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188/433

枠外存在

 前話更新後に5件もレビューをいただきました。ありがとうございます。感想も前回更新後に100件以上いただきまして……驚くとともに、嬉しく思っております。


 また、2巻に引き続き最新刊の4巻にも重版がかかったと連絡をいただきました。この場を借りまして、ご購入くださった皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。


 さて、今話はなかなか書くのに手こずりまして……結局、昨日更新の予定が今日にずれ込んでしまいました……。今話も楽しんでいただけましたら、幸いでございます。








 ――カチッ――


 拡声石をマスクから外し、小型の密閉容器に放り込む。

 懐の小袋に拡声石を入れ、口を縛る。

 これで魔素残量があっても俺の声は拡大されない。

 ここからの会話は、通常音量となる。

 ちなみに、密閉容器は皮袋で転送した現代食品の容器を軽く改造したものだ。


「――間に合った、と思いたいところだが」


 戦場の渦の一つを見る。


「ひとまずネーア聖国の軍旗は、まだ地に墜ちちゃいないようだ」


 俺たちはついさっきまで魔群帯の中を猛進していた。

 耳に届く戦いの声が大きさを増す中――それは起こった。

 口寄せに酷似した絶叫が、広大な魔の森を再び震わせたのだ。


 押し寄せたのはまたも金眼の大津波。


 規模は前回を凌駕していた。

 かつて魔物たちが逃げ込んだとされる地下遺跡群。

 今回の”口寄せ”はそのさらなる深部にまで届いたのだろう。

 深淵に棲むモノたちまでもが、いよいよ這い出てきたのである。


 そこからは、もう出し惜しみは不可能だった。


 そして今――俺たちは魔物の大進撃を潜り抜け、ここに到達した。


 八の馬蹄。

 四の車輪。

 暴力的な濁音が、地を激しく打ち鳴らしている。

 抜けてきた魔群帯の方角を、俺は振り返った。


「結局、エリカから借りた”武器”はほぼ使い切る形になったな……」


 が、躊躇う必要もなかった。

 魔物が目指していた方角はただ一つ。

 北――魔防の白城。

 おそらく今もネーアの姫さまがいると思われる場所である。


 俺たちの前後左右で湧きに湧いた金眼ども。

 到達前にそいつらを潰せれば、先んじて姫さまへの脅威も減らせる。

 どうせ殺し合いになるなら――殺せる時に、ぶち殺せばいい。

 が、溢れ出てきた魔物の数は想像以上。

 魔女製の武器をほぼ出し尽くすも、完全な殲滅には至らず。

 こうして最後は――”切り札”に、手をつけた。


 ”最後の軍勢”


 元々は小袋に入った刻印入りの小さな宝珠。

 ここに決められた量の魔素を注入すると、宝珠がゴーレムの姿へ”戻る”。


『これはエリカの対金眼用の切り札。地道に造り上げた、ね。これには超圧縮された戦闘用ゴーレムが眠ってるわ。この宝珠に、そうね……どのくらい詰め込んだかしら。金眼の魔物だけに反応して攻撃するゴーレムで、他の生物には攻撃を行わない』


 エリカはそう説明した。


『このエリカ・アナオロバエルをなめてもらっては困るのよねっ。大魔帝の軍勢がここへ攻めてきた時のことも、ちゃんと考えてあったんだから』


 ただし、とエリカは注釈をつけた。


『この宝珠を”戻す”には途方もない魔素が必要となる。だから、本来は聖樹が生んだ魔素を貯め込んだこの地での使用しか想定してなかった。だけど――きみの生み出す魔素量なら”戻せる”かもしれない』


