」
「つまり?」
「話し合いによる交渉で解決すべき」
「正直、今回の相手に話し合いが通じるとは思えません」
「野蛮人」
罵倒めいて言い、リィゼが身を乗り出す。
「ねぇ、なぜ話し合いが通じない相手だとアンタは決めてかかれるの?」
凄みすら感じさせる目つきで、リィゼは続ける。
「アンタの曖昧な個人的感覚や印象で決めてない? 話し合いが通じない相手……? そんなの――やってみなくちゃわからないんじゃない? 野蛮人には理解できないかもしれないけど、血を流して戦うことだけが解決じゃない。暴力で解決するやり方しか知らないなんて、それはただの野蛮人でしかない」
”やってみなくちゃわからない”
いい言葉だ。
心に響く言葉である。
最初から諦めるのはよくない。
やらないで後悔するより、やって後悔する方がいい。
が――
総じて、それは正しい解だろうか?
やってみた結果。
取り返しのつかない事態に陥る可能性もなくはない。
やったことで手遅れになってしまう可能性も、なくはないのだ。
”やってみなくちゃわからない”
いい言葉だ――が、同時に危険な言葉。
「アライオン十三騎兵隊……だっけ? アンタはその騎兵隊に直に触れて、そいつらを熟知してるの? ごろつきや罪人が多いみたいな話も聞いたわ。けど、その情報って信用できるの? あ、嘘はつかないでね? もし後で嘘だったとわかったら、絶対に許さない……ここでもし嘘をついたとわかった時は、その責任はクロサガに取ってもらう」
「…………」
クロサガを、持ち出してきたか。
なるほど。
俺がクロサガ目的でここへ来たことは知っている、と。
「その上で改めて聞くわね? その騎兵隊とやらについて、アンタは伝聞以外で何を知ってる?」
「いえ、すべての情報は伝聞です」
「――アンタは?」
すかさずセラスを睨め上げるリィゼ。
そっちにもしっかり、釘を刺しにきた。
「いえ、私も……直接会ったり、目にしたことはありません。あくまですべて伝聞による情報のみです。ですが、しかし――」
切実に訴える調子で、セラスは言う。
「平和的な解決が通用する相手とは、私にはとても思えないのです」
「勘違いしないで。アンタがどう思うかは、どうでもいい」
セラスの訴えをあっさり切って捨てるリィゼ。
「どんなに切々と訴えたところで、それってアンタの印象でしかないわよね? アンタがどんな境遇のエルフだろうと関係ない。アタシたちの間に信頼関係がない以上、証拠がすべてなの。説得したいなら、証拠を出して」
リィゼの論理に、穴らしい穴はない。
言っていることは筋が通っている。
俺は聞く。
「ワタシたちの経験則では、説得材料にならないと?」
ならないだろう。
この宰相相手なら、特に。
「ならないわね――完全に、ならない」
答えは、予想通り。
「ですが、この国への女神の執着心はご存知でしょう?」
「女神が執着しているのは、クロサガにでしょ?」
「――――」
このアラクネ――それも、知ってるわけか。
ヴィシスが最果ての国探しに躍起になっている理由。
リィゼが、ため息をつく。
「この手札はあんまり切りたくなかったけど……この際、仕方ないわね。でもベルゼギア、元を辿ればこれはアンタのせいだから」
他の七煌の反応。
あの反応の感じ……。
ヴィシスのクロサガへの執着心。
知っていたのは、ゼクト王。
薄々勘付いていたのは、ジオとキィル。
知らなかったのは残る三名……って感じか。
「だけど安心してちょうだい。たとえ女神の狙いがクロサガでも、アタシは決して、クロサガを差し出してことをおさめようなんて真似はしない」
「…………」
「クロサガにも温情をもらえるよう、このアタシが女神と交渉する。アタシが変えてみせる――女神の考えすらも。このリィゼロッテ・オニクになら、やれる。やってみせるわ」
今回、俺はムニンの頼みで協力を申し出た。
が、そのことは明かしていない。
それを明かせば、
”ムニンは戦うべきと考えている”
こう受け取られてもおかしくない。
その情報を明かさなかったのは正解だったかもしれない。
明かせばムニンに対するリィゼの心証を危うくしかねない。
族長の心証が悪くなると――クロサガ自体の心証も、悪くなりかねない。
クロサガの大半はこの国に残る。
だから、今のところそれは避けたい。
と、
「でもねぇリィゼくん?」
そこで口を挟んだのは、キィル。
「私たちは元々、人間たちに追われてここへ逃げ込んだのよ? 話し合いによる平和的解決が無理だとわかったから、当時の亜人や魔物はこの国へ逃げ込んだんじゃない?」
「時間で考え方や感覚は変わる。なら、人間たちだって当時とは違うかもしれない。むしろ、女神や人間が今も当時と同じ考えだと決めつける方がアタシには未来の可能性を狭めているように思える。アンタたちは考え方が後ろ向きなのよ、あまりにも」
対話を諦めない。
暴力に頼らず、真摯に訴え続けるのが大事。
正論だ。
あまりに、正論。
どうしようもなく――正論。
ダンッ!
