七煌、再召集
不死王は再び七煌に召集をかけた。
少し前に七煌が合議を行っていた部屋。
ゼクト王は定位置らしい奥の上座についている。
俺は、その斜め前の席に座っていた。
セラスは俺の斜め後ろに控えている。
使いを出してもらい、呼んでもらった。
王が椅子を勧める。
「セラス殿、座っては? そこの椅子は、そちのために用意した」
「いえ、今回は遠慮いたします」
セラスがグラトラを一瞥。
近衛隊長のグラトラも立って王の傍に控えている。
視線を戻し、セラスは言った。
「私はこのままの位置で。お心遣いには、感謝いたします」
ゼクト王はセラスがこの部屋に入って来た時、
『セラス殿、もう体調の方はよいのか?』
と声をかけた。
どこまでも細やかな気の回る王である。
その後、まず最初に入室してきたのはアーミア。
「おや、何事かと思えばベルゼギア殿がいる」
「あなたがゼクト王に話を通してくれたおかげでスムーズに話の場を持つことができました。ありがとうございます、アーミア殿」
「うむ。ちゃんと礼が言えるのは、偉い」
アーミアはニョロリと俺の隣の席についた。
椅子の作りや大きさが違っている。
ラミア用の椅子か。
さて――ここまでは顔見知りである。
ほどなく現れたのは、竜人の女だった。
竜の頭部。
尻尾。
印象はリザードマンに近いか。
鱗肌は赤褐色。
瞳は深いグリーン。
体はそれほど大きくない。
白い軽鎧を着用している。
俺は自己紹介した。
「ベルゼギアです。どうぞ、お見知りおきを」
竜人は低めの声で、
「四戦煌、ココロニコ・ドラン」
最低限の名乗りをし、椅子に座って腕を組んだ。
無口なタイプなのかもしれない。
それから一分も経たぬうちに現れたのは、ケンタウロスの女だった。
波打つクリーム色の髪。
瞳は青い。
下半身は栗毛の馬。
上半身が人型で、特徴的なのはその肌の色か。
紫がかった青肌。
額にタトゥーのような紋様がある。
耳にはイヤリング。
彼女も軽装と言えた。
主立った装備と言えるのは、黒い胸当てや手甲くらいか。
胸当てや手甲には金の彫りが刻まれていた。
馬体の脇には長弓を下げている。
もう片側には剣を下げていた。
俺は、ココロニコの時と同じ自己紹介をした。
「ああ、あなたが噂の蝿王くんね? 初めまして。私は四戦煌のキィル・メィル。よろしく」
俺へウインクを飛ばし、キィルはココロニコの隣に位置した。
ケンタウロスなので椅子は使わないらしい。
ココロニコが含みを込めた視線でキィルを一瞥する。
が、声はかけなかった。
さらに少してから、
「待たせた」
ぶっきらぼうな調子で入ってきたのは、豹人の男。
イヴと毛並みの色が違う。
黒豹。
瞳は深紅。
ここにいる誰よりも背が高い。
そのせいで出入口がやや小さく感じるほどである。
また、手足が長い。
特に腕の長さは特徴的と言える。
そして腰の後ろに鞘に納まった二本の――
あれは……刀か?
鞘はベルトに固く結ばれ、腰の後ろで×印型になっていた。
しかし……長い刀だ。
「ジオ・シャドウブレードだ」
高身長の豹人――ジオがそう名乗ったあと、
「あの……イエルマ・シャドウブレードです」
ジオの後ろからひょっこり顔を出したのは女の豹人。
毛並みは同じ黒。
こちらの豹人はジオより頭一つ分小さい。
が、あくまでジオと比べた場合の話である。
俺たちから見れば十分背の高い部類。
ジオとの最大の違いはその顔つきだろう。
苛烈そうなジオとは対照的に、穏やかな顔つきをしている。
親指でイエルマを示すジオ。
「こいつが同席すると言って聞かなくてな。ああなるとイエルマはテコでも動かない。ゼクト王……悪ぃがこの頑固な妻を同席させてやってくれねぇか? ちなみに、遅れたのは説得に手こずったからだ。失敗したがな」
ゼクト王が皆に問う。
「この場でイエルマの同席に反対の者は?」
反対する者はいない。
謝罪するイエルマ。
「陛下、皆さん……申し訳ありません。陛下たちはご存じと思いますが、この人は頭に血がのぼりやすくて……万が一の時には私が止める役をしなくてはならないと思い……その……一つ前の合議で、夫が、宰相様とやりあったと聞きましたので」
今回はブレーキ役として同行した、ということらしい。
舌打ちするジオ。
「オレがつっかかったのは、あの蜘蛛女がオレたちを不要な存在みたいに言ったからだ。アラクネどもは頭こそ切れるのかもしれねぇが、オレはどうも気に食わねぇ」
「――さて、あとはリィゼか」
ゼクト王がそう言ったのち、五分ほど沈黙の時間が続いた。
そうして次に部屋へやって来たのは、ハーピーの兵士。
「も、申し訳ございません陛下っ」
「どうした?」
「リィゼ様が”取り掛かっている仕事が終わるまで顔を出すつもりはない”と、そうおっしゃっておりまして……緊急の事態でもなければ、さらには、今回の召集が得体の知れぬ傭兵の望みとあれば、なおさら優先する必要性を感じないと……」
ハーピーの顔が、
”どうしたらよいでしょう?”
