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最果ての国を目指して


 魔女の棲み家を発ってから数日。


 移動中はたくさんの魔物から襲撃を受けた。

 出立地点の付近は魔群帯深部でもある。

 そのためかちょっと厄介な魔物もいた。

 一匹だが人面種にも遭遇している。

 が、すべて叩き潰した。

 わかったのは北方魔群帯の魔物との違いである。

 南や西と比べると北方だけ並外れていたのがよくわかる。

 北方魔群帯の深部は魔戦車の感知阻害能力でスキップできた。

 その北方の深部を越えた辺りの魔物が、南や西の深部と同程度の強さだった。

 要するに北方魔群帯の深部だけが際立って危険地帯なのだ。

 北方魔群帯の深部をまともに通過していたらと思うと、ゾッとする。


「――今日は、こんなとこだな」


 俺は、汗に塗れたスレイの速度を緩めた。

 頭上を見やる。

 日が暮れかけていた。

 もう少しすれば、夜の帳がおりるだろう。


「今日もお疲れさまでした、スレイ殿」


 セラスが下馬し、俺も続く。


「おまえがいるとやっぱ速いな、スレイ」


 撫でてやると、スレイは嬉しそうに頭をすり寄せてきた。


「ブルルッ♪」


 金棲魔群帯の正式名称は”大遺跡帯”である。

 ここにはかつての文明の名残りと思しき建造物が点在している。

 中には原型を留めた状態の建物もある。

 俺たちは、そんな建物の一つに入った。


 食事を済ませて寝る準備を整えると、俺は『禁術大全』を開く。

 建物内だが明かりは最小限。

 ページを進めず俺が難しい顔をしていたためか、セラスが話しかけてきた。


「どうされました?」

「ピギ丸の最後の強化剤のことで、ちょっとな」

「ピギ丸殿の最後の強化剤、ですか」

「ああ。こいつを作るのは、なかなか厳しいかもしれない」

「……確かに」


 旅の中でセラスも『禁術大全』は大分読み込んでいる。

 該当するページの内容を覚えているのだろう。

 最後に残ったスライム強化実験の問題点。

 それは、シンプルに一つ。


 素材の入手が難しい。


 ページの余白にメモ書きで素材の入手先が羅列されている。

 が、入手場所のすべての表記に横線が引かれていた。

 最下段に記されていたのは、


 ”現在入手不可。実験は成功。但し、これ以降の再現は困難と思われる”


 素材を持つ魔物の名は”紫甲虫しこうちゅう”。

 外見と素材部位はご丁寧に絵に起こしてあった。

 この素材はエリカのコレクションの中にもなかった。

 他の入手場所の心当たりもその時エリカに尋ねてみたのだが、


『残念ながら知らない。とゆーか、紫甲虫ならエリカも欲しい。手に入るならだけど』


 返ってきた答えは、それだった。

 いわゆる、


「レアモンスターってヤツか」


 なればこそ、 


「金眼の魔物がごった煮になってるこの魔群帯ならもしや、と……一応、最初に足を踏み入れてから目は光らせてたんだが」

「私も気は配っていましたが、見かけませんでした」

「こうなると、すでに絶滅しちまってるって線もありうるか……」


 ピギ丸の最後の強化。

 一旦、これはないものとして考えた方がいいかもしれない。


「そろそろ、出発するか」

「はい」


 現在地を把握できるイヴの地図はもうない。

 が、代わりにエリカから譲り受けた地図が役に立っていた。

 地図には特徴的な建造物や地形が描き込まれている。

 それらを目印に進めば、そうそう迷うこともなさそうだ。


 休息を終えた俺たちは、魔群帯をさらに西へと進んだ。



     ▽



「目的地まで半分、ってとこか」

 