 ああ――きっちり、戻せた。

 ……ただ、悪い。

 貸し与えられた切り札は、返せそうにない。

 ゴーレムには、効果持続時間にも限りがあると説明を受けた。

 懐中時計を取り出し、残り時間を確認。


「…………」


 早めに戦局を決める必要がある、か。

 ……今、ゴーレムの半分は魔群帯を出た辺りで魔物を押しとどめているはず。

 残り半分は城を越え、この戦場までついてきている。


 ついてきた分から少しずつ、ゴーレムの塊が離脱していく。

 ゴーレムは、そのまま人と魔の混在する戦場へと突撃していく。

 人間側の兵士は最初、ゴーレムにも攻撃を仕掛けた。

 この混戦状況である。

 敵の増援と思っても、無理はない。

 が、ゴーレムは一向に反撃しなかった。

 攻撃されてもまるで意に介した様子がない。

 ゴーレムはただひたすら、金眼の魔物だけを撲殺していく。

 すると人間たちも、ゴーレムの目標が魔物だけだと気づき始めた。


 ……少しずつだが”共闘”の形が出来上がりつつある。


「さて……」


 荒れ狂う戦場を見渡す。


「当初の予定と大分違ってきたが……ま、目的さえ果たせるならどうだっていいさ」


 カトレア姫に力を貸し、必要とあらば助ける。

 騎手を失った軍馬へピギ丸の触手をのばす。


「ピギー!」


 ピギ丸は魔群帯で使った合体技の負荷が残っている。

 なので今、合体技は使えない。

 が、ワイヤー役をこなせる程度には回復していた。

 馬が遠ざからぬよう引きつけつつ、


「セラス」


 蠅騎士姿のセラスに、呼びかける。


「おまえはこのまま、姫さまのところへ行け。そのあとは……しばらく自身の判断で動け」

「――わかりました」


 俺と同じく変声石をマスクにつけたセラスが、歪んだ声で聞く。


「あの、トーカ殿は……」

「俺の方は……可能そうなら、この戦局を決定づける」


 ある一点へ視線を転じる。


「事前に得た情報通りなら、先に片づけた方がいい相手がいる」

「でしたら、私もまずそちらに協力いたしますっ」

「俺の方が片づいても、姫さまが死んじまったらすべて無駄になる。……今日ばかりはネーアの姫騎士に戻って、かつての主にしっかり仕えてこい」


 噛みしめるような一拍があって、セラスは言った。



「――はい」



 黒の外套をなびかせ、馬の鞍に飛び乗るセラス。

 彼女の身体はふわりと馬上に収まった。

 風精霊の力で、落下の衝撃を和らげたらしい。


「我らが主の援護は、我が引き受けよう」


 セラスが、馬上から蠅騎士姿のイヴを見上げる。


「あなたが来てくれてよかったです。トーカ殿を――お願いします」


 人間の姿に変身済みのイヴが頷く。


「うむ、気兼ねなく行ってくるがよい」


 こうして魔戦車から離れたセラスは、ネーアの軍旗目がけて走り去った。

 イヴが、遠ざかるセラスの後背から視線を外す。


「して、我らはどうする?」


 馬車の行く先で待ち受けるオーガ兵の軍列。

 その中に、ひと際目立つ馬鹿でかい神輿が見えた。

 神輿の前で――


 二足歩行の巨大な紫獣しじゅうが、仁王立ちしている。


 腕組みをし、こちらを観察している。


「あれを、る」

「……我にもわかる。あの者、他のオーガ兵や魔物とは比べものにならぬ威圧感がある」

「ざっと見渡したところ……ヤバそうなのは二匹いる。あれがエリカが言ってた幹部級の魔族――いわゆる側近級ってヤツだろう。人面種って感じじゃない」

「あの物々しさ……ここにいる大魔帝軍の指揮官か?」

「おそらくは、な。そして……集団ってのは、頭を取られると瓦解率が上がる。何より、濃い邪王素を持つ側近級ってのは戦局に多大な影響を及ぼすらしい」


 もっと言えば側近級も魔物の一種……。

 経験値も、期待できる。

 側近級とはいえいずれ2-C連中の餌となるかもしれない。

 マスクの下で口もとが、自然と弧を描く。

 ならばその餌……


 ここで蠅王の”贄”とした方が、のちのためにもなる。


 とすれば、


「ここで潰さねぇ理由を探す方が、難しい」


 ただ、


「あっちの六本ろっぽんヅノは誰かが相手をしてるらしいな……動きから見るに、負傷してるようだが……」


 それでも、拮抗状態を作り出している。

 しかし――なんだ?

