禁字族
前回更新後、新しく4件もレビューをいただきました。ありがとうございます。ご感想やご評価も含め「ハズレ枠」への様々なフィードバックをいただけるのを、いつも嬉しく思っております。
荷物の一部を出し、予備の背負い袋に入れる。
部屋を出ると、俺はアーミアの隣について廊下を歩き始めた。
城の外へ出るらしい。
「ゼクト王たちはまだ話し合いを?」
尋ねると、アーミアは頷いた。
「うん、まだ合議を続けているはずだ。私だけ抜けて、キミの案内をすることになった」
「あなたは抜けてもよいのですか?」
「これは陛下の指示だ。私は、それに従うまで」
それと、とつけ加えるアーミア。
「クロサガとの用事が長びくようなら、キミの連れたちには泊まる部屋と食事の案内があるだろう」
「感謝いたします」
「キミ、まだ私たちを警戒しているのだろ?」
「ここはまだ見知らぬに等しい場所ですから。ゼクト王のことは信頼しています。しかし、ワタシはあなた方のことをほとんど知らない」
「うん、私もキミたちを知らない。つまり、互いに立場は同じ……ま、ゆっくり知り合っていけばいいさ」
「そういうことでしたら……道すがら、いくつか質問をしても? 互いを知り合うために」
「許可しよう」
一応、情報収集はしておく。
まず、
「四戦煌、というのは?」
語感的には幹部っぽい立場の連中というか。
いわゆる、四天王的なアレだとは思うのだが。
「ん? ああ、戦闘方面で特に優れた四名に与えられた称号さ。同時に、各軍団のまとめ役といったところだな、うん」
やっぱりそういう感じか。
「グラトラ殿も?」
「彼女は王の近衛隊の隊長なので違う。ただ……」
敬礼するオーク兵に手を挙げて応えてから、アーミアが続ける。
「私たち四戦煌に、陛下、宰相と近衛隊長の三名を加えて”七煌”と呼ばれたりもする」
「最果ての国を支える七つの煌めき、ですか」
ハハ、と軽く笑うアーミア。
「そう表現されると少々照れるが」
「そういえば、この国では人間に近い生活様式で暮らしているのですね」
ぱっと見だとあまり独自の文化を持つ感じではない。
限りなく人間の暮らしに近い。
そんな印象である。
外の世界と大きく違うのは、人間との比率くらいか。
「陛下の方針だな、うん」
「その方針になった理由を?」
「人間といつか共生する時のための準備……だそうだ。人間の文化や生活様式に慣れておけば人間社会に溶け込みやすいだろう、と」
なるほど。
「まあその話も、宰相のリィゼロッテ様から陛下への愚痴まじりに聞かされた受け売りなのだが」
愚痴まじり、か。
その宰相は王の方針に不満があるのだろうか?
と、訝しげなアーミアの目つきに気づく。
「――何か?」
「アナエル様からこの国の場所を教えてもらったと言っていたが……この国のあれこれについては、アナエル様から何も聞いていないのか?」
俺がこの国のことを知らなさすぎる――
それが、気になったらしい。
「当時の彼女はこの国の者たちに知恵や道具を与えただけで、国の発展自体を目にしたわけではない……そう言っていました。当時面識のあった者も、今ではほとんどいないだろうと」
だから当時の”古い”情報を伝えてもあまり意味はない。
当時の通称”アナエル”ことエリカは、そう話していた。
おそらくゼクト王以外に存命の者はほとんどいないだろう、とも。
そう話している時のエリカの顔は、少し寂しげだった。
短命。
長寿。
その二つの”ズレ”はこういうところで出てくるのだろう。
年月と共に当時の知り合いが減っていく。
それは――長寿のセラスも同じか。
うん、と頷くアーミア。
「かくいう私も、アナエル殿と面識はない。アナエル殿と直接会ったことがあるのは、今やこの国でも片手の指で足りるほどの数と聞いている――つまり、陛下をはじめとするごくわずかな長寿種族のみというわけだ。四戦煌ですら面識を持つ者はいない。ゆえに、私たちにとってエリカ・アナオロバエルは伝説上の存在とも言えるな、うん」
生ける伝説、か。
そこで一旦、俺は会話の流れを戻した。
