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勇の剣



 ◇【勇の剣】◇



 ガサッ


「見つけたぜ、ルイン!」


 茂みから現れたのはトアド。

 駆けっこでは昔から負け知らず。

 勇の剣においては、最も優れた斥候役である。


「やはり幻術で隠されていたのか?」

「ああ。で、幻術地帯を抜けた先に道が続いてて……」


 トアドは言いながら懐から羊皮紙を取り出す。

 そして羊皮紙を差し出すと、描かれた画を指で示した。


「ここに描かれてる水晶が、確かにあった。色も形も合致してる」

「よくやってくれた」


 ポンッ


 ルインはトアドの肩に手を置いた。



「世界はこれで、本当の意味で救われる」



 大斧を肩に担ぎ、ユーグングが笑う。


「こっちが上手く運べば女神様も安心して大魔帝の方に専念できる。大手柄じゃねぇか、トアド」

「いいや、違うぜ」


 首を振るトアド。


「これはみんなの手柄……今まで一緒に力を合わせてやってきた、俺たち全員の手柄さ」


 ルインは誇らしげに鼻の下を指で擦った。


「君の言う通りだな、トアド。みんなで力を合わせてきたからこそ、今がある」

「けど、見つけたのはあんたの手柄に変わりないでしょ!?」


 ガバッ!


 トアドの背後から無邪気に飛びついたのは、ミアナ。


「よ、よせよ……っ」

「なんだトアドぉ? てめぇ、まーたミアナに飛びつかれて照れてんのか? そーゆーとこは何年経っても成長しねぇなぁ」


 ユーグングが茶化すと、周囲がドッと沸いた。

 ぶー垂れるトアド。


「ちぇ。またてめぇのせいで恥かいちまったじゃんかよ、ミアナ」

「いつものことでしょー? 何年おんなじようなやり取りしてると思ってんのよ、あたしたち」

「違ぇねぇ」


 ユーグングの言に、再び和やかな笑いが起こる。


「……トアドが目的地を見つけたとなれば、ストライフの方を呼び戻さねばな」


 涼しげにそう言ったのは、腕組みをして木に寄り掛かっているサツキ。

 彼は皆から少し離れた位置にいた。

 アレーヌが、南西へ心配げな視線を向ける。


「ストライフ……大丈夫かしら?」

「おまえさんはおまえさんでその心配性が抜けねぇなぁ、アレーヌ。そんなんじゃ、くっついた後もルインに気苦労かけちまうぜぇ?」


 ユーグングがそう言うと、アレーヌはボンッと赤面した。

 消え入りそうな声で、咎めの言葉を呟くアレーヌ。


「も……もぅユーグングったら……すぐ、そうやって……」

「そ、そうだっ……そういう冗談はよせっていつも言ってるだろ、ユーグング!」


 頬を赤らめ、ルインも慌てふためく。


「むぅ〜」


 ぷくぅぅ、と。

 ミアナが不機嫌そうに頬を膨らませた。

 まただ。

 ルインは疑問に思った。

 自分とアレーヌがこういう茶化され方をすると、ミアナはよく機嫌を損ねる。


 昔から。

 そう――昔から、変わらない。


 ルイン。

 サツキ。

 トアド。

 ユーグング。

 ミアナ。

 ストライフ。

 アレーヌ。

 カロ。

 バードウィッチャー。

 ナンナトット。


 十人の幼なじみ。

 彼らは物心ついた頃からずっと一緒にいる。

 ルイン以外は貧民街の出である。

 唯一ルインだけが貴族の子息だった。

 が、彼は身分の差など関係なく昔から他の九人とつるんでいた。

 そんなルインは――ある日、黙って家を出た。


 最高の仲間たちと、世界を見て回るために。

 自分たちの力だけで、世界を生き抜くために。


 カロが、昔を懐かしむ顔をした。


「オイラたち十人が揃えば、不可能なんか何もありゃしねぇ……昔から無敵さ、オイラたちは」


 バードウィッチャーが、クキキッ、と頭の後ろで腕を組む。


「無敵たぁ言うが、おれっちたちはあの”人類最強”よりも強ぇっちゃか?」


 ナンナトットが、ニィ、と笑む。


「ワシらじゃ無理じゃろう。もし、あの”人類最強”に勝てる見込みがあるとするなら――」


 二人を除くこの場にいる全員の視線が、二人の男へ分散する。

 まるで、投票みたいに。


 三人の視線が、サツキを捉えて。

 四人の視線が、ルインを捉えた。


 ルインからサツキへ視線を移し、ユーグングが言う。



「おまえら二人のうちの、どっちかだろうぜ」



 ”勇の剣”


