ヒトという名の沼
ごぶぅ、と。
ルイン・シールが、血を吐いた。
すでに麻痺状態なのに、あんな大声を出したせいか。
つーか……。
麻痺状態であんな声が出せるのか。
確かにこいつは――別格かもしれない。
が、感情に任せて叫んだのは悪手の極み。
おそらく今ので、こいつはかなりのダメージを負った。
「ずいぶん感情的だな、ルイン・シール」
外見はニャキから聞いた特徴と一致している。
黒髪の剣士。
言いながら俺は隙間に身体を捻じ込み、内部へ足を踏み入れた。
「へぇ、中は思ったより広いじゃねぇか」
「…………ッ!」
麻痺状態の四人が俺を見ている。
「とはいえ、ここだとやっぱ……狭いっちゃ狭いか」
「!」
俺はルインの衣服をひっ掴み、外へ連れ出した。
続けて、残りも連れ出す。
当然、誰も抵抗などできない。
光る球体のおかげで、この辺りは明るさに満ちている。
俺は、転がっている四人が見える位置であぐらをかいて座った。
ルインを見て、言う。
「おまえ、ほんとに強ぇんだな」
本物だ。
サツキどころの騒ぎじゃない。
二強だと聞いた。
が、実際のところ両者の間には埋めがたい差があったのではないか。
多分、そのくらいルイン・シールは強い。
注意を逸らされたあの大音量の鳴き声の中……。
真っ先に俺の接近を察知したのも、こいつだった。
人格はともかく、クソ女神の隠し玉と言われてもまあ頷ける。
「…………」
ここで潰せるなら、重畳。
しかし、人間でも経験値が入るのなら相当な餌になっただろうに。
シビト同様、そこは残念だ。
「テメェら勇の剣のことは知ってる。ヴィシス直属の隠密部隊らしいな? 全部、ニャキから聞いて知ってるぜ」
「!」
ニャキの名が出て、四人の顔色が変わった。
怒り――否、激しい憎悪が放出されている。
「ああ、それから……」
俺は軽く流し、隙間から足だけ覗いているサツキの死体に視線をやった。
「テメェらの仲間だがな……まず、トアドとバードウィッチャーは最初に殺した」
「――――ッ!」
いい反応だ。
「いや……正確には違う。バードウィッチャーはトアドに殺された。二人ともピーピー泣いてやがったよ。ルイン、だったか? おまえのことも、涙ながらになんか語ってたぜ」
「ぎ、ざ……まぁ! 許さ――ご、ぶっ!?」
双眸を憤激に染め、ルインが声を発した。
またも内臓系がダメージを負ったのか、吐血。
立ち上がりかける――が、膝が折れ、再び動きが止まる。
「…………」
こいつは特に煽っておいて、こうやってダメージを与えておくのも悪くないのかもしれない。
ちなみに、俺が動かしても意味がない。
麻痺状態の者が自発的に動いてくれないと、ダメージは入らない仕様らしい。
といっても、麻痺状態で動けるのも相当な強さのヤツのみ。
並の連中では、たとえ無理をしても自発的に動くことはできない。
だからまあ……どんなヤツでも”自発的に無理矢理動くようにさせる”【バーサク】は、反則技の部類と言っていいのだろう。
「それと、ナンナトットとかいうヤツはサツキが殺した」
「っ!?」
「おまえらに襲いかかってきたサツキを見ただろ? ナンナトットもあの状態にしてやった。結局どうにもならないと判断したサツキは、ナンナトットを殺す選択をした。で、今度はサツキをあの状態にして、おまえらに送り込んだってわけさ」
「!!!」
声にならない怒りと呻きが、聞こえてくるようだった。
「ただし、生き残ったヤツもいる」
言って俺は、
「【ポイズン】」
毒を四人に付与。
設定を【非致死】にした。
まあ、ルインに自発的に動いてもらう必要はない。
ジリジリ弱らせるなら、こいつがある。
苦しみ始める四人。
俺はしばらく、苦しむ四人を眺めていた。
やがて、言う。
「なあ、取引しねぇか?」
四人の注意が、同時に俺へ向く。
「さっき生き残ったヤツがいたって言っただろ? カロとかいうヤツだ。そいつだけは、見逃してやった」
理由を問う視線を四人が俺へ注ぐ。
「カロは、仲間を売った」
「! う、嘘だ――がふっ!?」
たまらず反論しかけたルインが、さらにダメージを負う。
「信じるかは、おまえら次第さ」
まあ、嘘だが。
「…………」
麻痺状態で魔素が練り込めるかは不明だが……。
詠唱呪文でも撃たれると厄介だ。
俺は立ち上がって、四人の装備を検めた。
身体検査みたいなものだ。
詠唱呪文でも術式でも使用時は魔導具を通す。
