希望の行方
「はぁっ……はぁっ……!」
どのくらい、殺しただろうか。
行く手を阻んでいた魔物を狩り尽くした綾香たちは今、北門を目指していた。
(ベインさん……)
肩越しに南壁の方角を見やる。
遠くから聞こえる奇声の感じからして、おそらく魔物で溢れ返っている。
綾香の固有スキルは強力だが、弱点もあった。
多すぎる敵には、弱い。
【武装戦陣】の武器は”対象のサイズ”に合わせてその大きさを変える。
巨大な剣を手にしても、その巨剣サイズは維持できない。
次の対象が小型ならばそれに合わせたサイズになる。
つまり、小さくなってしまう。
大型を倒す際に近場の魔物を多少巻き込める時もある。
が、ずっと巨大武器の状態では戦えない。
大型の魔物が死ねば、大型武器は存在できない。
さらに、固有武器は綾香から離れるほど弱体化していくらしい。
攻撃力や強度が落ちるのだ。
槍を生成して投擲を試したところ、効果範囲があるのも判明した。
ある程度の距離まで飛んで行ったところで、槍が綾香の方へ戻ってきたのだ。
そして、固有武器はそのまま他の武器と再融合した。
逆に、綾香と距離が近い時の固有武器の攻撃性能は凄まじい。
近距離なら現在、どんな魔物もほぼひと振りで殺せている。
切れなかった魔物や貫けなかった魔物はいない。
超近距離特化型の固有スキル、と言えるかもしれない。
そして極弦によるスピードがなければ、ここまで大量の敵を殺せてはいまい。
が、その極弦も確実に身体への負荷を蓄積させている。
固有スキルにしても、MPが尽きれば使えなくなるだろう。
事実、使用中はMPがぐんぐん減っていた。
なので今、固有スキルは解除している。
このような状態で南壁へ向かう選択肢は取れない。
自分の戦闘スタイルは、大群相手だと真価を発揮できない。
さっき以上の数の魔物に襲われたなら、自分はともかく――
(みんなまで、守り切れる自信はない……)
なら、今はまず北門の外にいる各国の軍と合流すべきだ。
軍勢VS軍勢なら、勝ち目はあるはず。
駆けながら、唇を噛む。
何より、
(もしかしたらベインさんは、もう……)
自分を抑え込むように、眉根を寄せる。
いや、考えるな。
わかっていても、今、それを考えてはだめだ。
その時、
「あれは……ギーラさん!?」
馬に乗って近づいてくるのは、城主のギーラ・ハイトだった。
憤怒面が空から降ってきて大混乱が起こった後、所在が不明だった。
護衛の姿は見えないものの、生き残ったらしい。
彼は確か勇血の一族だと聞いている。
精神面はともかく、それなりの実力は持っているのだろう。
綾香は駆け寄った。
「ギーラさん、無事だったんですねっ」
見ると、ギーラは腹を手でおさえていた。
「あ、まさか傷を……」
ギーラの身体が、傾ぐ。
ドチャッ
「うっ」
馬から転げ落ちた彼の背には、数本の突起物が刺さっていた。
魔物の爪や角だろうか。
しかもよく見ると、腹部にも傷を負っていた。
内臓が……飛び出している。
彼は、死んでいた。
今、死んだのか。
すでに、死んでいたのか。
それは、わからなかった。
「い、委員長……」
二瓶が青ざめた目で綾香を見た。
「くっ……行きましょう、みんな……」
誰か、生き残っているのだろうか?