 この名は彼ら十人を総称したものだ。

 しかし、うち九人にとってその名はルイン・シールのものである。


「異界の勇者の血を継ぎし”勇の剣”ルイン・シール――あの”人類最強”を倒せるとしたら、まず候補はてめぇで間違いねぇ。そして、もう一人可能性があるとするなら……」


 全員の目が、サツキを捉える。



「”残刃(ざんじん)”のサツキ以外、他にいねぇ」



 ふん、とサツキが興味なさげに鼻を鳴らす。


「どうかな……おまえたちはどうもあの”人類最強”を甘く見すぎではないか? まあ、あの怪物におれの技がどこまで通用するか……一度、試してみたくはある。もちろん、勝てるとは思っておらんが」


 ナンナトットが冷や汗を垂らし、ポリポリ頭を掻く。


「ほぼ一人で人面種を殺しちまうよーな男が、よく言うわい……怪物ってなら――」


 普段は飄々としているナンナトットが、鋭い視線でサツキを射抜く。


「ワシは、ルインよりおぬしを推すがね?」


 すかさずルインが同意する。


「そうさ。サツキはいつか、僕が追いつきたいと思ってる相手なんだから」


 ふん、と。

 今度は皮肉を込め、サツキが鼻を鳴らした。


「よく言う……おれから見ればルイン、真の怪物はおのれよ」

「――そ、そんなことはない! 僕なんて、サツキに比べればまだまだっ……」

「行き過ぎた謙遜は嫌みになると何度も言っているはずだぞ、ルイン」

「…………悪い」

「まあ――」


 背を向けるサツキ。


「ルイン・シールに一つ欠点があるとすれば――己は、あまりに優しすぎる。いつか……その優しさが、己を滅ぼすかもしれんぞ」


 真っ直ぐな瞳で、ルインはサツキの背中を見つめる。


「――ああ、肝に銘じておくさ。へへっ……心配してくれありがとな、サツキ」

「……ふん」


 と、草の擦れる音がした。

 姿を現したのは、



「遅いぞ、ニャキ」



 淡い桃色の髪をした少女。


 特徴の一つはその大きな手であろう。

 爪の大きさや形が人間のそれとは異なっている。

 覗く手足の体毛も髪と同じ薄桃色。

 耳は猫科のそれと酷似しているだろうか。

 尻尾はボフッと広がった形状。


 背はかなり低い部類に入るだろう。

 耳の頂点が、ルインの胸元に来るくらいだ。

 顔に関しては人間と比べて遜色ない。

 愛嬌のあるクリッとした瞳も、やはり薄らとした桃色である。


 ニャキと呼ばれたその少女は、浅い呼吸を繰り返していた。

 髪に小枝や葉が引っかかっている。

 ふらふらしていて、足もとが怪しい。

 それもそのはず。

 ニャキは、巨大な背負い袋を担いでいた。

 勇の剣たちと比べると、明らかに荷物量が多い。


「お、遅れて申し訳ないですニャ……」


 ぺこっ


 頭を下げたところで、ニャキがぐらついた。


「ふニャ――ッ!?」


 ガシャァン!


 背負い袋の脇にかけていた調理器具。

 それらが、いくつか地面にぶちまけられた。

 青ざめるニャキ。

 慌ててニャキは背負い袋を地面に下ろした。

 すぐさま調理器具を拾おうする。

 と、


「ニャ――」


 ルインが、唇をわななかせた。


「ニャキぃぃいいいい――――――――ッ!」


 ドガッ!


