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扉の先へ


 足を踏み入れた先は、洞窟になっていた。

 というか、広い……。


 ”だだっ広い地底湖”


 頭にパッと浮かんだイメージはそれだった。

 が、それだけではない。

 文明の名残りがある。

 ここは遺跡でもあるのだろう。

 石畳や岩壁から迫り出した建築物などが目につく。

 中は――明るい。

 光を発する石が壁に埋まっていた。

 ミルズ遺跡にあった石と似ている。

 幻想的な美しい光景と言えばそうかもしれない。

 しかし、今はそんな風景に目を奪われている場合ではない。

 と、いうのも――


「グムムムムゥゥ……ッ」


 俺たちの先――左右の斜め前に高台がある。

 その上に立つやや小柄な人影。

 俺たちを取り囲むように、配置されている。

 犬に似た頭部。

 人型。

 いわゆる、コボルトってヤツか。

 ただ、目の色はグリーン。

 金眼じゃない。

 ニャキが指示を求めるように、


「あ、あるじさん……」


 と、口を開いた。

 俺たち以外の者がいる時は”トーカ”と呼ばない。

 呼ぶ時は”主”か”ベルゼギア”で、と伝えてある。

 しっかり守ってくれているようだ。


「にゃ、ニャキが何かお役に立てることはありますかニャ……?」


 その時だった。

 高台の向こうで、一匹の小型の竜(?)が飛び立った。

 視界の端にそれを捉えながら、俺は答える。


「いや、大丈夫だ。今は俺と同じように、両手を上げて無抵抗を示しておいてくれ」

「わ、分かりましたニャっ」

「セラスたちも」

「はい」


 第二形態で身構え気味だったスレイも、構えを緩くする。

 ここへは戦いに来たわけじゃない。

 協力を仰ぎに来た。

 必要なのは蹂躙するための解法ではない。

 必要なのは、友好を得るための解法。

 今、敵対的な動きをしたら今後の交渉がやりにくくなる。

 スキル使用が必要になる局面はギリギリまで避けたい。

 それに……。

 他にも、魔物の気配がある。

 そいつらは隠れてるらしい。

 伏兵だろうか?


「…………」


 さっき飛び立った小型の竜みたいなヤツ。

 伝令みたいな感じに見えた。

 俺たちのことを”上”へ伝えに行った可能性がある。

 話の通じるヤツが出てきてくれると、ありがたいんだが。


 ……そういえば。

 言葉は、通じるのか?

 たとえば、ピギ丸なんかは明らかに普段から俺の言葉が通じてる風だが――


「不死王ゼクトにお目通り願いたい。ワタシたちは、エリカ・アナオロバエルより”鍵”を譲り受けてここへ来ました。彼女の名を出せば、ゼクト王ならひとまず受け入れてくれるはずだと聞いたのですが」


 そうコボルトに話しかけてみる。

 が、返答はない。

 コボルトたちが示したのは、首を傾げる程度の反応だった。

 俺は、足裏で地面を小さく擦ってみる。

 今の自分の声と、同じくらいの音量で。


 サリッ


「グムムゥ!」


 コボルトの弓の構えが、威圧的になった。

 ――聞こえてはいる、か。

 しかし、言葉は通じていない。

 それでも、今のところ無闇に攻撃してくる様子はない。

 と、そう思った時だった。


 ヒュッ!