と王に助けを求める。
王は、
「わかった」
言ってハーピー兵を下がらせたのち、
「すまぬ」
俺たちへ、謝罪を口にした。
「合議は、宰相リィゼロッテが来てから始める。しばしお待ち願いたい」
▽
「おまえ……外の人間なんだってな、蠅王?」
再びの沈黙が流れる中――
質問を投げてきたのは、ジオ・シャドウブレード。
彼が腕を組み、居丈高に俺を見下ろす。
後ろに控えるセラスの気が張りつめたのがわかった。
「聞きたいことがある。スピード族という豹人族について、何か知ってることはねぇか?」
セラスの気配が変わった。
俺は、
「存じています」
と答えた。
「知っていることを、話せ」
「……承知しました」
俺はスピード族について話した。
”身勝手に亜人を憎む人間に滅ぼされた”
おおむね、そんな風に伝えた。
が、勇の剣や連中がした具体的な行為はぼかした。
……スピード族とジオの部族がどんな関係であれ、知る必要はあるまい。
あとは、イヴから聞いたスピード族に関する情報を伝えた。
聞き終えたジオは――俯き、顔にてのひらを添えた。
「……くく、くくくっ」
笑いを漏らす黒豹。
「馬鹿どもめ」
「…………」
「くくく……伝え聞いていた頃から、まるで変っちゃいなかったようだな。人間なんぞ信じた挙句が、その結末か」
首を反らし、ジオは大笑いした。
「そらみろ、言わんこっちゃない! 真性の馬鹿どもが! ふはは、ふはははは! ハーハッハッハッハッハッハッ! この――」
俺は、黙ってジオを見上げていた。
「馬鹿どもがぁああッ!」
ジオが思いっきり椅子を一つ、蹴飛ばした。
壁に激突した椅子に、メリッ、とヒビが入る。
ジオは壁際まで行き、俺たちに背を向けた。
そして、
「馬鹿っ――どもっが、ぁ……ッ!」
ダァンッ!
拳で壁を、激しく叩いた。
彼の声からは怒りと悲しみ――後悔が、伝わってくる。
「く、そっ……くそったれ、めぇ……ッ!」
ジオに歩み寄るイエルマ。
彼女はジオの背にそっと手を添えた。
イエルマは俺たちの方を向くと、悲しげに口を開いた。
「昔、私たちの部族はこの国へ隠れる時……スピード族を誘っているのです。共に行かないか、と……当時のシャドウブレード族は、外の世界に見切りをつけていました。ですがスピード族は”人間を信じてみたい”と言い、断ったといいます。いつか必ず、共に笑顔で生きていける日がくるはずだと……”時間はかかっても、諦めずにそのための努力をすべきだ”と言って彼らは外の世界に残った……そう、伝えられています」
微苦笑し、ジオを見るイエルマ。
「この人は、ずっと葛藤していました。今からでも外の世界へ行ってスピード族を探し、無理矢理にでもここへ連れてくるべきなんじゃないか……と。でも、部族の者たちはこの人を引きとめました。いえ……私も、引きとめたのです。もし外の世界へ行って、遥か昔に姿を消したシャドウブレード族だと知られれば……そこから、この国の場所を知られるかもしれない。他の種族を危険に晒してしまうかもしれない……だからこの人も、歴代の族長も……踏みとどまったのです」
「…………」
わかっていた。
最初に笑い出した時も。
一見、スピード族を嘲笑っているかのようであっても。
しっかり見て聴けば、すぐにわかった。
自らへの怒り。
強い悲しみ。
「……生きてるのか?」
憎悪に燃え立つ声で、ジオが聞いた。
「スピード族を、殺したやつら」
「ご安心を……という表現は不適切かもしれませんが、ワタシが殺しました」
こちらを振り向くジオ。
俺は両手を、前へ掲げる。
「全員まとめて、一人残らず、絶望の淵へ叩き落として、殺しました」
ジオは目を見開いた後、首を振った。
まるで、湧き上がった感情を振り払うみたいに。
一呼吸置いてから、ジオがさらに聞く。
「……わからねぇな。なぜおまえがそこまでした? おまえ、スピード族と何か関係があるのか?」
「ワタシは旅の途中、スピード族の生き残りと出会いました」
「!」
「名はイヴ・スピード。彼女はワタシにとって、大切な仲間であり――友人なのです」
「一緒じゃないのか。そのイヴは、どうなった?」
「今はアナエル……エリカ・アナオロバエルのもとで暮らしています」
ジオに限らず、他の四戦煌も驚きの反応を示す。
「生き残りが……いるのか」
俺はイヴが仲間になるまでの経緯をかいつまんで話した。
「そうか……おまえは、スピード族の者を救ってくれたのか。そして今は、アナエル様のところで……そう、か……ッ」
グッ!