「ふギャ!?」



 ニャキが、前蹴りで吹き飛ばされた。

 背から激しく木の幹に叩きつけられる。

 鈍い音がした。


「ふ、ニャァァ〜……」


 力なく地面にずり落ち、へたり込むニャキ。


「……さあ、立ちな」


 ぐいっ


 カロが腕を掴み、ニャキを引きずっていく。

 それから、カロは力任せにニャキを放り投げた。


「ふギャ!?」


 ルインの前へ放り出されるニャキ。

 見下ろすルインのこぶしは、震えている。

 ニャキを見つめる皆の視線は――冷たい。

 それは、


 怒りであり、

 侮蔑であり、


 憎悪であった。


「その調理器具は、いつも料理番をしてくれてるアレーヌが大事に使っているものだ……なのに――なのになんでおまえは、そんなことができる……ッ!?」


 アレーヌが両手で顔を覆い、ワッと泣き出した。


「どうして……どうしていつもニャキは、わたしにひどいことするのっ!?」


 ニャキは焦り顔で膝をつくと、勢いよく頭を下げた。


「も、申し訳ございませんニャ! ルインさん、アレーヌさん、皆さんっ……ニャキは申し訳ないことをしてしまいましたニャ! 心から、反省してますニャ!」

「いつも……いつも上っ面の言葉だけじゃねぇか、おめぇさんはよぉ!」


 大喝するユーグング。

 トアドが、ニャキの手を踏みつけた。


「ふギャっ!?」


 悲鳴を上げるニャキ。

 が、抵抗する様子はない。


「反省してねーだろ、てめぇ……いつもいつも、土下座すればそれで謝ったと思ってる。けど、てめぇには肝心の心がねぇ……」

「も、申し訳ないのですニャ! ニャキは皆さんのおっしゃる通り頭が悪いので、誠意ある謝り方が上手にできないのですニャ! とにかく――申し訳ないですニャ! 申し訳ないですニャ!」