綾香たちは、建物の陰から飛び出してくる魔物を殺しながら、北門を目指した。
すると、
「戦、ってる……?」
北門の近くで、戦闘が行われていた。
押されている感じだが、人間側の防御陣形もどうにか踏ん張っている。
「みんな、加勢を!」
呼びかけに応え、駆け出した綾香に続く二瓶たち。
綾香たちはそのまま突撃した。
一部の魔物の群れは、これによって挟撃される形となった。
結果、綾香たちはその魔物たちをほぼ無傷で駆逐し、防御陣形を取る集団に合流できた。
「イイン、チョ……?」
「室田さん! 無事だったのね!」
戦っていたのは、残存兵たちと桐原グループだった。
綾香は急いで指示を出し、カヤ子たちに防御陣形を取ってもらう。
「周防さん、二瓶君、ここはお願い! 私はこのまま、他の兵士さんたちの援護に回るわ!」
【武装戦陣】――発動。
まだ魔物と戦っている集団に、加勢する。
綾香の参戦により、この場の形勢は一転した。
こうして、北門近くに集まっていた魔物たちはあらかた一掃された。
驚く兵士たちを背に、綾香は室田のところへ戻る。
小山田に次ぐ桐原グループのまとめ役だった室田絵里衣が、綾香を見てぽかんとした。
「あんたさ……イインチョ、だよね……?」
「え? そ、そうだけど……」
「いや、だよね……イインチョ、だよな……いやなんか、別人みたいっつーか……」
綾香はホッとする。
「とにかくみんな、無事でよかった……」
黙りこくる室田。
「室田、さん?」
「違う……幾美が、死んだ」
「え? 苅谷、さん……?」
(そういえば……)
よく見れば、苅谷幾美の姿がない。
彼女も桐原グループの一人だった。
室田は身体をかき抱くと、ガチガチと歯を鳴らした。
「い、幾美……逃げる途中で見たら、魔物にちょっと顔、食われてて……助けを求めてたけど、あたしら、怖くて逃げた……見捨てて、逃げた……」
「そん、な……」
四人目の死亡者。
室田の唇は微笑みを湛えている。
が、その瞳は深い洞穴のように暗く虚ろだった。
「幾美、さ……半分くらい、もう顔が、なくて……でも、助けて、ってなんか口が動いてて……はは……なにアレ……やっぱ、現実だったんかな?」
血が滲むほどに、綾香は唇を強く噛む。
それから、重くのしかかる無念さを抑えつつ、室田の両肩を掴んだ。
「――しっかりして、室田さん。今、B級勇者が揃ってる桐原君のグループの力が必要なの。お願い、力になって」
「……あれ? てか……翔吾、は? なんか……手足のお化けが空から降ってきた後、叫び声が聞こえた気がして……」
「お、小山田君は……」
綾香は悲痛な表情を浮かべつつ、サッと事情を説明した。
「は、はは……何? 翔吾も、安も……死んだわけ? 竜殺しも他の四恭聖も、みんな死んだん? 何それ、マジ……ウケる……」
生気の完全に削げ落ちた”ウケる”だった。
「ふ、二人ともまだ死んだとは限らないわ! ベインさんや、ホワイトさんだって……ッ」
死んだところを、見たわけではない。
確認は、していない。
「まだ、生きてるかもしれない! 室田さんだって、こうして生き残ってる!」
「……あたしらが生き残れたの、アギトさんのおかげだし」
「アギト、さん? そういえば、アギトさんは――」
綾香は、彼の姿を捜した。
が、見当たらない。
「騎兵隊の人ら連れて、あの手足お化けを引き連れてった……今どこにいるかは、わかんねーや。つーかさ……アギトさんがあたしらを守りながら、ここまで連れて来てくれたんだよね……」
(じゃあ……アビスさんを食べたあの人面種が私たちから離れるきっかけになった攻撃術式も、遠くで戦ってたのも……)
アギト・アングーン、だったのか。
今は、自らが囮となって憤怒面と共にここを離れたらしい。
「そのアギトさんも、生きてるのかどうかわかんねー……あたしらさ……ここで終わるんかな、イインチョ……もう、だめっぽい?」
「ねぇ、どうして……」
「?」
「どうして、北門の外に出ていないの?」
外に出れば、野営していた各国の軍と合流できるはずだ。
力なく、室田が親指で北門を示す。
その時、
ドォン!
