理解不能
短剣を、腰の鞘から抜き放つ。
「い、ったい……何、が――」
二人に近づき、
ドッ!
「が……っ!?」
順番に、蹴り飛ばす。
もちろんどちらも抵抗などできない。
二人とも、地面にそのまま転がる。
それから俺は屈み、
グサッ!
「ぐ、ぁ……ッ!?」
トアドの右のふくらはぎ。
そこへ、刃を深く突き刺し――
グリッ!
「ぎ、ぃ……っ――ぎ、ゃっ!」
突き刺したまま、刃を内部でグリグリ動かす。
左脚も、同じようにする。
俺は、手早くそれらを実行した。
一度刃を抜き、立ち上がる。
次は、バードウィッチャーの方へ。
「……ッ! ぐ、ぎ……ぎ、ぃ!?」
バードウィッチャーが動こうとする。
が、動けていない。
「…………」
二人を”殺すだけ”なら、このまま【バーサク】を放てば終わる。
殺すだけ、なら。
「ぎぃ、ぇ!」
バードウィッチャーの脚もトアドと同じ風にしてやる。
これで二人は、まともに歩けない。
……と、いうわけで。
トアドの頭部のみ【パラライズ】を、解除。
「全部、話してもらおうか」
「てめっ――、……ッ!? しゃべ、れる……っ!?」
「身体の方は、動けねーけどな」
「てめぇぇ……何もんだぁ!? ぐっ……こんなひでぇことしやがってぇええ……ッ! ぜってぇ、許さねぇ!」
「……”こんなひでぇこと”?」
冷め切った目でトアドを見下ろす。
「テメェらがスピード族やニャキにしてきたことに比べりゃあ、そんなにひでぇとも思わねーがな」
「ん、だとぉぉ……? 何を言ってる、てめぇ……つーか、てめぇニャキに会ったんだな? さっさと渡しといた方が賢いぜ。てめぇは、誰を敵に回そうとしてるかわかってねぇ――これは、善意からの忠告だ」
ふぅ、と。
俺は、呆れの息をつく。
「……一応聞いとく。スピード族の集落を襲ったのは、おまえらか?」
トアドの黒目が丸くなり、小さくなる。
「てめぇ、まさかスピード族壊滅のことで……何か、怒ってんのか?」
「…………」
「待て。てめぇ……人間、だよな?」
「まあな」
トアドが鼻筋にきつく皺を寄せる。
次いで、伏せた視線をあちこち彷徨わせた。
情報を頭で整理し、理解を試みている……。
そんな風に、見える。
やがて――トアドの目に理解の光が走った。
”なんだ、そういうことか”
そんな顔をした。
「なるほど。そーゆーことか……なら、謝るぜ。悪ぃ……とりあえず、謝らせてくれ」
「…………」
トアドは、真剣な面持ちで言った。
「スピード族は、てめぇが殺したかったんだな?」
多分この時、俺は表情を失っていた。
「……んなわけ、ねぇだろ」
「は? じゃあ……なんでだよ? なんで、こんなことすんだよぉぉおおおお!?」
再び、理解不能の沼へ沈みゆくトアド。
「本気で、わかってねぇのか」
「だから、何がぁ!?」
「俺の仲間に、いるんだよ」
「誰が!?」
「スピード族の、生き残りが」
「えっ!?」
トアドの表情が凍りつく。
「て、てめぇ……人間なのに? 人モドキが……なか、ま? は? な、なんで!?」
俺の言っていることが、本気で意味不明らしい。
演技じゃない。
トアドの表情が、切実なものへと変わっていく。
数割ほど表情に含まれているその感情は、
恐怖。
死への恐怖ではない。
それは、
「お、おい……人モドキだぞ!? 仲間って……頭大丈夫か!? 姿形は似てるかもしんねぇが、亜人どもは人モドキなんだぞ!? 人モドキ! それをっ――仲間、って……」
「何が、悪い」
「わ、悪いに決まってんだろうが! 本気に、正気なのか!?」
