復讐からは、何も生まれない
「アレー、ヌ……?」
信じられないものを見る目で、ルインがアレーヌの方を向く。
「し、知らない! そんな目で見られても――わたし、知らない! だって……死にたくないから! やだ! 死ぬのはいや……絶対いや!」
ユーグングが、激怒した。
「ふざっけんじゃねぇぞアレーヌ! てめぇ、抜け駆けしやがったなぁ!?」
「はぁっ!? どの口で言ってるのユーグング!? 最初に抜け駆けしたのはあなたでしょ!? あ、あなたのせい……わたしの気が変わったのは、全部あなたのせいだから!」
「あぁ!? なんでおれのせ――」
「あなたのせいぃいい! 知らない知らない! 聞こえない! わたし、知らない!」
「も、もう一匹の神獣の居所だけど――女神よ! 女神が、所有してるから!」
ユーグングとアレーヌが喚き合ってるところへ割り込んだのは――ミアナ。
「にゃ、ニャキは死んでもいい枠で……そっちのもう一匹の方が、大事にされてる枠みたい!」
「ミアナぁああ! てめぇも裏切ってんじゃねぇかこの尻軽女がぁ!」
「う――うるさい! つーかうっさいわボケぇ! そもそも襲撃受けてる時からあんた突っかかってきてうざかったのよ! ていうか、ブ男が調子乗ってて正直いつもほんっとうざかった! そうよ、あんたが真っ先に死ねばよかったのよ! 死ね! あー溜めこんでたのぶちまけられて、清々した!」
「ぐっ……死ねや売女ぁああ゛! おい、蠅面のダンナ! こいつらアホ女どもの知らねぇもっと耳寄りな情報が――」
「そんなもんあるわけないでしょ!? 何!? 生き残りたいからって必死!? かっこ悪すぎ!」
「第六騎兵隊だ!」
場が、静まり返った。
「僕たち勇の剣が最果ての国を見つけた場合、次に送り込まれるのはアライオン十三騎兵隊において最強とされる第六騎兵隊となっている! 確かな情報だ! この情報は、僕しか知らない!」
ユーグング、
アレーヌ、
ミアナ。
全員が言葉を失い、その男に視線を注ぐ。
「る……ルイ、ン……?」
「ここは、合理的に考えよう」
「は?」
「今後を考えれば――生き残るべきは、最も戦力として優秀な僕しかいない。残念だが……選択肢は、これしかない」
「は――はぁぁああああっ!? 」
青筋を立て、がなり立てるミアナ。
「い、いきなり何わけのわかんないこと言ってるのルイン!? 何勝手に決めてるわけぇ!? はぁ!? はぁぁああああ!? 何それ!? 絆はどうしたのよ!? ねぇ!? ねぇ!?」
ルインは、悔しげに唇を噛んだ。
「不本意ではあるが……この中で生き残るなら僕をおいて他にいないだろう。それに、ヴィシス様の指示を直接受けた僕が最も情報を持っている。当然、君たちの知らない情報もな……残念だが、受け入れてほしい。これが、僕たちの絆だ」
「な――なぁによそれはぁああ゛!? け、結局自分が助かりたいだけでしょぉおお!?」
半狂乱で、アレーヌが喚き出す。
「あぁぁああああ嘘ぉお! 全部嘘です! ルインの言ってることは全部作り話! わたしの言ってることだけが本当! 他の人の話は全部、助かりたいがための作りばな――」
「今回の任務では、最果ての国に住む禁字族を特に念入りに殺せと命じられている! ヴィシス様にとって禁字族はどうやら、とても不都合な存在らしい!」
「だか、らぁ――うるさぁああいのルイぃいいン! やだやだうるさぁぁああああい!」
「ヴィシス様へは、すでに最果ての国へ入るための扉の位置を軍魔鳩で伝えた! 半日ほど前の話だ!」
アレーヌの言葉をそれ以上の声量でかき消し、ルインが情報を明かす。
「…………」
俺は内心、舌打ちした。
こいつら――すでに、最果ての国の位置を掴んでやがった。
しかも、クソ女神に報告済みか。
発見前に潰しておければ、最高だったんだが……。
四人はそこから、競い合うように持っている情報を吐き出した。
時に罵り合い、時に横合いから口を挟んで妨害を試みる。
見ていてそう楽しいものでもない。
が、おかげで粗方聞きたかった情報を得られた。
