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相似感覚


 モドキだけどな、と俺は言い足す。

 まんまではない。

 アイディアを拝借した形だ。

 たとえば鳥居やら”男”と”女”の文字は記されていない。

 黙って聞いていたイヴが、羊皮紙に視線を走らせる。


「”こっくりさん”……? 我には単なる文字の羅列を書いた紙にしか見えんのだが……」


 一方、


「なぁるほど」


 得心するエリカ。

 理解の瞬発力はさすがである。

 羊皮紙にはいわゆる”あいうえお順”に似た文字列を記してある。

 そこにプラス”はい”と”いいえ”がこの世界の言語で記されている。

 この世界の文字は俺も読める。

 が、こういう文字表の配列ルールみたいなのは知らない。

 そこで、夕食前にセラスに作成を手伝ってもらった。


「使い魔の動作はあんたが操れるんだったな?」

「ええ」

「だったら、手足なんかを使ってこの表の文字を示すことも?」

「可能」

「なら、ここに書いてある”はい”と”いいえ”を示すことも――」

「当然、できるわね」


 この方法だと発話より伝達時間はかかる。

 が、エリカ側の負担を大幅に減らせる。

 旅の途中――そう、たとえば休息中や就寝前の時など。

 急ぎでない状況なら、この方法でゆっくり情報伝達ができる。

 ……本来なら姫さまを助けに行く前に思いつくべきだった。

 エリカに、再確認をとる。


「使い魔を通して人間の会話を拾えるんだったな?」

「使い魔の売りはそこだからね。ゆえに”使い魔”はその有用性……危険性から、ほぼ駆逐されてしまったわけだけど」

「つまり――」


 トンッ


 羊皮紙を、指先で叩く。


「俺たちがあんたの使い魔に話しかければ、あんたは俺たちの言葉を理解できるわけだ」

「ええ」

「質問に”はい”か”いいえ”で答えられるだけでも、かなりの情報伝達が可能になる」


 そうね、とエリカは頷く。


「”はい”か”いいえ”で短く済ませられるなら、それに越したことはないわね」


 なら、なるべく”はい”か”いいえ”で答えられる質問がよさそうか。

 ピギ丸の色変化による”肯定”と”否定”のやり取りに近い感じだろう。

 ただ……。

 これらは使い魔によって、


 ”必要な情報が集められる”


 という大前提あっての話。

 つまり――成果の大部分はエリカ側にかかってくる。

 情報収集能力が、明暗を分ける。

 とはいえ、だ。

 エリカは魔群帯から一歩も出ずあれだけの情報を集めていた。

 情報収集能力の方は期待していいと思われる。

 細いあごの下に、思慮深げな顔で親指を添えるエリカ。


「確かにこの紙があれば……時間はかかるけど、消耗の激しい使い魔での発話をしなくても情報伝達が可能になる。なるほど、これは思いつかなかったわ」

「思いつかなかったってより、考える必要がなかったんだろ。あんたはここに隠れ住んでるんだから、外の誰かとの情報のやり取りはむしろリスクでしかない」

「……まあ、そうかもだけど」

「それに、使い魔の存在は大っぴらにしてたか?」

「いいえ」


 てことは、やり取りする相手が存在してなかったわけだ。

 用途は自分が情報収集するためだけに使われていた。

 互いに情報をやり取りする機会が、今までなかったのだ。


「といっても、思いつくくらいはすべきだったと思うけどね」


 言って、ちょっぴり悔しげに唇を尖らせるエリカ。


「いえ、まあこういうのって、いざ知ってしまえば”なぁんだそんなの大したひらめきでもないじゃない”って感じたりするものだけど、その”大したひらめきでもない”ことを思いつくのって、意外と言われるまで盲点だったりするものなのよね……」


 フン、と俺は鼻を鳴らす。


「実際、大したひらめきでもないけどな」

「トーカってば、謙虚」

「謙虚っつーか、事実だ」


 思いつくきっかけになった”こっくりさん”だって別に俺の発明じゃない。

 確かその”こっくりさん”も元ネタは西洋の文字盤だったと思う。

 なので、自分の手柄みたいに思えるわけもなく。

 結局、すげぇのは過去にそれを思いついた人間だ。

 俺がすごいわけじゃない。

 話を切って、俺は羊皮紙を丸める。


「ともかく、これを使ってあんたに外での情報伝達を頼もうと考えてる。このやり方なら、発話のたびにぶっ倒れなくて済むはずだ。それで――もう一度聞く。力を、貸してくれるか?」

