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ナイト


 いる。


 生きて、いる。


 禁字族が。


 最果ての国に辿り着いた際の最大の懸念点。


 ひとまずそれが、解消された。


「彼らには、できるだけ早く会いたいのか?」

「早く会えるに、越したことはありませんが」

「わかった。ただし、クロサガの側にも話を通さねばならぬ」

「クロサガ?」

「彼ら――禁字族の呼び名だ。部族名と考えればよい。始まりとされる”クロサガ”の血を引く一族……その総称、とでも言おうか」


 続けるゼクト王。


「ともあれ、そちを禁字族と引き合わせる件……他でもないエリカ殿の頼みでもある。クロサガ側が頑として拒否でもしない限りは、会えるように取り計らおう」

「感謝いたします」

「…………」

「……何か?」

「ヨと二人きりの時だけでもかまわぬのだが……その物々しい口調――”演技”抜きで話してもらうのは、可能か?」


 俺は、少し考えてから言った。


「その要望にどんな意図があるか、お聞きしても?」

「エリカ殿の手紙に書いてあったのだ」


 ふっ、と微笑みをこぼす王。


「仰々しい演技をやめさせて話した方が、そちの本質を掴めるであろうと……そして、ある種の無礼に目を瞑ってでもその本質を掴む価値は十分あるはず、と――そう綴られていた」


「なるほど」


「配下たちの反発を招くかもしれぬから、今はまだヨと二人きりの時だけでかまわぬ。ヨに”本来のそち”として、接してくれぬか」


 冗談っぽい調子で王は続ける。


「不死王と蠅王……二人とも”王”なのだ。対等に話しても、問題はあるまい」

「俺は――――”王”なんて、そんな立派なものじゃないが」


 口調を普段のものにして、言う。


「そういうことなら、あんたと二人の時は”こっち”で話そう」

「ふふ、なるほど。今の方が……確かに、しっくりとくる」 



     ▽



「とりあえず、禁字族とは引き合わせてもらえそうだ」


 俺はさっきの待機部屋に戻ってきていた。

 あのあとゼクト王とは少しだけやり取りをした。

 王はその後、部屋の外にいた者たちを呼んだ。

 早速、今後の方針を話し合うのだという。

 まあ、国としては攻めてくる軍勢への対応が最優先だろう。

 一方の俺たちは、一旦この部屋へ戻るよう言われた。

 で、今ちょうど戻ってきて部屋のドアを閉めたところである。


 今、監視役のグラトラはいない。

 部屋の外に兵士が二人いるのみ。

 臀部にかかる布を整え、セラスがそっと長椅子に腰かける。


「これでようやく、禁呪の秘密に大きく近づきましたね」

「ああ」


 ただ、ひとまず今は待ちの時間である。

 ……今のうちに、別件を一つ済ませておくか。


 俺は、ニャキを見た。


 ニャキは、セラスの隣にちょこんと座っている。


「ニャキ」

「? はいですニャ?」

「最果ての国に辿り着いたわけだが……このあとはどうする?」

「ニャ? そ、そうですニャぁ……」


 考え込むニャキ。


「このままこの国で世話になるなら……今後、外へ出るのは厳しくなるかもしれない」

「はい、ですニャ」


 ニャキは、神獣である。

 神獣はあの銀の扉を何度も開閉できる。

 といって、ニャキが自由な出入りを頻繁にできるかというと――

 これは事情が違ってくる。


「最果ての国の位置を外の者に知られたくない――国を守りたい連中にとっては、扉の位置を知っていて、かつ”鍵”の役割を果たす神獣を再び外へ出すのは避けたいはずだ」


 これが何を意味するか?

 俺は、続けた。


「つまり……ねぇニャやまいニャたちとの再会は、難しくなる」

「…………」

「おまえはずっとこの国から出られず、ここで暮らしていくことになるかもしれない」


 ニャキは、笑みを浮かべ――面を伏せた。


「覚悟は、してましたニャ」


 自分に言い聞かせるような、そんな響き。


「もちろん、ねぇニャたちにまた会えたらニャキは嬉しいですニャ。でも……またニャキが外に出たら、きっとこの国の皆さんの迷惑になってしまうのですニャ。ニャキも……わかっているつもりですニャ」


