血死の痕跡
指先で足跡を撫で、土の具合を確かめる。
「この感じだと……ここを通ったのは大分前だな」
移動し続けてるならこの近くにはもういない、か。
俺は立ち上がる。
「先へ進む」
「はい」
俺たちは警戒しながら進んだ。
そうして鬱蒼とした藪を抜けると、
「……これは」
息を呑むセラス。
何匹もの金眼の魔物が、そこにいた。
数は二十に満たない程度。
すべて、死体だった。
辺りには血が飛び散っている。
木の幹や草にも血が付着していた。
散乱する肉片。
これを殺害現場とするならまさに”凄惨な現場”と言える。
最も近い死体の前で膝をつき、検める。
次いで俺は顔を上げ、他の死体へ視線をやった。
「驚いたな」
ここは深部ではない。
が、仮にもこの大陸で恐れられる金棲魔群帯の魔物たち。
それが、
「何匹か、逃げようとしたらしい」
逃亡を図った形跡があるのだ。
金棲魔群帯の魔物が怯えて逃げようとしたのである。
この殺戮をもたらしたヤツらは、少なくとも――
魔群帯の金眼を、ものともしていない。
死体と現場の状況を見ればわかる。
総じて、なすすべなく殺されている。
しかも――見逃されていない。
逃走を試みた魔物は一匹や二匹じゃない。
無防備に背後から斬りつけられているヤツもいる……。
逃げようとした魔物を見逃さず、わざわざ追いかけて殺したのだ。
「剣で斬られたと思われる魔物が多いな……セラスから見て、腕前はどうだ?」
「相当な手練れかと」
迷いなくセラスはそう判じた。
「おまえより?」
「――手合せしてみないことには、なんとも。ですが並みの実力者でないのは確かです。何より……」
「まるで本気を出していない、か?」
「はい」
「…………」
何者だ?
この連中は一体、こんなところで何をしている?
俺たちはさらに、足跡を追った。
足跡の続く方角。
今のところは、俺たちの目指す方向と同じ。
もはや見慣れた景色のように魔物の死体が転がっている。
鳥に死肉をついばまれている死体もあった。
「足跡の感じからして、少なくとも八人はいるか」
そういえば……。
使い魔とやり取りした遺跡を出てから魔物に遭遇していない。
あの辺りの魔物は、これをやった連中を恐れて身を隠していたのか?
「私たちと敵対する側の者たちだとすると、厄介かもしれませんね」
「……ここから近い勢力となると、ミラとウルザだが」
近いと言えば――最果ての国も近い。
魔戦騎士団か。
輝煌戦団か。
ただ……。
もう一つ、
「気になると言えば、まったく情報が――」
カサッ
繁みを抜けた先で、俺は言葉を切った。
セラスが目を瞠る。
ゴクッ
次いで、唾をのむセラス。
「これ、は――」
少し前。
金眼の死体群を目にした時とはまた異なる反応をセラスは見せた。
今度は、想像を越えた驚きが伝わってくる。
「…………」
まあ、仕方あるまい。
死体。
誰がどう見ても死体は”それ”だった。
俺は”それ”を見上げる。
やや乾いた声で――セラスが”それ”の呼称を、口にした。
「――人面種」
今なら公には十河綾香の名が加わるだろう。
が、かつては倒すために女神か”人類最強”に頼らざるをえないとされた凶悪種。
「…………」
俺は、死体とその周辺の状況を改めて確認する。
痕跡から察するに戦った相手は武器を使う人型。
おそらく、人面種同士の争いではない。
それにしてもだ。
惨たらしくズタズタにされたこの人面種……。
生前の強さがどの程度だったのかは、知らねぇが――
「こいつ一度、逃げ出そうとしてやがる」
あの人面種が逃走を試みるほどの強者。
名の通った強者と言えば、
女神。
勇者。
アライオンの第六騎兵隊。
白狼騎士団長”黒狼”。
狂美帝。
それから、そう……
いまだ、まったく情報のあがってないヤツがいる。
俺が最初にその名を聞いたのは、イヴからだったか。
強者の一人として。
が、そいつに関しては情報がほとんどなかった。
イヴも、セラスも、エリカも、大した情報を持っていなかった。
名は確か、そう――
「”勇の剣”とか、言ったか」