「……相変わらず、うっざ。なんでここまで馴染む努力一つできないかなー……」


 ミアナがあさっての方角を向き、髪を弄り始める。

 カロが、ニャキの頭に靴底を押しつけた。


「額をしっかり地面につけな? それで謝ってるって……本気かい?」

「も――申し訳ございませんニャ!」


 ニャキが額を力強く地面に押しつける。


「この通りですニャ! 許してほしいですニャ!」


 露骨に呆れのため息をつく、バードウィッチャー。


「ほんっと芯がねぇっちゃなー、この人モドキは……言われてやるんじゃなくて、自分から気づいてやらないといかんっちゃ。つくづく、胸糞悪いやっちゃなー」

「自分で考える頭を持っとらんのか、おぬしは。こりゃっ」


 ナンナトットが小石を投げ、ニャキのこめかみに当てた。


「ニ゛ャッ!?」

「ワシが悪いみたいな鳴き声出されてものぅ……いいとばっちりじゃ」

「立つんだ、ニャキ」

「で、でしたら足をどけていただけますと……ニャキは大変、た、助かりますニャ……」

「いやいや、そこは根性だろ」


 トアドが、踏みつけている足にさらなる力を込める。


「足りっねぇんだよ根性がぁ! 舐めてんのかてめぇ!?」

「早く立てや!」


 ユーグングが怒号で続く。

 アレーヌは、まだめそめそ泣いていた。


「もう、嫌……早くニャキとの旅、終わってぇぇ……このままじゃわたし、変になっちゃう……」

「気をしっかり持つんだ、アレーヌ」

「ルイン、でも……」


 ルインは義憤に瞳を燃やし、ニャキを睨み据えた。


「……立つんだ、ニャキ。トアドもカロも、足をどけろ」


 ルインに言われると、二人は素直に足をどけた。

 それからニャキは、トアドとカロに両手を掴まれて引っ張り上げられた。

 ニャキは、立ち上がる形になる。


「ニャキ……君に挽回の機会をやろう。僕たち勇の剣と今後も一緒にいたいなら、何が必要だと思う? 君はまだ一度も正解を当てていない。そろそろ僕も、我慢の限界だぞ」

「ええっと、ええっと」

「早く」

「せ、誠意……ですニャ?」

「ニャキぃいい――――ッ!」

「ふぎゃぁっ!?」


 ニャキが、凄まじい風圧を纏った殴打を食らった。

 吹き飛ぶニャキ。

 先ほどよりも激しく、ニャキは、太い木の幹に思いっきり叩きつけられた。


「はぁっ……はぁっ……っ!」


 肩で荒い呼吸をするルイン。

 ミアナが自然と距離を詰め、そっと寄り添った。


「大丈夫、ルイン!?」

「……痛い」

「え?」


 鷲掴むように、自らの左胸を押さえるルイン。


「君にわかるか、ニャキ……ッ!? 君より、君を殴らざるをえない僕の心の方が……君の何十倍も痛いっ! 痛いんだっ!」

「ルイン!」


 ミアナが、涙するルインを抱きしめた。


「わかってる……あんたがニャキのためにしてるってのは、みんな、わかってるから」

「ミアナ……でも、僕は……」

「ちょっとニャキ!? あんた、ちゃんと反省して――あれ?」


 ニャキが、動かない。


「おいニャキてめぇ! 早く起きろ!」

「お、おい――生きてる、よな……?」


 ユーグングが冷や汗を流す。

 トアドが駆け寄った。

 少しして、トアドは安堵の息をついた。


「大丈夫だ……気絶してるだけだ」

「やれやれ、まぎらわしいやつだぜ……ここで死なれたら、ヴィシス様に顔向けできねぇからな」


 ルインは涙を拭い、ミアナの抱擁から離れた。

 そして、前へ出る。


「これ以上やっても、僕たちが辛いだけだ……とりあえずヴィシス様のところへ軍魔鳩を飛ばして、発見の朗報を伝えよう」


 ルインの指示でナンナトットが準備を始める。

 ほどなくして、鳥籠から軍魔鳩が解き放たれた。

 皆、しばらく飛び去ってゆく軍魔鳩たちを眺めていた。

 やがて軍魔鳩の姿が見えなくなると、ひと仕事終えたような空気がその場に漂う。


「……あと、もう一息だな」


 ルインがそう言うと、ユーグングが頷く。


「ああ、長かったぜ。だが、これでついに――」

「待て、ユーグング」


 しっ、とルインは自分の唇にひと差し指をあてた。


「何か、来る」


 南西――ストライフが、探索へ行った方角。


「ストライフ! 戻って来たのね!」


 近づいてくる人影。

 が、接近してくるにつれ、ルインは様子のおかしさに気づく。


「スト、ライフ……?」


 深い木々の作り出した暗がり……。

 そこから姿を現したのは――ストライフだった。

 彼が、口を開く。


「ぁ、みん、な――逃げ……」

「え……? な、何? ぅ、嘘――」