クソ女神への忠誠心は厚い風に見えたが、気のせいだったらしい。
「よっぽど助かりたいみたいだな、おまえら」
四人とも、少し息が上がっていた。
「ただ、おかげで得たい情報は得られた。だから【ポイズン】は、解除してやる」
俺は四人の【ポイズン】を解除した。
と、四人から苦しげな様子が消える。
ちなみに【パラライズ】の方の効果はまだ持続中。
……レベルアップで、持続時間が増えているのかもしれない。
でなくとも、廃棄遺跡の魔物を毒殺するには馬鹿げた時間がかかった。
なので【スリープ】との交互付与が必要だった。
が、普通は【パラライズ】だけで十分ケリがつく。
「――さて。誰が生き残るかだが……選ばれなかった三人は死ぬのに、俺がわざわざ全員の【ポイズン】を解除した理由がわかるか?」
四人はまだ、言葉の意図を汲めていない顔をしている。
「チャンスをやる」
俺は言った。
「これから俺が尋ねる内容に関して可能な限り知る情報を出せ。その情報の内容次第で――四人全員、生かしてやる」
「!」
全員が、顔色を変えた。
四人は俺が何を聞こうとしているのか、黙って待った。
努めて感情を排し、俺は言った。
「スピード族の話だ」
一瞬、四人は不可解を表情に出した。
今までの質問と比べると、その内容が異質に思えたのだろう。
が、
「俺はあまり気の長い方じゃない……気が変わらないうちに、さっさとした方がいいぞ」
そこからは――早かった。
四人は、スピード族を壊滅させた時の思い出を口々に語った。
さっきとは違う。
変に、連係が取れている。
誰かの言葉を上書きするみたいにして自分の言葉を重ねない。
むしろ、一人一人語る機会を自然と設け始めた。
どころか――仲直りまで、し始める始末。
「さ、さっきは悪かったわ。あたしも……混乱しちゃってて」
「お、おれも言い過ぎたぜ。反省してる。本心じゃねぇんだ、全部……いきなりここで死ぬなんて考えたら、気が動転しちまって」
「わたしも……ごめんなさい。反省してます」
「――謝るのは僕だ。ルイン・シールとして、あるまじき愚行だった。まず僕に謝らせてくれ……本当に、すまなかった。ただ、どんな手を使ってでもヴィシス様から与えられた任務を遂行しなければと……それだけが、意識を占拠していて」
「ふふ、わかってる……ルイン。みんな、わかってるから」
「ミアナ……ありがとう」
「わたしたち……やり直せる、わよね?」
「当然だ! こうなっちまったのも、元を辿ればニャキが原因なんだ。おれたちには、何も非はねぇよ!」
「そう、よね。うん、そうだった……あたしたち、そんな大事なことを忘れてたのね」
「ふふ、これでまたわたしたち……元通りだね」
「ああ――僕らでやり直そう、ここから」
「…………」
薄っぺらだ、こいつらは。
物事が上手く進んでる時は、気分よく自分たちに酔い続けている。
が、追いつめられた途端にその本性が姿を現す。
驚くのは、その切り替えの早さ。
そんなあっさり流せるもんなのか――さっきの、あの罵り合いを。
薄っぺらだ、こいつらは。
「さあ、みんな! こうなったら、とことんあの蠅面の男に聞かせてやろうじゃないか! 僕たちの、輝かしい昔話を!」
四人は、語った。
語られた中身は、いちいち思い返したくもない。
反吐が出る。
反吐しか、出ない。
が、聞くべきだと思った。
スピード族たちが――イヴの両親たちが、どんな目に遭ったのかを。
俺だけでも、識っておくべきだと思った。
そうして、
「もう、いい」
これ以上は、もう。
口を閉じさせるために、今すぐ殺しちまいそうだ。
が、目を輝かせた四人は語りをやめない。
完全に陶酔した様子で、語り続ける。
「さっきも言ったが、憎しみだけじゃ何も生まれない! 虚しいだけだ! だから、どうやれば楽しんで殺せるかが当時の僕らには課題だった! そう! あれから僕らは、殺しすら楽しめるようになって――」
「五月蠅ぇ」
「…………」
「もういい」
俺の声の調子が明らかに豹変したためか。
四人は、口をつぐんだ。
俺は、マスクを取る。