 ニャキも、理解していたようだ。

 神獣=ニャキだと知っている外の者たち。

 そんな連中にもしニャキが捕まったら――

 卑劣な手段で、ここの場所を吐かせられるかもしれない。

 そして神獣の力で扉を開き――攻めてくるかもしれない。

 きっとこの国の連中はそれを危惧する。

 俺がどんなに、


 ”ニャキは俺が守り抜いてみせる”


 と、言おうと。


 ”鍵としての機能を果たす神獣を、再び外へ出した”


 その事実が国内に広がれば、ゼクト王の立場も怪しくなりかねない。


「――ニャキ」

「はい、ですニャ」

「すべてが終わったら……ねぇニャやまいニャと再会できるよう、俺が動いてみる。たとえばニャンタンあたりに事情を話して、みんなでここに来てもらう手もあるはずだ。それが実現できるよう、あとで俺からゼクト王に話してみる」


 ちょっと驚いた感じで顔を上げるニャキ。


「主、さん……」

「力は尽くす。が、確約まではできない。そこは了承しておいてくれ」

「わ、わかりましたニャっ、はいですニャっ」

「とりあえずは、まずおまえがこの国でこのまま世話になれるよう交渉してみる。ま……向こうも神獣のおまえを無闇に放り出すような真似はしないだろ」


 ニャキが姿勢を正す。

 次いで、頭を下げた。


「何度も何度もすみませんニャ! ありがとうございますニャ! このご恩は、いつか必ずまとめてお返ししますニャ!」


 礼を述べるニャキ。

 声には、感謝の他に希望が灯っていた。

 セラスは、そんな隣に座るニャキを優しい目で見ている。

 ややあって、俺は言う。


「今、恩を返すって言ったよな?」

「は、はいですニャっ」

「なら一つ、俺の頼みを聞いてもらおうか」

「な――なんでも言ってくださいニャ! ニャキにできることなら……ッ」


 上体を少し前へ倒し、言う。


「リズっていう、ダークエルフの女の子がいる」

「リズさん、ニャ?」

「ああ。今は禁忌の魔女――エリカ・アナオロバエルと、魔群帯の奥深くで一緒に暮らしてる。で、いつかその子に会ってやってほしい」

「ええっと……ニャキが、そのリズさんに会えばいいのですかニャ……?」


 ニャキはまだ意図を掴めていない感じである。

 目を、ぱちくりさせている。


「もちろんその時は俺もついていく。だから、魔群帯の金眼どもは問題ない。おそらく北方魔群帯以外なら……もう、魔群帯の通過は問題ない」


 慣れた、というか。

 把握した、というか。

 ま、もちろん油断は禁物なわけだが。


「それで、なんつーか……」


 俺は、言う。


「できたら、リズと友だちになってやってほしいんだよ」

「お友だち……ニャ?」


 二人の実年齢は知らない。

 が、二人は”近い”気がする。


 そう。


 リズはやっぱり、子どもで。

 ニャキも――やっぱり、子どもなのだ。


 リズは”子ども”として大人に気を遣う。

 同じくニャキも、やっぱり”子ども”の気の遣い方をする。


 俺たちに対して。


 …………。

 ちなみに三森灯河は成人していない。

 そんな俺が”大人”か、どうかは――

 まあ、ひとまず置いておいて。


 とにかく。

 リズには”同い年感覚”の友だちがいない。

 ピギ丸やスレイも友だちではあるだろう。

 が、やっぱり少し違う。


 ただ――ニャキなら。

 そういう友だちに、なってくれるんじゃないだろうか?

 前から、そんな気がしていた。


 リズくらいの頃。

 俺に、友だちはいなかった。

 当時、俺に興味を持ってくれる子はいた。

 仲良くしてくれようとした子もいた。

 が、実の親がその子たちを遠ざけた。

 友だちを通じて他の親に知られるのを嫌がったのだ。

 何を?

