惨と、感謝と
背後の木を一瞥する。
「ピギ丸。俺が【バーサク】を使ったら、急いであそこの木の上まで頼む」
「ピッ」
手を前へ突き出す。
ターゲットは――バードウィッチャー。
二人とも念入りに脚を潰した。
ろくに逃げられやしまい。
もしまともに動けるようなら、すぐに追って始末するまで。
まずは二人の【パラライズ】を――解除。
すぐさま、
「【バーサク】」
発動とほぼ同時に後ろ斜めへ引っ張られる感覚。
続き、浮遊感。
一方、
「――ぐがぁぁぁああああああっ!」
バードウィッチャーが激昂し、トアドへと襲いかかる。
「お、おい!? 何すんだバド!? おい!? 俺だ! トアドだ!」
「がぐぅ! がぅぁあ!」
噛みつこうとするバードウィッチャー。
マウントに近い姿勢を取っている。
「落ち着けって! おい!」
必死に抵抗するトアド。
と、バードウィッチャーが傍らの剣に気づいた。
剣を手に取り、再びトアドに攻撃を開始する。
……ふぅん。
【バーサク】状態でも武器を使ったりはするのか。
収穫だ。
「急に、何がどうしたって――くそぉ!」
キィン!
トアドも剣を取り、襲いくる刃を払いのける。
が、バードウィッチャーの攻勢は止まない。
木の枝の上で様子を窺う俺を、トアドが睨みつける。
「てめぇええ! バドに、何しやがったぁっ!?」
「大事なお仲間らしいが……どうする? おとなしく殺されてやるか? それとも、生き残るためにその手で仲間を殺すか? そら――選べよ」
声を発したためか。
バードウィッチャーが、俺の方を一瞬だけ振り返った。
白目を剥き、口もとからあごまでよだれが垂れている。
が、その意識はすぐにトアドの方へ戻った。
基本として【バーサク】は距離の近い方へ意識がいく。
他にも、
”視界に入っている”
”意識は大きな音のする方を優先する”
などの特徴を持つ。
付与とほぼ同時に、俺はロープ状と化したピギ丸を使い後方の木に登った。
その間に発生した音のほとんどは、ピギ丸がクッション化して消してくれた。
トアドが怒り狂う。
「ざっ、けんなぁあ! くそ! やっぱりてめぇが何かしやがったんだなぁ!? ざけやがって! やめろぉ! なんで……」
ぶわっ、と。
トアドの目に、とめどない涙が溢れる。
「なんでこんなことひでぇことが、できんだよぉおお!?」
「……同じだろうが」
「あぁ!? 何が、同じだってんだよ!?」
「俺たちは――」
冷然とトアドを見下す。
「同じ、クズ同士だろうが」
「俺が――クズ!? い、イカれてんのかてめぇ!?」
「かもな」
おまえ基準なら、そうなるだろう。
人間てのは、究極、どこまでも主観的でしかない。
「くっ……外道! 外道……外道外道外道ぉおお!」
「クク、テメェに言われても褒め言葉にしか聞こえねぇな。それよりほら……がんばらねぇと、大事なお仲間に殺されちまうぜ」
「ぐぅぅぅ……しょ、正気に戻れバドぉ! てめぇの中にはまだてめぇ自身の意識が残ってるはずだ! 俺の声が届いてるだろ!? いい加減、目を覚ましやがれ! 負けんなよっ……こんなやつの怪しい術に、負けんじゃねぇ! てめぇは……勇の剣の一員だろ!? 強ぇ男だろ!?」
なんとなく。
こんなシーンを、どこぞのバトル漫画で見た気がした。
洗脳されたヒロインに必死で呼びかける善良な主人公。
そんな熱い台詞にも、聞こえなくはない。
が、届かない。
……届かねぇよ。
ただまあ、
「起きるといいな。奇跡的にお仲間が正気に戻るなんていう、心温まる展開が」
俺は太い木の枝に腰を降ろし、見物しながらそう声をかける。
すると、トアドが思いっきり睨みつけてきた。
心から邪悪を憎む”善”の目つきで。
「ま……そんな展開が起きたとしても、無意味だけどな」
「ん、だとぉ……ッ!?」
「どのみちテメェらは、ここで死ぬ」
木の上だがこの位置も射程圏内……。
何か予兆があればいつでもスキルを放てる。
保険は、ちゃんとかけてある。
迫りくる刃を防ぎつつ、トアドは涙ながらに呼びかけを続ける。
「バド、思い出せ! 俺たちの過ごしたこれまでの日々を! さあ、正気に戻れ! そして……二人で力を合わせて、あのクズ野郎を倒すぞ!」
「ぐがぁぁああああ!」
「バドぉ〜!」
「がるぁ! ぐがぁぁああああ!」
「ひでぇっ……こんなの、ひどすぎる……ッ! どんな神経してたらこんなひでぇことできんだよ!? 邪悪の化身だ、てめぇは!」
「否定はしねぇさ」
「ちくしょぉぉおおおお――――ッ!」
トアドが、天高く慟哭する。
そして、
「だ、だめだ! 仲間は――仲間だけは、殺せねぇ!」
