領域のあるじ
俺は来た道を戻った。
最初に転送された場所、
魔物たちと生存競争をした場所、
上のエリア、
砂漠地帯。
この先は未知の領域となる。
「目印とかつけてこなかったから、絶対の自信はないけど……確かこの先は行っていなかったはず……」
サラサラした砂の地帯を警戒しながら歩く。
2、3時間は歩いただろうか。
俺は、巨大な半円形のいびつな穴の前に立っていた。
「……行くか」
足を踏み入れる。
ヒョォォォオオオオオオ
風の音?
空気の流れがあるらしい。
とはいえ都合よく出口へ繋がってはいないだろう。
ここまで魔物とは遭遇しなかった。
気配がない感じ、とでも言おうか。
ここはミノタウロスも鳥頭も生息していないエリアなのだろうか?
黒い岩肌に触れる。
ピトッ
少しツルツルしていた。
ここの地面もけっこうデコボコしている。
灰みたいな砂が水たまりっぽく点在していた。
屹立する小岩はモノクロ。
雪のかかった岩っぽく見えなくもない。
先へ進むと開けた広い空間に出た。
「すごいな……」
だだっ広い鍾乳洞って感じだ。
沼があったので近づいてみる。
ド緑色の水。
コポコポ、
ポコポコ、
ポコォ……
なんか、泡吹いてるぞ……。
毒の沼地な予感しかしない。
鼻を刺すニオイもするし。
どう考えても飲み水には無理そうだ。
飲める水が手に入れば、ペットボトルの出番なのだが。
ジッと沼を見おろす。
「ん?」
何か浮かんできたと思ったら……ドクロだった。
おそらく人間の頭蓋骨だろう。
落ちたやつがいたのか?
しかしこれは一つの証明でもある。
ミノタウロスや鳥頭を切り抜けて誰かここまで来たのだ。
奮闘した廃棄者もいたらしい。
俺は、次のエリアへ進む道を探した。
「おっ」
なだらかな坂。
完全にモチベーションを失った螺旋階段みたいな形だ。
あるいは薄く引き伸ばされたクレープ生地?
要するにそれだけ緩い坂だった。
「ここをのぼってみるか……」
景色はだだっ広い鍾乳洞。
どう見てもダンジョンだ。
遺跡とはなんだったのか。
俺が坂を上がり始めて、すぐのことだった。
「これは――」
地面の窪みに何かある。
たくさんの骨だ。
しかも人間のだけじゃない。
ここの魔物の骨……だろうか?
形的にあれはミノタウロスの骨か?
鳥頭っぽいのもある……。
唾をのむ。
おそらくここにも、
何か、いる。
「……ん? なんだ?」
音が聞こえる。
どこか、鳴き声のような――
ドッ、ガァァアアアアンッ!
激しい岩の破砕音。
「何、がっ……、――――ッ!?」
腕をかざし咄嗟に顔を守る。
岩の塊が俺の横をゴロゴロと勢いよく転がっていった。
視界の端で、俺はそれを捉えた。
「……でかい」
左前方の岩肌に巨大な穴が、空いていた。
ベチンッ!
足音。
ドロォッ、
ピトッ、ピトッ……
「こいつ、は」
俺は巨大なソレを見上げる。
この姿――想像がつく。
恐竜みたいな頭部。
空洞の眼窩。
こびりついた黒紫色の腐肉。
腐肉の線がわずかに橙の光を放っている。
くすんだ光がソレのシルエットを浮かび上がらせていた。
あばら骨を始めとする剥き出しの骨々。
腐肉少なめのでかい骨翼。
ウネウネ動く半肉半骨の骨尾。
先の尖った巨大爪。
超ビッグサイズの身体。
ソイツが、口を開けた。
「ヒょォぉォぉ゛ォ゛――」
スケルトン系の一種?
あるいはグール系?
おそらくこいつは、いわゆる――
「キ゛ぃ――ァぁァぁアあアあア゛あ゛ア゛あ゛――――ッ!」
ドラゴンゾンビ。
ブワッ!