「――そんなわけでして、ワタシもこの国については無知に等しいわけです。ですので、アーミア殿にご教授いただけるとありがたいのですが」
「ん? ご教授するのが私なんかでいいのか? 本当に?」
「こうして会話していて思いましたが……アーミア殿は話しやすいですし、質問への回答も明快です。適役かと」
「むーむ!? よーし、よかろう!」
腰に両手をやって、得意げに胸を反らせるアーミア。
鼻息のせいだろうか……フェイスヴェールもふんわりしている。
なんという――チョロさ。
にしても……。
上半身の姿勢を維持したまま、下半身はニョロニョロ微速前進している。
ラミアの下半身ってああいう器用な速度調節もできるのか。
「…………」
亜人を観察するのは、けっこう楽しい気もする。
▽
そんなわけで。
目的地までは、アーミアに色々教わりながら歩いた。
おかげでそれなりの情報を得られた気がする。
そんな俺たちは、城を出た後は西地区へ向かっていた。
城下町をぐるりと囲む岩壁……。
その岩壁なのだが、所々よく見ると通路や扉が確認できる。
城から一望できる都市区がこの国のすべてではないらしい。
岩壁の通路や扉の先にも”国”は続いているようだった。
そして、西地区を抜けた俺たちはそんな通路の一つに入る。
人工的なダンジョンっぽい通路。
光る石のおかげで通路内はほんのり明るい。
通路を抜けると、開けた空間に出た。
ひと言で表現すれば”洞窟内に作られた集落”。
第一印象は、それだった。
奥には泉のような場所が見える。
その近くには小規模の雑木林。
洞窟を囲む壁や天井には一部、文様が彫られている。
ここも、かつては遺跡の一角だったのだろう。
そして――数はさほど多くないが、人の姿。
行き交う人々の髪は銀色。
瞳も銀に近い澄んだ灰色をしている。
ただ……。
普通の人間にはないものが、確認できる。
黒翼。
有翼の種族らしい。
……そうか。
これが――禁字族。
皆、こっちを見ている。
視線は主に俺へ集まっていた。
最果ての国には様々な外見を持った種族がいる。
が、蠅王装のせいか俺の姿は特に珍しいらしい。
まあ、俺が普段見慣れないヤツなのも大きいだろう。
ただ……警戒されてる感じはあまりない。
これは、四戦煌のアーミアが同行しているおかげだと思われる。
「ここがクロサガたちの生活している集落だ」
ガイドさんみたいな手つきで、アーミアが言う。
「キミが訪問する旨は先に伝えてあるはずだが、とりあえず私が族長と会ってくる。ちょっと待っててくれ」
「承知しました」
アーミアの背が遠ざかっていく。
大した時間でもなかったが、道すがら話してきたせいだろうか?
大分、彼女の態度も好意的な方へ振れてきている気がする。
「…………」
ん?
ショートカットの少女が一人、ジッと俺を見ているのに気づく。
一見すると美少年みたいにも見えるが、女の子だ。
年は十代半ば……ってとこか。
おとなしそうな子だ。
顔を向けると――目を逸らし、その子は走り去った。
やがて、アーミアが戻ってくる。
「では私についてきてくれ、ベルゼギア殿」
連れて行かれたのは、集落の奥にある建物。
土塀の家。
他の家より大きめである。
家の前に見張り的なものはいない。、
古びたその家は、ひっそり静まり返っている。
「さ」
中へ入れ、と促すアーミア。
「アーミア殿は、中までついてこなくてよいのですか?」
「うん、族長がキミと二人きりで話したいと言っているんだ。だから、私はこの辺で待っている」
「わかりました」
アーミアは建物を指差したのち、その指先を動かし始めた。
「中に入ったら、こう……廊下を真っ直ぐ行ったのち、左へ折れてくれ。その突き当りにある部屋に、族長のムニンがいる」
開け放たれた戸――玄関を、潜る。
古い家だが、手入れは行き届いている。
手入れしている者の細やかな性格が伝わってくるようだ。
俺は、言われたルートを進む。
突き当りの部屋に辿り着き、ノックする。
「ベルゼギアと申します」
「どうぞ」
柔らかい女の声。
「失礼します」
言って、俺はドアを開け中へ入った。
ドアから入って左右に広い部屋。
正面の壁際に木製の大きな椅子がある。