卓を叩く音。
が、びっくりした反応をしたのはアーミアだけだった。
アーミアはビクッと身を引き「うぉお……」と声を出した。
「…………」
フェイスベールも相まって、見た目だけはクールキャラっぽいんだがな。
で、卓を叩き腰を浮かせたのは――ジオ・シャドウブレード。
「人間どもにはオレたちの同胞だった豹人族が殺されてる……しかも、殺した連中は女神の手先だったって話だ」
ジオが両手を卓につく。
背の高さのため、軽く前傾姿勢のようになっている。
「そして――そこの蠅王は、直接、そのスピード族を殺したやつらに会って殺してる。スピード族が蠅王の仲間にいるらしい。で、仲間であるそのスピード族の生き残りの復讐を代わりに果たしてくれたってわけだ。つまり何が言いたいかっていうとだな……どう考えても邪悪だろうが、その女神の身内連中ってのは」
リィゼの目が鋭く光った。
勇の剣の話はこれからするつもりだったが……。
今のジオの発言で、手札を一枚失ったかもしれない。
「勇の剣……だったかしら? そこの蝿がそいつらを倒したって話は、ゼクトから聞いてたけど……、――ねぇ、アンタさ?」
真偽を、見逃すまいと。
俺を真っ直ぐ見据え、リィゼが聞く。
「そいつらと、和解しようとした? そいつらは微塵も、アンタに歩み寄る姿勢を見せなかった?」
「勇の剣はすでに人として壊れていました。ですので、交渉の余地はありませんでした」
するつもりも、なかったが。
ジオを一瞥するリィゼ。
「さっきジオ……復讐、って言ったわよね?」
「……言ったが、それがどうした?」
苛烈に卓を叩くリィゼ。
「復讐ってことは――つまり、はなから歩み寄るつもりなんてなかったってことでしょ!?」
そうだ。
論理としては、そうなってしまう。
「自分に都合が悪いからアンタが隠してるだけで、むしろ、彼ら側はアンタに歩み寄ろうとしたのかもしれない! アンタ、まさか嘘ついてないでしょうね!? ジオに話したスピード族の話だってどこまで信用できるか……、――いえ、今わかったわ」
リィゼの目は、義憤に燃えている。
「アンタ、女神が憎いんでしょ?」
「…………」
「ここへ向かっているのは女神の勢力……で、アンタは女神が憎い。そしてアンタは、その憎い女神の勢力を叩くためにこの国の戦力を利用したい……違う? わざと女神側の心証が悪くなるような嘘ばかり並べ立てて――口車に乗せて、アタシたちを利用するつもりなんでしょう!?」
再び卓を叩き、詰問するリィゼ。
「違う!?」
確かに――賢い。
頭も回る。
弁も立つ。
しかも今の指摘は、半分事実である。
アライオン十三騎兵隊を潰すために――
俺がこの国の戦力をあてにしているのは、確かだ。
リィゼが、さらに語調を強める。
「でもね、本当は誰も戦いで傷つきたくなんてないの! 死にたくなんかないのよ! いい!? もう血を流す戦いで解決する時代じゃない! この国だってそう! 戦いを避けたから今まで生き残ってこられた! 特にアタシが宰相になってからは、暴力による争いなんて許さなかった! すべて、話し合いで解決してきたの!」
これは、厄介と言える。
つまりリィゼには成功体験しかない。
今の地位についてから、ずっと。
彼女は目の前の揉め事を非暴力で解決してきた。
解決できた。
できてしまったのだ――この国の者たち相手なら。
ゆえに、
できるとしか、思えない。
リィゼが半眼でジオを見据える。
「だからアタシは……四戦煌とその兵団の解体を提案してる。過剰な戦力は相手に無用な警戒心を与えるだけ。規模は、グラトラの近衛隊くらいでいい。四戦煌は……もう、危険な戦いに備えなくていいの。アタシはそう信じてる。ねぇ、戦いで仲間が死ぬのなんか嫌だと思ってるのは……アタシだけ?」
「価値観の相違だな」
ジオが反発気味に言い、責める調子で続ける。
「おめでたい女だ、おまえは」
「戦いで無意味に血を流した結果、平和的解決の糸口すら永遠に失ってしまう……そういうことって、アンタ考えたことある? どうしてアンタには、そういう方向性の想像力がないの?」
「今回の件に関しては、平和的交渉なんてのが非現実的としか思えねぇ」
「さっき言った通り、この国では揉め事はいつも平和的に解決してきた。アタシが宰相になってからは特にね。それが――”現実”よ」
「……すべてじゃねぇだろ」
「だから、前から言ってるでしょ? 特殊な事例は確かに起こる。けど、その対応には最低限の組織さえあればいい。つまり、近衛隊くらいの規模でいいの」
そうか。
少し前に、ジオが言っていたこと。
自分たちが不要かのようなリィゼの発言に腹が立った。
つまり戦力の――兵団の解体。
「それは――」
「そもそも!」
バァンッ!