「!」


 矢が放たれた。

 セラスが剣を抜き、矢を斬り落とす。

 彼女は剣を構え、盾のようになって俺の前方に立った。


「申し訳ありません」


 背を向けたまま、謝罪するセラス。


「つい、身体が反応して」


 今の俺ならあのくらいの矢は避けれる。

 しかしセラスはそれを理解しつつも、反射的に動いてしまったようだ。

 ゆっくりと、セラスが剣を下げる。


「動いちまったもんは仕方ないさ。ただ……」


 セラスが剣を抜いたことで、


「グムムムゥウ!」


 コボルト側が一気に殺気立った。

 そして、


「ゲグァア!」

「キシャァアアア!」


 潜んでいた他の魔物が姿を現す。

 俺たちを、ジリジリと囲むように近づいてくる。

 今までは隠れて様子を窺っていたようだ。

 仲間のピンチ、とでも思ったのだろう。


 が、金眼はゼロ。


 確かに――違う。

 俺たちを警戒してはいる。

 けど、明らかだ。


 なんというか。

 金眼どもとは、明らかに理性の”質”が違う。

 そう感じる。

 チラと背後を見やると、扉はまだ開いたまま。

 今のところ閉じる気配はない。

 あるいは……。

 ”鍵”であるニャキが近くにいるから、開いたままなのかもしれない。


「これは……言葉の通じる亜人族や魔物がもういないってことも、ありうるかもな」


 ”言葉の通じる種族が残っていない”


 このパターンは――まずい。

 その時、


「ピピピ……ピギーッ! ポヨーン!」


 ローブの中から、ピギ丸が飛び出した。

 コボルトたちが驚いた反応を示す。


「!?」


 攻撃は――してこない。


「ピギ! ピギギギ! ピギーッ! ピ、ピ、ピ! ピニュィ〜! ピユイーッ!」


 激しく鳴くピギ丸。

 何か……訴えかけてるのか?

 と、


「グムム?」

「グ……グムグム」

「グムー……」


 コボルトたちに、今までと違った反応が生まれた。

 いや――他の魔物もだ。

 ピギ丸は、鳴き声を出し続ける。


「ピギ丸、殿……?」


 セラスも目をぱちくりさせ、ピギ丸を見ている。


「?」


 なんだ?

 わずかだが……


 魔物の殺気が、減っていく?


「ピニュイ! ピッピッピッ! ピッギッギー! ピギーッ!」


 まさか、ピギ丸――


「俺の言葉を、通訳……してんのか?」 


 クルリンッ


 ピギ丸が180度回転し、


「ピギッ!」


 肯定の色を示す。


「ピギ丸、おまえ――」


 俺は思わず右手を顔面にやった。

 フッ、と。

 やはり思わず、マスクの中で笑みが漏れる。


「相変わらず器用なヤツだ……まったく、おまえはどこまで……」

「……ベルゼギア様、魔物たちの様子が」


 魔物たちの様子には、確かな変化があった。


 保留。

 様子見。


 そんな感じに、なっていた。

 ピギ丸の訴えが届いたのだろうか。

 コボルトたちには判断を迷う雰囲気が漂っている。

 俺は、指示を出した。


「しばらく何もするな。ひとまず、待機だ」

「ピギー」


 ピギ丸が鳴くと、コボルトたちが顔を見合わせた。

 俺の言葉を通訳したらしい。

 そして――コボルト側も、静観の構えに入る。

 すると、



「何者か」



 低い声が、響いた。

 少しエコーがかった感じもある。

 ほどなくして、曲がり角の向こうから明かりが漏れ出てきた。

 光がこっちへ近づいてきているのがわかる。

 そうして、角から姿を現したのは――



「まずは、武装を解いてもらおう」



 それは、肩の付け根から先が翼のようになっていた。

 手の先は人間っぽいが、大きな鉤爪かぎづめが確認できる。

 二足歩行らしい。

 ももの付け根あたりから足先までも特徴といえる。

 猛禽類のそれに似ている。

 頭部にも羽と思しき部位が左右に生えている。

 冠羽かんうってヤツだろう。

 それ以外の造形は比較的人間に近い。

 性別は外見から雌――女とわかる。

 あれは……


 いわゆる、ハーピーってヤツか?


