黒炎の勇者、第六騎兵隊
ミミズというのも、単純な「好き」や「嫌い」だけでは測れない色んな見方があるものですね……。果たして、セラスが苦手意識を克服できる日は来るのでしょうか。
次話の更新は明日3/26(金)21:00頃を予定しております。
◇【安智弘】◇
大魔帝襲来の機に乗じて人々を襲おうとしている魔物たちがいる。
その魔物たちが住むという最果ての国。
安智弘が女神から頼まれたのは、その国の魔物たちから人々を救うことだった。
「ついでに、蠅王ノ戦団の勧誘であったな」
鞍上にて安は独りごちた。
彼は第六騎兵隊と共に街道を進んでいた。
今はウルザとアライオンの中間くらいにいるらしい。
安は一人、他の者よりやや距離の開いた状態で先頭にいる。
(ふん、しかし女神も弱気なことだ。僕のような優秀な勇者がいるにもかかわらず、どこの馬の骨とも知れぬ呪術師集団などを頼ろうとするとは……)
気に入らない。
特にベルゼギアとかいう団長。
なんでも大陸一の美女をはべらせているとか。
(やはり異世界人はアホの極み……ほだされやすい単純バカ女がその大半を占めているのだろう。まったく、けしからん話だ……)
セラス・アシュレイン。
アライオンにいた時に写実画を見た。
見た目はまあ――抜群だったかもしれない。
そこは認めるしかあるまい。
スタイルも満点に近いラインをやってもいい。
くびれも褒めてやっていい(絵のスタイルを維持しているならだが)。
エルフはそもそもガリガリなイメージがあった。
しかし部位によっては思ったより肉感的だった。
胸にしてもだ。
慎ましいとは言い難い。
(オスに媚びた胸だったが……まあそこは妥協してやろう)
実際に目にしたクラスメイトもいて、絵以上だったとも聞く。
(……なんだそれは)
ヒロインではないか。
違うだろう、と唇を噛む。
そういうのは――
僕とまず出会ってしかるべき。
これはもう……勘違いバカを殺すしかない。
今回与えられた裏任務。
女神から一つ、ある条件を出されていた。
もしベルゼギアが勧誘に応じなかった場合――
始末しろ、と。
口端を歪める。
(……勧誘は最初からなしだな。ナシナシ、ナッシング! 蠅王とかいうのは焼き払って殺してしまおう。勧誘するふりをして、二人きりの状況を作って……消し炭にしてやる。消し炭を処理したら、そうだな……僕のあまりの有能さに嫉妬したのか、突然ベルゼギアが僕を殺そうとしてきた。だから、正当防衛で焼き殺した……なんだこれ? 完璧過ぎる……)
いける。
完璧なシナリオ。
(やはり僕は女神の言うとおり頭脳で戦える数少ない勇者。桐原や小山田、綾香とか高雄妹みたいな脳筋どもとはまるで違う……見どころがあるのは、せいぜい聖くらいか。でも、桐原とか綾香は……)
急激にせり上がってくる苛立ち。
貧乏ゆすり気味に、安は、馬上で小刻みに足を震わせた。
(脳筋バトルはだめだ。だめだめ過ぎる……っ! 桐原や綾香みたいな攻撃力極振りなアホでも接待的に活躍できてしまう。まあ、あいつらはそれしか能がないので哀れでもあるんだが……ああ、でもむかつくなぁ。あいつらが活躍できたのは運が良かっただけなのに。真の実力じゃ、ないのになぁ! はぁ……ていうか魔防の白城の戦いは適材適所じゃなかったんだから、僕があそこで本来の力を発揮できないことくらいわかれよ……はぁ……あれじゃ僕が無能みたいで心外だ……あーあ、みんなアホ過ぎて困る……)
世の中やっぱり、アホばかり。
(セラス・アシュレインも適当に丸め込めばすぐ僕になびくだろう……国を捨てて逃げるような薄情者らしいし……)
ふと、
「この辺りで、しばらく休憩するであります」
普通としか言いようのない声が、後ろからした。
黒髪の男。
中肉中背。
普通、普通、普通。
平均値の極み。
没個性の体現者。
かろうじて特徴的なのは口調くらい。
個性がなさ過ぎるので必死に口調でキャラを作っているのだろう。
この男が第六騎兵隊の隊長だそうだ。
名はジョンドゥ。
安は振り向き、見下した目でジョンドゥを見た。
(こいつは地力じゃなく親の七光りで今の地位にいるボンボンに違いない。強そうにも見えないし。は〜ぁ……人材不足、人材不足! 勇者がいないと、アライオンは何もできない! 愚か愚か!)