リィゼがまたも、卓を叩く。
「戦力を持っていたからじゃないの!?」
ジオが睨み返す。
が、内心は劣勢を感じているようだ。
「……何の話だ」
「かつての亜人や魔物が、人間たちを脅かす”戦力”と見なされたからこそ――女神や人間は、アタシたちを”脅威”と見なしたんじゃないの!?」
ジオは、そこで言葉に詰まった。
「アタシたちが”戦力”を持たないと示せれば、人間たちはアタシたちを”脅威”とはみなさないんじゃない? 相手の立場に立って考えてみて? 最初から相手を警戒して武装しているようなやつらに、アタシたちは心を許せる? ねぇ? 違う? アタシ、何か間違ったこと言ってる!?」
「そいつは――、……」
ジオは、二の句が継げない。
「ねぇ、アンタはそんなに人間を悪性のかたまりだとしか思えない!? 彼ら人間の善性を信じてみようとは、思えない!?」
他の七煌を一度、ぐるりと見渡すリィゼ。
「アタシならできる……オニク族の誇りにかけて、一人の死者どころか、一滴の血すら流さず平和的に解決してみせる! だからお願い、みんな! このアタシを……リィゼロッテ・オニクを、信じて」
「…………」
理想論だ。
俺には、理想論にしか聞こえない。
どうしようもなく。
が、しかし――
この国ではその”理想論”がまかり通り続けた。
ゆえにリィゼは信じている。
善性を。
いや、確かに善性は存在する。
けれどそれは――すべての者に宿るものではない。
そしてこの世には、邪悪でしかありえない者が存在する。
俺の理解ではそうだ。
だが、リィゼロッテ・オニクは信じている。
どんな者にも、善性は宿ると。
これは確かに……厄介だ。
訴えかければ現れるかもしれない、善性の存在。
要は未観測状態の善性。
観測できない時点では”可能性”が存在する。
存在、してしまう。
説得できる”かもしれない”という可能性が。
「…………」
リィゼが唱える平和的解決案。
現状、俺は女神側の危険性をここで証明できない。
証拠も提示できない。
こうなると――この場での反論は難しい。
俺が仮に異界の勇者だとここで明かしても。
廃棄遺跡へ落とされた経緯を明かしたとしても。
リィゼには、関係ないのだ。
彼女にとってそれは”人間と女神”の話でしかない。
自分たち”亜人&魔物と女神”の話ではない。
別種族の話としてしか、彼女の耳には聞こえない。
リィゼの中では、
”三森灯河が女神との交渉に失敗しただけ”
と認識されるだろう。
が、
”自分なら女神とだって上手く交渉できる”
リィゼにとっては、こうなる。
これは勇の剣がニャキにしたことを話しても同じだろう。
なぜならリィゼは”説得できる”と思っているからだ。
勇の剣の持つ思想すら、自分なら変えられると思うはず。
つまり――リィゼは、聞く耳を持たない。
どこまでも自分の能力を信じている。
が、ありえない。
話し合いによる平和的解決など、
ありえるはずがないのだ。
……さて。
ここから、どうすればいいか。
思考を――走らせる。
「……………………」
やれるか?
否……
やるしか、あるまい。
「わかりました」
俺は言った。
皆の視線がこちらへ注がれる。
ああ。
確かに、その通りだ。
”やってみなくちゃわからない”
一理、ある。