 そう――実の親は”家庭事情”を、知られたくなかった。

 通報されるかもしれないから。

 そんな事情で、当時の俺に”友だち”はいなかった。


 だから、リズには――


 年の近い友だちを持つ機会を、作ってやりたい。


 前々から、そう思っていた。


「わ、わかりましたニャ! リズさんにお友だちになってもらえるよう、ニャキはがんばりますのニャ! にゃ、ニャによりっ……」


 両手の指先を擦り合わせ、はにかむニャキ。


「ニャキだって……お友だちさんができるのは、とってもとっても、嬉しいのですニャ」



     ▽



 時間を確認し、懐中時計をしまった時――


 部屋のドアが開いた。


 俺は立ち上がる。

 セラスたちも、立ち上がった。


 入ってきたのは――グラトラではなかった。


 騎士装のラミア。


 蛇に似た下半身は黒色。

 髪も黒い。

 上半身の肌部分は白かった。

 キリッとした目。

 キリッとした眉。

 秀麗な顔立ちに思える。

 思える――というのは、顔の下半分が隠れているせいもあった。

 マスクというより……。

 あれはフェイスヴェールってヤツだろう。

 ファンタジーとかだと踊り子なんかがつけてるイメージがある。

 それと、上半身だけの判断にはなるが……。

 人間で言えば、まあ”スタイルがいい”と言えるのだろう。

 ラミアの世界でどう見えるのかは、知らないが。


 また、前に見たラミア騎士とは装いの感じが違う。

 ワンランク上の感じ、とでも言おうか。

 他のラミア騎士より位が高いのかもしれない。

 額当ても、前に見たラミア騎士より凝っている。

 腰の辺りには、鞘におさまった長剣を下げていた。


「私は四戦煌しせんこうが一人、アーミア・プラム・リンクス」


 尻尾の先をニョロっとさせ、自己紹介するラミア騎士。


「ベルゼギア殿とクロサガを引き合わせるよう、陛下より仰せつかった。私のことは、アーミアと呼んでくれ」

「…………」


 今から引き合わせてくれるのか。

 一日くらい待たされるのは覚悟していたが……。

 不死王に感謝だな。

 長手袋を嵌めた手で、アーミアが握手を求めてくる。


「よろしく頼む、ベルゼギア殿」


 差し出されたラミア騎士の手を取る。


「こちらこそ」


 グラトラと比べると友好的な感じである。

 が、グラトラと違い俺たちにさほど興味がないとも取れる。


 ”アーミア”


 人払いの際にゼクト王が確かその名を口にしていた。

 さっき隠し部屋にいたのが――このラミア騎士か。


「今日クロサガと会うのはベルゼギア殿一人だ。クロサガの者たちは、あまり部族外の者と関わりたがらないのでな。そういう事情で、大人数で行くと無用の警戒心を抱かせてしまうかもしれない。なので、他の者はここで待っていてくれとのことだ」


 セラスを見ると、合図が返ってくる。


 ”嘘はついていない”


 俺たちを分断させるための方便、とかではないようだ。

 ゼクト王は信用できると思うが……。

 一応、まだ完全に警戒を解くべできではないだろう。

 俺は言った。


「ではセラス、あなたは皆とここで待っていてください。もし何か判断が必要なことが起こった場合は、その時の判断はあなたにお任せします」

「――承知いたしました」


 言って、再び長椅子に腰かけるセラス。

 と、その時だった。

 アーミアが指先で、俺のローブをつついた。


「ローブ内のこのスライムも、今回は置いていってくれ」

「ピッ!?」


 目立たないように、潜ませてたつもりだったが。

 何より、


 ”ピギ丸がローブ内のどの位置にいるか”


 一見でこれを的中させるのは難しい気がする……。

 適当につついた感じではなかった。

 明らかに、


 ”ローブ内のそこにいる”


 それを、わかっている感じだった。


「このスライムの気配が、クロサガを警戒させてしまうかもしれないのでな」

「そういうことでしたら……すみません、ピギ丸。あなたもセラスたちとここで待っていてもらえますか」

「ピユ〜」


 ピギ丸はちょっと残念そうな鳴き声を出し、


「ポヨーン!」


 と、ローブから飛び出した。

 俺は改めて、アーミアに向き直って言った。



「それではアーミア殿、早速ご案内していただけますか? クロサガの一族――禁字族のところへ」






 前回更新後に新しくレビューを1件いただきました。ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
相手が王であれタメ口で話そうとかなろうでは当たり前の気持ち悪い展開が萎える。 何故わざわざタメ口にこだわるのか謎。
[気になる点] 口調がどうこうということになれば、翻訳が難しそう。
[一言] >ねぇニャやまいニャ 主人公が言ったかと思うと、ちょっと笑ってしまったw
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