 目の前に鎮座する建物と地図を見比べる。

 この辺りは出発点と目的地とのちょうど中間点くらいにあたる。

 魔郡帯の中心に位置するエリカの家からは大分離れた。

 ここらはもう”深部”と考えなくていいだろう。

 ちなみに――最果ての国の位置は、地図上には記されていない。

 エリカが出立前に指で示した場所を俺が記憶しているのみである。

 何かの間違いで、地図が他の者の手に渡るのを危惧してのことだ。


「本日は、あの建物を使いましょうか?」


 そう言ったセラスの指差す先へ視線をやる。

 魔素によって開閉する例の扉が見えた。

 魔群帯において安全を確保しやすい数少ない場所である。

 当然、内部が安全なのが大前提だが。

 大量の金眼が逃げ込んだ地下遺跡の入り口らしき場合は当然、スルーする。


「スレイも、夜襲に気を取られない環境でのんびり休ませてやりたいしな……そうするか」


 と、


「ピニュ?」


 ピギ丸が、何かに気づいた。

 スレイもそちらを向く。


 何か、近づいてくる。


「……、――リス?」


 普通のリスに見える。

 わずかだが魔群帯にも見慣れた動物が生息している。

 その時、リスが突然――腹を見せ、ひっくり返った。

 ピンとくる。


「エリカか」


 事前の打ち合わせで決めておいたいくつかの合図。

 向こうからそれをすることで、使い魔だと示す。

 あれは、その合図のうちの一つ。


 俺は”文字紙もじがみ”を荷物から取り出した。


 地面に広げる。

 リスが起き上がり、駆け寄ってくる。


「エリカの使い魔か?」

「キュキュ」


 ちっこい鼻先で、


 ”はい”


 の箇所をリスが示す。

 両膝を曲げて見下ろしていたセラスが、ホッとした顔をした。


「エリカ殿、使い魔を動かせるほどに回復したのですね……よかったです」

「キュッ」


 俺は、背後の建造物を振り返る。


「……以降の話は、中に入ってからにするか」


 俺たちは扉を開き、中へ踏み入った。

 中は倉庫みたいな造りだった。

 実際、棚の配置からして倉庫的に使用されていたのだろう。

 が、棚やら何やらは空っぽである。

 生物――敵性の魔物の気配はない。


「…………」


 スンッ


 独特の粉っぽさはあるものの……。

 一晩の宿泊には問題なさそうだ。

 隠し扉や階段のたぐいも見当たらない。


 ひとまず安全が確保できたので、荷物をおろす。

 そして床に敷布を広げ終えると、一段落した空気が流れる。

 が、すぐにやることがある。

 俺は、敷布の上に改めて文字紙を広げた。


「キュッ!」


 いよいよ出番だとひと鳴きしたリスが、文字紙の上を駆け回ろうと――


「少々、お待ちを」

「キュッ!?」


 正座したセラスが、柔らかな手並みでリスを捕まえた。

 次いで、そっと膝にリスをのせ、清潔な布で足を拭き始める。


「差し出がましい真似をして申し訳ありません。ただ、今後も文字紙を使うことを考えると、あまり汚れるのもよろしくないかと思いまして。ん……すみません、短い間ですので、少々じっとしていてくださいねー……」


 そうして足を拭いてもらってから、


「キュッキュ」


 リスは文字紙の上を駆け回った。

 文字を一つ一つ示し、文章を作り上げていく。

 このやり方は時間がかかる。

 が、就寝までの時間はたっぷりある。

 やがてスレイの眠りが深さを増した頃、ひと通り報告が終わった。


「戦場浅葱のグループ以外は現在アライオンに戻ってる、と……近々、大魔帝討伐に討って出そうな気配は?」


 リスが鼻をヒクヒクさせ、


 ”いいえ”