「そのつもりよ」

「助かる」


 それで、と。

 エリカが話を次へと進めた。


「蠅王殿はエリカに、どんな情報を探ってほしいわけ?」


 俺は、エリカに探ってほしい情報を伝えた。

 得たいのは主に勇者たちの動向。

 得たい理由も伝えた。

 余裕があれば女神の動きも知りたいところだが……


「ヴィシスの情報は無理に集めなくていい。誰かが動きを探ってると勘付かれるのも、できるだけ避けたい」


 あのクソ女神なら使い魔の存在を知ってるかもしれない。

 気取られる危険が勇者より段違いに高い相手と見るべきだろう。


「なら異界の勇者の方を優先でいいのね? で……特にソゴウって勇者の情報が最優先、と」

「ああ」

「そのソゴウはきみと険悪な関係の勇者なの?」

「いや、むしろ友好的な相手だな。つーか、あのクラスじゃ一番友好的な相手かもしれない」

「つまり……トーカはその子が心配だから、動向を知りたい」


 俺の反応を探ったエリカが、言い添える。


「――ってだけでも、なさそうね」


 俺は、息をついた。


「ちょっとばかり、複雑なんだ」


 最大の友好者であり。

 最大の、不安材料。

 あの固有スキルに加えて鬼槍流とかいう古武術まで使う。

 つーか。

 改めて思う。

 異世界に飛ばされた古武術使いのお嬢様女子高生……。

 前の世界にいた時点で、もう一人だけ住む世界が違う感じだよな。

 ……主人公要素、揃いすぎだろ。


「他の勇者は論外って感じ?」


 いや、と俺は否定する。

 違う意味で別世界感のあるヤツがいる。


「高雄姉妹ってのがいるんだが……こいつらは前の世界にいた頃から何を考えてるのかいまいちわからない。特に姉の方は、宇宙人みたいなヤツでな」

「――ヒジリか」


 イヴが口を挟んだ。


「一度会ったきりだが、ヒジリは確かにただ者ではない」


 ふむふむふむ、と勇者の人物評を咀嚼していくエリカ。


「そのヒジリって子も三人いるS級のうちの一人なのね? じゃあ、そのソゴウとタカオの姉を優先的に監視すればいい?」

「ああ。最優先は十河で、その次が高雄姉妹って感じだな。ただ……」

「残りのS級も、やっぱり気になる?」

「桐原ってのがいるんだが……少なくとも、あいつはそう簡単に友好的にとはいかねぇだろうな」


 十河から各S級連中のスキルとかの情報は得られたものの……。

 S級三人の今の強さ関係まではわからない。


 誰が一番、強いのか。


 桐原や高雄聖が東の戦場で急成長しているケースもありうる。

 異界の勇者はレベルアップによって急激に成長したりする。

 スキルも、大きく変化する可能性を秘めている。

 俺だけじゃなかった。

 十河にしても固有スキルで”化けた”という。

 ゆえに――読みづらい。

 対策の指針を、立てづらい。

 だからこそ、できるだけ取得情報をリアルタイムに寄せたい。


「桐原の情報も、いけそうなら頼む」

「いける範囲でやってみるわ。A級勇者はどうする?」


 高雄樹以外の二人。

 小山田翔吾と安智弘。


「小山田と安っていうA級は魔防の白城の戦闘中に行方不明になって、今は生きてるかどうかも不明って話だ。生死関連の情報がついでで見つかれば、そっちも頼めるとありがたい」

「ふむふむ。それ以下は、大丈夫?」

「……一人、いる」


 イヴが口を開いた。


「カシマか?」

「いや――戦場浅葱ってヤツなんだが」

「でもそのイクサバアサギって勇者、最上級より等級が二つも落ちるのよね?」

「ランクで言えば確かに落ちる……ただ、頭の回るヤツなのは間違いない。それに、あいつは少し……」

「少し?」

「…………」


 少し、


「トーカ?」



 俺と似てる気もする。





     ▽



 使い魔関連の細かい詰めが一段落した後、俺はイヴに声をかけた。


「少しいいか?」

「む、我か?」

「ああ。話がある」


 他の三人を見渡すイヴ。


「我一人でよいのか?」

「おまえ一人に、だ」


 セラスはこれから湯浴みに行くそうだ。

 エリカはリズとゴーレムが部屋に連れて行った。

 不審感など欠片もない様子で、イヴが頷く。


「わかった」


 イヴを伴って外へ出る。

 外は暗い。

 が、疑似の月明かりが視界を確保してくれている。

 木の階段を下り切ったところで、イヴが聞いた。


「そういえば、出発はいつにするのだ?」

「出発は明日にでもと考えてる。ここに長居する理由もないしな」

「承知した」


 ……やっぱりか。


「イヴ」

「うむ」

「おまえとの旅は――」


 ここで、



「一旦、終わりだ」



 ややあって。

 イヴが示したのは、面食らった反応。

 ……この反応も当然か。

 俺の復讐の旅に、今後もついてくるつもりだったのだから。


「こ――」


 ぐい、と。

 イヴが、パーソナルスペースに侵入してくる。


「こたびのネーアの姫を助ける作戦……我の働きに、何か問題があったのか?」

「違ぇよ」

「では、なぜ……」

「おいおい」


 俺は、柵に腰掛ける。


「元々どういう話だったか覚えてるか? おまえが魔女の棲み家までの案内役をする代わりに、俺はここへ辿り着くための”戦力”を提供する。最初から、こういう話の契約だったはずだ」

