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殺されるのも、邪魔なのも、


 迫る気配は遠くないが――近くもない。

 まだ、時間はある。


「ニャキ」

「は……はいニャ」


 ニャキの声に怯えが含まれている。

 俺の雰囲気が豹変したせいかもしれない。

 内心、舌打ちが出る。

 ……ニャキをビビらせてどうする。

 俺は怒りの感情を押し込め、声の調子を改めた。


「ニャキに……その、いくつか質問したいことがある。ただ、やっぱり答えるのが辛い内容だったら無理に答えなくていい」


 正座するニャキ。


「だ、だいじょぶですニャ……ニャキは、大丈夫ですニャッ!」


 ニャキの瞳に覚悟が灯る。


 ”これからされる質問にはとても大事な意味がある”


 そんな風に、感じ取ったのか。


「…………」


 たっぷりと言えるほどの時間はない。

 いくつかポイントを絞り、俺は質問を投げていった。

 まず知りたかったのは勇の剣の人数。

 それから、その中における強さの序列。

 が、何より知るべきだったのは……


「なるほど」


 よく、わかった。



「全員がスピード族殺しに参加して、そして……誰一人、微塵も悔いちゃいねぇか」



 いや、悔いるどころじゃない。


 今のところ意味不明だが……。

 連中にとって、スピード族の殲滅戦は”輝かしい記憶”なのだとか。

 勇の剣にとってのターニングポイントみたいな出来事だったらしい。

 数ある戦いの中でよくその戦いを引き合いに出していたという。

 思い出語りのタネとして。


 ニャキは道中、その過去話を何度も聞かされていた。

 だから情報量も多く、強く印象に残っていたわけか。


「その……昔を懐かしむお顔をして、ルインさんはよくこう言ってましたニャ……」



『僕たちは――あそこから、始まったんだ』



 ルインとかいうヤツはその時、そう言って空を見上げたという。

 すると、他の連中もうっとりした様子で同じく空を見つめていたとか。


 ……気持ち悪ぃ。


「で、ですがやっぱり危ないと思うのですニャ! 勇の剣さんたちは、アライオンの女神様の最強の隠密部隊という話なのですニャ!」


「……へぇ」


 女神の息のかかった連中、と。

 極端に情報が少ないのは、隠密性を重視した集団だったからか。


「好都合すぎるほど――好都合だ」

「ふニャっ!?」 


 ニャキには、これも予想外の反応だったみたいだ。


「なら、余計に今ここで潰しておくに越したことはない」


 ここで一度、得た情報を整理してみる。


 勇の剣の人数は一人減って今は九人。

 うち二人が別格に強い。


 一人は”残刃”のサツキ。

 もう一人が”勇の剣”ルイン・シール。


 ルインってヤツは集団に冠した名と二つ名が同一なのか。

 紛らわしい。


 ともかく――途中で目にしたあのおびただしい量の魔物の死体。

 あの人面種を殺したのも、まずそいつらで間違いないだろう。


「…………」


 ここで一つの疑念、というか……。

 興味が湧き上がる。

 勇の剣はあの人面種が逃亡を試みたほどの実力者。

 が、そいつらは前回の対大魔帝軍戦に参加していない。

 シビトの死すらまだ知らないらしい。

 それは移動中に人里を避けていたためと思われる。

 隠密行動をする連中なのだろうから――まあ、それはわかる。

 むしろ、先の大魔帝軍の侵攻すら知らない可能性だってあるわけだ。



 でだ。



 クソ女神はそいつらに”何を”させている?



 人面種を殺せるほどの実力者ならまず最前線へ投入すべき戦力と言える。

 けれどそいつらは先の戦いに参加していない。

 あれほどの大侵攻にもかかわらず、だ。

 大魔帝の侵攻を止めるより――あるいは、それと同じくらい大事なこと。


「この近くにあるのは、ウルザ、ミラ……」


 それから、 



「最果ての国」



 禁字族の生き残りがいると言われる幻の国。

 禁呪の鍵を握る唯一の一族が住まう場所。

 要、するに――


「…………」



 ご苦労、クソ女神。


 ここにきて、自ら答え合わせをしてくれたわけだ。


 強力な手駒である勇の剣をわざわざ使って捜させている……。


 と、いうことは。


 これは――逆説的に、証明してしまっている。


 信憑性しんぴょうせいを、高めてしまっている。



 ”禁呪の存在は女神にとって真に脅威である”



 勇の剣は本来なら対大魔帝として使うべき手駒。

 が、ヴィシスはそれを投じてでも死滅させたいのだ。


 禁字族を。

 禁呪を。


「て、ことは――」


 つまり、


「おまえが神獣なのか、ニャキ」


「そ、そう教えられましたニャっ。ニャキのことは、大幻術の先にある扉を開くために必要なんだと言ってましたニャっ……」


 ニャキは正座したまま、両手を膝に置いた。


 ギュッ!


