銀世界
鬼たちは――逡巡の末、綾香に襲いかかってきた。
”この数で一斉に襲いかかれば殺れる”
そう判断したようだ。
が、極弦化した綾香を相手に鬼たちはなすすべもなかった。
散乱した鬼の死体を背に、綾香は再び円陣の守りへと戻る。
「綾香ちゃんっ……よかった、よかった……っ」
嗚咽まじりに萌絵が涙を拭う。
綾香は微笑んで頷き、それに応えた。
(それにしても……)
固有スキル。
このタイミングで、習得するとは。
縋るのをやめた――このタイミングで。
綾香は少し戸惑った。
しかし、その戸惑いも一瞬で振り払う。
鬼たちだけではない。
中型、さらに大型の魔物が迫っている。
今はひたすらに……殺す。
仲間を守るための力なら、なんだって使う。
「…………」
固有スキルを発動させるには、スキル名の発音が必要だったはず。
細く息を吐き、呼吸を整える。
「――【武装戦陣】――」
それは突然、綾香の前方に現出した。
球体。
水銀のようにも見えるし、溶けた鉛のようにも映る。
宙に浮いた銀色の大きな球体……。
わずかだが、静かにその表面は波打っていた。
「これは、何……? なん、なの?」
綾香はステータスを表示させ、素早くスキル項目を呼び出す。
【武装戦陣】
スキル欄に情報が追加されている。
スキル名の下に、何か記されていた。
【クリエイト】
(クリエイト? 何かを創造する……? だけど、何をどうやって創造すれば……)
そうこうしているうちに、魔物たちが押し寄せてきた。
この近辺で生き残っているのは、もう綾香たちしかいないのかもしれない。
「ぐっ……」
固有スキルを覚えたはいいが――使い方が、わからない。
が、今はのんびり試用している余裕もない。
一旦、極弦状態で周囲の魔物を駆逐し――道を、開く。
綾香は、立ち塞がる形で両手を広げた大型の魔物目がけ、大きく跳んだ。
ドスッ!
大型の魔物のこめかみに、深々と矛先を突き入れる。
すぐに【内爆ぜ】によって、爆発を引き起こす。
が、
「……ッ」
大型の魔物は、顔面の五分の一ほどを削り取られたのみだった。
動きが、止まらない。
サイズ差――これが、ネックだった。
先ほどの鬼のように、人より少し大きい程度ならやれる。
しかし、いくら極弦で人並み外れた動きができたとしても――
(巨大な魔物相手だと、サイズ差のせいでどうしても威力が足りない……ッ! 頭部を削っても、まだこんなに動けるなんて……ッ!)
大型の魔物が頭部を激しく揺すり、綾香を振り落とす。
綾香は着地し、すぐに再撃へと転じた。
極弦状態の足で地を蹴り、跳躍し、先ほど削いだ傷口に穂先を捻じ込もうとする。
だがそこで、
「――ッ!」
円陣の一部が、崩れかけているのに気づいた。
しかも、近くの魔物を殺すため背を向けているカヤ子に、別の魔物が襲いかかろうと――
「だめ! 周防さん、後ろっ!」
(! だめだ……ッ)
声が、届いていない。
一匹の中型に手こずっているらしく、みんなの意識はその一匹に向いていた。
他の子も、自分に迫る魔物の処理で手一杯の様子だ。
今、綾香は宙にいる状態。
この状態から駆けつけることはできない。
綾香は、手もとを一瞥した。
やるしか、ない。
綾香は――手もとの槍を、投擲した。
カヤ子に迫っていた魔物の後頭部に、豪速の槍が突き刺さる。
ここでようやくカヤ子は、背後に迫っていた魔物に気づいた。
そして――綾香の状態にも、気づく。
「十河、さん!」
武器が、ない。
否――心もとないが、予備の武器なら一応ある。
腰の短剣に手を伸ばす。
ギョロッ
顔を削られた大型の魔物の眼球が、綾香を捉えた。
同時に、魔物の腕が伸びてくる。
綾香は躊躇なく、
「【刃備え】!」
魔素刃で強化した短剣を、魔物の目に突き入れた。
「ギゃウ!」
悲鳴を上げ、魔物が激しく身体を揺らした。
中空に放り出される綾香。
「!」
宙に浮いた状態の綾香に、魔物が一斉に飛びかかってきた。
極弦状態とはいえ、中空では無防備でしかない。
短剣は、魔物の目に突き刺さったまま。
武器が、ない。
「お、おい二瓶! 委員長が危ない!」
「は、半分! 半分、委員長を助けにいけるか!? うらぁあ!」
「くっ、無理だ! こっちは、防御でいっぱいいっぱいで!」
【刃備え】も【内爆ぜ】も、武器がなくては発動できない。
これはすでに、以前試している。
せめて、武器があれば。
なんでもいい。
槍でなくてもいい。
剣でも、
なんでも。
この手に、武器さえあれば。
「……?」
突然、流体金属のような球体が収縮し、剣の形をなした。
次の瞬間、その銀一色の剣が凄まじい速度で飛んできて――
パシッ
綾香の手に、収まった。
何が起こったのか推測する間もなく――綾香は、中空で剣を振った。
無駄のない剣捌き。
襲いかかってきた魔物が、次々と切り刻まれていく。
着地する綾香。
落下してきた魔物の死体が、その周囲に転がる。
綾香は、手に収まった剣を見た。
自分の手に、とてもフィットしている……。
力を込め、柄を握る。
(クリエイト……”創造”……つまり、私の求めに応じて、武器を生成する固有スキルということなの……?)