 激しく揺らぐアレーヌの瞳。

 次いで、彼女は自分の口を両手で塞いだ。

 ストライフの首を――



 一本の矢が、貫いている。



「ぼく、さ……アレー、ヌの……こと、ず……っと前、か、ら――」


 ドサッ


 最後まで言い切れず、ストライフはその場に倒れ伏した。

 こと切れたのが、わかった。


「ちょ……なんで? え? なんなのよ、これ――ねぇ? これって、なんなのよぉぉおおおおっ!?」


 ミアナが取り乱す。

 ユーグングが涙を堪え、視線を前へ向けたまま声をかけた。


「気持ちはわかるが、今は落ち着けミアナ……ッ」

「嘘嘘嘘ぉおお! こんなの嘘! いや……いやぁああ!」

「ミアナ!」


 悲痛な響きで大声を発したのは、ルイン。


「――ル、イン」


 誰よりも辛いのは、きっとルインなのだ。

 それが嫌と言うほど伝わる、切ない声音だった。


 フラッ


 落涙の止まぬミアナの膝から力が抜けた。

 倒れ込みかけたミアナを、無念を表情に湛えるトアドが支える。

 悲しみによる声の震えを抑えつけ、カロが尋ねた。


「どうだ?」


 そう問いかけるカロの視線の先――


 真っ先にストライフへ駆け寄ったルインの姿が、そこにあった。


 ルインは抜き放った剣を構えていた。

 が、視線は足もとのストライフの死体を観察している。

 肩や背に無数の切り傷。

 よく見ると、腕にも防御創と思しき傷が認められる……。

 傷の様子から、ルインは見抜いた。


「この傷、魔物にやられたものじゃない」


 相手は人で間違いない。

 ミアナが、感情をさらに昂らせる。


「魔群帯に、人……っ!? 人ですって!? 何よ!? 誰がこんなっ……こんなっ――、……ッ!」


 その時だった。

 真っ先に”それ”に気づいたのは、ルイン・シール。


「――ルイン」


 同じく気づいたのは、サツキ。

 ルインは――己のてのひらの汗ばみに気づいた。

 じっとりした嫌な汗が、剣の柄を覆っていく……。

 ああ、とルインは首肯した。

 それから暗がりへ向け、声をかける。



「何者だ?」



 驚くほど小さな葉擦れの音が、いくつも鳴った。

 次いで姿を現す人影。

 剣と盾――騎士装。




「おまえたち、勇の剣だな?」




 続くように、同じ騎士装の者たちが続々と姿を見せる。

 ルインの呼吸が、速くなっていく。


「なぜだ……なぜ、君たちが……僕らを勇の剣と知りながら、こんなっ――」


 絞り出すような声で嘆くルイン。

 肩が、小刻みに震えていた。

 拍動――呼吸が、その荒々しさを増していく。


「その盾の、紋章――」


 おかしい。

 彼らはアライオンの同胞のはず。

 同胞のはずの男が、静かに剣を構える。


、貰い受ける」


 なぜ、


「なぜウルザの、魔戦騎士団が――」


 ルインがその疑問を言い切るより早く、



 ウルザの魔戦騎士たちが、動いた。



 魔戦騎士たちを援護すべく続けざまに放たれる矢。

 そうして――


 

 命奪が、開始された。



     ▽



 ドチャッ!


 ルインの両膝が折れ、血の沼に沈む。


「はぁっ……は、ぁっ――はぁっ……!」


 天を、仰ぐ。

 こめかみを流れ伝う鮮血。

 あごから地面へと滴り落ちる血。

 それが、土に染み込んでいく。


「はぁっ、はぁっ……はぁっ! どう、して……っ」


 ルインの首が、激しく前へ折れた。


 ガクンッ!


「はぁ、はぁっ……なぜ、だ……なぜ――」


 ゆっくりと、面を上げるルイン。



「なぜそんなにも――――命を、粗末にする!?」



 ルインの瞳に映るもの――

 散乱する、魔戦騎士たちの死体。


「ぐぁっ」


 ユーグングが、まだ息のあった魔戦騎士にとどめを刺した。

 勇の剣の死者はストライフを除けば一人も出ていない。

 否、彼らは傷一つまともに負っていなかった。


 一方、数で圧倒的優位にあったはずの魔戦騎士団。

 こちらは一人を残し、すべて息絶えている。

 死者の有様はひどいものだった。

 散らばった死体をひと目見れば誰でもわかるであろう。

 勇の剣たちの憎悪が存分に伝わってくる状態と言える。

 血の池を渡り生存者の魔戦騎士を連れてきたのは、バードウィッチャー。


「ルイン……おまえの指示通り、一人生かしておいたっちゃ」


 唯一のその生存者は最初に姿を見せ、


『神獣、貰い受ける』


 そう言い放った男であった。

 男の目は――死んでいない。


 ”絶望的な状況であっても、敵を前に決して怯えなど見せぬ”