 六本ヅノの相手をしているヤツ。

 武器に、違和感がある。

 ここからでもはっきり見える巨大な刃。

 ……いや、いくらなんでも巨大すぎる。

 明らかに使い手とサイズが合っていない。

 が、使用者は問題なく扱えている感じだ……。

 とてつもない力持ちか――あるいは、重量がないに等しい特別な武器か。


「…………」


 待て。

 側近級の近くであれだけ動けている……。

 まず間違いなく、異界の勇者と見ていい。

 しかし、


「…………」

「トーカ、どうした?」

「――あれは」



 十河、か……?



 2-Cの勇者。

 魔群帯でニアミスはあったものの……。

 廃棄されて以降、直接2-Cの人間を目にしたのはこれが初めてとなる。


「ヴィシスと桐原が離脱した以外の情報は、入ってなかったが」


 そうか。

 十河が、ここにいたか。

 なら――ひとまずは共闘の形を取るのが正解だろう。

 障害となりうるのは……小山田、安、戦場、桐原の取り巻きあたりか。

 今のところそいつらの姿は確認できない。

 まあ、この状況で俺の邪魔をする余裕もあるまい。

 ふざけた真似をしたら、対応はその時に考える。

 今はその不確定要素に割くリソースはない。

 ……見たところ、十河は側近級相手にどうにか持ちこたえているらしい。

 さすがはS級勇者、ってとこか。

 となれば、


「俺たちは先に、あっちの八本ヅノを片づけるぞ」

「……それはいいが、六本ヅノの方は助けに入らなくてよいのか?」


 片頬を吊り上げ、鼻を鳴らす。


「あっちを助けに向かっても、八本ヅノはどうせへ来る」


 八本ヅノも、無数の手足で構成されたあの人面種を殺すシーンを見たはず。

 殺したのは、レベルアップによるMP回復狙いもあったが――


「謎の力で人面種をあっさり殺した上、ゴーレムの軍団を引き連れてきて”蹂躙する”とまで宣言したんだ。まともな頭を持ってりゃ、まず一番強ぇヤツが俺たちを片づけにくる」


「元から、敵の大将や切り札とやり合うつもりだったのか」


「状態異常スキルは上手くハマれば格上を屠れるからな。それが、効果的な使い方だ」


「だがよいのか? そなたはさっき元アシントだと名乗った。しかしアシントにはずっと”消息不明”でいてもらう算段と、我は聞いていたのだが……」


「ここまで予定外の状況にならなきゃそのつもりだったさ。ただ……こうなると募集された傭兵に紛れて陰ながら姫さまを支援、ってわけにもいかねぇからな。必然、状態異常スキルの力を大勢が目撃することになる」


 そうして選んだのは、自らによる”正体”の宣言だった。



「元アシントを名乗れば、状態異常スキルの正体を連中ご自慢の”呪術”に押しつけられるかもしれない」



 ウルザで忽然と消息を絶った呪術師集団。

 あの”人類最強”率いる黒竜騎士団を壊滅させた謎の力”呪術”。

 その壊滅は正体不明の力”呪術”によってなされた。

 生前、アシントどもはそう吹聴して回っていた。


「ふむ、呪術の正体は特殊な毒だったが……それを知るのは、当人たち以外だと我らだけかもしれぬ。ならばそなたの力を呪術と言い張っても通るやもしれぬ、か」


「いずれヴィシスは俺が生きてることに気づくだろう。その発覚も計算に入れちゃいるが……発覚が遅いに越したことはない。隠せるとこまで、手を打って隠す。だから……ひとまずここは状態異常スキルを”呪術”として、知らしめる」


