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重みを知る時


 さて――ここの魔物たちは何を食べているのか?

 何を飲んでいるのか?

 最初は、魔物の食糧や水場があると思っていた。

 だがここは異世界。

 元の世界の常識で考えてはだめな部分もある。

 もし、だぞ?

 ここの魔物たちが、もし……。

 食事や水分補給を必ずしも、必要としないなら。

 最後の希望は断たれる。

 たとえば人を殺す目的が捕食でないとしたら?

 たとえば――遊び。

 遊び、殺す。

 娯楽かもしれない。


「…………」


 俺は一度、立ち止まった。

 あれだけ歩いて何もなかった……。

 あのエリアへ戻るか?

 何もないあの地下砂漠エリアに?

 転送先の場所……。

 鳥頭ではなくミノタウロスたちが消えた方角。

 あっちに行ってみるか?

 いや――この飢餓状態での接敵は危険だ。

 スキル発動が間に合わないかもしれない。

 力が出ない。

 力が、入らない。

 頭がスカスカになった気分。


「あ、そうだ……」


 皮袋……。

 拾わないと。

 虚ろな目で皮袋を見る。

 光るマジックアイテム。

 E級勇者と同時召喚されたユニークアイテム。


「あ、れ……?」


 皮袋の宝石。

 微妙に……色が違う?

 宝石は確か黄緑一色だったはず。

 黄っぽいエメラルドみたいな色だったと、思うのだが……。

 下の方が少しだけ紫色になっている。

 目もとを擦る。

 ついに目までおかしくなったか?

 それとも、最初からこういう色合いだったか?

 クソ女神から渡された時のことを思い出す。

 ほぼ黄緑一色の宝石が頭に浮かぶ。

 少なくとも、こんなくっきりと下部が変色してはいなかったはず。

 しかし今の宝石は目で見てはっきりわかる。

 下部の一部が確かに紫色になっている。

 なんだ?

 この紫色の部分。

 宝石が毒にやられた?

 ……まさかな。


「……あ」


 皮袋の光が弱まっている。

 飢餓で魔素注入の余力が消える前に……。

 多めに魔素を、入れておこう。

 魔素を注入。


「あれ?」


 紫の範囲が増えた?


「…………」


 まさかこれ……ゲージみたいな感じなのか?

 この紫の部分は魔素の注入量によって増える?

 …………。

 どうせMPはレベルの恩恵で大量にある。

 馬鹿ほどある。

 アホほどある。


 とにかく俺は今、何か”変化”が欲しかった。


 先ほど同じ景色巡りをしすぎたせいだろうか?

 変わる”何か”を見たい。

 自分の中にそんな欲求が生まれていた。

 スキル使用分は、そうだな……。

 100発分くらい残しておけばいいか。

 さらに魔素を、宝石へ注入してみる。

 何かが変わって欲しい。

 この宝石の色の変化すら、今は愛おしい……。


 数分後、宝石の色が完全に紫へと変わった。


 ゲージが紫で満ちた。

 宝石も強く発光している。

 綺麗だな……。

 特別な何かが起こらなくとも、奇妙な満足感が得られた。


「ク、クク……ふ、はは……」


 乾いた笑い。

 喉がカラカラなのだ。

 笑いが乾くのは仕方がない。

 というか。

 この状況で笑える自分が、なんだか笑える。

 疲労した足で立ち上がる。

 行って、みるか。

 ミノタウロスが消えた方角。

 まだ足は、こうして動くわけだし。


「行く、か」


 尽きるまでやる。

 これに、尽きる。

 精一杯やってだめなら仕方ない。

 それにまだ俺は”何か”できるのだ。

 実際、できた。

 宝石の色とか、魔素注入で変えられた。

 まだ”何か”を変える余力があるってことだ。

 わかってただろ――ここが、ヤバい場所だってことは。

 足掻け、最後まで。

 廃棄勇者――三森灯河。

 もがけ。

 力尽きるまで。


「簡単に諦めて、やる、かよ」


 くそったれ。

 笑いながら、歩き出す。


「フ、フハハ……」


 なんかまた、楽しくなってきたぞ。

 餓えでいよいよ頭まで変になってきたか? 

 と、そこから数メートルほど前へ進んだ時――





「…………重っ!?」





 えっ!?