 を示す。


「あちらの勇者たちはまだ動かぬようですね。エリカ殿の見立てでは、ソゴウ殿がまだ本調子でないのがまだ動かぬ理由ではないか、とのことですが」


「今の十河は人面種や側近級すら殺せる力を持ってる。ヴィシスにとっちゃ嫌でも外せない戦力だろう。ヴィシスは天敵の大魔帝を確実に仕留めたい――となれば、最大戦力のS級三人は万全な状態で決戦へ送り込みたいはず。今すぐ討伐に動いていないのは、やはりエリカの見立て通り十河がまだまともに戦える状態じゃないんだろう……」


 つまりヴィシスには、十河綾香抜きで勝てる確証がない。

 でなければ、残る二人でもっと早く討伐作戦を進めている気がする。

 となると――こっちもまだそこまで急ぐ必要はない、か。


 俺は、質問を重ねた。

 リスが”はい”と”いいえ”の上を、忙しなく行き来する。


「戦場浅葱のグループは今、ヨナトにいるのか」


 大規模な侵攻がおさまってからそれなりの日数が経った。

 が、まだヨナトに留まっているという。

 戦いで出た負傷者数が多くてまだ動けない……とかか?


 ちなみに今回の情報はすべてアライオンの王城付近で得たものだそうだ。

 なので今だと情報がやや古くなっている可能性がある。

 つまり今現在、もうヨナトを離れてるってのもありうるわけだ。


「…………」


 まあ、どうあれ勇者の大きな目的は大魔帝の討伐だ。

 戦場浅葱たちもいずれ十河たちと合流すると考えていい。


「にしても、西軍にいた剣虎団は全員無事なのか。ここは朗報だな」

「剣虎団の方々とは、あのミルズ遺跡の中で行き遭ったとお聞きしていましたが」

「あの遺跡にいた傭兵の中だと、俺のことを唯一心配してくれた傭兵たちだったからな。そういうヤツらが無事だったなら、素直に嬉しいさ。女神の側といえばそうなのかもしれないが……仮に敵対関係になっても、あの連中を殺す気にはなれない。受けた善意には報いたいからな……甘いと言われても、そこは譲れない」


 俺の手に、セラスが自分の手をそっと重ねた。


「トーカ殿のそういうところ……私は、好ましく思っておりますよ?」

「キュ!」


 リスが腕組みっぽい仕草をして、ふんぞり返った。

 不満げなオーラが放たれている。


「のろけなら後でしろ、だとさ」

「キュ、キュッ」


 うんうん、と頷くリス。

 頬を赤らめ、セラスが両頬に手を添える。


「の、のろけ……」


 つーか、


「発話を使ってないにしても、けっこうやり取りが長くなってる。疲労の方は大丈夫か?」


 聞くと、リスがマッスルポーズをした。


 ”元気だ”


 そう主張してるらしい。

 マッスルポーズを取るリス……。

 からくりを知らないと、ちょっと不気味な気もする。

 ひと通り情報を得た後は、


「あと、余力があれば聞いときたいんだが……イヴとリズは元気でやってるか?」


 ”はい”