「うぅむ……あの名乗りには、そのような狙いがあったのか」


 エリカ手製の魔導槍まどうそうに魔素を込め、背後を振り返る。


「……よし、それなりにちゃんとついてきてやがるな」


 ゴーレムの群れが、戦車を追っている。

 正しくは、八本ヅノとその周囲のオーガ兵を目指しているのだが。

 視線の位置を下げ、息荒く前進するスレイに声をかける。


「悪い。もう少し踏ん張ってくれ、スレイ」

「ブルルルルルッ!」


 任せろ、と言わんばかりのいななきが返ってきた。

 ちなみに、最近スレイの様子が変だった理由は見当がついた。

 どうも力が有り余っていたらしい。

 あるいは”力がみなぎる感覚に戸惑っていた”と言った方が正解か。

 よくよく考えればスレイはまだ生まれて間もない。

 いわばまだ赤子であり、これからが”成長期”なのだ。 

 エリカのところで過ごす間、スレイはさらに成長していたらしい。

 身体もよりできあがっていた。

 スタミナも以前より上がっている。

 魔女の棲み家に辿り着く前の体力だったら、もっと早くに力尽きていたかもしれない。


「スレイ、おまえ抜きにこの作戦は成り立たなかった」


 群がる魔物たちを、イヴとゴーレムが蹴散らしていく。

 スピードを落とさぬまま、戦車は一直線に八本ヅノを目指す。


「そろそろ、だ」

「やるのだな、トーカ」

「あの八本ヅノにも俺の状態異常スキルが効くってのが、前提だが」


 が、ここは問題ないと見ている。

 根源なる邪悪の唯一絶対に近い対抗手段である異界の勇者。

 その勇者が、根源なる邪悪を今までずっと叩き潰してきたなら……。

 スキル無効化特性を備える可能性は、限りなく低いはずだ。


「勇者のスキルが無効化されちまうなら、なんのための召喚だって話になるからな。むしろ、問題はあの八本ヅノが――」


 かくと、八本ヅノを見据える。


、だ」


 イヴに指示を出し、俺はスレイと戦車を切り離させた。

 そのまま俺はスレイに跳び乗り、振り返る。

 後方で戦車が半壊しつつ跳ねる中、イヴは難なく着地していた。

 イヴとは一度、ここで別れる。

 一方、ゴーレムたちはそのまま俺についてきている。

 俺は、馬上で両手を広げた。


「聞け、薄汚い大魔帝のしもべたち!」


 八本ヅノの方を向き、高らかと声を上げる。


「私はかつて呪術師集団アシントを率い、今はその名を改めし蠅王ノ戦団を統べる者! さあ……体格だけが望みと見えるそこの汚らしいの巨獣よ、無様に怯えるがいい! それともまさか、あの”人類最強”をも退けた私を倒せるとでも!?」


 朗々と告げた俺の声は届いたらしい。

 一歩、八本ヅノが後退した。


「ぬ、ぐ……っ!? この魔帝第一誓アイングランツを愚弄するとは……に、ニンゲン風情ガ……」


 ……俺の耳には届くが、側近級の声の大きさが下がっている。

 今までは拡声石使用時のように声を増幅させていたらしい。

 声量操作は、側近級の能力の一つだろうか。


 不遜さを纏ってマスクに手をやり、俺は、アイングランツを指差す。


「私は、かつて根源なる邪悪をめっした勇者の血を継ぎし勇血の一族でもある! そう、つまり魔を払いし力を受け継ぎし者……ッ! ゆえに、側近級といえど我が勇の前には無力! 貴様も見たであろう! 人面種すら一撃で死に至らしめた、我が呪術の威力!」


「ぬぅウ……ッ! この我を愚弄するなど……許さぬゾッ! 決して、許さヌ! ええい邪魔ダ! どくのである、オーガどモ! どけぇエ!」


 アイングランツが地を震わせて前進した。

 オーガ兵の列が、広く左右に割れる。


 道が、開けた。


 俺の指示でスレイはさらに速度を上げる。

 アイングランツは、俺めがけて駆け出そうとしていた。

 刹那、


「!」


 バシュゥッ!