例外は、異界の勇者の固有スキルくらいか。
俺は魔導具らしきものをすべて外し、その辺に放り捨てた。
そして、四人とも頭部のみ麻痺を解除。
「く、くそがぁぁああ……、――ッ!? 喋れる!?」
定例と化した反応を示すユーグング。
他の三人も続く。
皆、まず身体を動かそうとした。
が、そっちは許可できない。
ルイン以外に、動けるヤツはいないらしい。
まあ……動けたら動けたらで、地獄が待ってるわけだが。
地面にへばりつくユーグングが、上目遣いに俺を睨めつけた。
「てめぇ……何モンだ? 蠅王の被り物なんざ、しやがって……」
シビトの死すら知らないくらいだ。
やはり蠅王ノ戦団の存在も知らないらしい。
どうでもいいが。
「さて」
四人を見下ろし、俺は言う。
「これからいくつか質問をする。そして、最も有益な回答を多く出したヤツを、一人だけ助けてやる」
四人に、戦慄が走ったのがわかった。
続き、四人は互いに視線を交わす。
「さぁて……カロの他に生き残る勇の剣は、誰だろうな?」
「……なぜ、だ」
ルインが怒りに震え、問う。
「なぜ、こんなことをする!? ニャキか!? ニャキが、何か吹き込んだのか!?」
「……さあな。それより質問だ。まず、一つ目の質問――」
俺は一つずつ、質問を並べていった。
が、誰も答えない。
ひたすらに俺への呪詛の言葉をまき散らしている。
まあ、俺へ向けて吐かれる罵倒はどうでもいい。
罵倒されるに値する行為をしているのだ。
俺の心は、動かない。
が、
「ニャキめニャキめニャキめ! ふざけやがってぇ! ただじゃ殺してやらねぇぞあのガキぃ!」
「当然ただじゃおかないわ、あの汚れた獣!」
「あんなにわたしたちに世話になっておきながら……こんなの、ひどすぎる! あんまりだわ!」
……ニャキへの罵声だけは、どうにも気分が悪い。
ルインが、他の三人に対し必死に呼びかける。
「みんな、必ずこの窮地を乗り越えるぞ! 今こそニャキへのみんなの思いを、固く一つにする時だ!」
ルインの虚しい訴えは、続く。
「僕らは誰一人仲間を裏切らない! 僕らの結束を甘くみすぎだな、蠅の男! ゆえに、おまえの目論見は最初から破綻し――ぐふっ!?」
ごちゃごちゃ喚くルインの横面に、蹴りを入れる。
「勝手に思いを一つにしてろよ。それよりおまえ……質問に答えてねぇぞ」
「……愚かな。おまえは僕らの絆を知らない。誰も、答えるわけがない!」
「そうか。ただ、どうかな……時間が経てば経つほど、苦しくなる。そこからが……、――本番かもな」
今、こいつらは【ポイズン】状態にある。
時間が経過すればするほど辛くなっていくだろう。
俺はただ……待つだけでいい。
そして、そう待つこともなく――
その時は、やって来た。
俺が暇潰しに勇の剣の外した装備や荷物を漁っていると、
「ぐ、ぅ……お、い……おい!」
罵倒とは違うニュアンスで、ユーグングが話しかけてきた。
「なんだ?」
毒の効果が積み重なっていき、明らかに四人は弱り始めていた。
設定は”非致死”。
つまり、死ぬこともできない。
死ねるとしたら、魔群帯の魔物に喰われるとか――
誰かに、とどめをさしてもらうしかない。
弱ってくれば、力むのも困難になる。
だからルインにしても、無理に動いて入る【パラライズ】のダメージ効果で自死を選ぶことすらできなくなる。
まさに、生き地獄。
この点については、前もって四人に説明してある。
「さっきの話……ほ、本当か?」
「……質問に答えたら、一人だけ助けてやるって話のことか?」
「あ、ああ」
ユーグングの声には、少し前までにはなかった感情があった。
恐怖だ。
理解し出したのだろう。
俺はこのまま、無慈悲に続けると。
「ちょ、ちょっとユーグング!? まさか……あんた、こいつの言いなりになるつもりじゃないでしょうね!?」
「う――」
「う?」
「うるせぇぇええええ!」
ユーグングが、激昂した。
「このままじゃ、普通に死んじまうだろうが! おれぁ死にたくねぇ!」
俺は荷物漁りを止め、四人の近くへ戻った。
「言っとくが、同じ情報を持ってる場合は早い者勝ちだぞ」
ルインが歯噛みし、射殺さんばかりに俺を睨む。
「誰が、その手に乗――」
「ヴィシスの目的は、最果ての国の亜人族や魔物を滅ぼすことよ!」
場が、凍りついた。
最初に情報を吐いたのは――アレーヌ。
「…………」
始まった。