 なんだ、今の感覚……?

 微妙にズシッときたぞ?

 身体を支える足がついにイカれたのか?

 もしくは、魔物から攻撃を受けた?

 周囲を確認。

 何も、いない。

 じゃあ……。

 なんの重みだ、これ?


「あ……」


 皮袋……か?

 ん?

 宝石の色がまた変わってる。

 灰色?

 え?

 ど、どうして灰色になったんだ!?

 まだ袋の発光の方は残っているようだが……。

 待て。

 待て待て。

 何か入ってる。

 皮袋の中に何か、入ってるぞ。

 短剣の重み?

 いや、違う。

 そうだ。

 刃の溶けた短剣はあの死体の山の傍に置いたままだ。

 じゃあ、


「なんだ?」


 

 恐る恐る、皮袋を逆さにしてみる。


 ボトッ、

 コロコロ……、

 カサッ


「あ――」


 見慣れたパッケージ。

 懐かしさすら、覚えるほどに。


「勘弁、してくれよ……」


 確かに俺は懐かしさを覚えた。

 だがこれは、むしろファンタジー世界には不釣り合いなもの。

 皮袋から出てきたのは、


「ついに幻覚でも見始めたってのか、俺は」



 500mlのペットボトルのコーラと、ビーフジャーキーの袋だった。



     ▽



 最初は”なぜ?”とか考えなかった。

 考える余裕がなかった。

 あるはずが、ない。


「飲み、物――」


 水分……。


 水分、

 水分水分、

 水分水分水分、

 水分水分水分水分。


 ペットボトルに飛びつく。

 水滴が表面に浮いている。

 冷たい。

 幻覚じゃない。

 現実の水分。

 キャップを、捻る。


「――っ!?」


 力が入らない?

 空腹と渇きのせいか?

 ステータス補正が効いてないのか?

 もしくは握力に補正は適用されない?

 あるいは、補正値は本人が弱っていると効果がないのか?

 く、そっ――


「あ゛ぁ゛ぁ゛ああああっ!」


 プシュッ


 気合で、あけた。

 当然だ。

 生死がかかってるのだ。

 無理矢理にでも捩じりあける。

 あけざるを、えない。

 甘い香り。

 コーラ……。

 むしゃぶりつく。

 飲み口に。


「ぁむ! んぐっ――ごくっ! ごくっ! ごきゅっ! ごきゅ……ッ!」


 わかっている。

 極度に渇いた喉へ水分を急激に流し込むのはよくない。

 が、無理。

 本能を抑え切れない。

 我慢、できるわけがない!


「ぅ――げほっ!? ごほっ! けほっ!」


 噎せる。

 ゲップが出そうになる。


「ぅぅ……う、ウマぃ……」


 ジワァ


 滲んできた。

 涙が。

 ウマすぎて。

 生涯こんなにもウマいコーラがあっただろうか。

 渇き切ったノドを覆うように潤す水気。

 身体の芯へ染み込む濃厚な甘み。

 シュワシュワと喉を刺激する弾ける炭酸。

 全身が糖分の吸収を喜んでいる。

 染み渡っていく。

 ここでようやく、俺は残量を確認した。

 残り三分の一くらいか……。

 キャップを、しめる。

 ぎらつく目で次にとらえるのは、


 ペリッ!


 ビーフジャーキー。

 コンビニとかでたまに見るやつだ。

 コーラで胃が刺激されたせいか、腹の虫が激怒している。

 早く寄越せと。

 その肉を、食わせろと。


「はむっ、ぁむ! ぐちゃっ――くちゃ、くちゃ! ごくんっ!」


 汚い咀嚼音。

 が、知るか。

 どうせここには俺と魔物としかいない。

 マナーもクソもあるか。


「はぐっ! ぐっちゃ、ぐっちゃ! がつ、がつッ!」


 適度に硬い肉を奥歯が噛み締めるこの感覚。

 心地いい。

 強めの塩気。

 肉の奥に感じられるほのかな甘み。

 噛み千切られたしょっぱいジャーキーが、喉を通過しようとする。


 プシュッ


 再びコーラのキャップを外す。


「少しだけ――こく……ごきゅっ!」


 しょっぱいジャーキーの切れ端が口内で炭酸と踊っている。

 舌を通過していくコーラの甘み。

 渾然一体。

 塩気と甘さ。

 今まで一度もしたことのない食べ合わせだった。

 が、最高。


「クッチャ、クッチャ……ッ」


 ウマい。

 ウマすぎるだろ。

 なんだよ、これ。

 コーラと、ビーフジャーキーって――


「ごく、んっ」


 こんなに、ウマいのかよ。


「ふぅぅ……」


 袖で口をぬぐう。


「…………」


 ジャーキーは残り三枚。 

 取っておくべきか?