「やはり中身は同類――人間、だったか」
一抹の不安が払しょくされたみたいに、ルインが目に光を灯す。
「あの”始まりの日”のことなら……もっと語れるが、もういいのか?」
「ああ、十分だ」
「そうか……わかってもらえたみたいで、嬉しい。君は、僕らを試したんだよな?」
「…………」
「根絶やしにすべき亜人族に対して、どこまで冷徹になれるのかを」
「…………」
「安心してくれ。僕らの憎悪は、本物だ。けど、膨れ上がった憎悪に飲み込まれたりはしない。ちゃんと、楽しむ心も獲得した」
「よくわかった。おまえらはもう、用済みだ」
「じゃ、じゃあこの奇怪な束縛の術式を解いてくれるんだな!?」
「――――なぜ?」
「え?」
「解く必要があるのか? 全員ここで――俺に、殺されるのに」
「は? はぁぁああああ――――ッ!?」
生還を確信していた四人の表情が、驚愕に染まる。
「俺がマスクを外して素顔を晒した時点で、気づかなかったか?」
マスクは本来、素顔を隠すためのもの。
それを、外したということは――
「これから死にゆく連中に顔を知られたところで、何も問題はねぇからな」
「ば、馬鹿なっ!? 約束したはずだ! スピード族について話したら、全員助けると! お、おまえっ……嘘をついたのか!」
「俺は”内容次第で”生かしてやる、と言っただけだが?」
「なっ……」
今の内容を聞いて、見逃せるわけもない。
スピード族の件について聞いたのは、どの程度のクズどもなのか改めて判断する意図もあった。
「う――裏切り者! 人の心はないのか、こ、この外道……ッ!」
さっきまで散々仲間を裏切ろうとしてたヤツが、よく言う。
「俺も、気に入らないヤツらを根絶やしにするだけの話だ。おまえらだって……根絶やしに、するんだろ?」
これから向かう最果ての国で。
亜人族だから。
魔物だから。
それだけの理由で。
なんの慈悲もなく、殺すんだろ?
「どれだけ従順でも、おまえたちはニャキを救わなかった。人間じゃないという理由だけで、ニャキの誠実さに応えなかった。だから俺も――おまえたちを、救わない」
「はぁああ何よそれぇええ!? ふざっけるな……ふざけるなぁああ! この人でなしが! 死ね! 約束守れよ! 死ね!」
「やっぱりこいつ、ニャキに洗脳されてやがったか! ちくしょぉお!」
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!」
「【バーサク】」
ブシュウ!
最初に餌食になったのは、ミアナ。
血鮮花と化したミアナが、息絶える。
ユーグングとアレーヌが、言葉を失った。
続けて、ユーグング。
「ちょっ、待っ……ひっ――ぐぁあ!?」
アレーヌ。
「そうだ! ねぇ、わたしを好きにしていいから――ぐげぇっ!?」
爆ぜた血を頬に浴びながら……俺は、血の気の失せたルインの前に立つ。
「みん、な……みんなぁぁああああ――――ッ!」
がくっ、とルインが項垂れた。
「つまり――僕、ということか……」
「?」
「生き残る権利を与えられたのは、そうか――僕か」
「…………」
こいつ。
さすがに、俺もこれにはいささか意表を突かれた。
こいつ――
まだ自分が、助かると思ってやがる。
「……聞かせろ、蠅面の男」
「何をだ」
「君は……何者だ? 何が目的で、こんなことをする?」
「理由の一つを端的に言えば――スピード族の生き残りが、俺の仲間にいる」
「!」
「俺の大事な仲間の両親や同胞を、好き勝手殺しておいて……どうして助かると思った? あんな嬉々として、語りやがって……それと――」
俺は、
「俺は、復讐者だ」
「復讐、者……?」
「クソ女神……アライオンの女神に復讐するために、旅をしてる」
「なっ!? ヴィシス様に、ふ、復讐だと!? あ、あの方はずっとこの世界を根源なる邪悪からお守りしているんだぞ!?」
「知らねぇよ」
そのための犠牲になった側には――どんな大義名分も、響かない。
「テメェらがクソ女神お抱えの隠密部隊と知れた時点で、どのみち無事に済む道はほぼ閉ざされてたのさ」
