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それと、対峙する


 人面種に続けとばかりに、これまでとは違う中型の魔物も押し寄せてきた。

 新たにできた二つ目の”入り口”からも、侵入してくる。


「そうか……最初に攻めてきたのは、魔群帯の周縁部に近い場所にいた金眼どもか。つまり今ご到着した連中は、魔群帯のもっと深いところからやって来た”精鋭部隊”ってわけだ。ちっ……しっかしあの人面種、ちっとばかし人の手には余りやしねぇか?」


 人面ライオンは綾香たちの方に顔を向け、後ろ足だけで立ち上がった。


「ぉバぁア!」


 威嚇か、宣言か。


「……あいつ、こっちに狙いを定めたな。逃げる余裕も与えねぇってか……嫌んなるねぇ、ったく……」


 ベインウルフが、剣を放り落とした。


「おれが時間を稼いどいてやる。あんたらは一旦撤退して、北の城壁外にいる軍と合流しろ。おそらく城は放棄だろうな……指揮はあんたが取れ、アギト・アングーン」

「……わかった。適当なところでキミも引き上げろよ、竜殺し」

「くく、まだ死にたくはないんでな。ただまあ、あのでかさじゃ……」


 ベインウルフの目が、赤く光る。



 目に続き全身が淡く発光したベインウルフの身体が、変化し――



 



 そして綾香たちの前に、ドラゴンの頭部を持った竜鱗肌の巨人が出現した。

 灼眼の竜人は受けた威圧を返すように、黒竜よりも凶悪な咆哮を放った。

 咆哮を終えると、竜人はすぐさま振り返って少しだけ移動した。

 城の近くに置いてあった巨大な”何か”に手を伸ばす。

 被せてあった布を、竜人が剥ぎ取った。

 中から姿を現したのは、およそ人では使えぬサイズの巨剣だった。

 先ほど彼が遅れてきたのは、いざという事態を想定して兵士たちにあれを運ばせていからなのかもしれない。


(あれが……ベインさん、なの……?)


 呆然と立ち尽くす綾香。

 竜人化したベインウルフを、アギトが見上げる。


「かつて竜を殺した際、その血を浴びたことで得た竜化の力……しかし竜化は意識の侵蝕と記憶領域の欠落の危険を伴うと聞く。それでも今、その力を解き放ってくれたことに感謝するよ……竜殺しベインウルフ」


 竜人は剣を手にし、人面種たちの方に対峙する。


「つまらない解説してねぇでさっさと撤退の指示を出しナ、アギト」

「――わかってる」


 アギトは頷くと、主を失った軍馬に騎乗して撤退の号令を発した。

 兵士たちが、撤退を開始する。

 本来指揮を執るべきギーラはもはや指揮どころではない様子で、慌てふためきながら、兵たちに急かされて騎乗に取りかかっている。


「おバぁ!」


 人面ライオンが、竜人に向かって突撃してきた。

 竜人は腰を落とし、巨剣を振り上げた。

 と、綾香の腕を萌絵が引っ張った。


「あ、綾香ちゃん! 早く逃げないと!」

「ぇ――ええ! あの、ベインさん!」


 一瞬、竜人が動きをピタッと止めた気がした。


「どうか無事で……ッ! それに私たち、まだベインさんに教えてもらっていないことがたくさんあります!」


 ほんのわずか――竜人が、頷いた気がした。


「行こう、南野さん!」

「うん!」


 群れを外れた魔物が何匹か綾香たちを追ってきていた。


「最後尾は、私に任せて! みんなは先に!」


 槍を構えて後方に気を配りつつ、綾香は仲間たちと先頭集団を追った。


「あぁ!? んだよ、ようやく人面種と初のご対面になったのによー! 逃げるとかないわー! なんのための勇者なんだよ! 萎えるピー!」


「ピーピーうるっせーなてめーわ! てめーらが真価を求められんのは邪王素持ち相手の時だっつーの! 邪王素がねぇ相手だったらアタシらだけで十分なんだよ! それにな! 対大魔帝の勇者が何かの間違えで人面種に殺されたら、アタシらがヴィシスに殺されちまうだろーが! わぁーったか、オヤマダぁ!?」


 アビスにどやされる小山田を、騎乗した安が追い抜いていく。

 彼もウロウロしていた軍馬を捕まえたらしい。


「ふん、なんだあの竜変化は……ふざけた能力だ。まあ……人面種とやらもあの程度なら、この黒炎の勇者が出るまでもなかろう……」


 アギトは馬を走らせながら、何かブツブツと考え込んでいる。


「それにしても、何年も出てこなかった魔群帯の魔物がなぜ突然あんな風に襲ってきた……? あの音に、何か魔物を凶暴化させる要素があったとしか……」


 後ろを振り返ると、ベインウルフは奮戦していた。


 城壁付近にまだ生き残っている味方がいるらしく、ベインウルフは移動しながら、彼らを逃がすようにして戦っているようだった。


 増え続ける魔物たちが、ベインウルフに群がっていく。


 竜人が、たけった。


 やがて、ベインウルフの背後側にも魔物が溢れ始めてくる。

 最後尾の綾香に追いついてきた足の速い魔物を一撃で仕留めつつ、綾香は加勢したい気持ちで、奮闘する巨竜人を見やった。


(ベインさん……ッ)


 竜人はひたすら巨剣を振り回し、集まってきた魔物を蹴散らしていく。

 しかし、魔物はその数をさらに増やしていった。

 生き残っていた味方がまだ生存しているかは、もはやここからはわからない。

 泣き面の人面種を埋めつくす黒い上半身は、総出で竜人に襲いかかっていた。


「ぉバぁアあアぃ!」


 人面ライオンが、竜人の腕に噛みついた。

 その時、


「ニ゛ゃイ……に゛ァいィー」


 不吉な、濁った声がした。


「そん、な――」


 綾香は目を瞠った。


 さらにもう一体、巨大な人面の魔物が現れたのだ。


 しかも、ベインウルフの背後に。

 さらにその人面種は、大型の魔物を数匹従えている。


「!」


 綾香の胸で、絶望が跳ねた。


 ベインウルフが、三匹の人面種に取り囲まれる形になってしまっている!