安は思いっきりため息をついてやった。
「もう休憩か……やれやれ、軟弱な」
「申し訳ないのであります。わたしたちは勇者殿と違い、普通の人間なのであります。どうかご容赦願います、であります」
媚びた態度。
イライラする。
▽
馬を繋ぎ、安たちは街道をやや逸れた林の中で焚火を囲んでいた。
焚火には大鍋がかけられ、食材が煮込まれている。
食欲をそそる香りがふんわり漂ってきていた。
安の左右だけ、明らかにスペースが空いている。
どう見ても安だけ溶け込めていない。
しかし、安は満足の笑みを浮かべた。
昔の自分ならこういう空気は居心地悪かっただろう。
が、今の自分は違う。
自分は今や女神からその力を必要とされる勇者。
第六騎兵隊?
実力はまあそこそこあるのかもしれない。
だがA級勇者である自分の敵ではない。
まあ……尊敬の念が見えないのは、気に障る。
気に障る!
「【剣眼ノ黒炎】」
固有スキルを発動し、腕に黒き炎を纏わせる。
夕食をよそいかけていたジョンドゥがぎょっとした。
「ど、どうされたのでありますかっ?」
「いやなに……我が暗黒なる焔を急に見たくなってな。我が炎が貴様たちを驚かせてしまったのなら……謝ろう」
「お、驚いたであります……それが、勇者殿の固有スキルでありますか」
「上級」
「?」
「我は上級勇者。ただの勇者と一緒にされては困る……二度と間違えるな、無礼者」
ジョンドゥはおたまを置き、
「これは――」
土下座に近い姿勢を取った。
「し、失礼しましたであります!」
安は立ち上がる。
「貴様、本当に――強いと噂の騎兵隊の隊長なのか? ん?」
ぐいっ
安は、頭を下げるジョンドゥの後頭部を踏みつけた。
踏みつけられ、ジョンドゥの額が接地する。
「!」
他の者の空気が一気に剣呑さを増した。
安は、ぐるりと周囲を睨めつける。
「なんだ貴様ら? まさか……A級勇者であるこの黒炎の勇者に、勝てるつもりか?」
安の右手は、まだ黒炎を纏ったまま。
「ふん……はっきりさせておこうと思ってな。ここにいる者と我との間には、埋めがたい決定的力量差が存在している。それとも……」
黒炎を纏った手を誇示する。
「この場で、何人か消し炭せねばわからぬか?」
「て、め――」
ピンクの体毛を持つ男が距離を詰めてきた。
憤慨した顔をしている。
体格がいい。
負け犬の小山田くらいの上背か。
品のなさそうなふてぶてしい顔つき。
そして、獣めいた耳。
ピンク色の尻尾。
「貴様は確か神獣とやらか。ふ、威勢のよいことだな……名はなんと言った?」
「ジョンドゥさんよぉ!?」
声をかけた安をスルーし、神獣がジョンドゥに呼びかけた。
「なんでこんなやつにいいようにさせてんだよ!? あぁ!? こんなやつ大したことねーだろ! この前の戦いでこいつ、指何本か魔物に斬られて戦場から真っ先に逃げ出したそうじゃねーか!? 勇者っつっても――雑魚だろ、雑魚!」
安は足をジョンドゥの後頭部から離した。
そして振り向きざま――右腕を薙ぐ。
「この……無礼者がぁああ!」
黒炎が、神獣に襲いかかった。
「っ!? うがぁあっ!? くそぉお!? や、やめろ!」
纏わりつく炎を慌てて払いのけようとする神獣。
「安心するがよい……殺しはせぬ。神獣は貴重な存在なのだろう? 感謝することだな。神獣でなければ、焼き殺していたところだ。ただし先ほどのような無礼は見逃せん! 己の身の程知らずを、反省するがよい!」
その時だった。
ずいっ、と。
炎に巻かれる神獣と安の間に割って入ったのは、隊の副長。
「ひどいなー、これはなー。さすがになー。やり過ぎじゃねーかなー? なー?」
「…………」
高身長。
筋肉はギュッと締まった感じ。
撫で気味に後ろへ流した金髪。
ところどころ髪がほつれて垂れている。
垂れ目気味だが、眼光は鋭い。
顔だちは精悍。
ただ、いかつい印象も受ける。
だるそうな話し方も相まってか、少し不気味な感じもする。
威圧的に安を見下ろす副長――フェルエノク・ダーデン。
彼の手には、剣が握られていた。