 涙の滲む目をきつく閉じ、手に力を込めるニャキ。


「ニャキは――ニャキは、がんばるつもりでしたニャ! ママさんやねぇニャにお世話になりっぱなしだったニャキにも、ついに大事なお役目が来たと思って……ッ! このお役目を果たすことで、大好きなねぇニャに少しでも恩返しができると思ったのですニャ! でもっ、でもっ……」


 一度、ニャキは言葉に詰まった。


「お役目が終わったら、ニャキは勇の剣さんたちに殺されてしまうらしいのですニャ! ニャキはいっぱい我慢しますニャ! お役目を果たすために、がんばりたいのですニャ! でもっ、でもっ……死んでしまったら、もうねぇニャに会えニャい! ですから、ニャキはっ――」


 勇の剣から逃げた。


 聞けば、ニャキは気絶していたらしい。

 そして――目を覚ました時、ちょうどその言葉を聞いた。


 ”役目が終わったらニャキは殺してしまおう”


 それで、逃げる決心をした。

 顔を上げたニャキの目は涙で溢れていた。

 ただ……表情だけは、必死に笑顔を作っていた。


「わかってますのニャっ……ニャキは、人間さんではないのですニャ……だがら”人さんモドキ”が人間さんにとって邪魔な存在なのは、ちゃ〜んと知ってますニャ! でもニャキは……ねぇニャに、まいニャたちに、もう一度だけでもっ――ふ、ふニャァァァぁ〜……」


 ふニャ、ふニャ、ふニャ、と。

 断続的に声を詰まらせて。

 ニャキは、泣き始めた。

 セラスが傍に寄って膝をつき、そっと背に手を添える。


「勇の剣の者たちに何を言われたのかはわかりません。ですが、あなたが邪魔な存在なんてことは決してありませんよ。あなたのようなこんなにも純粋な者が、こんな……っ」


 セラスの声には、隠しきれぬ怒りが込められていた。


「…………」


 にしても、だ。

 追手の気配が、遠い。

 ニャキは弱っている。

 ゆえに走る速度では確実に勇の剣に劣るはず。

 しかもこの色合いの毛は目立つ。

 つまり、見つけやすい。

 そのわりに、ニャキはけっこうな距離を逃げてきている……。

 神獣のニャキは、最果ての国に入国する重要な鍵だという。


「…………」


 勇の剣はけっこうな間、そのニャキの逃亡に気づかなかったのか?


 どうにも奇妙に思える。

 追手を放っているわりには逃亡に気づくのが遅すぎる。

 ニャキが目覚めた時、辺りは一面血の海だったそうだが……。


「……ま、いいか」


 いよいよ気配が迫ってきている。


 胸もとに、セラスが優しくニャキの頭を抱き寄せた。

 そして言った。


「私は、彼らを許せそうにありません」


 その白皙はくせきの顔は、義憤に満ちている。


「私が――」

「いや、おまえはここでニャキを守っててくれ」


 ふうぅぅぅぅ、と。

 俺は息を長く――深く、吐き出す。


「短い時間で話を聞いて、かつ、冷静に情報をまとめないとだから……激情に走るわけにはいかない。ただ――平静でいるのも、けっこうしんどくてな」


 これはもう、スピード族の件だけにとどまらない。

 覗いたニャキの腕や脚を、チラと見やる。


 打撲痕。


 明るく振る舞おうとしてるが、隠し切れぬ憔悴した雰囲気。


 これは”誰”だ?


 脳裏によぎる。

 あの頃が。


 心身共に、殺されかけていたあの頃……。


 しかも。

 ニャキはこれでもまだ、勇の剣を恨んでいないらしい。


 ただ、死にたくないだけ。

 殺してほしく、ないだけ。


 生きて”ねぇニャ”と会いたい。

 もう一度だけでも、いいから。


「…………」



 ”もう一度だけでも”?



 もう一度会えるなら、殺されてもいい?

 人間じゃないから、邪魔な存在?



 ……ふざけろ。


 

 殺されるのも、



 邪魔なのも、



 勇の剣。



 




「ニャキを頼む」


 セラスに言う。


「ここが危険だと感じたら、スレイに乗って二人でここから移動しろ。そのあとは、おまえの判断に任せる」


「はい――わかりました」


 蠅王のマスクを、被る。

 そして、セラスたちを背に歩き出す。


 ペキッ、ペキッ!