雄叫びの風圧。
すえた臭いが鼻をつく。
「ギょェっ――ギょ、ギょェ、ぇ――ゲっ、ゲっ……ッ!」
牙のあたりから何か滲み出ている。
ポタッ、
ポチャッ、
シュワシュワシュワ……
あれも、酸か。
「ふシゅァぁアあアあァ〜、あ゛、ア゛、あ゛〜ッ!」
ドラゴンゾンビが細長い舌を出した。
早送りのミミズみたいにうねっている。
腐竜は明らかに俺に狙いを定めていた。
一瞬、立ちすくむほどの迫力。
この広い鍾乳洞のエリア。
「ここが、おまえのねぐらか?」
で、あの窪みの骨は犠牲になった廃棄者たち。
ドラゴンゾンビのゴミ箱。
わかる――こいつの殺意が。
腕を、上げる。
感謝しかない。
殺意を向けてくれて助かる。
心置きなく、
躊躇なく、
殺せる。
だから、礼を言う。
生存競争のフィールドへ、自ら踏み入ってきてくれて。
ドラゴンゾンビが前足を振り上げた。
俺が恐怖で動けないとでも判じたのか。
踏み潰して、ミンチにするつもりのようだ。
強烈なドラゴンゾンビの外見。
圧倒的インパクト。
俺はそれを目にして確かに汗をかいていた。
だが――湧き上がるのは、歓喜。
新たなる魔物のドラゴンゾンビ。
「【パラライズ】」
ピキィッ、
ピシィッ――
「ィ゛!? ぎ、ヒ……ょ、ョ……?」
前足を振り上げた状態のまま、ドラゴンゾンビが停止。
「【ポイズン】」
▽
「そろそろ、か」
最初の【パラライズ】のゲージがなくなりかけている。
「【スリープ】」
青ゲージが出現。
しばらく待つと、黄のゲージが消えた。
ドシャァッ!
麻痺の解けたドラゴンゾンビがその場に倒れ伏した。
重量を支えきれず脚部が折れたような倒れ方だった。
急に重力が発生し、押し潰された風でもある。
眼窩が空洞でわかりづらいが、
「寝てる、らしいな……」
俺は胡坐をかいて座り込んだ。
巨大な竜の頭部の前で。
変色したドラゴンの骨。
今は白から紫に変わっている。
状態異常スキル。
いわゆるアンデッド系にも、しっかり効いてくれるようだ。
「ずゥー……ずゥぅー……」
寝息か?
酸っぱいニオイ。
腐肉のニオイ。
この緑色の部分は――苔、だろうか。
起きる気配はない。
あとは、死を待つのみ。
ただし目は離せない。
麻痺と眠りのコンボを切らすわけにはいかない。
「…………」
ステータスでも確認してみるか。
「ステータス、オープン」
背後とゲージに気を配りつつ、ステータスを確認。
【トーカ・ミモリ】
LV501
HP:+1503
MP:+12403/16533
攻撃:+1503
防御:+1503
体力:+1503
速さ:+1503
賢さ:+1503
【称号:E級勇者】
「LV501という表記には、なんか凄みがあるよな……」
しかしMP以外はこれ……高いと言えるのか?
何度も引き合いに出すが小山田はLV1で体力+500。
もちろん勇者全員が”初期値×LV”の数値とは限らない。
それだと小山田がLV4になるだけでもう体力補正を抜かれてしまう。
下手をすると三森灯河は一般人以下の成長率……。
確かクソ女神がそう言っていた。
格段にレベルが上がってようやくそこそこの傭兵?くらいなのかも。
「となると」
MP以外の補正値はさほど重要視しない方がいいのかもしれない。
とにかく今の俺にとって大事なのは、反射神経だ。
敵の行動より先にスキルを発動させること。
突然の奇襲にも反応する必要がある。
ここが補正値に頼れないとなると――
俺自身の反射神経を磨く必要がある。
まあ、この遺跡なら戦っているうちに鍛えられそうだが。
「で、減ってるMPは――」
皮袋に込めた分と、ドラゴンゾンビに使った分か。
まだまだMP残量の心配はなさそうだ。
この量なら十分だろう。
スキルは、
【パラライズ/LV2/消費MP10/複数対象指定】
【スリープ/LV2/消費MP10/複数対象指定】
【ポイズン/LV2/消費MP10/複数対象指定】
すべてのスキルに【複数対象指定】の項目が増えていた。
消費MPも全部表示されている。
なるほど、レベルアップすると性能があがるわけか。
「にしても……」
口もとに手を添える。
レベルが上がっても、消費MPに変化がない。
現在の百発百中の成功率と効果持続時間で考えると、
「破格の性能だよな、これ……」
思わず唸る。
E級勇者。
最底辺のランク。
「本当にこれ、最底辺のスキルなのか……?」
ここへ転送される前、等級がアルファベットなのに対して桐原が疑問を呈していたのを思い出す。
『ふーん。けど、なんでSが最高なんだ?』
クソ女神はこう答えていた。
『”スペシャル”のSです』
俺たちの世界に合わせたアルファベット等級。
「……英単語、か」
俺の状態異常スキル。
Eが最底辺だとすると、あまりにも性能が破格すぎる。
「たとえば――」
ひらめいたのはある一つの仮説。
あくまでも仮説だ。
なんのエビデンスもない。
完全な思いつき。
だが、もしEだけ他の等級とは”別”だったとしたら?
特別の意。
格外の意。
番外の意。
言い換えれば”仲間ハズレ”とも言えるかもしれない。
英語の綴りで頭文字が”E”――
EXTRA。
「E級の”E”が格外を示す”エクストラ”の頭文字、だったとしたら……」