駆け引きでもなんでもない。
こいつの言ってるのは――ただの、本心。
…………。
ああ、そうか。
こいつら。
そういう、連中か。
なら当然だ。
あの善意の塊のようなニャキに。
平気であんなことが、できるのも。
トアドは真摯に訴える――とても、真摯に。
「いずれ人モドキが俺たち人間の脅威になるのは明白でしかねぇだろ!? ゆっくりとでも……がんばって、滅ぼさねぇと! 特に、最果ての国なんてほっといたらやばいに決まってる! あっ――」
勢いで、つい口走っちまったらしい。
最果ての国、と。
なるほど、
「テメェらの願いは……最果ての国に集った亜人種や魔物の、殲滅か」
「ぐっ……そ、そうだ! だからてめぇも、ここで目を覚ませ! 俺たちと手を取り合って滅ぼすんだよ! あの人モドキと、金眼じゃねぇからって生き残れると勘違いしてやがる――邪悪の種どもを!」
トアドの熱弁は、さらにヒートアップしていく。
「だから! だからだからだからぁ! 救うんだっ……俺たちで、この世界を……ッ!」
「……だとよ、ピギ丸」
「ピギ、ピギギギィ……ッ!」
ピギ丸の鳴き声は、珍しく怒りに震えていた。
「魔物の声!? て、てめぇ……魔物を飼ってる異端者だったのか! そうかよ! これで、辻褄が合った……ッ!」
「ああ、そうだな。俺は――」
こいつら基準で言えば、
「外れ者の、異端者だ」
「くそっ……! もうイカれちまった後、だったか……ッ!」
「かもな」
そう。
こいつらは、正しい。
「テメェらには、テメェらの正しさがある……テメェらの基準で見りゃあ俺は完全無欠に間違った存在だ。そして……」
さっき刺した足の傷口を――かかとで、踏み抉る。
「ぐぎぁぁああっ!?」
「俺には俺の正しさがある……そういう意味じゃあ、どっちも間違っちゃいねぇのかもな。片方が、片方を否定するだけ。片方が潰れるまで”やる”だけだ」
改心など望むべくもなく、叩き潰す。
二度と立ち上がれぬほど蹂躙し、殲滅する。
「――――」
たとえば、と思った。
十河なら。
十河綾香なら、こいつを説得するのかもしれない。
あなたの考えは間違っている、と。
長い時間をかけて。
懇々と。
こいつらを無力化した上で、歩み寄るのかもしれない。
が、俺は――違う。
どう足掻いても、違う。
「俺は……テメェらみたいな連中を、どうも見逃す気にはなれねぇ。ただでさえ、ニャキの件だけでもふざけたレベルで胸糞悪ぃってのに……スピード族の人たちまで、殺しやがっただと……? しかもテメェら……そいつを、輝かしい過去みてぇに語ってるそうじゃねぇか」
「い、意味がわからねぇ! それは”みてぇ”じゃねぇ! 俺たちの、確かな輝かしい過去なんだ……ッ! そうだ! てめぇはスピード族を知らねぇのさ! なんにも――なんにも知らねぇくせに……勝手なこと、言うんじゃねぇよ!」
「…………何を、知れって?」
「あいつらはなぁ!? 他の亜人どもやら魔物が姿を隠す中、模索なんてしてやがったんだぞ!? 寒気がするほど、正気じゃねぇ!」
「模索? 何を?」
「”時間をかけて話し合えば、きっとどんな種族とも仲良くなれる”とか、とんでもねぇ邪悪な思考をした部族だった!」
「………………………」
「俺たちが――俺たちがあそこで潰してなけりゃあ、どうなってたことか……今でも、考えただけで震えが止まらねぇよ……互いに理解って……人間と、人モドキが……思い出すだけでも、おぞましすぎる……ッ! ちくしょう……怖ぇよ!」