 そんな固い意思が、伝わってくる。

 ルインは無言で魔戦騎士の首に手を伸ばしかけた。

 が、


「ルイン」


 サツキに諌められ、ハッとなって手を引く。

 無意識に、男の首を絞めようとしていた。


「……すまない。止めてくれてありがとう、サツキ」


 ルインは一つ深呼吸して腰を下ろす。

 そして、立てた片膝に肘を置いた。


「”神獣を貰い受ける”と言っていたな……どういうことだ? すべて、話してくれ」

「…………」

「頼む、教えてほしい」

「何をされようと話すことは何もない。ひと思いに殺せ」


 息をつくルイン。


「そうか――トアド、アレを頼む」


 ルインに言われ、トアドが黙って頷く。

 トアドは、腰の革帯から一本の平たい棒状のものを抜き出した。

 差し出されたそれを、ルインは無言で受け取る。

 不可解げに、魔戦騎士は眉をひそめた。


「……やすり?」

「特製の鑢だよ。僕の腕力と合わされば、大抵のものは削り減らせる……そう、人の骨だって」


 ここにきて。

 魔戦騎士の頬を、一筋の冷や汗が伝った。


「……何を、するつもりだ」

「指」

「?」


 ルインはそこで口をつぐんだ。

 代わりに、カロが説明の続きを引き受ける。

 

「その鑢で指先の爪から根元までを削るんさ」

「――ッ!」


 すべてを理解し、青ざめる魔戦騎士。

 さらに、ユーグングが引き継ぐ。


「痛いぜぇ……途中で気を失うほどに、な。が、気絶してもまた無理矢理起こす。傷口を弄るとその痛みで嫌でも意識を取り戻しちまうんだよ……そして、また削り始めると気絶する。それを、繰り返す……何度も、何度も」

「――ば、馬鹿なっ」

「安心しな」


 酷薄な目つきで魔戦騎士を睨みつけるユーグング。


「みぃんな……根元まで削り切る前に、隠しごとを一つ残らず吐いちまうんだよ。最後までやったらどうなるか試しに削り切ったこともあったが……ひでぇもんだったぜ、ありゃあ。見てるこっちも、きつかった」


 気が進まないながらも、ルインは鑢を手に腰を浮かせる。


「……始めよう」

「ま、待て――話すことなど何もない! 本当だ!」

「でもあんた、嘘をついてるじゃないか」

「え?」

「僕の勘だが……あんたたち、魔戦騎士団じゃないだろ?」

「――――ッ!」

「その反応が答えになってる……その武具、おそらくは魔戦騎士団の装いを模したものだ。違うか?」


 まれに働くルインのその”勘”は不可思議な的中率を誇る。

 彼の勘には昔から全員が信頼を置いていた。

 なぜ信頼できるのか?

 なぜ、的中するのか?

 論理的な根拠は何一つ提示できない。

 が、なぜかその勘をもとに行われる一切は必ず正しい。

 彼の勘は常に正しい”答え”を導き出す。


 ルイン・シールはどこまでも”正しき者”である。

 ゆえに、授かった能力なのか。

 あるいは、勇血の一族ゆえの特異性なのか。

 いずれにせよ彼の勘は一度として違えたことがない。

 そう――


 ルインの勘は正しい。


 だから、


「だから”何も話すことがない”――そんなのは、ありえない」


 ルインの正しき魂が、燃え盛る。

 彼はストライフへの思いを込めて鑢を強く握り込んだ。

 荒いギザギザ面を、魔戦騎士の指先に添える。


「まずは、小指からいく」


 魔戦騎士の顔面から、盛大に血の気が引いていく。


「ままま待ってくれ! お――お願い、ちょっと待って!」


 ギリッ


 ルインは、歯噛みした。


「黙れ外道……もう遅い! それに、おまえはストライフの痛みくらいはその身で味わうべきだ! あんなにもひどく斬られて……きっと、あいつは痛かった……ッ!」


 顔をくしゃりと歪め、滂沱ぼうだするルイン。

 傍に立つミアナも涙を流し、


「ルインっ――ええ、そうねルイン!」


 感極まっている。


「そして大事な仲間を失った僕たちの心も――それと同じくらい、痛かった! 痛、かったんだぁぁああああ――――ッ!」


 ザリリリッ!