実際、毒状態にありながらあれだけぎゃあぎゃあ喚ける連中だ。
今後、敵側でちょろちょろ動き回られると鬱陶しい存在になりうる。
「何より……ここで生かせばおまえらもきっと復讐者になる。復讐者の執念ってのは、本当に恐ろしいもんだぜ」
この身をもって、思い知った。
だから――ここで、終わらせる。
放置で魔物任せにはせず、俺がここで直接手を下す。
死を確実に、見届けるために。
「復讐……復讐など、何も生まない! 考え直せ!」
どうやらルインは説得の方向に切り替えたらしい。
多分、本気で説得が通じると思っている。
同じ、人間相手だから。
「復讐など虚しいだけだ! 復讐からは、何も生まれない!」
「フン、何を言ってやがる」
「?」
「俺が生まれただろうが」
「な、に……?」
「それとな……おまえの今の台詞、自分で復讐を果たしたヤツが言わねぇとまるで説得力ねぇぞ」
「ぐ、ぅううう……っ! どうあっても僕を助けないつもりか、おまえぇぇ……ッ」
「助ける価値が、どこに?」
俺は、こと切れている三人の死体を肩越しに見た。
「一人しか助からないと知った時、おまえらは我先にと自分だけ助かろうとしたよな?」
けど、ニャキは……
「ニャキは、自分が死ぬとわかってる状況で……俺たちを助けるために、自分を犠牲にしようとした」
「…………ッ!」
「どちらに肩入れするかは、火を見るより明らかだろ」
「た――助けろ! ぼ、僕はまだ死にたくない! 何をすればいい!?」
「何をすればいいも何も、スピード族を殺した時点でおまえらは詰んでたんだよ」
「お、おまえのスピード族の仲間は卑怯者だ!」
「ん?」
「復讐がしたいなら自らすればいい! なのにおまえの手を汚させている! 自分でやらず、他人にさせている! 卑怯だと思わないのか!? 自らは、手を汚さず――」
「違ぇよ」
「何がだ!?」
「あいつは……」
イヴは……
「両親や仲間たちのことを、自分の中で消化してる。ケリをつけてる。要するに……立派なんだよ、あいつは」
あいつはスピード族の件に対して、自分なりに決着をつけているみたいに見えた。
いつまでも復讐心に囚われ続けてちゃいけない。
あいつは、前を向こうとしている。
俺とは違う。
イヴは、大人だ。
「けど俺は、ガキだから……おまえらみたいなのを、見逃しておけない」
スピード族やニャキにあれだけのことをしておいて。
今後ものうのうと生きていけるのだと思っているのが、我慢ならない。
なぜだろうか。
自分のことよりも――腹が立つ。
「それに……俺はイヴを、この件に巻き込むつもりはない」
今のあいつにとって大事なのは、幸せになること。
今さらこんなヤツらと関わってもいいことなんて何もない。
リズと平和に暮らす。
イヴは、それでいい。
だから――結果として手を汚すのも、俺でいい。
見ると、ルインは頭をフル回転させているようだった。
いかにしてここを切り抜けるか。
それを、必死に編み出そうとしているらしい。
「つ……罪は、償える! 僕も、おまえも! 人間、皆すべてだ! 望むなら、僕は今までの行いを悔い改めよう! 誰もが、その機会を与えられてしかるべきだ!」
「だが――俺はその機会を、与えない」
「なんで!?」
「おまえの言う、外道だからだ」
腕を、ルインへ向ける。
「【バーサク】」
▽
四つの死体をしばらく眺めた後、俺は背を向けた。
ピィ、と指笛を鳴らす。
これはエリカの家にいた頃、イヴが教えてくれた。
ほどなくして、ピギ丸とスレイが姿を現しこっちへ近づいてくる。
連中の装備や荷物の一部を放り込んだ麻袋を担ぎ、歩き出す。
死体は――【フリーズ】で処理しなくても、放っておいていいか。
ハンマーもないしな。
ここは魔群帯だ。
自然と、魔物やら獣が食い荒らすだろう。
ひとまず今は、セラスたちの元へ戻るのを優先する。
「…………」
一度足を止め、俺は振り返る。
「おまえら、俺の正気を疑うようなことを言ってたな?」
前を向き、再び歩き出す。
やれやれ……
復讐に走るようなヤツが、
「正気なわけ、ねぇだろうが」