 地面に落ちている小枝を、強く踏みつけて歩く。

 音を出せばそれを聞いてニャキだと思うかもしれない。


 もちろん。

 枝を踏みつける力の強さの理由は、怒りのせいもある。


 目を剥き――気配の近づく方向を、睨みつける。


 ぎりっ、と。

 歯噛みする。


 変にニャキの前で感情を出すと怖がらせてしまうかもしれない。

 が、ここからはもう――関係ない。




「もう……とっくにハラワタ煮えくり返ってんだよ、こっちは」




 気配との距離が、詰まる。


 ……こいつら。


 多分、二人ともそこそこ

 実力は単なる二強の取り巻きじゃなさそうだ。


 こいつらが”勇の剣”や”残刃”なら、ピギ丸との合体技で先手を打ちたいところだが……。


 現状、その二人かどうかの確認は取れない。


 少なくとも勇の剣は他に七人いる。

 合体技はできれば別格の二人に使いたい。

 目を凝らし、近づいてくる二人の男を遠目に観察する。

 ちなみに、外見の特徴の情報はニャキから取得済みだ。


「…………」


 違う。

 ルインでも、サツキでもない。

 あれは……。

 トアドと、バードウィッチャーか?

 ……ピギ丸との合体は、まだ温存だな。

 さっき被ったばかりの蠅王のマスクを脱ぎ、俺から距離を詰めていく。

 と、


「そこにいるやつ!」

「出てくるっちゃ!」


 俺は二人の前に姿を現し、胸を撫で下ろした。


「あぁ、見つかってよかったっ……わたくし、女神ヴィシスの使いとして参りました」


 苦笑を足す。


「大分、捜すのに苦労しましたが」

「……待て! それ以上、近づくんじゃねぇ!」


 男の一人が制止する。

 なるほど。

 俺の素性を確認できない以上、そうするのが妥当……。

 接近を拒むのは、正しい判断だ。


「怪しいなてめぇ……本当に、女神の使いか?」


「な、何をおっしゃいます! あちらがバードウィッチャー様で、あなたがトアド様……お二人は私をご存じないかもしれませんが、私は過去にお二人を何度か目にしております。その……実を言いますと、勇の剣の方々は私の憧れなのでございます。だからこそ、こうして不肖の身ながらヴィシス様の間者としてあなた方の真似事をしているくらいでして……」


 二人が顔を見合わせる。


 ”憧れてる”


 そう言われて気を悪くするヤツは少ない。

 二人の構えが、少し緩んだ。


「ところで……てめぇ、神獣を見なかったか?」

「桃色の髪で目立つっちゃ」


 俺は目を丸くし、青ざめた。


「まさか、し、神獣に逃げられたのですかっ!?」

「……すぐ追いつくっちゃから、気にすんな。ご丁寧にあの人モドキは痕跡も残しまくってるから、逃げた方向も余裕でわかる。だから、おれっちたち二人ですぐに捕まえる」


 その痕跡も、ここへ来る途中で俺がちょっと潰してきたが。

 もう一人が、続く。


「あの人モドキはかなり弱らせてある……おっと、このことはヴィシス様へ報告する必要はねぇぞ? まあ大丈夫だと思うが、アレも一応ヴィシス様の所有物だからな……」


 いよいよ気の抜けた顔になっていく二人組。

 信頼し切った顔でこっちに歩み寄ってくる。

 自分の方から来る……ってのがミソだ。

 俺は向こうを知ってる設定だが、向こうは俺を知らない。

 こっちからぐいぐい近づいていけば、それはそれで警戒心を生みかねない。


「で? てめぇはおれっちたちに、なんの用っちゃ?」

「ちなみに、大魔帝の侵攻が始まったことはご存じでしょうか?」

「――来たのか、ついに」


 この情報も知らなかったらしい。


「ですが今回の言伝ことづては、それについてではありません。現在の任務に関する、もっと重要なものでして……」


 俺は腕を突き出し、指を三本立てた。


「三つ、とのことです」

「三つ?」


 一人が首を傾げる。


「回りくどい言い方をすんなや。そいつはなんの数字っちゃ?」

「実は【パラライズ】でして」

「?」





 ――――ピシッ、ビキッ――――





「は? 何、を言っ――、……っ!?」

「……? ――っ!? 動……け、な――ッ?」


 ゆっくりと。


 閉じていた親指と小指を、立てて。


 てのひらを、開いた形にする。




「クソ女神からの言伝なんざ……なんもありゃしねぇよ」




 さて。




 ここからだ。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勇の剣は前回の対大魔帝軍戦に参加していない。 隠密行動専門にしては、シビトの死すらまだ知らない。情報共有もされていない。どういうこと? [一言] 勇の剣がカルトとして、だからと言って、…
[良い点] その掛け方おもろい
[一言] 女神が子供を教育したら人でなしサイコパスが大量にできあがる
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