普通オブ普通なあのジョンドゥより……。
この男の方が、よっぽど”隊長”のイメージである。
そう。
顔合わせの時点で、安はすでに看破していた。
(ジョンドゥは家柄だけで隊長に据えられたお飾り……やはり第六騎兵隊は、実質上この男によって運用されてるに違いない……)
つまりこのフェルエノクよりも”上”と証明できれば。
第六騎兵隊の者たちも、自分を認める。
「……どちらが上か、この場で決めてしまうか? 我は構わぬぞ? まあ、この黒炎の勇者を恐れるのなら逃走を許そう。ただしその場合、貴様の完全敗北である」
安を睨み据えたままフェルエノクが口を開く。
「……隊長ー、あのさー」
「そ、そこまでにしようであります!」
ジョンドゥが立ち上がり、制止の声を発した。
次いで、彼は深々と安に頭を下げた。
「隊長であるわたしに免じて、どうかラディスとフェルエノクの無礼を許してやってほしいのであります。この通りであります、上級勇者殿」
「あのさー、隊ちょ――」
「フェルエノク」
ジョンドゥが、フェルエノクに呼びかけた。
「…………」
フェルエノクが黙りこくる。
彼は、そのままおとなしく引き下がった。
一方、毛の一部が焦げた神獣――ラディスは怒気を放つ。
「隊長……ッ! わけわかんねぇっすよ! なんなんすか!? こんなの、我慢しろって方が――」
「ラディス」
「……っ」
安は首を傾げる。
今、ジョンドゥは特に威圧するでもなくラディスに呼びかけた。
なのにラディスは二の句が継げなくなった。
どころか不承不承、おとなしく引き下がったのである。
フェルエノクもそうだった。
あんな平凡な男を怖がるなんて。
どうかしている。
頭が、おかしい。
安は思った。
恥ずかしいやつらだ、と。
心の中でそう軽蔑した。
だから、
「恥ずかしいやつらだ」
口に出して、言ってやった。
そう、今の自分なら言える。
言えるのだ。
力が、あるから。
上級勇者、なのだから。
「くっくっくっく……自分より弱き者であっても貴族という家柄……権威には逆らえぬのだなぁ!? ふははははは! 笑えるではないか! なんという小物の集まり! 紛うことなき、弱者たちの集い!」
愉快だ。
「だが、仕方あるまーい! 貴様らは強者に媚びねば生きられぬのだからなぁ!? それが異世界人なのだろう!? 別世界の者に頼らねば生きられぬ……弱者弱者弱者ぁぁああああ゛!」
気分がいい。
これだ。
これこそ、
強者の特権。
弱者は黙るしかない。
虐げられるしかない。
やられ放題に、なるしかない。
「さあさあ、ほらどうする!? あの女神から他の勇者より格上だと認められ、重要な任務を与えられた我をどうする!? ん!? この世界に必須級な存在である我をどうしたいのだ!? ん〜? ふはははははは!」
前の世界と同じだ。
真の発言権を持つのは強者だけ。
いい思いをするのはいつも、強者。
そしてここにいるやつらは、せいぜいがキャンキャン吠える程度の弱者。
逆転。
逆転だ。
完全に。
異世界転移で、完全に逆転した。
何よりここには誰もいない。
今や負け犬に転落した、腕っぷし以外取り柄のない小山田も!
調子に乗って無駄に偉ぶっている、カンチガイ桐原も!
人を見下した態度の変人姉妹も!
そして、
運に助けられてばかりの頭お花畑な、あのおせっかい委員長も!
「この黒炎の勇者がいなければ大魔帝は倒せぬのだろう!? これから果たす任務にしても、我なしには達成不可能なはず! あの女神が誰よりそれを理解している! だから我を選んだ! あの女神はやはり賢い! そうだ、この安智弘がいなければ貴様たちも大魔帝に蹂躙されて終わるしかない! 理解せよ! 我なくして、貴様らは決して救われぬということをな……ッ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「今の我が言葉をその胸によく刻んでおくがいい……弱者たち!」
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