椅子には布がふんだんにかけられ、敷かれていた。
ランプの橙の光……。
光が、室内の所々に影を作り出していた。
なんというか。
プチ謁見の間みたいな感じである。
そして――
「わたしたちに、どのようなご用でしょうか」
たおやかに立ち上がる女性。
背を覆うほどの長い髪。
髪色は他の禁字族と同じシルバー。
クソ女神と比べると色が濃い。
髪は、頭頂から左右へ綺麗に分かれていた。
肩より前へ垂れた髪が、胸元にかかっている。
そして――黒翼。
肌は白い。
身長は高い方と言える。
俺よりはやや低く、セラスより高いくらいか。
体型は、知り合いだとエリカに近い気がする……。
細くはない。
が、太っているという印象もない。
毛筆でスッと引いたような細い眉。
目は、糸目っぽく見える。
整ったその顔立ちから受ける印象は――柔和。
第一印象だと、苛烈さはうかがえない。
「いえ、まずは自己紹介が先ですね」
族長と思われる女性はそう言って、薄く微笑んだ。
俺のいでたちのせいかその声に緊張が含まれている。
が、それでも落ち着きの感じられる声質だった。
包容力がある、というか。
なんというか……。
年は、思ったより上かもしれない。
いかにも”大人”な落ち着きがある。
「…………」
いやまあ、それを言ったら超年上のあの魔女はなんなんだって話だが。
服は、いわゆるトーガとかに近い印象だろうか。
たとえば、古代ギリシャの絵画とかでよく見るような……。
あるいは、
”シャーマンっぽい感じ”
とも言えるのか。
祭祀を司る感じ、というか。
よく見ると、白い生地が所々薄く透けている。
ちょっと露出が多めに感じるのはそのせいだろう。
頭に被っているヴェールも一部、生地が透けていた。
デザインは修道女なんかの被るヴェールにちょっと似ている。
シスターヴェール、というのだったか。
そういえば以前……。
セラスもミスト状態の時、ヴェールを被っていた。
あれと比べると、こっちは修道女っぽさがやや少ない印象である。
「クロサガの族長を務めております、ムニンです」
綺麗につま先を揃え、族長がそう自己紹介した。
俺は一礼を返す。
「改めまして――ワタシは、蠅王ノ戦団という傭兵団の長を務めております、ベルゼギアと申します。このたびは、こうして話す機会をくださり感謝しております」
頷くようにして、ムニンは微笑みを返してきた。
そして、
「どうぞ、そちらへおかけください」
斜め前に置いてある椅子を勧められた。
俺はムニンに近いその椅子に座る。
彼女も再び、座した。
「では、改めて……」
ムニンはそう言って膝上に楚々と両手を置くと、
「わたしども禁字族に、何かご用とか」
と尋ねた。
「はい。まずはワタシの願いを、単刀直入に申しても?」
「――どうぞ」
椅子の脇に置いた背負い袋。
俺はそこから、呪文書を取り出した。
禁呪の呪文書。
三つのうち一つを手に取り、軽く前へ差し出す。
すると、ムニンが唾をのんだ。
「それは……」
「この呪文書に綴られた文字を読めるのは、あなたたち禁字族だけと聞いています。ワタシはこの呪文書が秘めているもの……禁呪の力を、手に入れたいのです」
「――――禁、呪」
今まで落ち着き払っていたムニンが、今度は息をのんだ。
糸目気味だった彼女の目は――開かれている。
ほんのかすか青みがかった灰の瞳。
上等な宝石めいたその瞳が、少し揺らいでいる。
「…………」
ジッと俺はムニンを観察する。
「あの……あな、たは――」
ゴクリッ
先ほどより大きい音で、唾をのみ込み――
ムニンは、尋ねた。
「あなたは禁呪の力をなんのために……得たいのです?」
かつて”そいつ”に中指を立てた左腕。
それを前方へ掲げ、答える。
「完膚なきまでに、叩き潰すためです。二度と――立ち上がれぬほどに」
瞳を揺らがせたまま、ムニンが視線を合わせてきた。
露わになった彼女の膝がかすかに震えている。
彼女は片胸に手をあて、一つ深呼吸した。
自らを落ち着かせるみたいに。
そして、
「誰を、ですか」
「神族を」
忌々しきその名を――俺は、告げる。
「アライオンの女神、ヴィシスを」