 巨大な竜人の身体は今や、背後に迫る魔物たちでほぼ視認できなくなっていた。


(あれじゃあ、退路がない!)


「あ、アギトさん! ベインさんが……ッ!」


 綾香は力一杯、馬上で指揮を執るアギトに呼びかけた。

 アギトがその呼びかけに気づき、振り向――







「ぅォ、うォぉオおオおォぉオおオおォぉォぉオおオおオおオおオおォぉォぉオおオおオおオおオおォぉォぉオおオおオおオおオおォぉォぉオおオおオお――――ッ!」







 まるで人間の男のような野太い大音声が、響き渡った。

 ベインウルフの声、ではない。


「ま、魔物の声……ッ!? どこからだ!?」


 皆、思わずその大声の主を捜していた。

 そう――声の位置が妙なのだ。

 最初にその居所に気づいたのは、萌絵だった。


「アギトさん! そ、空……空、ですッ!」

「――なんだって?」


 その魔物は、錐揉み回転しながら、空を飛んでいた。

 どこか、捻りを加えた新体操の跳躍を思わせる動きだった。


「な、何あれ……」


 無数の人の手足めいたものが、巨大な人型を形作っている……。

 小さな大量の手足によって形成された大きな人型、とでも言えばよいだろうか?


「あの落下感、飛行ではないのか? そうか、あれは……」


 アギトが分析する。



 綾香が、青ざめて空を指さす。


「あの、アギトさん……もしかしてあの魔物の身体の、あれって――」


 アギトが信じたくなさそうな声で、ああ、と頷く。


「他の魔物がたくさん、


 最初はも、部位の一つかと思った。


 が、違った。


 手足の集合体で形成された人型の魔物に、夥しい数の他の魔物が、びっしりとしがみついているのだ。


 刹那、




 ビシュンッ!




「ぅ、ォぉオおオおォぉオおオ――――う゛ァあアあ゛!?」


 白い一筋のビームが、上空をはしった。

 錐揉み状態でこちらへ迫っていた巨人の右腕が、ビームで消滅した。

 しがみついていた魔物、もろとも。


「ウぁア゛あ゛ーっ!?」


 痛みを覚えているのだろうか?

 錐揉み状態の巨人が、大声で、耳障りな声を上げる。

 アギトが呟く。


「……聖眼せいがんだ」


 空を飛行する金眼を滅するヨナトの制空兵器”聖眼”。

 その効果は、この一帯にまで及ぶらしい。


「そうか……跳躍が高すぎたせいで、右腕だけかすかに聖眼の範囲に入ったのか……」


 が、巨人はまだ息絶えてはいない。

 右腕と、そこにしがみついていた魔物が消滅しただけにすぎない。

 当然、他の部位にしがみついている魔物はまだ生存している。

 そして腕の付け根から、青い血を辺りにまき散らしながら――


 ズシィィイイィィイイイインッ!


 大地を激しく轟かせ、憤怒の形相をしたその巨人が、盛大に着地した。


「そん、な……」


 先頭集団にいたギーラの馬がいななき、足を止める。

 退却中であった先頭集団の眼前に、





「ぅォ、うォぉオおオおォぉオおオおッ! ぅォぉオおオおォぉオおオおォぉォぉオおオおオお――――ッ!」





 無数の魔物を抱いた人面種(四匹目)が、立ち塞がった。









 ◇【側近級】◇



 北の城壁の外側に広がる平原地帯。


 三国の軍が宿営地を置く一帯を望むエーヌ川に”その変化”は、起こっていた。


「ぎ、ギぎ……」


 川の水面から、オーガ兵が頭を出す。


 そして、数体のオーガ兵がさらに大地へ這い出たあと――


 ザパァン!


 川から姿を現したのは、山羊の頭部を持った巨大な魔族。


 宙へ一度押し出された水が、紫の体毛をしたたり落ちていく。


 二足歩行のそれは、禍々しい四本の角を備えていた。



 魔帝第二誓まていだいにせい――ツヴァイクシード。



 ツヴァイクシードは、大魔帝に次ぐ力を持つ”側近級”の中でも第二位の実力の持ち主である。


 目論み通り混乱状態に陥った魔防の白城――金眼にて、その方角を見据える。


 城の内外の混乱を心地良く感じ取りながら、ツヴァイクシードは、巨爪で自らの胸を引き裂いた。



 ブシュゥッ!



 体毛の下の肉が引き裂かれ、厚いその胸板から血液が噴き出す。



 収穫 (ハーベスト)



 川に潜んでいたオーガ兵たちが、ツヴァイクシードの背後に、次々とその姿を現していく。






「ゆこうカ――――ヒトの尊厳を、刈り取りニ」








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