そこで、トアドは微笑みを浮かべた。
「けど……そんな俺たちに、ルインは言ったんだ。”憎しみだけじゃ、何も救われない”って。憎しみに支配されたままじゃ自分たちも辛いだけだ、って……あの時、ルインはみんなに言ってくれた! スピード族を狩ってる時……”せっかくだから、今を楽しもう!”って! それからは――楽しかった! ただ殺すだけじゃなくて、俺たちは楽しめるやり方で殺し始めたんだ! 本来なら憎しみに囚われただけの殲滅戦だったのに……ルインのおかげで、みんな心から”楽しい”って思えた! 思えたんだよ! わかるだろ!? ルインの凄さが!」
同調するように、バードウィッチャーも涙している。
……涙腺には”麻痺”も関係ねぇらしい。
「危なかった……もう少しで、気味の悪ぃ思想が広がっちまうところだった。よくやったんだ、俺たち……そして、あそこからすべてが――俺たち”勇の剣”が、本当の意味で始まったんだ!」
目を輝かせていたトアドが、突然、切迫した表情に切り替わる。
「だが、愚かな連中はあいつらを見世物にしたり、奴隷として使ったりしてる……危険性を、わかっちゃいない! そうっ……本来はエルフ族だって……人の皮を被った見た目をした、あいつらだって……ヴィシス様が利用しようと目をかけてさえいなければ……本当なら、真っ先に……真っ先に、滅ぼすべき種ぞっ――」
グチャッ!
「ぎぇぇええぇぇぇえええ――――っ!?」
気づくと。
俺はトアドの足の傷口を、思いっ切り、踏みつけていた。
「もう黙れ、テメェは」
トアドの頭部を、蹴り上げる。
ガッ!
「ぐげっ!?」
「……残りは、テメェの仲間に聞く」
だめだ。
これ以上、会話を続ける気が失せた。
もう――だめだ。
「…………」
こいつらが来た方角へ視線をやる。
これだけ声を出させても他のヤツが駆けつけてくる気配がない。
他の七人はもっと遠い場所にいるのか……?
身内にだけ甘い連中なら、こいつらを餌にする手もあったんだが。
まあいい。
この二人は……ここで、終わらせる。
麻痺を解除していないもう一人――バードウィッチャー。
こいつも、まだ泣いていた。
表情でずっとこいつはトアドの言葉に同意を示していた。
この窮地にご高説を垂れやがるトアドの勇気に感動でもしてんのか?
ま……結局、同調してるわけだ。
トアドがぶちまけた、今のクソッたれた考えに。
「くっ! 俺の声よ、ルインたちに届――ごぶぇっ!?」
勢いよくトアドの頬を、蹴っ飛ばす。
「黙ってろ、つっただろーが」
チッ、と。
舌打ちし、トアドから一歩離れる。
「テメェらの考えなんざ、もうどうだっていい……正しかろうが間違ってようが、知ったこっちゃねぇ。ただ、確かなことが……一つある」
憎悪を湛え、二人を見下す。
「セラスも、ピギ丸も、スレイも、イヴも、リズも、エリカも、ニャキも、スピード族も」
どう、考えても。
「…………嫌いになる方が、難しいだろ」
トアドとバードウィッチャーの表情に衝撃が走った。
理解不能の人間に出会った――そんな、反応。
正しいかも。
間違ってるかも。
知るか。
俺は、俺の”正しさ”をぶつけるのみ。
説得なんざしない。
ぶつかり、思うまま蹂躙するのみ。
それが――三森灯河のやり方だ。
「テメェらがスピード族を、おぞましいと言ったように……俺も、テメェらがおぞましい。だから――」
こいつは、テメェがさっき口にしたのと同じ話――
「俺にとって勇の剣は真っ先に滅ぼすべき連中……それで、文句ねぇよな?」