 青白い雷光をまとった巨槍が、飛来した。

 今まさに駆け出そうとしていたアイングランツ。

 魔の金眼が、意識外で起こった異変に気づく。


「む、ゥ!?」


 イヴが投擲したエリカ手製の魔導槍。

 それが、レールガンのごとき速度で、アイングランツに放たれたのだ。



 そう――アイングランツの注意は、ずっと俺へと向けられていた。



 しかも煽られ、激昂していた。

 遠くにいるイヴの動きにまで注意を向ける平静さはない。

 通常、そう見るのが妥当で――







「小賢しイ」







 ブンッ! 


 紫毛しもうに覆われた太い腕で、アイングランツが槍を払いのけた。


 槍は砕け、光を弱らせながら地面に落ちる。

 ……魔導槍はかなりの速度だった。

 が、アイングランツは素早く反応し、迎撃してみせた。

 魔導槍の不意打ちによる一撃は――粉砕され、終わった。

 と、その時――


 ガクンッ!


 


「――――ッ!?」

「ふン」


 鼻を鳴らしたのは、アイングランツ。





「!」


 顔を、わずかに上げる。

 俺の視線の先には、落ち着き払ったアイングランツが立っている。

 先ほどまで愚弄され、激怒していたのに……。

 今は一転、堂々たる強者の風格を宿していた。

 俺を凝視するアイングランツ……。

 距離にしておよそ200メートル。

 紫色の側近級が、待ち構える姿勢を取った。


「くっ! 身体が……ッ!?」

「ソの負けである、アシントの王ヨ。そこはすでに――」


 アイングランツが左右の逆手を掲げ、広げていく。




「 我が、邪王素の領内 」




 俺は、どうにか身体を起こそうする。

 が、上がらない。

 まるで、恐るべき重力にのしかかられたかのようだった。


「手始めに高らかな宣誓で我の意識を自分へと集中させ……さらに、傍若無人な言動で我を激昂へと導き、冷静さを失わせル。そうして生まれた我の隙をつき、あの槍で攻撃をしかける……そんな算段だったのだろウ。しかし我はすでに、その策を看破していタ」


 右腕を、大きく振りかぶるアイングランツ。


「知謀をめぐらすのは、ソだけではなイ。煽られて冷静さを失したように映ったのは、我の演技であル。たけり狂いオーガどもを我の周りから追い払ったのも、我の演技にさらなる真実味を持たせるため……そして我はあえて隙を作り、ソを引き込んだ――我が、邪王素の領域ニ」


 強烈な圧が脳を揺らし、意識を混濁させようとする。

 胃液が、逆流する感覚。


「げ、ほっ!」


 俺は、激しくえづいた。

 スレイは――止まらない。

 魔物は邪王素の影響を受けないためだ。


 アイングランツの腕が膨張し、うなりを上げる。


「古びた勇者の血を引こうと……”人類最強”とやらに勝利しようト! この世界で生まれし者である限り、我には勝てヌ! 我が邪王素の前では、ソらはあまりにも無力……ッ! これが、邪王素であル! これより真の絶望を味わわせてやろウ! ソの死肉は保存し、捕らえた勇者どもに少しずつ食わせるとしよウ!」