 口の端が緩む。


「よかった」


 今後もエリカは引き続き情報を集めてくれるそうだ。

 リスを外に出すというので扉を開けてやる。

 すると、リスはそのまま走り去った。


「魔群帯にも、使い魔を点在させてるんだな……」

「聖霊の助けで初めて維持できる数と規模だと、エリカ殿が以前そうおっしゃっていました」

「なるほどな」


 発話ほどでないにせよ使い魔の操作にも負荷は伴う。

 休息と収集時間が必要になるだろう。

 となると、次の報告はもう少し先と考えてよさそうか……。


 休息を終えた俺たちは再び準備をし、遺跡を発った。

 二人でスレイに騎乗し、日暮れの近づく森の中を進む。


「大攻勢を受けたのは、魔防の白城だけではなかったのですね」


 セラスが言った。


「上位と思われる側近級や大魔帝の出現場所からして、本命は魔防の白城か東軍だったのかもしれない。けど、どの方面もおとりって感じの攻勢規模じゃないんだよな……」


 前哨ぜんしょう戦にしては規模が大き過ぎる。

 過去の事例と比べてもそれは明らかだという。

 いけるなら、すべての方面軍を潰す算段だったのかもしれない。

 勇者、もろとも。


「特殊な成長性質を持った異界の勇者を潰すなら早い方がいい、と考えたんだろう」


 だとすれば今回の根源なる邪悪は賢い。

 短期決戦こそが勇者攻略の秘訣とも言えるからだ。

 バトル漫画なんかで喩えるなら……

 ラスボスや大幹部クラスが、序盤でまとめて襲ってきたみたいなもんだ。


「大魔帝は……過去の歴史でも調べて、何か学んでるのかもしれねぇな」

「今回の戦いの結果を受けて、しばらくはおとなしくしているでしょうか?」

「……どうかな。俺としちゃ、最北の地にギリギリまで引きこもっててくれるのが一番望ましいんだが」

「しかし神聖連合側も、まとまった戦力を動かすのは難しいでしょうね。今回の戦は、神聖連合の側もかなりの打撃を受けたようですから」


 確かにそうだ。


 マグナルの主な残存戦力は東の白狼騎士団くらいだという。

 さらに悪いことに、戦いの最中で白狼王が行方不明になったとか。


 それからヨナトは今回、主戦力を失ったに等しい。

 聖女、殲滅聖勢、アライオンへ派遣していた四恭聖。

 軍全体で見ても、いまや王都防衛すら怪しいレベルだとか。


 バクオスも新たに選ばれた三竜士のうち二人を早速失っている。

 黒竜騎士団も今や壊滅に近い状態。

 軍全体で見ても、やはりこちらも先の戦いでかなりの戦死者を出したらしい。


 ネーア聖国も、バクオスほどでないにせよ軍の何割かを失っている。


「比較的、まだ戦力を残してるのは……」


 ウルザ、

 ミラ、

 アライオン。


 魔戦王、

 狂美帝、

 腐れ女神の国。


 三国の主立った戦力は、


 魔戦騎士団&竜殺し。

 輝煌戦団。

 異界の勇者&アライオン十三騎兵隊。


「――大まかには、こんなところか」


 そんな感じに、現状把握がてら言葉にしてみる。

 ただ、ウルザの竜殺しは魔防の白城の戦いで重傷を負った。

 戦線復帰は難しいと聞く。

 ふぅむ、とセラスが口もとにこぶしを添える。


「アライオン以外の二つは、各方面軍には直接配属されず……予備戦力として温存されていた国ですね」

「今いる位置に近いのはその主戦力を残したウルザとミラ、か……今後、余計な障害にならなきゃいいが」


 そんなフラグみたいなことを口にしていると、


「……………………スレイ、ちょっと止まってくれるか」


 俺はそう言って下馬し、片膝をついて屈み込む。

 視線を、地面に注ぐ。


「トーカ殿?」


 セラスも馬からおりてきた。

 前かがみになり、背後から俺の視線先を覗き込んでくる。


「これは……人の足跡、でしょうか?」

「おそらくな。二足歩行の魔物が靴を履くってなら、魔物のものかもしれねぇが……ともかく――」


 足跡の先を眺めやる。

 


「足跡の主は、複数いる」



 俺の視線の先を追うセラス。


「……トーカ殿」

「ああ。おまえも、気づいたか」


 かすかにだが――漂ってくる。




「血のニオイだ」






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― 新着の感想 ―
[良い点] 連続更新があるということ。 [一言] 灯河さんがもうすぐ最強になりすべてを蹂躙するのでこれからどうやって最強になるのか、それまでにどんな事件が起こるのかが楽しみです。
[一言] 久々の投稿ありがとうございます! 次話も楽しみにしています。
[一言] 更新ペースアップ本当にうれしいです! これからも頑張ってください!(≧∇≦)
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