蹂躙へと続く道
魔物の群れは何かを捜している感じだった。
この辺のはずだとでも言いたげな雰囲気。
明らかに”俺”を捜している。
俺のニオイを辿ってきたのかもな……。
で、この腐臭ゾーンでニオイが途切れていたわけだ。
しかし……いやに統制が取れている。
ミノタウロスや鳥頭とは何かが違う。
あいつらは”動物の群れ”の域を出ていない印象だった。
けれどこいつらからは知性の気配を感じる。
ばら撒いておいた骨を、魔物が力強く踏んだ。
ペキッ!
「カ、ぇ、ェ、ごッ、げリ、げリぃィ? げ、ゲげ、ゲげゲぇェぇ――ッ!」
ペキッ! パキッ! ベキッ!
”どこだ!? どこだ!? どこだ!?”
そんな声が聞こえてくるようだった。
「ここから気づかれずに逃げるってのは、無理だろうな……ま――」
骨の隙間から身体を出す。
「はなから逃げるつもりも、ないわけだが」
籠城策は取らなかった。
ここからだとまとめて対象指定ができない。
ねぐらは周囲より少し高い位置にある。
背後は岩肌の壁。
迎え撃つには、なかなかの好条件。
大半の魔物は人型トカゲ。
いわゆる”リザードマン”に見えた。
しかし俺の知るリザードマンよりも禍々しい姿だ。
肩の辺りから触手らしき黒いものが数本伸びていた。
捩じった雑巾みたいな形状の触手がウネウネ動いている。
触手の先からはポタポタと液体が垂れている。
ポタッ、
シュゥゥゥ……
あれも、酸か。
ここの魔物の食料化はもう諦めた方がよさそうだな……。
目玉はこいつらも濁った金色。
目の周囲がひと際ドス黒くなっている。
額にあるのは――あれも口か?
口が上下に二つあるのか……?
腕部と比べ、脚部が異様に発達している。
何よりサイズがでかい。
巨体だったミノタウロスよりもでかかった。
少なく見積もっても、そんなのが二十匹はいる。
「ぎギェ?」
最初に俺に気づいたリザードマンが濁った声を出す。
「ギげェぇァー!」
魔物が一斉に俺の方を見上げた。
俺への殺意が滲み出ている。
が、純粋な殺意だけではない。
「ギょ、ギょ、ギょィぃ!」
「ん?」
後ろのやつが何かを掲げて前へ出てきた。
長い棒に、何か引っかかっている。
骸骨だった。
おそらくは人間のもの。
しかも骸骨は服を着ていた。
いや――あいつらに着せられた、のか?
「ウぇ、ウぇ、ウぇェ〜♪」
掲げた骨を左右にプラプラ揺らすリザードマン。
その隣のやつがベソをかくような仕草をする。
細められて曲がった目の形が泣いているように見えた。
ベソかきの真似(?)をしていたやつが、上空を仰ぐ。
「い゛、ヤぁァぁァあアあアあ゛ア゛――っ!」
声色を変えようとしている感じだった。
今度は悲鳴の声真似、だろうか?
「ああ……」
なるほど、そういうことか。
服を着せられた女の骸骨の生前の姿の物真似。
今度は煤けた色の骸骨を掲げたやつが前へ出てきた。
骸骨は男物と思しき服を着ている。
骨格はさっきのよりがっしりとしていた。
煤けた色の骸骨。
想像はついた。
一匹のリザードマンが、仰向けに寝転がる。
「ギぇ、ギぇ、ギょェぇエえエえ――――ッ!?」
手足を派手にバタバタさせる。
周りのリザードマンが愉快そうに声を上げる。
「げ、ギゃ、ギゃ、ギゃァ♪」
「ゲ、げ♪ ゲひぃイいー♪」
笑いモノにしているのだ。
生前の廃棄者の死にざまを。
おそらくあの廃棄者は火あぶりにされ、のた打ち回った。
こいつらは断末魔の悲鳴を上げる廃棄者を見て楽しんだのだ。
ドシィンッ!
次は少し身体のでかいのが前へ出てきた。
ソイツは足もとに頭蓋骨を置いた。
それも人間のものだった。
メリィ――ベキッ!
足裏で踏みつけ、頭蓋骨を粉砕。
ソイツの目が細まり半月型を描く。
鋭い牙を覗かせ、口端が吊り上っていく。
嗤っているのだ。
さあ、怯えろと。
自分たちはおまえたちを、こうやって殺すのだと。
踏み潰してやると。
蹂躙してやると。
そう伝えてきている。
言葉は通じずとも、伝わってくる。
俺はもう気づいていた。
リザードマンたちはいまだに攻撃をしてこない。
ナメているのだ。
補正値の低いE級勇者。
膨大にレベルが上がろうとMP以外の伸びは悪い。
他の廃棄者より個体として圧倒的に劣る。
連中はその”弱さ”を察している。
過去を遡ってもせいぜい最底辺の廃棄者と同じ程度の強さなのだろう。
ゆえにすぐ殺す必要がない。
先手を打つ必要がない。
なぜか?