 俺たちを睨み据える眼光は厳しく、鋭い。

 衣服や武装らしきものは着用している。

 なかなか洗練されたデザインに見える。

 野暮ったい感じはない。

 多分、ハーピー専用に作られた衣類や装備なのだろう。

 が、さっき”何者か”と問うたのはそのハーピーではない。


 声が、違う。


 というか……。

 他にも、ぞろぞろと亜人族や魔物がついてきていた。

 皆、武装している。

 前を見たまま、俺はセラスに言う。


「武器を捨てろ」

「はい」


 剣を捨てるセラス。

 俺も腰の短剣を抜き、地面に放った。

 ピギ丸、スレイ、ニャキは武装していない。

 武器を捨てたのを見て、ハーピーが双眸を細める。

 ハーピーは、


「――ふん」


 と、鼻を鳴らした。


「…………」


 俺にとって短剣は大した武器じゃない。

 主力は――状態異常スキル。

 何かあっても、いつでもそれで対応できる。


「魔導具のたぐいは?」

「攻撃用のものはない。信用できなければ、荷物を調べてもらってもいい」

「調べに近づいた者を人質に取られてはかなわん」


 なるほど。

 それを警戒するか。

 利口だ。

 と、


「よい」


 一つの影が、列を割って前へ出てきた。

 出てきたのは王冠を被った”骸骨”。


 エコーがかった低い声。


 さっき”何者か”と問うたのと――同じ声。

 骸骨は王冠を被り、ローブを纏っていた。

 ミルズ遺跡のスケルトンキングとは違う。

 言うなれば本当の意味での”スケルトンキング”、か……。


 右手には錫杖しゃくじょう

 骸骨王の斜め前に盾のごとくハーピーが位置取った。

 他の者たちもその両翼めいて広がり、構えを取る。


 ”下手な動きをすれば、こちらはいつでも攻撃に移れる”


 という強い意思表示。

 骸骨王が、さらに問う。


「ここへ……何をしに来た?」


 言って、ニャキを見る骸骨王。


「そちは……神獣か。それに――」


 改めて骸骨王は、俺たちを観察した。


「魔物に、魔獣……エルフ……そして、蠅王の仮面……そなた――」


 手にした杖の先を俺へ向ける、骸骨王。


「もしや……人間か?」

「はい」


 俺は、認めた。

 向こうサイドが、一瞬ざわつく。

 ここは亜人族や魔物たちが流れ着いた果ての国。

 彼らは人間の世界から逃れてここへ流れ着いた者たちだ。

 人間が招かれざる客扱いなのは、当然と言えるだろう。


「…………」


 相手は最果ての国の”王”だ。

 ここは一応、ベルゼギアバージョンというか……

 礼節をもった態度で接しておくべきだろう。

 俺は、ひとまず腰を低くして言った。


「あなたが、不死王ゼクト殿とお見受けいたします」

「……いかにも」


 内心、安堵する。

 骸骨の姿をした王。


 


 最果ての国の王は――変わっていない。

 ならば、


「エリカ・アナオロバエル殿より、我が目的を果たしたくば最果ての国を訪ねよ、と……そう助言を得て、ここを訪ねました」


「!」


 ハーピーの顔色が、変わった。


「ゼクト様っ……この者、今アナエル様の名を……ッ!」


 ……ん?

 アナエル?

 エリカは、ここではそう呼ばれてたのか?

 そういや……。

 確か”エリカ”は後付けで、本当の名前じゃないんだったな。

 多分、


 ”アナオロバエル”


 だと長いので、


 ”アナエル”


 と、短縮して呼ばせていたのだろう。

 ま、英語名の短縮形みたいなもんか。

 たとえば”ベンジャミン”を”ベンジー”と呼ぶみたいに。


「……それが真であるなら、そちたちを受け入れるか否か、一考の余地はあるのかもしれぬな。しかし……その言を無条件に信じることも難しい。そちを信ずるに値する証拠は、何か示せるのか?」