ジオが拳を握りしめる。
とても――力強く。
勢いよく俺に向き直ると、ジオは、両手で俺の手を取った。
「礼を言う。礼を、言わせてくれ……蠅王」
頭を垂れ、彼は感謝の意を述べた。
「礼を言われて悪い気はしませんが、礼には及びません。誰に感謝されずとも、ワタシは勇の剣を生かしておくつもりはなかった。たとえイヴに頼まれずとも、ワタシは……勇の剣を、皆殺しにするつもりでした」
どの道、ニャキのことがあった。
ジオが顔を上げる。
彼はしばらく俺をジッと見つめた。
そして、
「蠅王」
言って、俺の隣に立つ。
「もしオレの力が必要な時があれば、遠慮なく言え。無条件で力を貸す。必要とあれば、シャドウブレード族として力を貸してやる」
「ありがとうございます」
「それと……できればいつか、イヴに会ってみたい」
「叶えられるよう、ワタシも努力いたしましょう」
「アナタ」
イエルマがジオに寄り添い、背中に手を添えた。
「スピード族は悲しい結末だったけれど……ほんの少しだけ、救われたわね」
「ああ。決して喜べる結果とはいえねぇが……一筋の希望が、残った気分だ。いや、あれから長い時間が経ってる……他にも、外の世界にはスピード族の生き残りがいるのかもしれねぇ……」
ジオは妻と並んで元の位置に戻った。
アーミアは、うむうむ、と頷いている。
ココロニコは、腕を組んだままジッと座していた。
グラトラは観察でもするみたいに、俺を見つめている。
と、
パカララ……と。
蹄の小さな音が近づいてきて。
俺の隣に位置取ったのは、ケンタウロスのキィル・メイル。
「どーも、蠅王くん?」
「どうも」
「蠅王の面なんか被ってるのに、あなたって……クスッ、善性の者なのかしらん?」
「どうでしょうか。ただ……他人から邪悪と罵られても、否定するつもりはありません」
うふ、と丸い肩を上げるキィル。
「でも、あなたってすごいのね。私たち四戦煌の中でも最強と名高いあのジオくんを、あっという間に味方にしちゃうなんて」
「そうですね……ジオ殿は、心強い味方かもしれません」
俺は出入り口を見る。
両開きのドアは、開け放たれたままになっている。
「女神の勢力と戦うことになれば、ですが」
「蠅王くんは、戦いたい方向性の人?」
「ええ」
「ふぅん。あなたの気持ちはまあ、わかったけど」
そこで一度言葉を切ると、キィルもドアの方を眺めた。
気配が、近づいてくる。
「あの子は手ごわいわよ? 喋り方や見た目に、騙されないことね」
キィルが忠告めいて言った直後、
「待たせたわ」
出入り口に現れたのは一人の少女。
「…………」
少女に、見える。
どちらかと言えば小柄。
青い髪。
蜘蛛の足みたいな細いツインテール。
リボン。
エメラルドの瞳。
蜘蛛の下半身。
上半身は人型。
腹部――ぱっと見、臀部に見えるが――にあたる部位は、大きい。
あそこから糸を吐くのだろう。
少女が、居丈高に口を開く。
「アタシが宰相のリィゼロッテ・オニクよ。ま、オニク族の族長でもあるんだけどね? あーっとねぇ……そうね、呼び方はリィゼでも許してあげる。で……?」
リィゼの目が威圧的に俺を捉え、続けた。
「アンタが噂の、蠅王か」
最後の待ち人。
アラクネの宰相がようやく、姿を現した。