 脈打つ金眼が、嗜虐的に細められる。



「我が邪王素を甘く見積もった愚、永遠とわに悔やむがよイ」



 腕を、上げる。



 ――入った。



 距離、



「 【パラライズ】 」



 20メートル。



 悪ぃが――



 悔やむのは、テメェの方だ。



 ――――ピシッ、ピキッ――――



「――ッ!? なん、だ……? 腕が……動か、ヌ……? いや……身体が、すべ、て……ッ!?」



 効いた。



 大魔帝軍、側近級にも。



「さて……」



 腕を突き上げたまま、問う。



?」



 邪王素の”圏内”に入った時、俺は前方へ倒れこんだ。


 それを見てアイングランツは確信した。


 勝った、と。


 邪王素が効くなら中身が異界の勇者ではありえない。


 これで、ヤツの中から一抹の不安は消え去った。


 アイングランツはまず邪王素の圏内に俺を引き込みたかった。

 幸い、蠅面の男は大言壮語を吐きつつ自信満々に突っ込んでくる。

 このまま煽りに乗った演技をして、圏内へ誘い込めばいい……。

 そして、邪王素の威力を知った時には――もう遅い。

 完全勝利である。

 

 アイングランツの思惑は、そんな感じだったはず。


 ……パカッ、パカッ……


 スレイの動きを止め、



「……………………」



 身を、起こす。



「――ッ!? 馬鹿、ナ! こ、の……邪王素の、中……そのように、動、ける……な、ド……ッ! いや……まさ、かっ……ソは……まさ、か……ッ!?」


 ようやく、気づいたか。


 ああ、


「残念だが、そのだ」


 すべては――この距離まで、近づくため。


 圏内に踏み込んだ俺が動けなくなったことで、ヤツはもう疑わなかった。


 ”邪王素が効いた”


 その瞬間、俺の中身が異界の勇者という線は完全に消失した。

 実際、その直後からアイングランツの警戒は完全に解けていた。

 アイングランツは己の邪王素に絶対的な自信を持つ。

 ゆえに、20メートルの懐まで警戒せず俺を飛び込ませた。

 当然だ。

 あとはもう、どう料理するかのみだったのだから。

 邪王素にやられた演技も見事にハマってくれた。

 影響を受けた状態については、前もって教えてもらっていた。

 幅広く古い文献の知識を持つセラス・アシュレイン。

 そして、人の寿命を遥かに上回る時間を生きてきたエリカ・アナオロバエル。


「あ……あり、え、ヌ……ッ! この、我が……ッ」

「…………」


 今、声の音量が増幅されていないのは幸運だった。

 ……ま、それはそれで一応ごまかす策は用意していたが。

 麻痺状態のアイングランツを見据え、フン、と鼻を鳴らす。


「おまえ、俺が自己紹介がてら自分の功績を得意げに謳いながら真っ直ぐ突っ込んできた時……”こいつ馬鹿だ”って、思っただろ」


「グ……ッ」


 惨めったらしい弱者の姿ってのも、油断を誘うには強力な罠となる。

 しかし、


「”考えなしの自信家”ってヤツも――意外と、面白い罠として機能することがある。特に……自分を賢い側だと思ってるヤツに対しては、な」


「こ……しゃく、な……ッ!」


「それから、俺の煽りに乗って怒り狂う演技をしたとか言ってたが……あんた、自分自身を騙せるほどには演じられてなかった」


 俺が邪王素の圏内に迫った時も、自ら圏内外の境目を教えてくれた。


『小賢しイ』


 いよいよ圏内に入るかどうかが気になる段になると、演技を忘れ、言葉をあっさり発するだけになっていた。


 その直前には、


『む、ゥ!?』


 などと、驚く演技ができていたのに。

 つまり、


「奇妙なほど、前後で落差がありすぎた」


 頭もそれなりに回る。

 側近級と呼ばれるほどの戦闘能力も、有している。

 しかしどうやら――



「演技力の点じゃ、こっちに分があったらしい」



 


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 面白くなくて、謝るくらいならもう読まないで?
[一言] すいません、面白くありませんでした
[一言] ここでアシントンの伏線が生きるとは流石です。 話の展開もよくて面白いですね
感想一覧
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