いつでも殺せるからだ。
最底辺がこの窮地を脱せるはずも、ないからだ。
残虐な嗜好性を含んだ殺意。
なるほど……今までの魔物とは、確かに少し違うらしい。
あいつらは俺がドラゴンゾンビを殺したとは夢にも思っていないだろう。
何かの”事故”で死んだ腐竜の死骸にコソコソ隠れていたニンゲン。
大方、そんな認識のはずだ。
「…………」
重なる。
今の状況が、ここへ送られる直前の光景と。
2−Cの連中。
桐原、小山田、安、クソ女神……。
石を投げつけるように弱者を馬鹿にし、罵る空気。
大勢で弱個体を見下し嗤う空気。
無様な遠吠えを期待する空気。
スッ
腕を、前へ突き出す。
リザードマンたちが盛り上がった。
囃し立てている感じだ。
突き出した腕を”頼む、待ってくれ!”の意と受け取ったようだ。
「おまえらにも、礼を言わせてもらう」
「ギょッ?」
冷めた目でリザードマンを睥睨する。
「シンプルにクズだと、気兼ねなく殺せる」
コォォォオオオオオオ――――
瞬間、列に並ぶ一匹のリザードマンの目が発光した。
奇妙な高音が鳴り響いた。
額の口の奥と瞳が赤く光っている。
上の口内が、赤味を増していく。
「【パラライズ】」
「ご、ゲ……? ゲッ、ゲッ、ゲッ!? ゲゲェッ――」
ボガァンッ!
赤くなっていたリザードマンの頭部が、爆発。
首から上が吹き飛んでいた。
発射寸前だったエネルギーが行き場を失って暴走したのだろう。
動じない俺に腹が立って脅かそうとしたのか。
あるいは普通につまらないので殺そうとしたのか。
どちらかはわからない。
俺は冷然と、首を失った人型トカゲを見据えた。
「今おまえ――なんか飛び道具、使おうとしただろ」
俺はこの時、あることに気づいていた。
鳥頭とミノタウロスとの死線をくぐり抜けたおかげか。
神経が張りつめ続けた結果、敏感になりすぎたのか。
死と隣り合わせの状態が続き、本能が環境にそれを適応させたのか。
相手の動きへの反射神経が、驚くほど上昇している。
今、動き出しの一瞬に反応できた。
予兆を感じ取ることができた。
機先を制する、と言い換えられるだろうか。
死地により研ぎ澄まされた感覚。
補正値による反応速度ではない。
多分――
死の足踏みを聞き続けた俺自身が、獲得したモノ。
ステータス外のステータス。
この状態異常スキルの肝はとにもかくにも先手必勝にある。
相手の攻撃より先に放てればほぼ勝利は確定。
ゆえに、反射神経や初動の先読みが何より重要となるわけだ。
そういう意味でここは絶好の場とも言える。
一瞬も、気が抜けない。
最高の訓練場。
そんな場所だからこそ、一足跳びで研ぎ澄ますことができた。
「グ、ギ……ェェ」
「ギ、ギグ……?」
前方に扇状に広がる異形のリザードマンの群れ。
皆、違和感を持っているようだ。
思考が手に取るようにわかる。
”まさか仲間が、撃ち損じた?”
前列の連中は後ろで何が起きたのかを確認できていない。
俺の方を向いたまま硬直状態にある。
そう――リザードマンたちは、動けないのだ。
もはや魔物の顔から先ほどの余裕は消え失せていた。
おそらくあれは、理外の窮地に混乱している表情。
「複数対象に付与できるんだから、まとめて付与してるに決まってるだろうが」
リザードマンたちの戸惑いと危機感が伝わってくる。
「ギ、ゲ、ゲ……ッ!」
「……いい表情じゃねぇか。なるほど――」
それが、蹂躙される側の表情か。
「ん?」
何か近づいてくる……。
ドドドドドドドドッ――――
首に紐状の道具をつけた四足歩行のトカゲの群れ。
濁流のような足音を響かせ、こちらへ迫ってくる。
先ほどの爆発音が引き寄せたのかもしれない。
リザードマンたちの移動用ペットだろうか?
目は金色。
黒肌にオレンジ線。
数は二十匹くらい。
触覚めいた角から酸を放出している。
目には当然のように――殺意。
視線は俺を捉えている。
ミノタウロスや鳥頭に近い感覚。
俺を、食い殺すつもりだ。
「ぎョぇ! ぎギょェぇェ――――っ!」
「イぎェぇエえエ! え゛、エ゛ぇェ゛――っ!」
我先にと突進してくる。
アレは自分の獲物だとでも、言わんばかりに。
「ギョ、ゲッ!?」
先頭のやつが、最後列で麻痺していたリザードマンを吹き飛ばした。
……飼い主じゃねぇのかよ。
さらに、
ドッ――ガァァン!
ドガァァァン!
それは、迫りくる四足歩行トカゲの後方のあたりで起こった。
「「ギぃィぇェあアあァぁァあアあア゛あ゛ア゛――――っ!」」
ドラゴンゾンビがさらに二体、壁を破壊して姿を現す。
あれも、先ほどの爆発音で引き寄せられたのだろうか。
壁をぶち破った勢いそのままに、大口を開けてこちらへ突進してくる。
「ったく……」
どいつも、こいつも。
「おまえらにとってここへ来る人間は全員、遊び殺すための格好の獲物ってわけか……」
殺し続けて、きたのだろう。
遊び続けて、きたのだろう。
自分たち魔物こそが最強なのだと、信じたまま。
こんな貧弱な人間に敗北するなど、夢にも思わず。
「しかし……補正値が低いってのは、意外と悪いことばかりでもないらしい」
接敵時に強さを低く見積もってもらえる。
つい先ほどまで俺をナメくさっていたリザードマンたちを見おろす。
膨大なEXPを持つ超強の敵がああして、見事に油断してくれるわけだ。
「さて――ご苦労だったな、クソ魔物ども」
両手を前方へ突き出す。
「【パラライズ】」
歯を剥き――歪笑。
「【ポイズン】」
ありがたく全員、ぶっ殺してやるよ。