「む、ぅ」


 ”そういえばそうだった”


 みたいな顔をするイヴ。

 人間状態だと表情がさらに読みやすい。


「わかったか? そもそもここに到着した時点で俺とおまえが結んだ契約は果たされてる。だから、本来ならおまえはもう俺に協力する理由がない。けど、おまえはセラスの方には何も恩返しができてないからって理由で今回の作戦に参加した。だな?」

「う、うむ……」

「で、セラスはおまえの助力もあって無事目的を果たした。おまえは俺にもセラスにもその力を貸してくれた。十分だ。これ以上、俺の復讐の旅に付き合う必要はない」


 ちょっぴり口先を曲げ、立ったまま俺を見下ろすイヴ。

 何か考えを捻り出そうとしている感じである。

 ややあって、イヴは言った。


「しかし……エリカも今後、そなたに協力するのであろう?」

「あいつは”クソほど”ヴィシスを憎んでるからな。本人に確認済みだ。実際ヴィシスのおかげでやりたいことができず、ここに引きこもるはめになったそうだ……つまり、俺の復讐の旅に乗る理由はある」


 けど、と俺は続ける。


「おまえは、どうだ?」

「む……」

「両親とスピード族の仲間が殺された件は確かに許せねぇ話だ。しかし、それにはヴィシスがかかわってたのか?」


 数拍押し黙ってから、イヴが言う。


「わからぬ。あの子らが、何者だったのかすら……」


 そう。

 イヴには、ヴィシスに復讐する明確な理由がないのだ。


「だ、だがそれはセラスも同じではないのか?」

「あいつが逃亡者になる原因を辿ると、ヴィシスに行き着く。身勝手なクソ女神が、あいつを欲しがったのが元の原因なわけだ。つまりあいつにも、ヴィシスを憎む理由はある」

「しかしトーカっ……我は、そなたたちの力に――」

「それにな、イヴ。何より……」


 俺は、言った。



「リズのためにだ」



 そのひと言で、イヴがこれまでと違った反応を見せた。


 ハッとしたような、そんな感じ。


 咀嚼(そしゃく)するみたいに、イヴは、俺の言葉を反芻(はんすう)する。


「……リズの、ために」

「ああ。おまえ、言ってただろ。慎ましくてもいいから、二人で幸せな生活を送りたいって」


 イヴは、黙っている。


「今回の作戦、俺はいざとなれば転移石でおまえだけでもここに戻せるから同行を許可した。詳細な敵の戦力を事前に把握できない以上、必ずおまえを守り切れると断言できなかったからな」


 それでも。

 その場で敵を相当危険だと判断した場合、イヴだけは帰還させられる。


 イヴは、言葉を噛みしめる表情になっていた。


「イヴ」

「…………うむ」

「俺は実の親から捨てられた後……叔父さんと叔母さんと過ごせたから……あの人たちと過ごせた思い出があったから、幸せだったと言い切れる。断言、できる」


 俺は、続ける。


「けど、リズはまだおまえとそんな思い出をたくさん作れちゃいないだろ」


 あの子は夢見た”おねえちゃんとの平穏な日々”をまだ大して、得てない。


「生まれた集落を滅ぼされて、放浪して……奴隷商人に追われた挙句、捕まって……あのクソみたいな店で働かされて……モンロイ脱出後は俺たちとここまで危険な旅をして……そして、命の危険がある戦場からようやく――大切な人が無事、戻って来たんだ」


「――、……ッ」


「おまえの気持ちは嬉しい。けど……リズの気持ちを考えるとな」


 ここではっきり、俺が話しておかないと。

 あの子はきっと、こんな風に言う。


『わたしは待ってるから、おねえちゃんはトーカ様たちの力になってあげて』


 そんな風に、言うんじゃないだろうか。

 それが――なんと、いうか。


 と思えて、ならなかった。


 自然な流れに任せたら、きっとそうなる。


 イヴはきっと、それを受け入れる。

 リズもきっと、それを受け入れる。


 受け入れて、しまう。

 だって――善人だから。

 叔父さんたちと同じ。

 だから、


「はっきり言うぞ、イヴ」


 だから俺が、言わなくちゃいけない。

 告げなくてはならない。

 しっかりと。

 俺はイヴの顔を見上げ、



「おまえとの旅は、ここまでだ」



 迷いなくはっきりと、それを告げた。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 宇宙人みたいなやつ、って異世界人に伝わる?
[一言] イヴーーー楽しかったんだよな…
2022/04/07 17:51 退会済み
管理
[良い点] 意外なイヴへの「別れ話」 でも、心にグッときたね( >д<)、;'.・
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