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慈悲


 一度、俺はセラスたちのところへ戻った。

 俺の姿を認めたセラスが駆け寄りかける。

 が、


「ご無事で――」


 途中、セラスは足を止め――その駆け寄る速度が上がった。


「お怪我をされたのですか!?」


 スレイも駆け寄ってきた。

 ニャキは、青ざめている。


「安心しろ。俺の血じゃない」


 そう言った俺の前まで来て、胸を撫で下ろすセラス。

 彼女は平静さを取り戻し、尋ねた。


「勇の剣を、倒されたのですか?」

「ニャキを追ってきた二人だけな。他のヤツらは、追ってきてなかった」


 視界の端でびっくりするニャキ。


「る、ルインさんとサツキさん以外の勇の剣さんたちも、全員お強いはずですニャ……あなたさまは一体、な、何者なのですニャ?」


「そういや、自己紹介がまだだったな」


 さっきはトアドたちが近づいてきていてその時間がなかった。

 ニャキと遭遇後、俺もセラスも確か互いの名は口にしてない。

 のだが、


「すみません。実は私の判断で、あなたを待つ間に私の素性を明かしてしまいました」


 咎められるのを覚悟した風に、セラスが言った。


「信用してもらうには、やはり最初から真実を話すべきではないかと思いまして……何より……」


 ニャキをチラ見したのち、小さくなるセラス。


「ニャキ殿が純粋すぎて、偽りの情報を伝えるのが辛くなってしまい……申し訳ございません」


 言いつつ、俺の素性の方に関しては情報をほぼ与えていなかった。

 この辺り、有能な気がする。


「ま、ここでニャキ相手にバラしても大して問題はないだろ。それにまあ……」


 俺もニャキを見る。


 ”ニャキの純粋さを前にすると嘘をつくのが辛い”


「……正直その感覚も、わからなくはない」


 そんなわけで、俺も普通に本当の名を明かした。


「トーカさん、とお呼びしていいのでしょうかニャ?」

「ニャキの呼びやすい呼び方でいいさ。で、こいつが……」


 襟元を少し開き、ローブの中を覗き込む。


「自己紹介してくれ」

「プユーン」


 ローブの中から地上へ降り立つピギ丸。

 ニャキが目を丸くした。


「スライムさんニャ」

「ピギ丸、っていうんだ」

「ピッ?」


 俺に確認を取るピギ丸。


 ”この子は仲間でいいの?”


 って感じである。

 頷きを返すと、ピギ丸はニャキへ突起をのばした。


「プユー」

「握手のつもりなんだ。軽く握ってやってくれ」


 ちょっと呆けた顔のまま、突起を控えめに握るニャキ。


「にゃ、ニャキですニャ」


 まだ強張ってはいるが……。

 ニャキの表情から少し緊張が取れてきている。

 いい傾向だ。


「で、こっちがスレイ」

「パキュ〜」

「ふニャっ!?」


 スレイが、ニャキに頬ずりした。

 なんとなく。

 元気づけているような、そんな感じ。


「にゃ、ニャキと言いますニャぁ」

「パキュ」


 その時だった。

 ニャキが、シュバッと動いた。

 そのまま正座すると、ニャキは小さくなって頭を下げた。


「このたびは命を救っていただき、ニャキは心から感謝しておりますニャ……トーカさん、セラスさん、ピギ丸さん、スレイさん――このご恩は決して忘れませんニャ。同時に、ニャキのせいで本当にご迷惑をおかけしましたニャ。申し訳ないですニャ……ッ!」


 ニャキが、顔を上げる。


「皆さんは、どうか急いでここを離れてくださいニャ! ニャキはしばらくここで休んでから、予定通りあちらへ向かいますニャ!」


 魔群帯の深部の方を指差すニャキ。

 ……そうか。

 ニャキは。

 ここから俺たちに守ってもらおうなど、まるで思っちゃいない。


「……ニャキ」

「は、はいニャっ」

「まだ、そんなこと言ってんのか」

「ふ、ニャ?」

「おまえが、嫌じゃなければの話だが……」



 俺は、手を差し出す。



「このまま俺たちと、一緒に来い」


「ふ、ふニャぁ……!?」

「もし嫌でも、せめて安全が確保できるまでは一緒にいろ。そのつもりだったから、俺はさっきわざわざみんなに自己紹介してもらったんだ」


 しばらく、ニャキはぽけーっとしていた。

 俺の言葉にまだ理解が追いついていない様子である。

 やがて、理解が追いついた反応を示した。


「――だ、だめですニャ! ニャキが皆さんと一緒にいたら、きっと、もっとご迷惑になってしまいますニャ! 神獣のニャキは、勇の剣さんたちにとってまだしばらくは絶対に必要な存在らしいのですニャ! ですから……必ず追ってきますニャ! それに……お仲間が殺されたのを知ったら、トーカさんたちがどんな目に遭わされるか……っ」


 ニャキはまた、ポロポロと涙を流した。

 けれど――笑顔だった。


「この短い時間だけでも、トーカさんたちが本当にいい人たちだとわかりますニャっ……だからこそ、皆さんには絶対ひどい目に遭ってほしくはないんですニャ……ニャキは……もし、ねぇニャやまいニャたちにもう会えなくても……最後に、こんニャ優しい人たちに出会えて……もう、大大、大満足なのですニャぁ……っ」