 震える手を、のばす。

 堪える。

 堪えた。

 食料が一切ない状態を続けるのは不安がある。

 だから、押しとどめた。

 膨らむ欲望を。


「――よし」


 よく耐えた、俺……。

 半分以下だがコーラもちゃんと残っている。

 特に喉の渇きはヤバい。

 ナイス。

 俺の理性。

 何気なくジャーキーの袋を手に取って確認してみる。

 袋に”皆さまのご期待に応えて、大、大、大増量っ!”とプリントされていた。

 大増量を決断したこの企業には今後足を向けて寝られない。

 まあここは異世界なので、足を向けて寝るもクソもない気はするが。

 とにかく、


「ふぅ」


 ようやく、ひと息つく。

 それにしても、かっこ悪いくらいがっついてしまった。

 仕方あるまい。

 あの状況でお行儀よくしろという方が無茶な相談だ。

 それにしても――糖分のおかげだろうか?

 脳もまた働いてきた気がする。

 身体に力も戻ってきた。

 補正値はやはり、疲労や空腹なんかで補正効果が薄くなるのかも……。

 ハッとする。

 周囲を警戒。

 まずい。

 食料と水分の唐突な出現のせいで一時的に警戒が解けていた。

 とりあえず……魔物に襲われなくてよかった。

 背後の死角を削るため壁を背にし、座り込む。

 ペットボトルを脇に置く。

 改めて皮袋を確認。

 中身は、空っぽだった。

 親指で表面の宝石に触れる。


「灰色になったこの宝石……」


 最初は”黄緑”。

 魔素を注入すると”紫”。

 で、コーラとジャーキーが出たら”灰色”になった。

 コーラとジャーキーの出現。

 この皮袋と宝石が関係しているのは明らかと思われる。

 つまり――この皮袋に魔素を入れると”何か”出てくる。

 どこかから転送されてくる。

 果たして”どこ”にあったものが送られてきたのか?

 あるいは複製的なものなのか。

 それは今考えてもわからない。

 だから一旦、放棄していい疑問だろう。 

 条件の方は一定量の魔素が宝石に蓄積されることか?

 何より、


「この宝石の色、また黄緑に戻るのか?」


 一回切りの可能性も否定できない。

 ひとまず魔素を注入してみる。

 皮袋が淡く光り始めた。

 が、宝石の色に変化はなし。

 灰色のまま。

 時間で再使用可能だと、いいのだが。

 それに、


「次も食料や飲み物とは、限らないしな……」


 皮袋についてはもう少し検証が必要そうだ。


「…………」


 皮肉なものだ。

 女神の”慈悲”で持たされた皮袋。

 チンケと呼ばれたE級勇者のユニークアイテム。

 おかげで、命拾いした。


「まあ”慈悲”といっても……女神は収奪したものを返しただけで、元々俺のユニークアイテムなわけだけど……さて――」


 立ち上がる。

 ペットボトルとジャーキーの袋。

 俺はこの二つを皮袋に突っ込んだ。


「これでよし。というか――」


 頭をポリポリ掻く。


「明らかに独り言、増えたよなぁ……」


 ま、仕方ない。

 この洞窟で無言でいるとおかしくなりそうだ。

 独り言くらいは許されてもらいたいところである。

 まあ、ここにはその許す人間もいないのだが。

 よし。

 ひとまず喉の渇きと空腹の問題は解決した。

 わずかだが水分と食料もある。

 ならば早速、目指すか。

 俺は洞窟の先を見た。


「上を」


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うーんご都合主義 文章も幼稚だし、この作品の評価ってサクラなの?
[良い点] 魔法の皮袋先生大好き。
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