門が内側に大きく揺れ、軋んだ悲鳴を上げた。
破城槌か何かで、外から門をぶち破ろうとしているらしい。
よく耳を澄ませば、門の外にたくさんの魔物がひしめいているのがわかった。
「そういうこと……門の外にも、魔物がいるんだよ……」
「え? だって、門の外には――」
各国の軍が、いるはずだ。
「わかんね……やられちゃったんじゃね?」
いや、違う。
やられては、いない。
よく聴けば門の外――城壁の外から、声が聞こえてくる。
北門からは、やや遠いが……。
そう、
戦っている声だ。
北門近くに大量の魔物がいるのは確かだろう。
が、まだ外で人間たちが戦っている。
北門を見る。
「…………」
門の外に集まっている群れを、一掃できれば……。
突破できれば。
合流、できる。
汗ばむ手を、ぎゅっと握る。
むしろこちらから門を開放し、自分が先頭に立って、奇襲による突破を試みれば――
「イインチョ」
力なく、室田が言った。
「……もう、終わったみたい」
死んだような室田の目は、北門とは真逆の方角を向いている。
萌絵の声が、続いた。
「綾香、ちゃん……”あれ”が……あの、人面種が――」
振り向くと、南壁の方角から、迫ってくるものがあった。
「ミょーン゛……ミょーン゛……ミょーン゛……」
「バぁァあアあアぃィいイ゛い゛――――ッ!」
「ニ゛ゃイ……に゛ァいィぃィいイい!」
三匹の、人面種。
「あ――――」
人型の上半身で形成された球体型人面種には、竜殺しの巨剣が突き刺さっている。
巨顔を持つ四足歩行の人面種の頭部は、ひしゃげ、潰れている。
そして、最後に現れた三匹目の人面種は足を失い、二本の腕だけで、凄まじい勢いで這いずりながら移動していた。
「ベイン、さん」
三者三様の激戦の爪跡。
三匹の人面種を相手取り、ベインウルフが奮戦したのがわかった。
決死の覚悟で、戦ったのだろう。
けれど、あの三匹が南壁を離れ、こうしてこちらに狙いを定めたということは――
「…………」
巨剣の刺さった人面種が、動きを見せた。
球体を覆い尽くす人型の上半身が、何かを、一斉に放り投げてきたのだ。
「ミょーン゛……ミょーン゛……」
ボールのような物体が大量に飛来する。
盾を持つ者や防御スキルを持つ者は、その空からの落下物から身を守ろうとした。
が、空から落ちてくる”それら”は、大した攻撃力を持っていない。
勇者の一人が、短い悲鳴を上げる。
人面種の投げたものは――人の、頭部だった。
地面に転がる頭部の中に”あるもの”を見つけた綾香は、表情を歪め、歯噛みする。
「ホワイト、さん……ッ」
四恭聖の次女、ホワイト・アングーンの頭部がまじっていた。
彼女の頭部には……眼球が、なかった。
綾香は、細く、息を吐いた。
そして、
「室田さん」
「イイン、チョ?」
「諦めるなら……」
綾香は槍を握り直し、歩き出す。
「私が、死んでからにして」
カヤ子が唾をのむ。
「十河さん、まさか……」
「みんなはここで、防御を固めて。あの三匹は……私が、やる」
射殺さんばかりに南の方角を睨みつける綾香の頬を、一筋の水分が伝った。
彼のおかげで、ここまで逃げられた。
みんなを、逃がすことができた。
「あなたの作ってくれた道……絶対に、無駄にはしません」
その身を、再び――極ノ弦へ。
手負いとはいえ、相手は、あの人面種。
「【武装戦陣】」
けれど、
(私は、絶対――)
最後まで、諦めない。
諦めるつもりなど、毛頭ない。
両手に――固有剣を、生成。
すべてが終わった後なら、この身が、壊れてもいい。
今は、みんなに見せなくては。
そう、
「希望は、ここにあると」
両手の剣を構え、十河綾香は、力強く地を蹴った。
▽
絶叫が、辺りに響き渡る。
「これで、最後」
綾香は刃を、下方へ突き刺す。
凍りつくような声が、死の宣告と同義なる技名を紡ぐ。
「【内爆ぜ】」
人面種の内部から、爆発が巻き起こった。
肉が爆ぜ、宙へ、地へと、肉片が派手に巻き散る。
地面の上に横たわった人面種。
頭部だけが、かろうじてその原型をとどめていた。
舌の飛び出た大口からは人面種特有の青い血が流れ出ている。