 勇の剣に捕まってからの、死か。

 魔物に見つかってからの、死か。


 ニャキはもう、死を覚悟しているのだ。


「皆さん、ありがとうございましたニャ」


 笑い泣きのまま、ニャキは言った。




「短い間でも……ニャキは、久しぶりにあったかい気持ちになれたのですニャぁ」




 俺は、ため息をつく。


「ニャキ、おまえ……さっきから何か勘違いしてるみたいだが」


「ふ、ニャ……?」


「おまえ、勇の剣の最強二人があの”人類最強”に挑みたいと話してた……とか、言ってたよな?」


「は、はいニャ」



「”人類最強”はもう死んでる――倒したのは、俺だ」



「ニャぁッ!?」


「本当です、ニャキ殿」


 セラスが補足する。


「実は、私は”人類最強”シビト・ガートランドに殺されそうになっていたところを……このトーカ殿に、救われたのです」


 ニャキが涙を浮かべたまま、驚いた顔で俺を見上げる。


「と、トーカさんは……あの”人類最強”を倒した方なのですかニャッ!?」


「まあな」


 正攻法でなく、騙し討ちだが。

 ま、形として”倒した”ことに違いはあるまい。


「だからおまえは、逃げる必要なんてない」


 ニャキは項垂れた。

 様々な感情が入り乱れているようだった。

 想像はつく。

 この期に及んで――今度は、勇の剣を哀れんでいるのだろう。

 俺の方が強いらしいとわかった。

 途端、これからほぼ確実に殺される勇の剣側に同情心が湧いたのだ。


 おそらく、ニャキの人生観においては。

 誰も死なずに済むなら、その方がいい。

 どんな者であっても、死人の数は少ない方がいい。

 今ニャキは、きっとこう思っている。


 ”このまま逃げてしまいたい”


 と。

 鍵となるニャキがいなければ最果ての国には入れない。

 となれば、勇の剣がその国の住人たちを殺すことはできない。

 俺たちがこのままニャキと逃げれば――これ以上、誰も死なない。


 が、勇の剣は女神ヴィシスの擁する隠密部隊。


 今後、俺の前に立ち塞がらないわけがない。

 必ず、どこかで衝突する――であれば、今潰す方がいい。

 ……でなくとも、だ。

 スピード族やニャキにしたことを看過できるほど、


 俺は――大人じゃない。


「悪いな、ニャキ」


 勇の剣たちがいるであろう方角へ向き直り、言う。 


「勇の剣の連中を野放しにしておけるほど……俺は、人間ができちゃいない。おまえほど、優しくはなれない」


 ニャキが、面を上げる。


「トーカ、さん……」


 弱々しい声。

 事実、ニャキは弱っている。

 ニャキから引き出した話を聞く限り、救えるヤツは一人もいない。

 誰も、ニャキに優しくしてやれなかった。

 が、ニャキはその原因を作った連中にすら優しさを持つ。

 そんな優しさに溢れたニャキを――あんなにも、心なく傷つけて。


「ただ、おまえのその優しさはこれからも大事にしてほしい。きっと、その優しさで救われる人がいるから」


 指の動きでピギ丸を呼び、ローブの中に忍ばせる。

 今回は、スレイも連れていく。


「セラス、おまえには引き続きニャキを任せる。向こうはあと七人いる。バラけさせて、広範囲に捜索を行ってくるパターンも考えられる」

「取りこぼしが出るかもしれない、ということですね?」

「ああ。その時、ニャキを守れるのはおまえの剣だ――あの最強の血闘士に桁違いの才があると評された、その剣だ」

「――お任せを。あなたが余分な一切を気にせず戦えるよう、私は全力を尽くします」

「頼む。……行くぞ、スレイ」


 歩き出す俺にスレイがついてくる。

 やがて来る夕暮れの気配。

 それを、空が告げていた。

 闇は――こちらの時間。


 勇の剣。


 実際、正攻法で真正面からやり合えば向こうが上かもしれない。

 シビトは戦いたい相手の名の中に勇の剣を出してなかった。

 が、情報自体ほとんど出回っていなかったのだ。

 少なくとも、シビトのように一般人には知れ渡っていない。

 未知数の相手と言えるだろう。

 ただし確実にわかっているのは、


 人面種に逃走を決意させる実力がある。


 こればかりは、否定しようがあるまい。

 片や、俺は正攻法だとおそらく人面種とはやり合えない。

 ナメてかかっていい相手ではないだろう。

 しかし――それでも。

 ただ”殺す”だけで、満足できそうにない。


「…………」


 スピード族。

 イヴの両親。

 彼らと過ごした日々の思い出を、イヴから聞いたことがある。


 いい人たち、だったんだ。

 本当に。


 特に、イヴの両親は。

 聞けば聞くほど……どこか、似ていて。


 まるで――叔父夫婦みたいで。



「……それを”楽しんで殺した”?」



 歩みは止めず、蠅王のマスクを被る。



 だったら楽しんだ分、



「楽に、死ねると思うな」



 残酷と言われようと。



 人でなしと、罵られようと。



 この先にはもはや、






 ―――――――――――――――――――慈悲など、ない。








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― 新着の感想 ―
いいぞ!やってしまえ!トーカ!
[一言] らしくなってきたっつ!!!
[一言] ニャキええ子すぎて泣きそう
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