「ワタシは、エリカ・アナオロバエルより”鍵”を渡されてここへ来ました。ここの場所も彼女に教えてもらいました。それと、証拠ですが……」


 懐に、手を入れる。

 不穏な動きと取られたか。

 相手側の攻撃の気配が強まる。

 が、


「よい」


 ゼクト王が手を上げて制す。


 俺は懐から、封蝋ふうろうされた手紙を取り出した。


「エリカ・アナオロバエルよりこれを預かっております。これをあなたに渡せば、ワタシたちが彼女から信を得た者とわかるはずだと」


 ハーピーが視線でゼクト王に問う。

 頷きを返すゼクト王。

 すると、ハーピーが近づいてきて俺から手紙を受け取った。


『アナオロバエルの名を出すだけで足りなそうな時は、これを渡すといいわ』


 エリカから、そう言われていたが――


「ふむ……」


 手紙をハーピーから受け取ったゼクト王が、封蝋を割る。


 パキッ


 封を解くと、ゼクト王は折りたたまれた手紙を広げた。

 すぐに中身へ目を通し始める(骸骨なので、まあ眼球はないのだが……)。

 ちなみにその間も、不死王を守る兵たちの警戒は緩むことがなかった。


 長い沈黙の時が流れる。


 どうやら内容が長いみたいだ。

 読むのに時間がかかっているらしい。


 やがて――ゼクト王は骨の指で、手紙を丁寧に折り畳んだ。

 大切なものを扱うみたいな、そんな手つきで。


 手紙を畳み終えたゼクト王は、しばらく黙した。

 そして、声を発した。


「なるほど……確かに、これはヨとアナエル殿でなくては知らぬ情報であるな」


 俺は手紙の中身を見ていないので知らない。

 記されていたのは、ゼクト王とエリカしか知りえない情報らしい。

 それによって、


 ”この手紙は確かにエリカ・アナオロバエルの書いたものである”


 と証明されたようだ。

 さらに、 


「アナエル殿との取り決めで、脅されて書かされたような場合にはヨにしかわからぬ印を入れることになっている。そして――どうやらその印は見当たらない。つまりこの手紙は、脅しなどの手段によってそちがアナエル殿に無理矢理書かせた手紙でない……ということになる」


 なるほど。

 そういうやり方もあるか。

 さすがはエリカ。

 用意周到だ。

 俺がアレコレしなくても手紙が本物だと証明してくれた。

 不在でも――頼りになる。

 手紙に視線を落としていたゼクト王が、顔を上げる。


「そちたちのことも、ひとまず承知した」


 ゼクト王は一度、そのまま頭上を仰ぎ見た。

 まるで、決意を噛みしめるみたいに。

 そして、続けた。


「本来、この国が人間を受け入れることはない。しかし、アナエル殿――今は”エリカ”と名乗っているようだな――は、この国にとっての大恩人。そして、そちはあのアナエル……エリカ殿から”鍵”を譲り受けた人間。彼女が信ずるに値すると判じたのであれば、ヨは、そちを受け入れるしかあるまい」


 俺は拝跪はいきした。


「感謝いたします、ゼクト王」

「そちたちはもう客人。そうかしこまる必要はない」


 ゼクト王は仰々しく身を翻すと、ハーピーに指示を出した。


「この方たちを我らが国へお連れしろ、グラトラ」




 そんなわけで、2021年最初の更新でございます。皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 トーカたちは、いよいよ最果ての国へ足を踏み入れることとなりましたね。



 それから、去年の3巻発売近くに「1,2巻が重版になりました」というご報告をしたばかりのような気もするのですが、さらにコミック版に全巻重版がかかったようです。ご購入くださった皆さま、ありがとうございました。


 今年も、がんばっていけたらと思います。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、ピギ丸最高w [気になる点] 次なる獲物は・・・安&アライオン第六騎兵隊w [一言] 明けましておめでとうございます。 読み終えていたのですが今回で4回目の読み返しで新年の挨拶及び…
[一言] やっとこさ最新更新噺に追いついたヨ
[良い点] ワクワクドキドキ つぎつぎ展開する物語りの速度・内容も好きです。 ひたしみ安い主人公なので、読んで飽きない! スライムがアクセントになり戦闘シーンも和みました。 [一言] 本買いますね!…
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