「殺すのが嫌なら、他の仲間を呼んでみたらどうだ?」
「……っ!? る、ルイン……たちを……」
「最高の罠を仕掛けてあるんでな。ちょうどいい。一網打尽にしてやるよ」
「!」
とは、言ったものの。
ピギ丸との合体技による超遠距離からの初見殺し的奇襲。
今のところ、それ以上の攻め手は考えていない。
ただ、今はこいつらの精神を――痛めつけられればいい。
「さ、呼べよ? 泣き喚いて、助けを呼べ」
「ぐっ……ぐぅぅぅううう……ッ! お、俺のせいでルインたちが危険に晒されるのは……だめ! こいつは……この邪悪は、やばすぎる……ッ! せめて、あいつらに何か警告だけでもっ……」
フン、と鼻を鳴らす。
「泣かせる仲間愛だな」
だが。
その”仲間”の中にニャキは含まれていなかった。
旅の中で、ほんの少しの仲間意識も持てなかったのか。
持って、やれなかったのか。
人間じゃないからという、たったそれだけの理由で。
「…………」
林の先を見据える。
他の勇の剣が駆けつけてくる感じはやはりない。
少しばかり生物の気配はあるが、人のものではない。
つまり……。
ルインやらサツキは思った以上に遠くにいる。
声の届く距離ならもっとトアドは必死に助けを呼んでいるはず。
助けを求めるのが非現実的な距離だからこそ、トアドもあれほど絶望しているわけだ。
「てことは……ニャキはあの疲弊した状態ながら、逃げる時間がかなりあった……」
ぎゃあぎゃあ喚いているトアドたちをジッと見下ろす。
「最果ての国へ入る鍵となる神獣を放って、こいつら……マジに何をしてたんだ?」
いや。
やはりそれを考えても仕方ない気がする。
こいつらを常識の物差しで測る行為。
それは、無意味に等しい行為――時間の無駄と言えるのかもしれない。
こいつらが俺を、理解できないように。
俺もこいつらを、きっと理解できない。
と、
「ひっ!?」
俺の方へ頻繁に気を逸らしていたせいか、トアドに隙が生まれた。
そして、
「がっ……っ!?」
バードウィッチャーの剣が、トアドの肩を斬りつけた。
「ば、バド……ついに斬り――斬りぃやがったなぁこの俺を! ざっけんなぁああ!」
ヒュッ――スパッ!
トアドの薙ぎ払い。
その刃が、バードウィッチャーの喉もとを横一文字に斬り裂いた。
「あ、バド……」
「う――ぉ?」
……やっとか。
「う、うぁ――バド、バドぉぉおおおお! 悪ぃ! つい!」
ほどなく、バードウィッチャーは前のめりに倒れた。
倒れ込んできた死体を、抱きとめるトアド。
「そん、な……そんなぁああっ!? すまねぇ、すまねぇバドぉぉおおお――――ッ!」
「そこそこ、かかったな」
言って、俺は木から飛び降りる。
「て――てめぇぇ……ぜってぇ殺す! ぶっ殺してやる!」
「少しは、理解したか?」
「あぁ!? 何がだっ……ッ!?」
「”楽しんで殺される側”の気持ちが」
「……は?」
「テメェらがスピード族に対してやったのは、こういうことだろうが」
「正気か!?」
「…………」
「だか、らっ――」
上体を起こしてバードウィッチャーを強く――
強く、抱きしめるトアド。
そうして鬼気迫る涙声で、トアドは吠えた。
「だからっ人モドキと人間を、一緒にしてんじゃねぇぇぇええええええ! 目を、覚ませぇぇええええ――――ッ!」
ククッ、と。
自然と、笑みがこぼれた。
「……感謝しねぇとな」
「あ?」
「最後まで、救えないクズでいてくれたことに」
落ちていたバードウィッチャーの剣を拾う。
気を吐いちゃいるがトアドは出血多量で弱っている。
簡単に、殺れる。
「ここで急に心から改心されても……それはそれで、めんどくせぇ話でしかねぇからな……」
とどめの刻だと。
トアドが、察した顔をする。
俺は、剣を振りかぶった。
「ぁ、やめっ――」
青ざめ、取り落した剣を拾おうとするトアド。
が、当然ながら俺が待つことはない。
トアドが剣を拾うより速く――力を込めた一撃を、放つ。
そうして声にならぬ短い苦鳴があって――
トアドは、息絶えた。
ポタッ……
手に付着したトアドの血が指を伝い、地面に落ちる。
「クズは……クズ同士、こうやって潰し合ってりゃいいんだよ」
スピード族や。
ニャキみたいな。
善良なヤツらが巻き込まれて、割を食うなんて。
そんなの――気分が悪い。
「…………」
こういう”潰し”はやはり俺の方が合ってる。
俺で、いい。
「悪ぃな」
折り重なった二人の死体を、見下ろす。
「テメェらみたいのが相手だと……十河が選びそうな善良なやり方なんて、俺は一生取れそうにない」
あと、七人。