頭部の背後には、先んじて餌食となった二匹の死骸がひっくり返っていた。
先に死へと至ったその二匹も、ほぼ原形を喪失している。
「人面種を……三匹も、相手にして……ありえ、ない……」
兵士の一人が、慄きと共に呟いた。
「な、なんなんだあの速さ……それに、あの自在に生まれ出る武器と、戦い方は……」
「あれが異界の勇者……S級勇者、なのか……」
彼らの声には、畏怖すら宿っていた。
人面種の死に顔の上で、綾香は、荒い息を吐く。
「はぁっ……はぁっ……」
【レベルが上がりました】
綾香は、左腕の傷口を押さえた。
(無傷でとは、いかなかった……)
いや、相手はあの人面種だ。
この程度の負傷で済んだのは、むしろ幸運と言えるかもしれない。
相手が手負いだったのもある。
すでにベインウルフがかなりのダメージを負わせていた。
だからこそ、三匹相手でもどうにかやれたのだろう。
綾香は感謝と共に、ベインウルフに想いを馳せ――
「……、――――――――」
違和感。
「……?」
綾香は、ゆっくりと、振り返った。
魔物の波。
ついに、と言うべきか。
南壁にとどまっていた魔物の大群が、大挙して押し寄せてきていた。
さらに別の方角から、巨大な破壊音。
轟音につられ、そちらへと首を巡らせる。
頬を伝った汗が、あご先から地面に落ちた。
「はぁっ、はぁっ……はぁ……ッ」
自分の呼吸音が、やけに、大きく聞こえる。
嫌な予感を抱いた綾香の瞳が捉えたのは、破壊された北門から雪崩れ込んでくる、オーガ兵たちの姿だった。
本来は一昨日の更新を予定していたのですが、推敲が間に合わず……後日にずれ込んでしまいました。以前チラッと書きましたが、今のところ5章だけ構成が少し特殊なため、そこも書くのにやや苦戦している理由かもしれません。
そういえば感想欄でもご指摘がありましたが、十河綾香は本来ならまさに”主人公”と言えるかもしれませんね。実際、鬼槍流という古武術を会得している時点で他のクラスメイトとは最初から一線を画していた気もします。
それと前話更新時の後、新しく2件レビューをいただきました。ありがとうございます。
そして、先日10/25に『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで』の4巻が発売となりました。早速感想でご購入の報告もいただきまして、ありがとうございます。
4巻でも全体をチェックし、細かな調整を行いました。4巻は一部戦闘シーンのスリム化なども行ったのですが、そのおかげでWeb版よりも大分わかりやすい作りになったかな……と思います(ただ、このあたりのさじ加減はやはり難しいところですね……)。そして追加の書き下ろしコンテンツですが、4巻はおおまかに二つとなっております(他にも、ちょこちょことはありますが)。一つは、終盤に高雄姉妹のシーンが追加されていまして「あの後、こんなことがあったのか」となるかもしれません。このシーンの有無によってWeb版と今後展開が変わってくるのかは……未知数ですね。もう一つの書き下ろしシーンは「洞窟内で傷ついたトーカがセラスに何をされていたのか?」が、セラス視点で描かれております。色んな意味で、セラスは大丈夫なんでしょうか。ちなみに書き下ろしコンテンツには、今回もKWKM様にそのシーンのイラストを描いていただきました。
今回カラーページは高雄姉妹&イヴと、まさかの彼に譲ることとなったのですが……その分、セラス成分は挿絵で補給していただけましたら、と……!……などと言いつつ、個人的に4巻でいちばんのお気に入りの挿絵は例の魔女のだったりもしつつ……。
そんなこんなで、おかげさまで4巻も無事にお届けできました。皆さま、改めてお礼申し上げます。ありがとうございます。発売日にはコミカライズも4話が掲載されまして、内々けやき様のメリハリの効いた迫力満点の構成&決めゴマ、敵のおどろおどろしさが見事に表現された鵜吉しょう様の作画によって、とても熱い廃棄遺跡決戦が繰り広げられております。こちらも是非、ご覧くださいませ。
次話は、トーカ視点となります。