 鑢が、二往復して。

 爪の先を、削り取った。


 いよいよ迫った過酷な現実に耐えきれなくなったか、


「は――」


 驚くほどの速度で、魔戦騎士から余裕が剥がれ落ちていく。


「話す話す話します! わ、私の知ってることでしたらなんだってお話しいたしますから! だから――」

「ストライフの仇!」


 金棲魔群帯――その、西方の片隅にて。

 窮地に追い込まれた獣めいた悲鳴が、響き渡った。



     ▽



「う……ぅ……ぜん、ぶ……しゃべった、から……も……殺、して……」


 視線で問うカロ。

 ルインは頷きで返した。

 カロが、剣を持ち替える。

 息も絶え絶えの魔戦騎士。

 その頭部を――温かみのないカロの突きが、貫通した。


 悲鳴ともつかぬ短い声がして――魔戦騎士は、絶命した。

 無惨な魔戦騎士の手の状態を見下ろしつつ、サツキが言った。


「こやつの正体が、ミラの手の者とはな」


 魔戦騎士団に罪をなすりつけようとしたらしい。

 うーむ、と眉根を寄せるユーグング。


「しっかし……今のミラ帝国はキナくせぇことになってんだなぁ。こいつは大将軍ルハイトの指示で動いてたみてぇだが、そのルハイトはどーも近々狂美帝に反旗を翻す腹づもりらしいときた」


 ルインは言う。


「ルハイト・ミラは第一位皇位継承権を持つ皇子だった。一方、今の狂美帝の皇位継承権は第三位……つまり現宰相のカイゼ共々、現在は皇位継承権の第一位と第二位を持っていた兄たちが末弟に仕えるといういびつな形となっている。上の兄二人が狂美帝に対し何か思うところがあっても、不思議じゃないさ」

「となると……ミラの手の者といっても、狂美帝を敵視する側の手の者ということか」


 でもよぉ、と腕を組むユーグング。


「そのルハイトが、どうして神獣を――ニャキを欲しがってんだ?」

「……予想はつく。だから、役目を終えたらニャキは始末してしまおう。いいかな?」


 迷う素振り一つなく、全員がルインの提案に同意する。

 それより、と視線を移すルイン。



 皆、同じ気持ちだった。

 皆、何よりそれを待っていた。



「ストライフをしっかり埋葬して……みんなで、お別れをしないとな」


 残された仲間たち。

 誰もが、何をおいても最優先すべきと考えていたもの。


 それは、ストライフの弔い。


 戦っている間も。

 戦いが、終わってからも。

 皆、ストライフの死体が気になっていた。


 皆、彼が大好きだった。

 だからこそちゃんと別れを済ませたい。

 納得のいくまで。


 それからは――皆、泣きに泣いた。


 涙を堪えていた者もついにその防波堤を決壊させた。

 ただし、サツキだけは涙を見せていない。

 が、誰も彼を責めない。

 彼の表情からその落胆ぶりは十二分に伝わってくるからだ。

 皆、それほど気落ちしたサツキを見るのは初めてだった。


 全員がストライフに惜しみない感謝と別れを告げてゆく。

 何度も、何度も。


 死体は運べない。

 保存もできない。

 ゆえに、


 みんなで力を合わせ、泣きながら墓を作った。


 土を盛ったストライフの墓。

 彼の短剣を、そこに突き立てる。

 ルインが最後に締める。


「ここで死すれど……君の魂はこれからも僕たちと共にある、ストライフ」


 ルインの背後に立っていたアレーヌがまたワッと泣き出した。

 同じく涙を溢れさせたミアナが寄り添い、彼女を慰める。

 ルインは悲しみの共有に心の痛みを慰撫されながら、振り向き――


「あれ?」


 彼は、気づく。

 気絶していたはずの、







「ニャキが、消えてる」









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― 新着の感想 ―
なにこの勇の剣って気持ち悪い集団 女神に洗脳教育されてるの?それとも魅了?キモすぎる
勇の剣…これからどう絡むんだろ? 確かに強いんだろうな…でもさ、彼らの善悪の振り幅 やたら狭くない?
作者氏の悪党の在り方ってなんというか絶妙に人の神経をいらだたせるというか、よく考えつくなぁと 王の器あたりまでいくと理解を超えすぎててもう何をいってるんだかという感じですが
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