綾香の背後で、彼女を振り落した大型の魔物が攻撃態勢に入っていた。
極弦を強め、攻撃をかわす。
円陣を一瞥。
大丈夫。
今は、崩れていない。
魔物の腕が地を叩き、土が舞う中、綾香は魔物の足に狙いを定めた。
(頭部破壊がだめならせめて、足を破壊できれば……ッ)
一撃で移動能力を奪えるかは不明だ。
綾香の【内爆ぜ】の範囲や威力は武器のサイズに比例する。
ゆえに大型の魔物に対しては、効果が薄い。
他の魔物もいるため、一匹にあまり時間をかけるわけにもいかない。
だからこそ、少ない威力でも致命傷を与えられそうな頭部を先に狙ったのだが――
(今は頭部への攻撃を警戒してる……なら、今なら足への警戒は薄くなっているはず……ッ! どうにか、上手くやれれば……ッ)
跳ね上がった土を弾きながら、突進。
魔物の足首に刃が届く範囲に潜り込む。
裂帛の気合いと共に、綾香は突きを放った。
が、突きを放った直後、綾香を襲ったのは――
驚愕。
「――――え?」
「ギぁァぅァぁアあアあア!」
魔物の絶叫が轟く。
巨大な魔物の足を貫いているのは、
巨大な刃、だった。
刃は、綾香の剣のもの。
そう、
「刃が――巨大化、した……?」
攻撃の瞬間、剣の刃が巨大化したのである。
しかも、
(重さを、感じない……)
確かな、質量がある。
確かな、威力がある。
けれど――軽い。
綾香は試しに、そのまま逆袈裟に剣を振り上げてみた。
ズバンッ!
斜めの軌跡そのままに、魔物が真っ二つになった。
まさに、その大型の魔物を屠るのにぴったりなサイズの巨大な刃によって。
非現実感を引きずりながら、綾香は唾をのんで剣を眺める。
魔物を倒すと剣の刃は……元のサイズに、戻っていた。
(これは、つまり……)
思考を巡らせる。
(相手のサイズに合わせて……武器が、自在に大きさを変えるというの……?)
しかも、重量を感じさせず。
(創造……)
スキル使用者が求めた武器を与える能力。
とすれば、
(もう一本、武器を……)
「私に――」
駆け出し、鋭く呟く。
「武器を」
右手の剣が、分裂。
新たに生まれ出でた一本の剣が左手に収まる。
そして、綾香が円陣に辿り着くと――
始まったのは、殺戮だった。
あるいは、それは一方的な虐殺と呼んでよかったかもしれない。
渦巻く魔物の悲鳴。
静かながらも、鬼気迫る形相の綾香は――殺戮し、殺戮し、殺戮する。
手もとの武器は状況に応じ、その姿を様々に変化させていく。
時に剣、時に槍、時に斧、時に鎌――
そのすべてを、十河綾香は流れるように使いこなしていた。
鬼槍流は元来、戦場での実戦を想定した流派。
槍が中心だが、戦場の敵や味方の使っていた武器も当然”勘定”に入る。
落ち武者狩りの使っていた竹槍や鎖鎌すらも、使用武器として想定していた。
ひいては、徒手空拳の状態や、戦場の違いによる戦い方の変化まで……。
そう、鬼槍流はその行き着く果てに――
武芸百般に、至る。
綾香の周囲を、宙に浮かぶ銀の武器が彩っていた。
次に使う武器を綾香は前もって宙に生成していた。
時にその武器は投擲され、再び、綾香の手もとに戻ってくる。
が、投擲され戻ってくる間にも、他の武器を手に取り、武器で他の魔物を切り刻む。
極弦による超速を得た綾香には、もはや、どの魔物もついてくることができない。
変幻自在なる銀光煌めく世界。
S級とされたその勇者はこの戦場にて、銀光を纏う極弦の鬼神と化した。